遠いようで近い距離

「どうしてお兄ちゃんまで雄英に受かったのか納得出来ない!」
「えぇ…」


もうすぐ体育祭が行われる。そのために出来ることをと身体を鍛える出久に、爆豪リスペクトの春はそう口にする。兄である出久を見下しているのではなく、ただ爆豪に憧れ過ぎているせいで。


「いきなり個性目覚めたとか意味分かんないしお母さんともお父さんとも全然違うし」


受け継いだものなのだからそれはそうだ。とは言えず、出久は苦笑するしかない。


「無個性だったお兄ちゃんが受かるなら私も雄英目指すからね!」
「う、うん。元々春はヒーロー志望だしそれは良いと思うけど…」
「またかっちゃんと同じ学校に通える…!来年が楽しみ…!」


春の脳内ではもうすでに雄英に合格しているようだ。簡単に合格出来るとは思えないが、それでも無個性だった自分よりも可能性は高いだろう。


「でもその前に体育祭!テレビ中継されるんだもんね!かっちゃんの活躍はちゃんと録画しておかないと…!」
「…僕も出るんだけど」
「お兄ちゃんは怪我しないように気を付けてね」
「え、応援は?」
「私が応援するのはいつだってかっちゃんだけ!」


あまりにもきっぱりと言い切られ、兄としての威厳を失う。元々そんなものあってないようなものだが、妹が幼馴染を好きなのは複雑な気持ちだ。


「…でも、最近会えてないから会いたい、な」
「会いに行けば良いのに」
「簡単に言わないでよ!部外者は雄英には入れないし時間割はハードみたいだし………邪魔に、なっちゃう…」
「かっちゃんはそんなの気にしないと思うけど」
「……」
「春から会いに行かないとたぶん会えないよ。だから時間があるならさ、かっちゃんの家に会いに行ってみなよ。きっとかっちゃんも春が会いに行ったら喜ぶから」
「…………お、お兄ちゃんの分際で生意気!」
「分際!?」
「別にお兄ちゃんに言われなくたって会いに行くもん!お兄ちゃんに言われたから行くんじゃないからね!」


何故かぷんぷんと怒ってリビングを出て行き、バタンッと激しい音を立てて自室の扉を閉めた。どこで怒らせてしまったのかは分からないが、とりあえず会うことに決めたようで。そこには少し安心する。くよくよしているより、行動に移した方が春らしい。少しだけ兄の表情をして、出久は苦笑した。


◇◆◇

某日の放課後。雄英の校門前でそわそわと待つ春の姿を目撃した出久は白目を向いた。


(何で雄英まで来てるのーーー!)


確かに待ってみれば良いと言ったが、わざわざこんな所に来ないで家の前で待っていれば良いものを。雄英ではない制服姿にすでに注目の的になっている。


「あそこにいるのは雄英の生徒ではないな」
「中学生かな?」
「そ、そうだね…」


そわそわと怪しい春に、自分の妹だとは言いだせなかった。


「怪しい動きをしているな。もしや雄英へのスパイか何かか!?」
「い、いや!それはない……んじゃないかな…?」


それはない、と言い切れなくてごめんと心の中で謝る。


「お!他校の女子発見!」
「おまえ目敏いな…」


出久たちの他にもA組や他のクラスの生徒が校門近くにいる春を目撃し始める。これはまずい。春が爆豪の知り合いだなどとバレてしまえば、爆豪を恨む人物からの嫌がらせを受けてしまうかもしれない。そうなる前にこの場を離れてもらいたいが、どう声をかけたものか。そう思案しているうちに、最悪の事態になっていく。


「アァ!?んでてめェがここにいんだよ!」
「「!」」


兄妹は揃って肩を跳ねさせた。昔からこの怒声には反応してしまうのはもう癖だ。


「あ、か、かっちゃん…!」


声には怯えたけれど、その姿を捉えて顔を輝かせた。


「え、何?爆豪の知り合い?」
「ていうかかっちゃんって…」


全員の視線が出久へと向いた。出久は乾いた笑いで頬をかく。


「中学生のガキが雄英来てんじゃねえよ!」
「か、かっちゃんだって少し前まで中学生だったじゃん!」


あの爆豪に強気に反抗する女子中学生。注目を集めるにはそれだけで充分だった。誰だ誰だとどんどん人が集まる。そんな野次馬たちに爆豪は苛立ったように舌打ちをする。


「うぜぇな…春、こっち来い」
「か、かっちゃん?ちょっと…!」


がしっと腕を掴んで無理矢理連れていかれる。春が暴れても全く離す気配はなかった。目撃していた生徒たちからは爆豪が中学生を拉致したと妙な噂が立ち始めている。それを耳にし、出久は大きな溜息をつくのだった。


◇◆◇

雄英から離れて少しした所でようやく腕が離された。しかし爆豪は何も言わずにそのまま歩いて行ってしまう。春は慌てて追いかけた。


「…ひ、久しぶり」
「…おー」
「元気…だった?」
「元気じゃなきゃここにいねえよ」
「…あー、そうだよね」


今までどうやって爆豪と話していたのか忘れてしまった。また前のように、小さい頃のように普通に話したいのに。


「…何であんなとこいたんだよ」
「え…?」
「門の前。デクのこと待ってたのか?」
「お、お兄ちゃんのことなんか待たないし!」
「じゃあ何しに来てたんだよ」
「……かっちゃんに会いに」
「は?」


ぽかんと視線を向けられ、直視出来ずに春は俯く。言ってしまった。恥ずかしい。すーっと頬が赤く染まっていった。


「……」
「……」


お互い沈黙し、何とも言えない空気が流れる。


「……」


こんな空気になるなら言わなければ良かったと泣きそうになると、ぽんっと頭に手を乗せられた。そのまま癖っ毛の頭をわしゃわしゃと撫でられる。春は驚いて顔を上げた。


「バァカ」
「何で!?」
「うるせぇバカ」
「バカじゃない!」
「バカだろ。ったく」
「わ、ちょっと、かっちゃん…!」


ぼさぼさになるほどにかき混ぜられ、最後にスパンっと叩かれた。


「いたっ!…もう!なんなの!!」


文句を言いつつ顔を上げると、いつの間にかに爆豪はすたすたと先を歩いて行っていた。訳が分からずに春はムッと頬を膨らませる。


「何ぼさっとしてんだクズ」
「はあ!?」
「行くぞ」


ちらりと視線だけ向けたあとに再び歩き始めた爆豪。春はぽかんと固まる。今、確かに爆豪は行くぞと口にしていた。一体どこへ。ブツブツと本当に自分にむけての言葉だったのかを思案する。


「ブツブツうぜぇ!!息抜き付き合えつってんだ鈍感野郎!」
「へ…?」
「嫌なら一生そこにいろや」


そしてまた歩き始めた爆豪を慌てて追いかけた。


「か、かっちゃん。…息抜き、私が一緒にいても良いの…?」
「何度も言わせんなクソが!」
「言われてないよ!わ、私が一緒にいても良い、なんて…」
「言ってんだろが!息抜き付き合えって!てめェ耳ついてんのかァ!?」
「ついてるよ!」
「だったら1回で理解しろや!バカかてめェは!」
「……バカだから、ちゃんと言ってくれないと分かんないもん」


しゅんっと俯いて立ち止まった春に爆豪は舌打ちをする。春を置いて少し進んだあと、ぴたりと立ち止まった。


「……今日1日息抜き付き合え、バカ春」
「…!う、うん!」


頭をガシガシかきながら発せられた言葉に春は顔を輝かせて頷いた。そしてその大好きな背中を追いかける。
久しぶりにたくさんいろんな話をしよう。今なら昔のように話せる気がした。体育祭を応援していると言ったら、来年は雄英に入ると言ったら、貴方が好きだと言ったら。一体どんな反応をされるだろうか。
春ははにかみながら、そっと、爆豪の袖を掴んだ。今はまだ、この距離で。


end
ーーーーー
最初だけしか兄妹設定を生かせなかった…ただの幼馴染設定とあんま変わんなかったな。
突如急展開になったのは収拾つかなくなったからですすみません。にしたってかっちゃんいきなり優しくなりすぎ誰だ貴様

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