ドキドキ大作戦!

付き合っているはずなのに何をしていても無表情で、ドキドキしているのはいつも自分ばかりだと春は深い溜息をつき、机に突っ伏した。


「うぅ…私も轟くんをドキドキさせたい…!」
「あの轟じゃあな…」
「あの轟さんですものね…」
「あの轟くんだもんねぇ…」


相談に乗ってくれているA組たちだが、あの轟だからっと誰も良い案を出すことが出来ない。轟が照れている姿を見た人物が誰もいないのだ。


「んだよ、早速倦怠期かァ?」
「ちょ、爆豪くんやめて!」


机に足をかけて馬鹿にしたように笑う爆豪に頭を抱えた。辛辣な言葉は今の春には心に突き刺さる。


「実は他に好きな女子がい…てぇっ!」


にやにやとした上鳴の言葉を耳郎が殴ってやめさせる。けれどしっかりと春の耳には届いてしまった。ずーんっと落ち込んでいるのが丸わかりだ。


「そうだよね…やっぱりそうだよね…轟くんほどの人が私で満足するわけないもんね…」
「暗っ!やめろそのネガティヴモード!如月らしくねぇぞ!轟が如月以外を好きなわけねぇだろ!自信持てよ!」
「今はその切島くんの優しさとポジティブさが眩しいよ…」


別に好きな人がいる。轟が告白されたのを何度も見たことがあるからこそ、その可能性は大いにあった。


「そりゃモテるよ…強くてかっこよくて頭も良くて、それでいて仲間想いで周りに配慮出来て優しさもあってちょっと天然なとこが可愛くて…」
「いきなり惚気が始まっちゃったわ」
「本当に春ちゃんは轟くんのこと大好きだよねぇ」
「うん、凄い好き」
「はっ、一方通行が泣かせるなァ?」
「い、一方通行じゃないから!!……たぶん」
「い、いや如月さん、そこは自信持とうよ…」
「緑谷くんは爆豪くんと違って優しいね…」
「アァ!?俺だって優しいだろーが!!てめェの話聞いてやってんだぞコラ!!」
「聞いてるだけで優しさが微塵もないよ!」


泣きそうになりながら爆豪をじと目で睨んでいると、ちょんちょんっと肩を叩かれた。そちらに視線を向けても誰もいない。否、制服だけが浮んでいる。


「春ちゃん!轟くんをドキドキさせたいなら春ちゃんからキスすれば良いんだよ!」
「へ…!?」


葉隠の発言に春はすーっと頬を赤く染めて固まった。


「キスされれば、ドキドキするんじゃないの?」
「ていうか春と轟はキスしたことあるの?」
「………あ、ある、けど…」
「おお…!大胆や…!それってどっちから?」
「……と、轟くん、から…」
「ならやっぱり春ちゃんからキスしよう!それが良いよ!」
「え、葉隠ちゃん、ちょっとそれは…」


みんなの前でキスだなんだと言われ恥ずかしくなってしまう。まだ一度しかしたことのない轟とのキスを思い出してしまい、身体が熱くなった。


「ああ、それは良いね!例え好きじゃない相手でも多少可愛い子にキスされるなら、ドキドキするんじゃないかな!」
「君は何をしに来たのかな物間くん!?ていうか言ってること失礼だよ!」
「失礼?僕は事実を口にしているだけで…がっ」


突然A組の会話に入ってきた物間は、華麗な手刀に黙らされる。見事な手際のこの手刀は1人しかいない。


「ウチのが邪魔して悪い。如月、物間の言ったことは気にしないでよ」
「う、うん。ありがとう拳藤ちゃん」
「別にいいって。それより、如月からキスってのは私も良い案だと思うけどな」
「け、拳藤ちゃんまで何を…」
「盗み聞きしてた訳じゃないんだけど、ごめんな。けど、普段やらないことをやった方がドキドキするのは事実だと思うよ」


拳藤の言葉に相談に乗っていたA組たちもうんうんと頷く。すでに春からキスすることが決定のようだった。この空気を変えられるほどの案を春には出すことが出来ない。はぁぁぁっと大きな溜息をついた。


「…そこまで言うなら、や、やってみるよ」


おおー!っと歓声が上がった。


「私のドキドキが半端ないけどね!…頑張ってやってみる…!」


このまま轟と終わってしまうのは嫌だから。


「応援してるわ、春ちゃん」
「春ちゃんファイトー!」
「頑張れよ!如月!」
「みんな…ありがとう…!行ってくるね!」


仲間たちに背中を押され、春はやっと笑顔を浮かべた。そして勢いよく立ち上がる。轟は先に教室を出て行ったが恐らくもう校門の所で待っているのだろう。触れ合いはほとんどないけれど、帰りはいつも送ってくれるから。
A組や拳藤たちに改めてお礼を言い、春は教室を飛び出した、向かうは轟の待つ場所。


「あ、轟くん!」


校門前に辿り着くと、やはり轟は壁に背を預けて待っていた。春に気付いて視線だけを向ける。


「遅くなってごめんね」
「いや、そこまで待ってねぇよ」
(そこまで…)
「帰んぞ」
「う、うん」


先に行ってしまった轟を追いかけて歩く。
前に一度だけキスしただけで、それ以外の恋人らしいことなどしたことがない。手を繋いだこともない。揺れる轟の手を寂しそうに見つめた。


(もし、私からキスして…嫌がられたらどうしよう…)


そんなことになれば立ち直れない。いきなり心を挫かれ、春は大きな溜息をついた。


「どうした?」
「あ、ううん。何でもないよ」
「そうか」
「……」
「言いたいことがあるなら言えよ」


見ていないようで、見てくれている。春ははにかんで轟の隣に並んで歩いた。


「言っても…引かない…?」
「………場合による」
「そこは引かないって言ってよ!」


いつも通りな轟の言葉にくすくすと笑った。恋人らしいことなどしなくても、今のままでも充分幸せだと頬を緩ませる。


「それで、何だよ」
「んー。ただ、轟くんと手繋ぎたいなーって思っただけ」
「…それだけか?」
「それだけって……っ!」


すっと手を取られ、優しく握られる。自分よりも一回り以上大きい手に包まれ、春はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「これで良いのか?」
「………うん」


これだけで満たされた気持ちになってしまう単純な自分に苦笑しつつ、春は繋がれた手を握り返した。自分が少し素直になればいい。そうすればこんなにも距離は縮まる。とくんっと高鳴る胸に手を当て、春は轟を見上げた。これだけでも充分な進歩だけれど、仲間たちと約束したのだ。キスをすると。ドキドキさせると。
春は決心するように頷いた。そしてぐっと繋いだ手を強く引き、傾いた轟の頬に背伸びをしてキスをする。僅かに轟の目が大きく見開かれた。


「……」
「……」


いきなり口へキスするのは流石にレベルが高く頬になってしまったが、やはり心臓の高鳴りは尋常ではなかった。ばくばくと音が全身に響いているようで、相手に聞こえてしまうのではと思えるほどに。
お互い何も言わないまま春がゆっくりと離れると、轟はぽかんと固まっていた。


「……私ばっかり、いつもドキドキさせられてるから、轟くんにもドキドキしてもらいたいなって思ったんだけど……あー…私じゃ、ドキドキしない…?」


言っていて悲しくなる。やはり期待した自分が馬鹿だったのか。


「…ごめんね」


弱々しく謝り手を離そうとすると、強く握られ引かれた。そのままぐっと引き寄せられ、抱きとめられる。


「え…と、轟くん…?」
「…おまえ、バカだな」
「…い、いきなり酷いこと言うね…」


抱き締められていることに動揺しながら、極めて冷静に返す。内心は心臓が飛び出してしまいそうだった。


「…おまえがあんなことしてきて、動揺しねぇわけねぇだろ」
「…え…?」
「こっちは手ェ繋ぐだけでも一苦労だってのに」
「い、今…抱き締めてるけど…」
「…今こっち見られたら困んだよ」
「……実は、照れてたり…?」
「……」


ぎゅっと抱擁が強くなった。


「……おまえが傍にいるだけで、どうして良いか分かんなくなんだよ」
「轟くん…」
「…全部、俺のものにしたくなる」


抱き締められ轟の胸に押し付けられているせいで、轟の鼓動が聞こえてきた。自分と同じように早く鼓動しているのが分かり、嬉しくてそっと抱き締め返す。


「…私はもう、轟くんのもののつもり…だったんだけど…」
「……」
「むしろ全然手出してくれなくて…不安、だった」
「……初めてキスしたとき、おまえ泣いただろ」
「そ、それは…!い、いきなりだったし、びっくりして…は、恥ずかしくて…」
「……」
「嬉しく、て…」


思い出して顔を赤く染める。あれは失態だった。しかしよくよく考えればあれをきっかけに轟から距離を置かれ始めた気がする。結局は自分のせいだったのかと心の中で乾いた笑いをもらした。


「…あのときは本当にごめんね」
「…いや。…けどそうか、嫌だったわけじゃねぇのか」
「…うん。むしろ、その…よ、良かった…というか…」
「ならもう我慢する必要ねぇってことだな」
「え、轟く…っ」


一瞬にして纏う雰囲気が変わったかと思うと、抱擁を緩めた轟は春の後頭部に手を回した。驚く間もなく、春は唇を塞がれる。


「………!?」


視界を埋め尽くす轟の端正な顔立ち。キスされていると理解した瞬間、春の心臓はばくばくと早鐘を打ち始める。かぁーっと身体が熱くなっていった。
しばらくしてゆっくりと唇を離し、轟は真っ直ぐに春を見つめる。


「…っ、…ま、待って、ちょ、ド、ドキドキしすぎて、し、心臓痛い…」
「…俺もおまえと同じ気持ちだ。心臓いてぇよ」
「…ふふっ」


顔には全然出ていないのに、確かに轟の身体は熱くなっていた。本当に自分と同じ気持ちなのだと嬉しくなる。


「もうこれからは遠慮しねぇから覚悟しとけよ」
「お、お手柔らかに…」
「無理だな」


好きだ。
その言葉と共に、再び熱い口付けで唇を塞がれた。吐息をも飲み込む余裕のない口付けに、春は答えることが出来ない。頭の中は目の前の轟で埋め尽くされる。ぎゅっと、縋るように轟の制服を握り締めた。
ちゃんと、自分も好きだと答えよう。けれど今はこの幸せに浸って。答えるのは、もう少しあとで。


end
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書きたいことを全部詰め込むとめちゃ長くなるから短くしたいね!
轟くんは何でも唐突そうだから今後はクラスでもいきなりちゅーしてそう

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