白い少年の正体

数日前と同じように枕元に置いたスマホが鳴り出し、四季はその音に目を覚ました。何か夢を見ていた気がするが何も覚えておらず、ぼーっと虚空を見つめる。そしてゆっくりした動きでスマホを取り、通話ボタンを押した。


「…もしもし」
『おはよ、四季さん。また寝てたの?』
「また貴方なの…」
『ははっ、機嫌悪いね』
「昨日遅くまで飲んでたからね」
『あー、だからレイジさんもまだ起きてこないのか』
「諏訪が随分飲ませてたから、しばらくはそっとしておいてあげて」
『りょーかい』
「それで、今日は何?」
『そうそう。面白いもの見たくない?』


迅の言う面白いものは大抵面白いものではないが、わざわざ電話をしてきたということは余程見せたいものなのだろうかと少しだけ思案する。そして、ふとある人物が頭を過ぎった。


「……昨日の男の子が関係してるの?」
『お、察しがいいね』


やはりそうかとすぐさまベッドから起き上がり、トリガーを起動した。


「今すぐ行くわ。場所はどこ?」


ラッド掃討作戦のときとはまるで違う行動の速さに苦笑した。自分があえて気になるように言ったこととはいえ、遊真のことがそれほどに気になっているのか、と。


『今日、四季さんの知りたいこと分かると思うよ』


◇◆◇◆


今はもう使われていない弓手町駅。迅に指定された場所はそこだった。もう先に来ている迅の姿を見つけ、四季は屋根に跳んで隣に降り立つ。


「あれは三輪隊と…」


そこで迅が見ているものに気付き、そちらに視線を向けた。


「今三輪隊が近界民の疑いで遊真たちを排除しようとしてる所」
「あの子たち近界民だったの」
「遊真だけね」
「そう」
「驚かないんだね」
「今更人型近界民を見ても驚かないでしょう」
「おれたちはそうでも、あいつらは違うよ」
「……」


その通りだった。迅も四季も人型近界民には何度も会ったことがある。みんながみんな悪い近界民ではないことももちろん知っている。けれど、三輪は人一倍近界民への恨みが強いことも知っている。


「これは面白いことじゃなくて、面倒なことって言うんじゃないの?」
「そうでもないよ。あいつで何とかするし、見てる分には面白いしね」
「相変わらず趣味の悪い」
「そう言いながら一緒に見てる四季さんも人のこと言えないよ」


それも一理あると何も言わずに三輪隊と遊真の戦いを見ることにした。瞬間、三輪が放った銃撃に遊真が吹っ飛ぶ。迅にも四季にも直前に遊真が防いだのが見えたため、冷静にそれを見つめる。


「あの距離で防ぐなんて、随分戦い慣れてるわね」
「みたいだね。相当実戦経験積んでるよ」
「…あの子がいた近界はそういう場所だったってことね」


戦わなければいけない環境。戦乱の中で育ったことはその動きを見ていれば分かる。普通の子供がする考えでも行動でもないのだから。


「ここからだと声が聞こえないから状況が分からないわね」
「まあ、大丈夫じゃない?」
「返答がおかしい」
「お、お待ちかね。遊真がトリガー使うみたいだよ」
「……」


会話を成立させようとしない迅を諦めて視線を戻せば、迅の言う通り遊真がトリガーを起動する所だった。トリガーが起動されると全身黒の服に身を包んだ姿が現れる。


「お手並み拝見ね」


三輪隊相手にどう立ち回れるか。四季は少しだけ楽しそうにその光景を見つめた。


「楽しそうだね、四季さん」
「私や悠一ならともかく、あの子が4対1でどう対処するのかは気になるもの」
「期待は裏切らないと思うよ」
「でしょうね」


すると、迅の携帯が鳴った。遊真たちから視線を逸らさずににやにやと電話に出る。見なくても誰からの電話か分かっているようだった。


「はいはいもしもし?こちら実力派エリート。どうした?メガネくん」
『迅さん!助けてください!A級の部隊が空閑を……』
「うん、知ってる。三輪隊だろ?」
『……え?』
「知ってるっていうか見えてるよ」
『え!?』
「今ちょうどバトりだしたとこだな」
『な……それなら……』
「大丈夫大丈夫。安心して見てなよ」
『…!?』
「三輪隊は確かに腕の立つ連中だけど、遊真には勝てないよ。あいつは特別だからな」
(特別…?もしかして…)


会話を聞いていた四季は口元に手を当てた。これは本格的にじっくりと観察しなければ、と。
戦闘が始まり、三輪隊の連携で遊真は手傷を負った。なかなかに良い連携をするようになったと少し感心してしまう。狭い場所では不利だと判断した遊真が上空へ跳ぶと、それを狙っていたかのように遠くのビルからの狙撃が遊真の腕を吹き飛ばした。


「さすが奈良坂、上手い。けどあの子の反応速度が異常ね」
「完全な不意打ちをあの程度で済ませられて、きっと悔しがってるんじゃない?」
「ならきっともっと近付くはずね。あの子は何か考えがあって戦ってるみたいだけど、あまり時間をかけたら奈良坂に撃ち抜かれるわ」
「大丈夫、そんなに時間はかからないよ」


そしてその言葉の通り、三輪の鉛弾が遊真に直撃した。その重さに耐えられず膝をついてしまう。追い込み方も鉛弾の使い方も上手いけれど、勝ちを確信して油断してしまっている。そのせいもあってか、鉛弾を学習して放った遊真の予想外の反撃に三輪も米屋も地面にひれ伏してしまった。


「どう?」
「主語」
「遊真が」
「何」
「強いでしょ」
「黒トリガーならあれくらい当然じゃない」
「あれ、もう分かっちゃったんだ」
「当然でしょう」


あれほどの力が黒トリガーでなくて何だというのか。学習するトリガーなどとても珍しく興味深いものがある。


「三輪隊じゃ勝てないわね」
「四季さん出る?」
「命令もないのに戦う必要はないでしょう」
「…命令だったら、遊真と戦うんだ」
「私は本部所属のボーダー隊員だもの」


少しだけ目を伏せた迅に気付かない振りをし、踵を返した。


「もう三輪隊に勝ち目はないわ。あの子たちが黒トリガーとやり合うのはまだ早かったのね」
「事前に情報があれば変わったかもしれないけど」
「初見の黒トリガーに対処出来るのなんて、私と悠一と天羽くらいじゃないかしら」
「いやいや太刀川さんもいけるんじゃない?」
「まあそうかもね。風間たちも連携すれば対処出来ないこともないと思うけど」


基本的に黒トリガーには黒トリガーでなければ対処は難しい。難しいだけで無理ではないが、三輪たちにはいい経験になっただろう。


「私は古寺の方に行くから、奈良坂の方はお願いね」
「はいはい了解」


その返事を聞き、四季は隣のビルへと跳んだ。目指すは三輪隊の狙撃手のいる場所。弾道から居場所は分かっているためすぐにそちらへ向かった。
特に気配を消した訳でもないのに近くに降り立っても古寺は気付くことなく、遊真に狙いを定めていた。


「古寺、そこまで」
「!?え、相良さん…?ど、どうしてここに…」
「目の前しか見えてないのは命取りよ。狙いは正確に定めつつ、周りもちゃんと警戒しなさい」
「は、はい…」
「はい、素直でよろしい。そういうわけで作戦は終了よ。みんなの所に行きましょう」
「……分かりました」


頭の良い古寺はそれで全て察したのだろう。大人しく銃を下ろした。


◇◆◇◆


それからの迅の対応は早かった。遊真たちと合流し、遊真のトリガーは黒トリガーだと告げる。やはり誰も気付いていなかったようで驚きを隠せていなかった。


(近界民が黒トリガーを所持している、ね。…城戸司令が知ったらどうなるかしら)


とてもではないが良い結果になるとは思えないまま、少し離れた所で迅たちのやり取りを見つめる。よく見れば知らない少年たちや黒い物体がいることに気付き、また知らないことが増えて段々と考えることに疲れてきてしまう。すると、四季の心配に答えるかのように迅は口を開いた。


「このところ普通の近界民相手でもごたごたしてるのに、黒トリガーまで敵に回したらやばいことになるぞ」


しかもその使い手がなかなかの強者だ。余計に厳しいだろう。


「こいつを追い回しても何の得もない。おまえらは帰って城戸さんにそう伝えろ」
「……その黒トリガーが街を襲う近界民の仲間じゃないっていう保証は?」
「おれが保証するよ。首でも全財産でも賭けてやる」


これ以上にない保証に思わず口角が上がった。それを言われてしまえば、未来の見えない者たちには何の反論も出来ない。けれど、反論せずにはいられない者がそこにいた。


「…何の得もない…?」


地面を握り締め、苦しそうな声を上げたのは三輪だった。全員の視線が重りのせいで起き上がれない三輪へ向く。


「損か得かなど関係ない…!近界民は全て敵だ…!!」


憎しみのこもった瞳は真っ直ぐに遊真を睨みつけていた。そして直後、三輪は緊急脱出をして本部へと飛んで行ってしまう。それを見送り、四季は少しだけ目を伏せた。


「あー負けた負けたー!」


重くなりかけた空気を破るように米屋の声が響いた。換装を解いて大きく伸びをする。


「しかも手加減されてたとかもー」


さあ好きにしろ!っと仰向けに倒れた米屋に、遊真は敵意はないことを伝える。すんなり受け入れた米屋は相変わらずで、強い相手と戦うことしか考えていない。近界民など関係ないとでもいうように。


「ふむ、あんたは近界民嫌いじゃないの?」
「オレは近界民の被害受けてねーもん。正直、別に恨みとかはないね。けど、あっちの2人は近界民に家壊されてるからそこそこ恨みはあるだろうし…」


一旦言葉を区切り、三輪が飛んで行った方へと視線を向けた。


「今飛んでった秀次なんかは、姉さんを近界民に殺されてるから、一生近界民をゆるさねーだろーな」
「……なるほどね」
「ここには近界民に恨みを持ってる人が多いのは仕方のないことなの。あまり秀次を責めないであげて」
「別に責める気はないし、そこら辺はちゃんと理解してるよ」
「そう」


そこまで会話をして、遊真はようやく四季だということに気がついた。


「あ、四季さんだ。数日振りですな」
「また会えたわね、遊真」
「何すか?2人は知り合い?」
「先日の掃討作戦で会ったばかりの知り合いよ」


本当にそれだけだ。今は何の繋がりも接点も思い当たらない。四季はぽんっと遊真の頭に手を乗せて微笑んだ。


「ほとんどの人が近界民は悪い奴って認識が強いから、そういう考えは有難いわ」
「四季さんはそうじゃないんだ?」
「まあ、私も悠一と同じで何度か向こうに行ったこともあるからね」
「ほうほう」


遊真のふわふわの頭が癖になってしまってぽんぽんと撫でても、撫でられている当人は嫌がることもなくされるがままであった。こんなにも大人しく害のなさそうな子供でも、三輪は近界民全てを恨んでいる。仕方がないことだけれど、いつかはと願望は捨てられなかった。


「……秀次も何かきっかけがあれば、あんなに近界民を恨むこともなくなると思うの。今は復讐に囚われて、近界民を排除することだけしか考えられないだけだから」
「も、ってことは、四季さんも近界民を恨んでたの?」
「さあ、どうでしょうね」


見上げてくる遊真をそうかわし、最後にぽんっとひと撫ですると四季はくるりと背を向けた。


「私も本部に戻るわ。悠一といたことはバレてるからどうせ呼び出されるでしょうけどね」
「相良さんお疲れー」
「お疲れ様。米屋もちゃんと報告行きなさいよ」
「うへー」


嫌がる米屋を追い込むように奈良坂から声がかかった。このまま本部に戻って報告だろう。嫌々戻っていく米屋たちを見送った。


「色々面倒なことになるかもしれないけど、とりあえず悠一が何とかしてくれると思うから。……じゃあね」


自分は遊真に協力は出来ないだろうけど。
その言葉は飲み込んで遊真に伝え、小さく別れの言葉を告げてその場を離れた。遊真からの返事がある前に。きっと遊真は「またね」と口にしていたはずだ。また会うのは確かだろうけれど、きっとその時は。


(……敵対してるかもしれないからね)


そうならないことを祈りながらも、嫌な予感は消えなかった。

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