幼馴染とバレンタイン

鼻歌を歌いながらエプロンを揺らし、慣れた手つきで料理を作る。毎年幼馴染みたちのために作っているため、どんどんスキルアップしているのを自分でも自覚し、2人を想って作るということが楽しかった。


「よーし!これで完成!」


最後に綺麗に生クリームを飾り付け、店で並ぶものと遜色のないチョコレートケーキが完成した。星は満足そうに笑いながらそのケーキを見つめる。そこへ星の声を聞き付けた男性陣がやってくる。


「おお!すげー!チョコケーキじゃん!」
「レベル高っ!おまえもほんと才能マンだよな…」
「なあなあ速見、これ俺たちにか?」
「残念でーした!違うよ!」


ジリジリとケーキに迫る上鳴たちからひょいっとケーキを取り上げた。ウェイトレスのようにケーキを持ちにっこりと笑みを浮かべる。


「これは出久と勝己の分!」


その笑みは普段の笑みよりも遥かに嬉しそうで。なんとなく予想は出来ていたものの、美味しそうなケーキを前にしては不満も言いたくなるのは仕方がない。


「幼馴染み贔屓ずりー!!」
「幼馴染みだもん!」
「俺たちに一口くらいくれたって良いだろー!」
「これはダメ。みんなの分はそっちに置いてあるから勝手に持ってって良いよ!」
「速見まじ天使!!」


ケーキとは別に置いてある何の変哲も無いクッキー。まだトレーの上に置かれたままだ。幼馴染み用との差が酷いけれど貰えるだけで有難いと上鳴たちは泣いて喜んだ。そんな男性陣を背に、星はケーキを持ったままスキップで幼馴染みを探し出す。
包装することも考えたけれど、包装など見ずにビリビリに破かれることは数年前に経験済みだ。だからそのまま剥き出しで皿に乗せたまま持ち、うろうろと寮内を探し回る。


「んー、共同スペースにはいないか…部屋かな?」
「あ、星ちゃん……って!星ちゃんのケーキめっちゃ美味しそう…!」
「なになにケーキ?え、まさかそれバレンタインの!?本命!?」
「速見さんは本当に器用ですわね」


星の持つケーキを見つけた瞬間、女性陣が食い付く。ケーキが美味しそうというのもあるけれど、それを渡す相手に対して興味津々だ。


「ふっふー、もちろん美味しいよ!自信作だからね!」
「いいな〜」
「ねえねえ星!それ本命なの!?誰に!?」
「三奈ちゃん、落ち着いて」
「本命だったらラッピングとかするんじゃない?」
「確かにそうですわね」
「てことはやっぱり…」


バレンタインだからと期待したが、星の表情から女性陣も予想出来てしまう。そして星から発せられた言葉は面白味もなく予想通りのものだった。


「これは出久と勝己の分だよ!」
「星ちゃん本当に2人のこと大好きだね…」


微笑ましいような呆れてしまうような。ブレない星に安心はしている。これでもし本当に本命だと別の人物が相手だとしたら大事件だ。幼馴染み2人が黙っているはずがないのだから。


「それじゃ私は2人に渡してくるから!また後でね!」


にこにこと楽しそうに階段を上っていく姿を見送り、女性陣は顔を見合わせる。


「あんな嬉しそうにして…実は本当に本命なんじゃない?」
「え、もしかして幼馴染がってこと!?」
「そうだとしたら本命って…どっちかしら?」
「……さあ?」


緑谷か爆豪か。どちらが本命なのか見当もつかない。本命なのかすら分からないが、どうせ聞いても上手くはぐらかされてしまうだろう。結局星の真意は分からず、見送るしかないのだった。

そんな見送られた星は軽やかに階段を上っていく。そして幼馴染たちを探すのだか見つからない。どこを探しても見つからない。軽やかだった足取りは段々とドタドタと激しく足音を鳴らし、終いには足音がなくなる。個性を使って移動を始めたのだ。


「もーーー!!出久も勝己もどこ!!」


むーっと膨れながら探す星は、ケーキが落ちそうなことに気付いていない。むしろケーキを持っていることを忘れているような移動の仕方だった。


「あ、飯田くん!ちょうど良いところに!」
「ん?速見くん、どうかしたのか?というか君はまた寮内を走っているのか!」
「だから走ってないってば!…じゃなくて、出久たちがどこにいるか知らない?」


説教が始まる前に用件を伝えれば、飯田はそちらに思考を巡らせる。そういえば、と口にした飯田に食いついた。


「緑谷くんは朝早くに出掛けて行ったぞ」
「勝己は?」
「いや、爆豪くんは知らないな」
「うーん、そっか。出久はまだ帰ってきてないってことだね。勝己もかな…せっかく早く食べてもらおうと思ったのに…」
「食べて…?ああ、今日はバレンタインデーだったな」
「そうだよ!後で飯田くんにもクッキーあげ……」


そこまで言った所で寮の扉が開く音が聞こえた。僅かな音だったが聞き逃さずに星は階段を駆け下りる。
寮内で幼馴染たち以外のA組は全員見た。ならば帰ってきたのは幼馴染しかいない、と単純な思考になっている。誰かが出て行った可能性やB組の可能性もあるのに。後ろから聞こえる飯田の声に止まらずに、星は真っ直ぐに玄関へと向かった。

そして1階の共有スペースが見えた所で、幼馴染2人の姿も確認する。星はパァっと顔を輝かせ、更にスピードを上げた。けれど、それが失敗だった。


「あっ」
「ぐえっ」


最後の階段を下りた直後、死角にいた峰田に躓いた。個性での勢いがついていたせいで浮いてしまった身体は止まらず、緑谷たちの方へと跳んでいく。ケーキを持ったまま。


「あ、星……い!?」


星に気付いた緑谷だがすぐさま状況を理解して青ざめ、バッとしゃがんで避ける。すると星からは爆豪が見えるわけで。爆豪が気付いて星に視線を向けた瞬間、

べしゃ、っと。不吉な音が辺りに響いた。


「……」


星は止まった。爆豪の顔面にケーキを叩きつけて。
周りにいた全員がサーっと青ざめる。緑谷に至っては真っ青だけれど、ぶち当てた当人である星はけろっとしていた。
星がゆっくりと手を離すと皿だけが床へと落ち、ケーキは未だ爆豪の顔面にくっついたままだ。冷たい空気だけが流れる。


「美味しい?」
「………ブッコロス」


この状態にそぐわない問いかけに会話が噛み合うことはなかったが、お互いの行動だけは把握していた。爆豪が言い終わる前に星はその場を跳んだ。その直後に星のいた床が大きく抉れる。


「わー!あっぶない!いま勝己本気だったね!」
「星!?何してるの!?何しちゃってるの!?」


反射的に傍にいた緑谷を連れて爆豪から距離を取った。真っ青な緑谷は取り乱している。


「何って…顔面ケーキっていうのかな?あははっ」
「あははじゃないよ!?何してるのさ!!」
「いや態とじゃないよ?」
「態とじゃなくてもかっちゃんならあんなの本気でブチ切れるよ!?」
「ね!私じゃなきゃ確実に仕留められてたね!危機一髪!」
「何で楽しそうなの!?」


緑谷のツッコミ後に再び跳んだ星は笑顔だが、先程までいた場所はまたしても抉れる。もちろん爆豪が攻撃を仕掛けたからだ。前は見えていないはずなのに寸分の狂いもなく狙ってくる。
一歩間違えれば大怪我をするのに星はどこまでも楽しそうだ。そしてそれに巻き込まれるように当然のごとく連れられた緑谷は、顔面をケーキに覆われながらも殺気に満ちている幼馴染みに青ざめるしかない。


「星早く謝って!?」
「謝っても許してくれるわけないじゃん?」
「そうだけど!!せめて半殺しで済むと思う!!」
「捕まらなきゃ半殺しも逃れられるよ!いくよ出久!生死をかけた鬼ごっこの始まりだ!」
「何で僕までーーーー!!!」


緑谷の腕を引いて跳んで上へと逃げていく。周りは動けず、声も出すことも出来ずに見つめるばかりだ。
顔面のケーキを掴んだ爆豪はそれをバクッと食べて苛立たしげに舌打ちをする。


「うめぇのが余計にイラつく…!!」
(なぜ…?)


そのツッコミは心の中に留めたまま、爆豪が星を追って行くのを黙って見送った。


「待てコラクソモブ共!!舐めやがって…!!絶対ェ殺してやるクソがァァァァ!!」
「モブじゃないから待たないよーだ」
「上等だ星ゴルァァァァァァ!!!」
「星!?だから何で余計に煽るようなこと言うの!?」
「鬼ごっこは難易度高い方が燃えるし!」
「捕まったら物理的に燃えるよ!!」
「落ち着いたらまた2人のケーキ焼かないと…」
「嬉しいけどそれ今考えること!?」


個性を駆使して跳んで逃げる星と、爆破で飛んで追いかけるケーキまみれの爆豪。そして巻き込まれている青ざめた緑谷。
しばらく寮内には爆破の音と爆豪の怒鳴り声、緑谷の悲痛な叫び声、そして、星の楽しそうな笑い声が響いたのだった。

end
ーーーーー
この後ちゃんとケーキ作り直して3人で仲良く?食べました。
出久が避けなければかっちゃんへの顔面ケーキはなかったので出久も同罪です(?)
落ちが毎回一緒ですがそれが恒例です!

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