尾白くんと一緒に帰る

「………傘がない」


放課後、昇降口の傘立ての前で星は立ち尽くした。今朝確かに傘を持ってきたはずだ。なのに傘立てには自分の傘が入っていない。完全に持っていかれたと溜息をつく。


「本当に…何で人の傘を持って行っちゃうかな…。ヒーロー志望としてそれはどうなの?」


ヒーロー以前に人してどうかと思い、溜息をつく。持っていた折り畳み傘はいつもの癖で爆豪に渡してしまった。
傘ねぇ。はい。っと、雨が降ってきたときにした一言会話を思い出して後悔する。こんなことならあのとき渡さなければ良かったと。


「勝己が一緒に傘に入れてくれるとは思えないけどね」


だったらいらねぇと言いそうな幼馴染に苦笑し、さてどうしたものかと思案する。まだ傘が残っていることからして、学校に人は残っている。それが自分の知り合いかは分からないが。


「最悪濡れて帰れば良いだけだけど、そうすると出久が怒るからなぁ」


緑谷に連絡しようかと携帯を取り出すが、迎えにきてもらうのを待っている時間が嫌だった。だったらダッシュで帰ってしまいたい。個性を使えば大して濡れずに帰れるだろう。仕方がないと、準備運動のように軽くぴょんぴょん跳ねていると、そこへ救世主が現れた。


「あれ?速見さん…?何してるんだ?」
「ん?あ、尾白くん!良いところに!」


同じクラスの尾白の登場にぱぁっと顔を輝かせた。彼ならば気兼ねなく話せる。星は尾白の元へ駆け寄った。


「尾白くん、寮まで一緒に傘入れて!」
「傘?忘れたの?」
「ううん。盗まれたの」
「ああ…」


憐れむような視線に、星はぷんぷんと頬を膨らませる。話していて段々腹が立ってきた。


「全く!ヒーロー志望とは思えないよね!まさか雄英で盗まれるなんて考えもしなかったよ!」
「確かにそれもそうだね。良いよ、寮まで一緒に行こう」
「やった!尾白くんありがとう!」


優しい対応に気を良くし、傘を広げた尾白の隣を嬉しそうに歩いた。かなり激しい雨だが、絶妙な傘の傾け具合に星は全く濡れない。


「…尾白くんって本当に紳士だよね」
「え?」
「クラス1の…いや雄英1の紳士だと思うよ!」
「いやいやそんな大袈裟な…」


苦笑する尾白に星はどんどん尾白の良い所を上げていく。力説する星に、段々と顔が熱くなってきた。


「それから他には…」
「ちょ、ちょっと待って速見さん!」
「ん?どうしたの?」
「流石に褒め過ぎじゃないかな」
「そんなことないよ!良いとこしかないじゃん!」
「俺より爆豪や緑谷の方が良い所あるだろ?」


クラスで目立たない自分よりも、良くも悪くも目立つ2人に話を逸らす。


「それは…もちろん出久も勝己も良いとこいっぱいだけど…」


若干照れた星に尾白は優しく微笑む。しかし、けど!っと大きな声を上げた星に瞬いた。


「出久と同じ傘に入るとね!私が濡れたら困るからって傘すっごい傾けてくるんだよ!もう自分がびっちゃびちゃになるくらい!過保護すぎるの!」
「あー…なんか想像出来るかも」
「それにね!勝己は逆に一切気を遣わないんだよ!むしろ私が濡れるし!女の子の扱い方を全然分かってないの!」
「あー……それもなんか想像出来るね」
「でしょー!しかも昔は…」


ぷんぷんと思い出したように昔の話をしていく星に相槌を打ちながら、尾白は苦笑した。前に緑谷が昔の幼馴染2人について話していたのを聞いたのもあり、同じようなことを話している星から仲の良さが伝わってくる。きっと爆豪も口にはしないけれど同じことを思っているのだろうと。


「本当に仲良いよね」
「…うん」


先ほどまで怒っていたのが嘘のように静かに頷いた。星は嬉しそうに微笑む。


「出久も勝己も、昔からずっと大切な幼馴染だもん」
「きっと2人もそう思ってるよ」
「えー?そうかな?出久が仮にそうだとしても勝己はないと思うよ?」
「緑谷も爆豪も、速見さんと話してるときは雰囲気違うんだ。だから速見さんが気付いてないだけだよ」
「うーん…2人の変化に私が気付かないわけないと思うけど…」
「近すぎて見えないものもあるんじゃないかな」


緑谷も、爆豪も、星も。


「…そんなもの…かな?」
「少なくとも俺にはそう見えるよ」
「…尾白くんって本当に人をよく見てるよね」
「そんなことないよ」
「見えない人も見てるくらいだもんね」
「え?」
「私も尾白くんも、自分のことは見えてないってことかな」
「速見さん?」
「んー、ごめんね!何でもないよ!」


楽しげに笑う星の言うことが分からないまま、尾白は首を傾げた。けれど星がすっきりした表情になったことに、安心したように表情を和らげる。


「幼馴染って良いね」
「うん!」


屈託なく笑う星と微笑み合い、寮への道を歩いて行った。あまり2人きりで話す機会はないけれど、またこうして仲の良さが分かる話を聞きたいと思いながら。


end
ーーーーー
尾白くんはとっても優しくて男前で紳士だと思うわけですよ。
このあと寮に帰ったら星の傘があって、何で!?ってなってみんなに聞くと、緑谷が人が差してる傘見て「あれ星の傘だ!」って言った直後に爆豪が取り上げてたって幼馴染の連携を聞かされる。
「あー…やっぱり傘なかったんだね」
「傘ないの分かってたなら迎えに来てよ!」
「うるせぇ!!だったら連絡して来いや!!」
って会話を尾白は微笑ましく見つめる。
入れたかったけど長くなりすぎたからオマケとして。


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