切島くんと腕相撲……のはずだった


「ぐ、ぬぬぬぬぬ…!」
「速見って意外と力ねぇな」


昼休み。たまたま切島と星が2人だけになった教室で、星は切島に腕相撲を申し込んだ。もちろん断る理由もなく切島は了承したが、机を挟んだ先で必死に腕を倒そうと奮闘する星に苦笑した。


「私が、力ないんじゃなくて…!切島くんが、力あるんじゃないかな…!」
「まあ女子よりはなきゃやばいだろ」
「余裕だね…!私がこんなに必死なのに…!」
「実際余裕だしな!」


星がどれだけ必死に力を入れても全く動くことはなく、切島は爽やかに笑った。


「つーか何でいきなり腕相撲なんだよ?」
「んー…、体育祭のとき…!鉄哲くんと腕相撲、してたじゃん…?それ見て、私も、久しぶりに、やりたいと、思ってええええ…!!」
「久しぶりに?」


力尽きて机に伏した星に、大丈夫か、という意味を込めて頭をぽんぽんと叩きながら問いかけた。


「…小さい頃にさ、出久や勝己たちとやってたんだよね。そのとき女子は私しかいなかったけどわりと勝ててたから、今なら切島くん相手でもイケるんじゃないかと思って」
「あー、なるほどな。けど流石に高校生にもなれば男と女の力の差は歴然だろ」
「むー…悔しい…」
「むしろ速見に負けたら俺が立ち直れねぇわ」
「…それもそうだね」


お互いに顔を見合わせて苦笑した。


「それにしてもやっぱり、切島くんの個性は羨ましいなぁ」
「俺の個性が?」
「うん。硬化って凄く良いなって思うよ」
「そうか?」


言いながら切島は腕を硬化させた。星はぱしぱしと硬化された腕を叩く。今までの授業や体育祭で分かってはいたが、やはり攻防一体の個性で羨ましく思えた。


「確かにつえーけど、地味なのが難点だな…それに比べて速見のが派手だしびゅんびゅん速くてかっけぇじゃん!」
「えへへ、ありがとう。あ、別に私は自分の個性が不満なわけじゃないよ。むしろ自分の個性は好きだし誇りに思ってる。……けど」


星は僅かに目を伏せた。


「速いだけじゃ勝てないからね」
「…爆豪にか?」
「勝己にもそりゃ勝ちたいけど、ヴィランにも他のヒーローにもだよ。もちろん救助とかだって立派なヒーローとしての活動だと思ってる。けどやっぱりヒーローを目指したのはさ、誰かを守って戦う姿がかっこよかったからだもん」


だから私はもっと強くなりたい。星はそう続けた。


「…速見、かっけぇな」
「へ?」
「そうやって上を目指し続ける姿勢はすげーかっけぇよ!」
「え?あ、ありがとう…?」
「けどよ、別に1人で強くならなくても良いんじゃねぇか?」
「…?」


首を傾げた星に、切島はにかっと明るく頼もしい笑みを浮かべた。


「おめーは1人じゃねぇんだから、今は周りを頼ったって良いじゃねぇか!俺たちは強くなってる最中なんだからよ、一緒に強くなってこうぜ!」


屈託なく笑う切島からは、信頼と自信、そして安心が伝わってくる。流石はクラスのムードメーカーだと、星は微笑んだ。ぐっと差し出された拳に拳を合わせる。


「……うん。ありがとう、切島くん」
「おう!」
「今の凄くかっこよかったよ!」
「うお!マジか!」
「マジマジ。超かっこいい」
「やっべなんか照れるな」
「ふふっ、切島くん本当に素直だよね」


照れたように笑う切島と微笑む星。柔らかい空気が流れた所へガラっと教室の扉が開く。昼を食べ終えて戻ってきたのは轟だった。


「おう、轟」
「おかえりー、早かったね」
「……」


出迎えた2人を見て固まる。机を挟んで手を合わせる…正確には拳を合わせているだけだが、そんな2人に轟はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「……わりィ、邪魔した」
「「は?」」


扉を閉めて出て行こうとする轟だったが、後ろから来た芦戸に再度強引に扉を開けられる。そして芦戸も2人の状況を見て一瞬ぽかんとした。直後、にやりと笑みを浮かべる。


「密会現場抑えたよーーーー!!」
「「はぁ!?」」


大声を上げて廊下を走っていく芦戸に2人はがたりと席を立ち上がった。明らかに何かを誤解しているということは分かった。


「ちょっと三奈ちゃん捕まえてくる!」
「お、おう!頼んだぞ速見!」


すぐさま教室を飛び出した星はものの数秒で芦戸を教室へ連れ戻してきた。入口で立ち尽くす轟と一緒に教室へと入る。そして誤解している2人に腕相撲をしていただけだと説明をした。その説明に芦戸はつまらなさそうに唇を尖がらせる。


「えー、何それつまんなーい」
「つまんなくていいっての!そんな噂流されたら俺が爆豪に殺されちまうじゃねぇか」
「切島くんは硬化があるから大丈夫……って、何でそこで勝己?」
「あ、やっぱ楽しいかも!」


どんな内容でも全てそういった恋愛に繋げたくなってしまうのは仕方がない。年頃の乙女なのだから。


「ちょっと爆豪に言ってみよ!切島と星が手繋いで見つめ合ってたって!」
「そういう語弊のある言い方やめろって!爆豪相手じゃシャレになんねぇだろ!」
「轟くん!腕相撲しよう!」
「…?おう」
「おまえは本当に清々しいほど人の話聞いてないよな!」
「星も少しは焦ってくれないと面白くないじゃん!」


呆れる切島と文句を言う芦戸を無視し、星は轟に腕相撲を申し込んだ。よく分からないままに轟は差し出された手を握り、腕相撲する態勢に入る。


「いやいや速見、轟にもぜってぇ勝てねぇって」
「やってみないと分からないよ!行くよ轟くん!レディー……」


GO!という前に再び教室の扉が開いた。戻ってきたのは緑谷、麗日、飯田の3人だ。珍しい組み合わせの4人を見て教室に入ってくる。


「みんなで何してるの?…って!星ちゃんと轟くん何で手握り合ってるん!?」
「またか…」


ただの腕相撲なのに、何かと反応する女性陣に星と切島は溜息をついた。


そして再び3人にも腕相撲だと説明をして誤解を解き、勝負に戻ろうとした所で星がはっとする。


「出久!腕相撲しよう!」
「え、僕?」
「うん!1番弱そうなのは峰田くんだけどその次に弱いのたぶん出久だよね!」
「ひ、否定は出来ないや…」
「だから弱い人から倒して徐々に力をつけていこうかと」
「おまえ意外と負けず嫌いなんだな」
「意外でもないっしょ」


ほらほらと急かされ、轟と緑谷が入れ替わった。そして緑谷と星が今度は手を握り合う。腕相撲など本当に幼かったとき以来だ。昔はともかく、高校生にもなってまさか負けるとは思っていないが、少しだけ緊張してしまう。深呼吸をしてから星を見つめた。


「……」


気合いを入れたはずなのに、星の表情にまた気が抜けてしまう。


「星?どうかした?」
「え、いや…」


歯切れの悪い答えに緑谷は首を傾げる。星はじっと構えた手を見つめ、確かめるように何度も握った。


「…なんていうか、さ」
「?」
「……出久、凄く男になったよね」
「………へ?」


予想もせぬ言葉に緑谷だけでなく周りにいた切島たちまでぽかんとする。そんな反応に気付くことなく、星は続けた。


「昔は私より小さかったし、手だってこんなにゴツゴツしてなかった。厚くて…硬くて…私の知ってる出久じゃないみたい」
「…そりゃ僕だってちゃんと成長してるよ」
「…うん、そうだね。……………………ごめん、やっぱ腕相撲なし」
「え?」


手を離して離れようとした星を、逆に緑谷の方から手を掴む。


「ちょ、は、離して…!」
「え、や、星?いきなりどうしたの?」
「い、いいから離して!!」
「何で怒ってるの!?」
「怒ってない!」
「なになになに!星ってば照れてるの!?幼馴染を男って意識して照れてるの!?」
「ててて照れてないよ!」
「え、星ちゃん…デクくんに照れてるん…?」
「だ、だから照れてない!お茶子ちゃんじゃないんだから出久なんかに照れるわけないよ!」
「ちょ…!!星ちゃん何言っとんの!?わ、わわわ私だって別にデクくんなんかに照れへんわ!!」
「緑谷モッテモテー!三角関係とか何それ美味しい!」
「も、モテモテ…?僕、貶されてる気しかしないんだけど…」


がやがやと騒がしくなってくるとA組が続々と戻ってきた。誤解を招く前に腕相撲をしていると説明すると、楽しそうに集まってくる。そんな中、人一倍激しく扉を開けて入ってきたのは爆豪だ。爆豪はそのままずかずかと星たちに歩み寄ってくると、緑谷を押し退けて椅子に座った。


「俺が相手してやんよ」


話を聞いていたのだろう。星に向かって構えた爆豪は、指を2本を立てている。つまり、2本で勝負をすると。2本で、充分だと。見下すような爆豪の表情に、星はぴくりと眉を動かした。


「へー…?いきなり来てそんな挑発的で…随分舐めた真似してくれるね?」
「てめェなんざこれで充分だわ。さっさとかかってこいや」
「…手加減してくる相手とはやりたくないんだけど」
「だったら全力出させてみろや」
「お茶子ちゃんには手加減してなかったくせに私に手加減ってどういうことかな?何?勝己はそんっっなに私のこと好きなの!?」
「はァ!?てっめふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞクソアマ!!」
「ふざけたことしてるの勝己じゃん!」


ばちばちと睨み合ったあと、爆豪は2本の指を止めてちゃんと手を出した。けれど星はむっとしたままその手を握り、腕相撲をする態勢に入る。


「手加減して負けた言い訳とかされたくないしね」
「舐めんのもいい加減にしとけよ」
「舐めてるの、どっちだ…!!」


スタートの合図もなく、星は力を入れた。けれど読んでいた爆豪は余裕の表情でそれを簡単に止め、最初の位置をキープしている。


「く、そう…!」
「おいおいそれが本気かァ?ハエでも止まってるみてぇだなァ?」
「むっかつく…!!」


立ち上がって力を入れるも爆豪の表情は変わらない。


「ふんぬぬぬ…!!」
「ちゃんと力入れてみろや」
「入れてるんだけど…!!」
「爆豪大人げない…」
「大人げないっつーか、男らしくねぇよな」


女子を相手に馬鹿にした表情の爆豪に周りは呆れた視線を向ける。何とも小さい男だ、と。


「あれ?そういえば星、爆豪の手握ったときは照れなかったね?」
「あ?」


芦戸の言葉に爆豪は眉を寄せる。必死な星とは違い、腕相撲をしているとは思えないほど余裕そうだ。


「緑谷の手握ったときは男になったって照れてたのに、爆豪相手には感想もないし照れてないし」
「……」
「あれか?爆豪は男として見られてねーとか?」
「……」
「まさかこんなとこで爆豪くんが緑谷くんに遅れを取るとはな!」


周りの言葉にどんどん眉間にシワが寄っていく。緑谷はそれを見て苦笑した。


「ねぇ星!実際どうなの?緑谷のことは男として見たのに、爆豪のことは男として見てないの?」
「んぐぐ…!か、つきのことは…!」


1人必死に力を込めながら答える星に、周りはごくりと息を呑んだ。


「勝己のことは…!昔から男の子として見てるよ!!」
「…!」


星が答えた直後、2人の間で爆発が起こった。


「い…っ!!」


突然爆破された手に星は顔を歪めて手を引いた。そしてすぐさま轟の元へ向かう。


「轟くん轟くん氷氷!!」
「お、おう」


意図を理解して凍らせた手を星に差し出した。星はそれに掌を押し付ける。


「と、轟くんありがとう…!めっちゃくちゃ痛いけど助かったよ」
「いやいやいや助かってはねぇだろ!?爆豪おま、何やってんの!?」
「……」
「いきなり爆破するなんて星が可哀想じゃん!」
「……」
「か、かっちゃん、大丈夫…?もしかして……動揺、した…?」
「バ…ッカ死ねクソ失せろカス!!」
「分かりやす過ぎだろ」
「うるっせぇ!!なんか勝手に暴発しただけだ!!」
「…爆豪くん、それ動揺したからなんじゃないの?」
「黙れ麗日殺すぞ!!」
「ヒィ!?」


暴れる爆豪を宥める切島たち。それを横目に、星は氷に手を当てたまま、緑谷、轟、蛙吹に連れられて保健室へと向かうために教室を出た。


「うぅ…手吹っ飛んだかと思った…」
「流石の星ちゃんもあの距離じゃ反応出来ないわね。大丈夫?」
「うん…ありがとう梅雨ちゃん。轟くんも出久もありがとう」
「構わねぇ。一応冷やしておいた方が良いだろ」
「便利個性羨ましい…」


星は深い溜息をついた。


「星があんなこと言うからかっちゃんが動揺したんだよ」
「あんなこと?」
「爆豪ちゃんのことは昔から男として見てるって台詞ね」
「え?だって勝己は男だよ?当然じゃない?」
「でも僕のことは昔は男として見てなかったんだよね?」
「え!見てたよ!出久は確かに小さくてひ弱だったけどちゃんと男だったし!」
「え、だ、だってさっき、僕のこと男になったって…」
「もうどうでもよくねぇか?言葉遊びにしかなってねぇよ」


星も緑谷も会話が噛み合っているようで噛み合っていない。もちろん轟も蛙吹も理解していない。けれどこれはきっと本人にしか分からない違いなのだろう。


「とりあえず、早くリカバリーガールの所へ行きましょう。星ちゃんの手、凄く痛そうだわ」
「うん、凄く痛い。出久、教室戻ったら勝己のこと殴っといてね」
「えぇ!?無茶言わないでよ!?」
「じゃあ、しばらく口聞かないって言っといて」
「え…?」
「私、結構怒ってるからさ。今回は勝己が謝るまで許さないから」


にこりと笑って蛙吹と共に保健室へ歩いていく星を見送った。轟も同じように星たちの後姿を見つめる。


「…本当に、結構怒ってたな」
「うん…まあ理不尽にいきなり爆破されたらそりゃ怒るよね…」
「爆豪が謝るとは思えねぇけど大丈夫なのか?」
「うーん。今までもこんな喧嘩いっぱいしてきてたし、大丈夫じゃないかな」


幼いときから本気の喧嘩も小さな喧嘩もたくさんしてきた。その間に入っているのはいつも自分で、結局最後はちゃんと仲直りをしたのを見てきたのだ。そして今回も、2人の間にいるのはやはり自分だ。男だ女だ言っても、幼馴染なのは変わらない。その関係が心地良い。


「まあしばらくはギクシャクするかもだけど、かっちゃんも星も必ず仲直りするよ!」


絶対的な信頼を寄せた緑谷の言葉に、轟は小さく口角を上げた。幼馴染というものは良いものだと、密かに思いながら。


end
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やべめっちゃ長くなったしオチがなんかもう…書きたいことを1つの話に詰めすぎました…!
切島くんをメインで書いてたはずなんだけどな…!
仲直りは次の日か数週間後か…

[ 12/18 ]

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