幼馴染の心配


「俺が何を言いたいか分かるな?」
「……」


お説教モードの風間に、春はふいっと視線をそらした。
こうなってしまった理由は、数十分前に遡る。


迅に煽られて焦った太刀川が春を抱き締め、春がそれに答えるような仕草をした所をバッチリ風間に目撃されてしまったのだ。本部の廊下でのことなので、1人だけに目撃されたのは幸いだが相手が悪かった。


「分かるな?」
「……」
「こっちを向け」
「むぐ……」


頬を両手で挟まれて無理矢理風間の方を向かせられた。不機嫌な表情を隠すことなく非難の視線を向ける。


「俺は前に太刀川はやめろと言わなかったか?」
「…私はそれに頷いた覚えないけど」
「お前ってやつは……」
「……ていうか凄く良いとこだったのに蒼也くんのバカー」
「危ない所の間違いだろう」
「危なくないよ!私今までにないくらいの幸せ感じたもん!」
「……」


手を振り払われ、少し距離をとった春に風間は溜息をつく。いつからこんなに盲目的になってしまったのか。しかもあの太刀川に対して。


「……あのとき、初めて大切にされてるって思った。私が玉狛とか他の隊に行って戦力が減るのが嫌だったっていうのが1番の理由なの分かるけどさ!」


いや分かってないだろ。

風間はその言葉を飲み込んだ。
はにかむように嬉しそうに笑っているのに、あくまで自分を下に見ている春にまた溜息をつく。太刀川が春を大切にしているのは最近よく分かる。今までと接し方が変わったのもよく分かる。それは太刀川の春に対する気持ちが変わったからなのだろうと感じた。
だからこそ風間は太刀川が春を抱き締めているのを目撃して焦ったのだが、春自身がまだまだネガティブから抜けていないようだ。


「……でも、困ったなぁ…」
「何がだ?」
「あのときは蒼也くんがいきなり手を引っ張って行くから考えてなかったけど……た、太刀川さんとどう接すれば良いのかな…」


抱き締められたことは嬉しいが、その後の対応は考えていなかった。今は風間隊の隊室にいるが、もうすぐ防衛任務だ。太刀川隊の隊室に戻らなければならない。


「……蒼也くん、どうしよう」
「どうって、いつも通りで良いだろう」
「い、いつも通りが分からない!」
「なら初対面だとでも思えば良い」
「そんな無茶な!」


頭を抱えて唸る春。そんな春を見て風間は顔をしかめた。
風間は春が太刀川に好意を抱くのは反対派だ。応援している者も少なからずいるが、あんな戦闘マニアの私生活ダメ男に大切な幼馴染みを渡すのは許せないのである。にも関わらず、何故こんな恋愛相談紛いのことを聞いているのかと頭が痛くなった。


「うー……最近折角良い感じになってきたのにまた振り出しとか……それは嫌なんですけど……ていうか太刀川さんはどう思ってるんだろう?……す、少しは意識してくれてたり……するわけないよね……はっ!もし避けられたらどうしよう!そんなの立ち直れないー……」
「……」


1人でぶつぶつと百面相して終いにはずーんっと落ち込む春の両頬を摘まんだ。そしてむにーっと伸ばす。


「い、いひゃいいひゃい!しょーやくんいひゃい!」
「あいつから抱き締めたのにお前が避けられるはずないだろう。もしそうなったら俺が太刀川を斬るから言え」
「……しょーやくん」


ぱっと手を離され、春は少し赤くなってしまった頬を撫でた。


「なにそれ、蒼也くんかっこいい」
「なら太刀川じゃなくて俺にするか?」
「……うーんそれは無理かも。蒼也くんはお兄ちゃんって感じだし……なにより、私は太刀川さんが好きだから」
「随分と惚れ込んだものだ。まあ俺も今更、春を1人の女性としては見れんな」
「あ、なにそれ酷い!私にはそんな魅力ないって?」
「充分魅力的だ。だから心配しているんだがな」
「……真顔でそういうこというとか、京介くんといい蒼也くんといい本当にたち悪いよね」
「どうせならその烏丸が恋愛対象の方が良かったんだが」
「京介くんは好きだけど、それは蒼也くんと同じ好きだから無理ですー!…太刀川さんのこと好きなのは、変えられないもん」


とても嬉しそうな笑顔に、風間はあまり変わらないその表情を和らげた。相手が太刀川なのは気に入らないが、春がここまで嬉しそうに笑うのだ。それが嫌なはずない。


「そろそろ防衛任務の時間だろう、早く自分の隊室に戻れ」
「……蒼也くんが連れてきたのに」
「悪かったな。だが、次ももしあんな所を目撃したら同じことをするぞ」
「あはは、次があれば良いけどね…」
「春、お前はもう少し自分に自信を持て」
「え?」
「そうすれば色々変わるだろう。俺は太刀川との恋愛は反対だが、春が幸せなら仕方ないと思っている。むしろ、春が幸せならそれで良い」
「……蒼也くん」
「ほら、さっさと行け」


とんっと背中を押され、春は1歩踏み出した。そしてそのまま扉へ向かい、隊室を出る前に振り返る。


「蒼也くん、ありがとう!この前の模擬戦のときは嫌いとか言っちゃったけど、大好きだからね!」


笑顔でそれだけを言い残し、春は走って隊室を出て行った。


「それを太刀川に言えば全て収まるんだがな」


春が出て行った扉を見つめ、風間は小さく笑った。

[ 11/52 ]

back