いちばんすきなのは

年の離れた妹設定

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顔を洗っても目が覚めず、くあーっと大きな欠伸をしてリビングへ訪れれば、途端に兄である爆豪からの鋭い視線が向けられる。春は寝惚け眼のままふにゃりと笑顔を浮かべた。


「かつきだー!おはよー」
「おはようじゃねぇよ。おめーはどういう寝方したらんなとんでもヘアーになんだ」
「?いつもこーやってママと寝てるよ?」
「良いからこっち来い」
「わーい!」


眉間にシワの寄った爆豪に呼ばれ、春は嬉しそうにその足の間にちょこんと座る。爆豪は何も言わずに優しく丁寧に春の髪を梳かし始めた。
春はにこにこと大人しく座っていたが、ふと、昨日あったことを思い出して話を始めた。


「あのねかつきー!昨日くそ髪がねー」
「つかてめさっきから呼び捨てにしてんじゃねえよ。…ってちょっと待て!クソ髪に会ったのかァ!?」
「あった!しょーゆ顔にもあった!あめくれたのー!」


思わず櫛を持つ手に力が入った。偶然A組の生徒たちに遭遇してから春はどんどん懐いてしまっている。こうやって1人で会ってしまうほどに。A組生徒も春のことを気に入って甘やかしているために爆豪は気が気ではない。


「あいつら…。オイ、もう俺のいねぇとこであいつらに会うな」
「あほ面は?」
「ハァ?もっとダメに決まってんだろ」
「むー…」


女子ならまだ良いとして、何故か話題に出るのは自分の周りにいる人物ばかり。不条理にぶっ潰してやると思うほど、ふつふつと苛立ちが増した。


「おら、おめーの好きな髪型にしてやるから前向け」
「やったー!おだんごがいいー!かつきだいすきー!」
「へーへー。つか勝己言うなっつってんだろボケ」
「おにーちゃんだいすきー!」
「…うっせぇバァカ」


自分が妹に弱いなど分かっている。こうやって春の一挙一動に振り回されてしまうのだから。照れながらも悪態をつき、春の髪型を綺麗に結っていく。


「最近この髪型ばっかだな」
「うん!」
「そんなに気に入ったのかよ」
「ふふー!おだんごにするとね!かわいいって言ってくれるの!」
「……へえ?誰が言ってんだそんなこと」
「デクとしょーと!」
「…デク…だと…?つかしょーとって誰だよ」
「しょーとだよ?」
「アホか」
「アホじゃないもん!くろめに頭いいって言われたもん!」
「黒目がアホすぎんだよ」
「やおももにも言われたもん!」
「一々こっち向くなっつの。前向かねぇと出来ねぇだろうが」
「おだんごー!」
「うるせぇ黙って前向けや」


とりあえずデクは殺す、と心の中で呟きながら、春の言うしょーとという名の人物を考えた。春は大抵は爆豪の言葉を真似して人の名前を呼ぶ。けれど爆豪がしょーとと呼んでいる人物は心辺りがなかった。


(…誰のこと言ってんだ…?)


険しい表情をしながらも手先は器用に動き、春の髪型を綺麗に整える。朝起きぬけの爆発した髪が嘘のような仕上がりだ。そんな仕上がりに春は鏡を見て瞳をキラキラと輝かせた。


「すごーい!かつきすごい!かわいー!」
「うっせ」
「これでまたしょーとにかわいいって言ってもらえるかな!」
「……今日、そのしょーとって奴に会いに行くのか?」
「うん!デクといっしょに行くの!」
「……」


鏡を見て嬉しそうな春は幼いながらもまるで恋する乙女だった。それが何より気に入らない。相手は誰だ。一体どこのどいつだと苛立ちが募っていく。
そこへ家のチャイムが鳴り響いた。途端に春はぱっと顔を上げて立ち上がる。


「デクきた!」
「……」
「じゃあいってくるね!」
「……おー」
「かつき!」
「あ?」
「ありがと!」
「…さっさと行けクソが」
「いってきまーす!」


ぱたぱたと玄関を出て行った春。おせーぞデク!っとすぐに緑谷との会話が聞こえて来る。離れていく声を聞き、爆豪は立ち上がった。もちろん、後をつけるために。


「もし春に手出しやがったらぶっ殺してやる…」


爆豪がそんなことを考えているとはつゆ知らず、春は緑谷と手を繋いでにこにこと目的の人物の元へ向かっていた。


「授業で使う物の買い出しに行くだけだから、春ちゃんきっとつまらないと思うよ?」
「つまらなくてもしょーとと遊んでるからいい!」
「春ちゃんは本当に轟くんが好きだよね」
「好き!ととろき…とろろ…とろどき…どろろ…」
「あはは、相変わらず言えないんだ」
「むー!笑うなデク!はんぶんやろーって言うなってデクが言った!」
「出来れば切島くんたちのことも普通に読んでほしいんだけどね…」
「くそ髪はくそ髪!しょーとはしょーとなの!」


むーっと頬を膨らませた春に緑谷は笑う。けれど口調がたまに爆豪寄りになってしまうのが今からとても不安だ。


「あ!しょーといた!」


人混みから轟を見つけ出し、春は顔を輝かせる。ぶんぶんと手を振る春に、轟は僅かに表情を和らげて手を上げた。


「しょーと!おはよー!」
「おう、おはよう」
「今日もね、おだんごにしてもらったの!かわいい?」
「ああ、似合ってんな」
「えへへ…!しょーとだいすき!」
「おお」
「しょーとは?春のことすき?」
「おう」
「ほんと!?じゃあしょーとのお嫁さんにしてくれる?」
「おまえの兄貴から許可が出ればな」
「そ、それは一生無理なんじゃないかな…」
「うるせーデク!」
「まずその口の悪さ直そう!?」


頬を膨らませる春の態度は明らかに轟贔屓だ。兄妹揃って当たりの強い態度に苦笑する。


「ほんとーはおにーちゃんのお嫁さんになりたいけど、おにーちゃんのお嫁さんにはなれないっていうから…」
「え?轟くんが1番なんじゃないの?」
「1番はおにーちゃんなの!しょーとは2番目!」
「そりゃ残念だ」


そう言いながら轟は春の頭を撫でた。綺麗に結われた髪型を崩さないように。嬉しそうに撫でられる春に僅かに表情を和らげると、少し離れた所でBOM!っと爆発した音が響いた。3人揃ってそちらに視線を向ける。途端に緑谷は息を飲んだ。


「てめェ半分野郎…!気安く春に触ってんじゃねぇぞ…!」
「あ、わりィ」
「やだー!しょーともっとなでて!」
「…まいったな」
「おいこら春!!今すぐそいつから離れてこっちこい!!」
「やーだー!」
「てめェ突っ立ってねぇでなんとかしろやクソナード!!」
「僕!?」


離れたくないというように、ぎゅーっと轟の足にしがみつく春に、爆豪の怒りメーターがどんどん上がっていく。それに気付いているのは緑谷だけで。どうしたものかと必死に頭を回転させた。


「ね、ねぇ春ちゃん、かっちゃんは春ちゃんが轟くんにくっついててヤキモチ焼いてるんだよ!」
「やきもち…?」
「そう。かっちゃんは春ちゃんのこと大好きだからさ。だからヤキモチ焼かせないように今日はかっちゃんの所に戻ろう?ね?」
「……むー…」
「またいつでも遊んでやるよ」
「ほんと?」
「おお」
「……しょーと、やくそくだよ?」
「ああ」


その返事を聞き、春はぱあっと笑顔を浮かべた。そして轟から離れ、爆豪の元へと走っていく。


「かつきー!あそんでー!」
「誰が遊ぶか」
「じゃあしょーとにあそんでもらう!」
「ふざけんなボケ!!何して遊びてぇんだよ!!」
「おままごとー!」
「却下」
「春はかつきのお嫁さん役なの!」
「……」
「プロヒーローのかつきとけっこんして、子どもが2人いて、しあわせいっぱいなのー!」
「随分設定細けぇな」


言いながら春と手を繋いで家への道を辿っていく。


「デクのやろーもくそ髪もあそびにくるの!」
「追い返せ」
「おともだちは大切にしないとだめー!」
「友達じゃねぇわ」
「春のおともだちなの!」
「へーへー」
「しょーとはあいじん!」
「はぁ!?リアル過ぎるわ!つかリアルじゃねぇよ愛人とか許すわけねぇだろクソが!!」
「そくばく?」
「普通だっつの」


何やらとんでもない会話をしながら、春の歩く速度に合わせて爆豪は歩みを進める。どこまでも妹に甘い幼馴染の後姿を見つめ、緑谷は苦笑した。


「春ちゃんはいないけど、みんなと合流して買い出し行こうか」
「おう」
「麗日さんたち春ちゃんいなくて悲しむかな。けど相手がかっちゃんなら仕方ないもんね」
「あいつの妹好きっぷりは全員知ってっから大丈夫だろ」
「あはは…まあバレるよね」


クラス全員にシスコン認定された爆豪は、楽しそうに話す春の頭をぐしゃぐしゃと無造作に撫で回してお団子を崩していた。
また後で、春の髪をセットする口実を作るために。


end
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最初の会話だけ書きたかったから途中の会話もオチも適当過ぎた。かっちゃんが妹を溺愛してたら可愛いなって話!手先器用だろうから文句言いながらも髪型セットとか毎日やってあげてたらいいなって妄想。

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