歪みきった憧れ

2人きりの空間で、もう何十分も沈黙が続いた。カウンター席に腰をかける死柄木と、壁の隅に膝を抱えて座り込む春。ずっとこの状態だ。


「…君さぁ…挨拶とか出来ないわけ?」
「……」
「喋れるんだろ?」
「……」
「はあああああ…これだから躾のなってないガキは…」


ガリガリと首を引っ掻いて溜息をつく。黒霧が連れてきた凄い個性だという少女は、ここに来てから何も言葉を発さない。ただじっと死柄木を見ている。


「君みたいな子どもなんて、簡単に壊せるんだぜ?」
「……」
「喋れないなら悲鳴くらいあげてみろよ」
「……」
「それとも、声に関係する個性なのか?」
「……」
「あーあ、全無視。ムカつくなぁ…これもう壊していいかな?」


すっと立ち上がり、ゆっくりとした動作で春に歩み寄る。春は身体を固くした。


「へえ?怖がってるんだ?」


死柄木は顔を覆っている手の中でにやりと笑みを浮かべた。


「…なら、君の身体が崩れていくときは、その綺麗な顔が恐怖に歪むのかな?」
「…っ」


春に向かって手を伸ばした。もうすぐ頭を掴む、その直前に近くにワープゲートが開く。


「死柄木弔、何をしているんですか」
「ちっ。…何でもないよ」
「彼女は貴重な仲間です。危害を加えるような真似はやめて頂きたい」
「はぁ?仲間?こんな警戒心剥き出しのやつが俺らの仲間なんかになれるかよ。わざわざ懐柔させるなんて面倒臭いことする気か?」
「いえ、その必要はありません」


黒霧の姿がしっかりと現れると、春はダッと走って死柄木の横を通り過ぎ、黒霧に抱き着いた。


「………ああ、おまえに懐いてるのか」
「…いえ、私ではなく…」


どこか困ったような黒霧の声に首を傾げる。そして、春が小さく何かを喋っているのが聞こえた。やっと喋ったのかと近付いて耳を澄ませる。


「く、黒霧さん何で私を置いて行くんですか2人きりとか無理ですやめて下さい殺しますよ…!」
「すみません。急用だったもので」
「何十分も死柄木さんと2人きりで同じ空気吸っちゃいましたどうしましょう…!」
「これからもっと長くいるんですから慣れて下さい」
「ご、拷問…!」
「……何?そいつは俺のことが嫌いなの?」


死柄木が声をかけると、春はびくりと肩を跳ねさせた。そして更に強く黒霧にしがみ付く。


「むしろ逆ですよ。如月春、挨拶を」


黒霧に引き離され、くるりと死柄木の方を向かされる。指の隙間から覗く瞳と視線が交わり、春はぴしっと背筋を伸ばした。よく見るとその瞳はまるで憧れを見るような瞳だった。


「あ、え、えと…し、死柄木さん!は、はじめまして…!わ、私、如月春と申します…!」
「…俺と2人きりだったとき随分と態度違うけど、どういうこと?」
「彼女は貴方のフォロワーです」
「はあ?」
「く、黒霧さん!それは秘密です!公私混同はしないんです!」
「それならその態度を改めて下さい」
「ぐ…」


春の態度は先ほどまでとまるで別人のように違う。黒霧の前だから猫を被っているのかと嫌悪を抱いた。


「こういうガキはお呼びじゃあないんだよ…他にしよう。別の仲間を集めた方がいい」
「如月春の個性は貴重です。そんな個性を持った子が貴方のフォロワーなのですから、利用しない手はないかと」
「俺のフォロワー、ねえ…」


春は無言でこくこくと頷いた。死柄木と2人きりではまともに喋れないほどの憧れを抱いている。死柄木は面倒臭そうに溜息をつくと、カウンター席に座り春を指差した。


「じゃあおまえ。そこのナイフで自分の首を掻っ切って死んでみろよ」
「死柄木弔…」
「俺のフォロワーなら俺のために命を捨てるくらい出来るだろう?」


嘲るように笑えば、春はにこりと笑ってそのナイフを手に取った。


「死ねば良いんですね!」
「……は?」
「死柄木さんの活躍をこれから見れなくなるのは悲しいですけど、死柄木さんのためならいつでも命を捨てる覚悟です!」


そう言って春は迷うことなくナイフを自分の首へ突き立てた。しかし、その手はワープゲートを通りテーブルに刺さる。


「……あれ?」
「死柄木弔、彼女は本気です。今すぐやめさせて下さい」
「……こいつ、バカじゃないのか…」
「死柄木弔」
「わかってるよ、うるさいな…。おいおまえ、やめろ」
「え?」
「やめろって言ってるんだよ。死ぬなら俺を庇うぐらいのことやってから死ねよ」
「死柄木さんを…庇って……はい!喜んで!」


キラキラとした瞳に迷いはない。歪みきった憧れで無邪気に笑う。


「歪んでんなあ…こりゃあ敵連合にぴったりなのが来たぜ」
「気に入って頂けましたか」
「ああ、最悪な人種だよ。ムカつくったらないね」


死柄木は手を伸ばし、春の首を掴んだ。指は全部触れていない。触れれば崩れることを春は知っているのだろうか。この顔が恐怖に歪む瞬間を見ることが出来るだろうか。そう期待しても、春は頬を赤く染めるだけだった。


「…し、死柄木、さん…!」
「こいつ、やっぱ壊したいなあ」
「駒ですが貴方の玩具ではありません」
「分かってる。駒は上手く使うさ、なあ?春」
「!は、はい…!」


何をさせればこの笑顔が歪むのか。苦痛に歪む表情が見たい。簡単に自分の命を捨てようとしたくらいだ、並大抵のことでは崩れないのだろう。


「あー…、そういう純粋な目、凄くムカつくなぁ…凄く、壊したくなるよ」
「いつでも壊して下さい!死柄木さん!」


どこか楽しそうに呟く死柄木の言葉も、嬉しそうに笑う春も。どちらも恐らく本心で。お互いに歪んだものを持っている同士で黒霧には理解出来ないけれど、上手くやっていけるような気がした。


end
ーーーーー
ちょっとなんだこれは???
甘…え?甘いの書くつもりがただの病んでる系に…?難しい…次こそ弔を甘やかす…!

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