ヒーロー基礎学:鬼ごっこB

「いたぞ!速見と飯田だ!」


制限時間残り僅かになり、星と飯田はA組に発見される。すぐさま飯田は星を背負って走り出した。


「全員が集まってきたからもう轟くんの広範囲攻撃はないと考えても良いかな。これだけ密集してれば無闇に攻撃出来ないだろうし」
「いや、油断はしない方が良いぞ。轟くんは細かい芸当も出来る」
「ああー…これだから才能マンは嫌だよね」
「全くだな」
「待ちやがれクソがああああ!!」


酸、ビーム、爆音、瓦礫、様々な障害を避けながら飯田は走る。連携しているわけではなく、それぞれで勝手に攻撃を繰り出しているお陰でなんとか避けられる攻撃だ。後ろからは爆豪が追ってきている。立ち止まることは許されない。


「速見さん!飯田さん!逃しませんわ!」
「来た…!」


現れた八百万は2人向かって何かを投げる。それは目の前で爆発し、2人の視界を遮った。煙幕だ。


「煙幕の中はまずい…!飯田くん、抜けるよ!」


今度は星が飯田を掴み、抜け出すために上に跳んだ。しかし利き足ではない方で跳んだせいか、上手く調整出来ずに高く跳び過ぎてしまう。


「緑谷さんの言った通りですわ…!今です!轟さん!上鳴さん!」
「!」


高く跳び過ぎたにも関わらず、煙幕から抜けた先には轟と上鳴が待ち構えていた。


「しまった…!」


嵌められたと顔をしかめる。轟と上鳴はもう攻撃する準備は万端だった。


「行くぜスピードコンビ!無差別放電…130万ボルト!!」
「今度は外さねぇ…!」


上鳴の周りにはもう人気はない。このために避難させたのだろう。反対側で構える轟まで放電が届かない絶妙な位置でお互いに攻撃を繰り出した。


「速見くん!掴まれ!」
「!」
「このあと俺は使い物にならなくなる!あとは頼んだぞ!」
「それって…」


氷と電撃が迫る中、飯田はエンジンをフル回転させた。


「レシプロバースト!!」


空中でのレシプロバーストに、2人は凄まじい速さで空を駆ける。轟と上鳴の攻撃をかわし、空中でバランスを崩しながら飛んでいった。そして減速すると同時にどんどん落下していく。


「ナイス飯田くん!」
「というか速見くん高く跳び過ぎだぞ!着地はどうするつもりだ!」
「……えへ」
「速見くんんんん!!」


真っ逆さまに落ちていく2人。多少の衝撃はあるが制限時間は残り数秒。もう勝利は確定だ。ほっと息をつき、星は迫る地面に視線を向けた。しかし、そこへ今までずっと姿を現さなかった幼馴染の声が響く。


「瀬呂くん!梅雨ちゃん!今だ!!」


緑谷の掛け声と共に、星たちを挟んだ両サイドから瀬呂と蛙吹が姿を現した。そして瀬呂はテープを、蛙吹は舌を伸ばす。


「本命は推薦組じゃなくてこっちか…!」


幼馴染の策略に今になってやっと気付いた。みんながバラバラに攻撃していたのも、轟たちを本命と思わせたのも。煙幕で上に跳ぶことも、その後の攻撃を飯田のレシプロで避けることも、全て計算されていたことだったのかと。もうレシプロは使えない。となると、宙に浮いている状態の星にも飯田にも避ける術がない。
拘束するのに特化した2人が待機した場所に誘い込むことが狙いだったのだ。


「星は確かに誰よりも速いけど…空中ではその速さを生かせないのは分かってる…!」


足場がなければ踏み込むことが出来ない。踏み込めなければ高速での移動が出来ない。付き合いの長い緑谷にバレていないはずがなかった。


「僕たちの勝ちだ!星!飯田くん!」
「…確かに空中では勝己みたいに自由に動けない。…けど、それは1人だったらの話だよ…!」
「え…!」


星は崩れた態勢を戻し、飯田の腕に足をつける。


「速見くん…?」
「飯田くん!ちょっと痛いけど2人で勝つためだから踏ん張ってね!」
「……分かった。君を信じよう」
「ありがとう飯田くん。それじゃ、行くよ…!!」


テープと舌が2人を捕らえようとした残り2秒、星は飯田の腕を足場に跳んだ。その反動で爆豪が吹っ飛んだときのように飯田が吹っ飛び、ヒーローチームの攻撃をギリギリで回避する。
吹っ飛んだ飯田は瀬呂に突っ込み、跳んだ星は蛙吹に突っ込んだ。


「タイムアーーーープ!!」


直後、オールマイトの終了を告げる声が響き渡った。


「いっつつ…梅雨ちゃんごめんね、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。少し驚いただけ。それより星ちゃんは大丈夫?」
「…あ、はは…ちょっと…大丈夫じゃない、かも…」


乾いた笑いを漏らし、星はぱたりと倒れた。


◇◆◇

さらっと髪を撫でられた感覚に、星はゆっくりと目を覚ました。


「………かつき…?」
「!!」


視界に入った人物の名前を呼べば、当人の爆豪は大きく肩を跳ねさせる。そしてすぐさま手を引っ込めた。


「…撫でてた?」
「っるせぇな!!んなわけねぇだろクソが!!」
「撫でてても良いよー」
「だから撫でてねぇつってんだろ!!」
「…あれ?ていうか、ここは…?」


ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。よく見ればそこは保健室だ。保健室のベッドで眠っていたのだとようやく理解する。


「……あ!鬼ごっこ!どうなったの!?」
「……チッ」
「もしかして私たちの勝ち?」
「アレで勝ったとか笑わせんな!」
「笑ってないじゃん。怒ってるじゃん」
「うるっせぇわボケ!!」
「怪我人の前で騒ぐんじゃないよ!」


保健室の扉が開き、リカバリーガールと緑谷が入ってくる。緑谷は星の姿を確認してホッと息を吐き出した。


「星!良かった…目覚めたんだね」
「出久、鬼ごっこは?あのあとどうなったの?」
「もう…心配かけといてそれ?」
「私の方がいつもボロボロになってる出久に心配かけられてるけど?」
「ぅ…ご、ごめん…」
「…ケッ。弱ェくせにいきがるからんなことになんだよ」
「負け犬の遠吠えが聞こえる」
「んだとてめコラぶっ殺すぞ!!」
「か、かっちゃん落ち着いて…!」
「だーかーらー!ここは保健室だよ!もう少し静かに出来ないのかい!?」


リカバリーガールのひと声に3人は大人しくなる。


「…鬼ごっこはヴィランチームの勝ち。星も飯田くんも逃げ切ったよ」
「…そっか」
「けど、最後は無理矢理過ぎたってちょっと酷評だった」
「まあそうだよね」


時間内は逃げ切ったとはいえ、最後はかなり強引だった。あれが本番なら、時間制限などない。あそこで捕まって終わりなのだから。


「…勝己は?」
「最初の動きは褒められてたよ。星もかっちゃんも1番に動いたからね」
「ってことは後は酷評だったんだ?」
「てめェよか酷くねぇわ」
「いや最初の動きを考慮してもかっちゃんの評価が1番悪かったような…」
「アァ!?おいこらデク、てめ耳腐ってんじゃねぇか!?」
「出久はどうだった?」


怒鳴る爆豪を遮り、星は出久を見つめる。星の問いかけに出久ははにかんだ。


「め、珍しく…減点なく褒められました…」
「やったね!」
「うん。でもそれは相手が星だったからだよ。星だから僕はあの作戦を立てることが出来た」
「あれは嵌められたなぁ。出久は凄いんだからさ、もう少し自信持ちなよ!褒められたんなら調子乗ろう!勝己みたいにさ!」
「そりゃ俺が調子乗ってるっつってんのかクソアマ」


ガシっと星の頭を掴んでミシミシと締め付ける。痛いと抗議する星と、怒鳴る爆豪。じゃれ合う2人に出久は微笑んだ。


「あんたたちは本当に言っても分からない子たちだね!」
「あ、す、すみませんリカバリーガール…」
「…すみません」
「…ちっ、俺ァ戻るぞ。オールマイトに様子見に行けって言われて来ただけだからな」
「それで無視せずにちゃんと来てくれる辺り、やっぱ優しいよね勝己」
「うっせぇクソが。今度こそその足使い物にならなくすんぞ」


爆破された足は火傷の痕も傷も残ることなく綺麗に治っている。これでまだ速く跳べると心の底から安心した。自分から速さを取ってしまったら、何も残らないから。


「今度は掴まれる前に避けるよ」
「かっちゃんもうかうかしてられないね!」
「うるせぇデク!つか舐めんなよ星。成長してんのはおめーだけじゃねぇんだよ」
「え…?」


ぱっと爆豪を見上げると、強く頭を叩かれた。痛みに叩かれた箇所を押さえて唸っている間に、爆豪は保健室を出て行く。爆豪が出て行った扉をじっと見つめた。


「……ねぇ、出久」
「何?」
「成長してるのは、私だけじゃないって…勝己はそう言ったよね…?」
「うん、そうだね」
「……私、も…成長してる…?」


珍しい表情で問いかけてくる星に、緑谷は声を出して笑った。


「当たり前じゃないか!星だって凄く成長してるよ!かっちゃんも星も、昔からずっと僕の前にいるんだ。僕が成長しても、星たちもどんどん成長していくからなかなか追いつけないよ」


困ったように笑いながら話す緑谷に、星はぽかんとしたあと、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。


「…そっか…そう、なんだ…」
「星?」
「何でもないよ!私はこれからもどんどん成長していくからね!」
「僕だって負けないよ!」


2人で微笑み合うと、その会話に割って入るように保健室の扉が開き、大勢の人が入ってくる。入ってきたのはもちろんA組の面々だ。心配してくるA組たちに大丈夫と答え、勝利した同じヴィランチームの飯田に手を振った。


「飯田くん、最後強引過ぎてごめんね?減点だった…?」
「いや、俺は減点はされていない。君のことを信じたから吹っ飛ばされたあとも迅速に対応出来たんだ。だから謝らないでくれ、速見くん。…ありがとうな」
「…こちらこそ、信じてくれてありがとう」


2人で勝利を喜び、パンっとハイタッチをした。そんな乾いた音が保健室に響き渡り、A組は微笑ましそうに2人を見つめた。
そこからがやがやと自由に会話をし始めるA組を見渡し、星は目を細める。


(みんな…成長してる。それは分かってた。…けど、そのみんなの中に、私も入ってたんだ…私もちゃんと、成長出来てたんだ……。置いて行かれないように、私も守れるようにもっと強くなるから。もっと、成長するからね)


誰に言うでもなく、そう決意する。
保健室でがやがや騒ぐA組にリカバリーガールの叱咤が先か、オールマイトが訪れるのが先か。一緒に成長していく仲間に囲まれ、星は笑顔を浮かべた。


ーーーーー
ヒーロー基礎学:鬼ごっこ(完)

3話になったけどいつもと違う感じで書けてちょっと満足!割と書きたいことは書けた気がする!
たまーにこうやって真面目(?)な話を書きたい。

[ 10/18 ]

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