素直になりたくなくはない

圧倒的強さで敵を捩じ伏せる轟に春はぎゅっと拳を握り締めた。
同期としての悔しさと、ヒーローとしての羨望と。近くで見れば見るほどに様々な想いが内を巡る。しかしその中の何よりも強い感情に、春は頭を抱えてしゃがみこんだ。


(かっこよすぎるんですけどおおおお!!)


口に出せない思いの丈を心の中で全力で叫ぶ。
戦闘力も個性も判断力も、全てにおいて秀でている上にその余裕そうな態度が、


「むちゃくちゃかっこ……、腹立つ…!」


かっこいいと本人を前に言ってしまいそうになり、ふと我に返って言葉を選ぶ。そしてぶんぶんと頭を振って勢いよく立ち上がった。その行動に轟からの視線が刺さる。


「…何よ」
「寒いか?」
「は?」


予想せぬ言葉にぽかんと口を開ける。


「俺が個性使うときずっと近くにいただろ。さっき蹲ってたから当たったのかと思ってな」
「…当たってたらブチ切れてるから大丈夫」
「そうか。じゃあ当たんなよ」
「いや当てないでよ!?」


氷漬けなど冗談ではない。思わず後退った。


「凍ってもちゃんと溶かしてやるよ」
「バカなの!?まず凍らせないように気を付けてよ!」
「おまえなら当たらないとは思ってる」
「…っ、はいはいそれはどうも」


ひらひらと手を振りながらどうでも良さそうに返しつつ、内心は心臓がばくばくだった。傍にいるだけでも緊張するというのに、こんなに真っ直ぐに見つめられて会話をしてしまって平常心でいられるはずがない。けれどそれを顔や態度に出さないようにしようとすると、口や態度が悪くなってしまう。だからあまり喋りたくないのだ。


「早く行こう。早く終わらせたい」
「俺はもう少しやりてえけど」
「まだ戦い足りないの?私の分まで倒しておいて?」
「いや、もう少しおまえと話してたいと思っただけだ」
「……………は!?」


しれっと発せられた言葉に動揺を隠せない。轟に他意はないと分かっているはずなのに変に期待してしまう。ばくばくとうるさい心臓を落ち着かせるように静かにゆっくりと深呼吸をした。


「…い、いつでも話せる、でしょ」
「おまえの周りはいつもいろんな奴がいて、2人きりで話せることなんか滅多にねえだろ」
「ふ、ふふ2人きり…!?な、なななんで、2人きりでなん、…て……へっくしゅん!」
「……」


動揺を隠しきれずに吃っていると、さーっと吹いた風が冷気を連れてくる。その寒さにくしゃみをし、腕をさすった。それを見た轟は無言で春に近付く。警戒して構えると、轟の左手が春を捉えた。


「わりィ。やっぱ寒かったか」


そして、ぎゅっと抱き寄せられる。突然の行動にされるがままに抱き締められたが、ふわりと鼻を掠めた轟の香りに我に返った。もちろんパニックになる。


「は…!?な、な、な……っ!?」
「?」


驚いて見上げると、こてんと首を傾げて見つめ返された。ぶわっと顔に熱が集まっていくのが分かり、隠すように轟の胸に顔を埋める。


(かっこいいかっこいいかっこいいかっこいい可愛い…!あり得ないもう無理心臓壊れる…!)
「おい、どうした?」
「き、君はバカなの!?」
「何でだよ」
「ああもうめちゃくちゃ腹立つ…!」
「は?」
「ていうか寒くないから離してよ!」


もう動揺しないと心を強く持ち、再び轟を見上げた。直後、こつんっと額を合わせられる。視界いっぱいに映る轟に、春は再び固まった。


「むしろ熱ィな。熱でもあんのか?」
「!?!?」


理解したくない状況を理解してしまい、ぼふんっと音を立てて顔を真っ赤に染める。体温は上がる一方だ。


「やっぱり熱あるな。無理してんじゃねえよ」
「…っ、あ、ぅ…あ…」


口をパクパクと開閉するだけど上手く言葉が喋れない。自分が何を言いたいのか自分でも分からない。ただただ頭の中は轟のことでいっぱいだった。


「とりあえず標的は倒し終えたし授業は大丈夫だろ。オールマイト、俺はこのまま如月を保健室連れていきます」
『君が離れればすぐに治る気もするけど……まあ良いか!うん、よろしく頼むよ轟少年!』
「はい」
「オールマイト…!」
『はっはっはっ!良いじゃないか如月少女!青春だな!』


理由を理解しているオールマイトも大半の生徒たちも助けたりはしない。微笑ましく見守っていた。


「さっさと行くぞ」
「え、と、轟く……きゃ!?」


轟は身体を離して身を屈めたかと思うと、春の膝裏に手を回して軽々と抱き上げた。咄嗟に轟の首に手を回して抱き付いてしまう。


「そんな焦んなくても落とさねえよ」
「…!!」


自分の行動に気付き慌てて腕を離した。所謂お姫様抱っこで轟と目が合い、夢物語のような状況に両手で顔を覆った。


(やばいやばいウソでしょ何のご褒美…!私死ぬかも今日死ぬかも轟くんイケメンすぎる…!)
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるでしょ!歩けるから下ろしてよ!」
「顔覆って言う台詞かよ」
「こ、こっち見ないで!」
「分かったよ。見ねえから大人しくしてろ」


そう言いながら轟は足を進めた。持ち上げたときも軽々とだったが、歩いているときも全く辛そうではない。自分はそこまで軽くはないはずなのに。


(華奢に見えて凄く鍛えられてる…ずるい…かっこよすぎるよ良いとこしかない…!)


指の隙間からチラリと轟を伺った瞬間に視線が交わり、春は慌ててまた顔を隠す。


「み、見ーるーな!!」
「見てたのおまえだろ」
「〜〜〜っ」
「まあ、俺も見てたから目ェ合ったんだけどな」
「…!」


その言葉の真意を聞きたかったが、聞けるほどの精神は残っていなかった。今日だけで数ヶ月分のときめきでキャパオーバーだ。


(今のって何どういう意味なの天然タラシなの無理やばい…!頭も心も破裂しそうなんだけど…!ああもうどうして普通に喋れないのかな…!暴言吐くな自分…!)


もっと普通に話したいのに。出来れば本音を伝えたいのに。口に出せない想いは唸り声に変わった。
春は顔を覆いながら小さな唸り声を上げ続け、嫌われないためには今度どうするかと必死に頭を回す。そんな春を、轟が穏やかな表情で見つめているなど知らずに。


end
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落ちがない。
轟くんは天然タラシのようで計算で動いてると思ってる…!いやどっちでも素敵だってこと!


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