溢れる想いを海に沈めてから

夏に楽しまないのはもったいないと、A組全員でやってきた海。はしゃぐメンバーは予想通りの人物たちで、春はパラソルの下でそれを微笑ましそうに見つめた。


「お前は行かねぇのか?」
「…!と、轟くん…!」


突然想い人に声をかけられ、声が上擦る。気にかけてくれたことが嬉しすぎて走り出しそうだった。


「あ、う、うん!強い日差しに弱くて、すぐに肌が赤くなっちゃって…!」
「なのに海来たのか」
「…みんなと思い出作りはしたくて」


行かないつもりだった。海に行っても泳げないうえに砂浜ではしゃぐことも出来ないと分かっていたから。けれど轟が行くと聞き、少しでも一緒にいたいとついてきてしまった。自嘲気味に乾いた笑いが漏れる。


「そうか」


しかし轟はそう言うと、春の隣に腰を下ろした。近くなった距離に途端に心臓がばくばくとうるさく鼓動する。


「え、あ、と、轟くん…?」
「ん?」
「と、轟くんは…みんなのとこ、行かないの?」
「俺が行ったらお前が1人になっちまうだろ」
「へ!?」


ぶわっと一気に体温が上昇したのか分かった。乱れそうになる呼吸を落ち着けるように静かに深呼吸をする。
落ち着け、落ち着け、と。心の中で何度も繰り返して。


「どうした?顔赤ぇぞ」
「どどどうもしないです…!!」


顔を覗き込まれ、更に体温が上昇する。きょとんと見つめてくる瞳を直視出来ずに視線を彷徨わせた。轟にそんな気がないなど分かっている。意識し過ぎだなどと分かっている。そうは思っても好きな相手がこんなにも近くにいて、こんなにも気にかけてくれて、嬉しくないはずがない。思い出作りはすでに大成功だと思考を別に働かせた。


「また赤くなったな。日陰だけどあちぃし、熱にやられたか?」
「……っ!!」


ぴたりと、轟の右手が春の頬に触れた。少しだけ冷たい気がする。けれど温度など分からなくなるくらいに頬は熱くなり、頭はぐるぐると混乱していた。近すぎる距離に触れられた頬。熱ではなく貴方にやられているんだと、言えるものなら大声で叫びたい。


「ぁ…ぅ…」
「如月?」


まともに喋ることが出来ず、真っ直ぐに見つめてくる瞳から目が逸らせなくなる。このまま死んでしまうのではと錯覚してきてしまい、いっそこのまま告白してしまおうかと突飛な発想になり口を開こうとしたとき、遠くから声がかけられた。


「おーい轟ー!如月ー!海の家で飯食おうぜー!」
「先行ってるから早く来てよー!」


率先して遊んでいた上鳴と芦戸が大きく手を振っていた。いつもならこの状況に食い付いてきそうなものだが、余程海が楽しいのだろう。すぐに海の家へと向かって行ってしまった。


「……」
「……」
「……行くか」
「う、うん!そうだね!」


思考が正常に働き出した春は、相変わらず顔を真っ赤にしながら全力で頷く。好きです、と、口を開かずに終わったことに大きく安堵の息を吐き出した。


「如月」
「え?なに………」


すっと轟の顔が近付いたかと思うと、唇に柔らかい感触。正常に働き出したはずの思考は再び止まった。
きっと数秒だったはずなのに、それは何十分もの長い時間に感じた。ゆっくりと離れた轟はにやりと色気のある笑みを浮かべ、春を見つめる。


「これで、いい思い出作れたろ?」
「………ぇ…」
「先行ってんぞ」


最後にぽんっと頭を撫でられ、轟は海の家へと向かって行く。それをぽかんと見つめた。


「え………え……っ、えええええぇぇ!?」


唇に触れた柔らかい感触、至近距離の轟の顔、愛しげに細められた瞳、色気を含んだ笑み。どんどんと理解してきた頭はキャパオーバーで爆発した。

その後、叫びながら海へ飛び込む春の姿を目撃し、「かわいいやつ」っと呟いた轟は優しく微笑むのだった。


end
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天然に見せかけた計画的犯行の轟焦凍。どっちも美味しいから…!好きって言わないあたり性格の悪さが滲み出る……書いたの私か。きっと帰りぐらいにちゃんと告白する!はず!


title:きみのとなりで

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