ヒーロー基礎学:鬼ごっこA

「…とりあえず、ここまでくれば大丈夫かな」


物陰に隠れ、星はひと息つく。体格の良い飯田を引っ張ったことと、爆豪からの攻撃で負傷した足にすでに疲労は大きい。額に浮かんだ汗を拭った。


「すまない、速見くん。助けられたな」
「良いよ、ヴィラン同士仲良くしようね」
「ぐ…そうかまたしてもヴィランチームか…!」


心苦しそうな顔する飯田に笑いかけ、星は辺りを警戒する。


「さーて、19人のヒーローが私たちを捕まえに来るわけだけど、どうやって制限時間内逃げようか」
「やはり走るしかないだろう」
「まあそうなるよね」


やはりそれしかない。それぞれどのような作戦で来るのかを考えながら、星は溜息をついた。


「長距離逃げるときは飯田くん、瞬発的にかわすのは私って役割でどうかな?」
「それぞれの得意分野で逃げる訳だな。問題はない」
「じゃあそれで行こう!けど私たちほどでないにしろ速い人はいるし、出久辺りが妙な作戦を立ててみんなが連携してきたら厄介だね」
「そうだな。だが19人だ。すぐにそんな大人数で上手い連携を取るのは容易なことじゃない。必ず穴があるはずだ」
「うん、冷静にそこを見極めて掻い潜ろう」


こくりと2人は頷き合った。


「こそこそしてんじゃねえザコ共!!」


壁を破壊して現れた爆豪に2人は咄嗟に後ろへ下がる。警戒していたお陰で飯田の反応も早く、2人は爆豪の攻撃を避けた。


「見つかるの早いなぁ」
「恐らく障子くんだろう。索敵能力持ちを相手に隠れることは意味を成さないか…!」
「じゃあ作戦通り逃げるよ飯田くん!」
「ああ!速見くん、掴まれ!」


星が飯田の背に掴まると、エンジンを噴出させて大通りを走って行く。


「待てゴラアアアア!!!」


爆破で追いかけてくる爆豪でも、ギアを上げていく飯田には追いつけない。どんどん距離が離れていく。


「あっれー?おかしいなー?どんどん距離が離れていくねー?そーんなに遅かったけー?勝己くーん?」
「上等だてめぶっ殺す!!!」
「はっはっはー!追いつけるものならこの飯田くんに追いついてみろー!」
「何をしているんだ速見くん!無闇に挑発するんじゃない!」
「だって今私たちヴィランだしさ、ヴィランらしくいこうと思って!」
「む、なるほど…!確かに一理あるな…」
「まあ今のは物間くんリスペクトだけど」
「ヴィラン関係ないじゃないか!」
「っ!飯田くん跳ぶよ!」
「…!」


突如暗闇から現れた影が襲いかかるも、即座に気付いた星がその攻撃を避けるように飯田を連れて跳ぶ。突然の方向転換にバランスを崩しながらもスピードを落とさずに飯田は走り続けた。


「ごめんね、遊び過ぎたかな」
「いや、助かったよ。今のは常闇くんか。…あんな所で待ち構えているとは気付かなかったな」
「…そうだね」


何かに引っかかりつつも、星は頷いた。その後もA組たちの攻撃は続き、それをかわしながら星たちは逃げていく。


「……飯田くん、待って」
「どうした?」


様々な攻撃を掻い潜り、周りにヒーローチームの姿が見えなくなったのを確認して飯田は足を止めた。星は飯田の背から下り、口元に手を当てて思案する。そして1つの結論に辿り着いた。


「……これは、誘導されてる…?」


行く先々で待ち構えるA組たち。速さはこちらが上なのだから行く先にいるはずがない。ならば逃げ道を誘導され、先回りされているとしか考えられない。


「本当に頭の回転早くて嫌になっちゃうね」


即座にこの作戦を立てたであろう幼馴染に笑みを浮かべた。


「出久が何か企んでる。このままただ闇雲に逃げてもその作戦にハマっていくだけかもしれない」
「…やはりそうか…上手く行きすぎていると思っていた」
「みんなが囮で本命がいるのかもね」
「本命?やはり爆豪くんか?」
「確かに勝己も危険だけど、勝己が出久の作戦に参加してるとは思えない。上手く利用されてる可能性はあるけど」
「……確かにそうだな」
「それよりもたぶん、私たちが1番警戒しなきゃいけないのは…」


突如、周りの地面や壁が凍りながら迫ってきた。そして上から大きな網が降ってくる。星は飯田の腕を掴み、氷から離れて網を避けるように跳んだ。


「おわっ!」
「1番警戒しなきゃいけないのは、広範囲に影響を及ぼす轟くんと、何を創造してくるか分からないやおももちゃん…2人の推薦組だよ!」


壁を伝い、忍者のような動きで星はその場から離れて行く。捕らえ損なった2人は小さく息を吐いた。


「ちっ、避けられたか」
「完全に不意をついたのに、予想以上の反応速度ですわ」
「ここで捕まえるつもりだったが、一筋縄じゃいかねぇか。八百万、あいつらの行き先は大丈夫か?」
「ええ、予定通りの場所へ逃げてくれましたわ。みなさんが待っています。私たちも行きましょう、轟さん」
「おう」


そんな会話を繰り広げた轟たちは逃げた星たちを追うように走り出した。

そして轟たちの攻撃を掻い潜った星は飯田を離し、ずるずると壁を背に座り込む。


「す、すまない。また助けられてしまった…!しかしよく避けられたな!」
「…ちょうど、2人のこと考えてたしね」
「速見くん…?大丈夫か?汗が尋常じゃないぞ…!?」


普段は今以上に跳び回っているはずなのに、息は切れて大量の汗が流れていた。


「あー…うん、ちょっとキツいかも…」
「やはり彼らのプレッシャーか…!19人相手というだけで精神的にキツいものがあるからな…すまない…!気付いてやれなかった…!」
「謝らないでよ。というかプレッシャーは微塵も感じてないし。むしろ楽しいね!…けど、ここからは飯田くんの速さに期待してるから」
「俺の?」


星は目を伏せ、そっと足に触れた。


「…私はちょっともう、足が限界かなー…なんて」


苦笑する星に、飯田は星の足に視線を向けた。よく見るとそこは酷い火傷を負っている。


「これは…!」
「開始直後に勝己に容赦なく爆破されちゃったからね。さすがに響いてきたみたい」


失敗したなぁっと苦笑しながら汗を拭う星に、飯田は下唇を噛む。自分が油断していたから。あのときもっと早く動けていれば星がこんな致命的な怪我をすることなどなかったのに。自分の失態のせいで、星は怪我をしたのだ。もし相手が本当にヴィランだったとすれば、星の足が切断されていた可能性も0ではない。鬼ごっこと、授業と甘く見ていた自分に悔しさが沸き起こる。


「私はとりあえずみんなを引きつけるよ。このまま出久たちの作戦にハマるなんてごめんだし。それにこの足でもまだ時間を稼ぐくらいは出来るから」
「速見くん…?何を言っているんだ?」
「制限時間はもうすぐ。だから飯田くんだけでも逃げ切って。ヴィランチームが全員捕まることが敗北の条件。だから1人でも逃げ切れたら私たちの勝ちだよ!」


笑顔でピースする星に飯田は俯く。速さの勝負に負けることは、星がもっとも嫌いなことだ。自分の速さに何よりの自信を持っているのだから。それを知っているからこそ、簡単に頷くことは出来なかった。


「…悪いが、それは了承出来ない」
「…最善の勝利の道だよ」
「俺だけが逃げ切っても納得は出来ない!2人で逃げ切ると言っただろう!君を無理矢理背負ってでも一緒に逃げるぞ!」
「……お節介だね、飯田くん」
「ヒーローはお節介なものだろう。それに、君の身近にいる彼ほどお節介じゃないさ」
「ふふっ、まあアレは相当にお節介だよね。そこが良い所だけど。…でも、私たちは今はヴィラン役だよ。ヒーローじゃない。ヴィランとして逃げ切るのが今回の授業の目的じゃないかな?」
「…君は時々、妙に冷めているな」
「冷静って言ってほしいなぁ」
「普段の君ならもっと強引にでも勝利を掴みに行くんじゃないのか?君の幼馴染2人も相手なんだぞ!負けるつもりはないと言っていただろう!」
「…もちろん負けたくないけど、それ以上に…足手まといになるなんて、絶対嫌なんだよ」


僅かに顔を歪め、ぐっと拳を握り締める。星の珍しいその姿に飯田は言葉を失った。


「もう私は、守られるだけなんて嫌だ…私だって、守れるんだから…!」


いつも隣に並んでいると思っていた幼馴染たちは、いつの間にかどんどん前を歩いていて。思えば最初から隣を歩いてなどいなかったと気付かされた。ずっとずっと、守られてきたのだ。常に星の前を歩く2人に。


「…恐らく緑谷くんたちのことを言っているんだろうが、俺には君たちのことは分からない。だが、君が守られるのが嫌だとしても、ヒーローも、緑谷くんたちも、俺も、君を守りたいから守るんだ」
「…!」
「それに、ヴィランだからと味方を見捨てるとは限らないだろう」
「…それはそうかもだけど」


未だ渋る星に、飯田はごほんっと咳払いをした。そして途端に悪い顔になり、高らかに笑い声を上げた。


「グハハハハ!!俺はヴィランだ!悪いヴィランだ!速見星!貴様の個性は使える!使えるぞ!ここで失うにはもったいない個性だ!………だから俺も君も、ここでヒーローから逃げ切らねばならない」


座り込む星に飯田は手を差し伸べた。星はきょとんとその手を見つめる。


「……ふふっ、そうだね!」


そして吹き出して笑ったあと、星は飯田の手を取って立ち上がった。足は痛むが、動けないことはない。


「それにしても飯田くんさ、対人戦闘訓練のときから思ってたけど、ヴィラン役が板についてるよね!」
「な…!それは褒め言葉じゃないだろう!」
「あははっ、褒め言葉だよ!」


笑う星に怒る飯田。星に先ほどまでの辛そうな表情はない。少しでも星の心に響いたのなら良かったと小さく息をついた。そんな飯田に星は拳を差し出す。


「それじゃあ敵同士協力しながら、残り数分全力で逃げ切りますか!」
「ああ!2人で勝利を掴むぞ!」


お互いにこつんっと拳を合わせた。

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