明智とぺご主妹

かたかたと震える手を必死に抑え、ことりとコーヒーをカウンターに置く。


「お、お待たせしました…!」
「ありがとう、陸ちゃん」
「は、はい!」


にこりと微笑まれ、顔に熱が集まるのを感じながら陸は勢いよく頭を下げた。どくどくと心臓が早鐘を打っている。会話をするだけでこれだ。


「明智、陸のこと気安く名前で呼ぶな」


不機嫌さを隠そうともせずに、お客である明智に対して蓮は言い放った。その態度と言葉に苦笑する。


「名前で呼ぶなって…君たち2人とも雨宮なんだから名字で呼んだら紛らわしいだろ?」
「……」


正論なので反論出来ない。けれど不満は不満だ。大切な妹が胡散臭い探偵に絶賛恋をしているのだから。


「それとも、陸ちゃんも僕に名前を呼ばれるのは嫌かな?」
「へ!?い、嫌じゃないです!う、嬉しいです!」
「ふふ、君は兄に似ず可愛くて素直で良かったよ」
「か、かわ…!?」
「全くだ。愛想もあるし接客は完璧だし、確かにそこは同感だな」


買い出しから帰ってきた惣治郎が会話に入ってくる。その返しに痛い所を突かれ、蓮は苦虫を噛み潰したような表情になった。


「あ、惣治郎さんおかえりなさい!」
「おう、店番ありがとな」
「いえ!まだ明智さんしかいらっしゃってないので大丈夫ですよ!」
「こんなやつの相手させて悪いな」
「こ、こんなやつだなんて!明智さんは素敵な人です!」


両手を握って力説する陸に、3人の視線が集まる。


「素敵な人、か。君にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「え…?……あ!?い、いや…!?」


微笑む明智に陸は赤くなって慌てる。蓮はそれが面白くない。


「おい、店番中にそんな顔してんじゃねぇよ。客が寄り付かなくなんだろ」
「……はい」
「それで?カレーは上手く出来たか?」
「一応」
「ちょっと見せてみろ」


蓮と惣治郎は奥へ入っていく。陸たちの所からでは中の様子は伺えない。明智は頼んだコーヒーを一口飲むと、再び陸に微笑んだ。


「うん、美味しいよ」
「あ、ありがとうございます!お兄ちゃん最近また腕を上げたみたいで」


兄のコーヒーが褒められ、自分のことのように喜ぶ陸は素直に可愛い。明智は目を細めて陸を見つめた。


「そうだね。でも僕は君が淹れたコーヒーも飲んでみたいな」
「え、私の…ですか…?」
「陸ちゃんも彼みたいに何でも器用にこなすから、コーヒーもきっと美味しく淹れられるんじゃないかな」
「えっと…コーヒーだけはちょっと…」


何でも卒なくこなせたはずだ。流石は蓮の妹と言えるくらいに。けれど何故か困ったように笑う陸に、明智は首を傾げた。


「私、コーヒー飲めなくて…」
「え?そうなのかい?」
「は、はい…その……こ、子供舌で…」


恥ずかしそうに俯いてしまった。コーヒー独特の苦味が苦手で、ミルクや砂糖を大量に入れないと飲めない。けれどそれではコーヒー本来の美味しさはなくなってしまう。
前にコーヒーを淹れるのを挑戦してみたが、それを飲んだ蓮は美味しいと歪んだ表情で言っていた。ポーカーフェイスの得意なあの蓮が。優しい兄だからこその言葉だったのだが、あの表情は忘れられない。余程不味かったのだと理解した。


「私もコーヒー飲めるようになってもっと惣治郎さんやお兄ちゃんの役に立ちたいんですけど、どう克服して良いか分からなくて…」
「…ふーん。なるほどね」


顎に手を当てて考えた明智は、ふと、何かを閃いたように顔を上げた。それに気付いた陸はカウンターからぐっと身体を乗り出して明智に近付く。


「何か良い案ありましたか!」
「うん、そうだね。良い案だと思うよ」


これ以外に方法はない、と続けられ、陸は真剣な眼差しで明智を見つめる。いつも恥ずかしがってこんなに直視してこないせいか新鮮だ。
陸が自分を好きだと気付いているからこそより新鮮だった。そして、陸が自分を好きだからこそ、成立する方法だ。明智はにこりと微笑んだ。


「陸ちゃん」
「はい!なんでしょ……っ!?」


名前を呼ばれ、手招きをされ、陸は更にカウンターから身を乗り出して明智に顔を寄せた。その瞬間、ぐいっと腕を引かれて一気に明智の整った綺麗な顔が近付いたかと思うと、それを認識する前に唇に柔らかい感触を感じた。そのあとに香るコーヒーの香りと僅かな苦味。思考が停止したように固まった。


「このコーヒーの味ならどうかな?」
「…〜〜〜っ、な、な、な…っ!?」


ぶわっと湯気が出そうなほど一気に顔を赤くした陸は口元を押さえてふるふる震えている。予想通りな反応に明智はくすくすと笑った。


「僕はやっぱり陸ちゃんの淹れたコーヒーが飲みたいな。だから克服、頑張ってみてよ」
「…っ、あ、ぅ…」
「いつでも協力してあげるからさ」
「…ぇ、ぁ…」
「あ、でも」


今度は明智が立ち上がり、身を乗り出して陸に近付いた。


「僕と君の秘密だから、お兄さんには内緒だよ」


固まった陸の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。痺れるような刺激が脳へ走っていく。真っ赤になって俯きながら頷いた。とても明智を見れる余裕はない。けれど見なくてもどんな表情をしているか分かる。分かるからこそ、余計に顔を見れなかった。


「それじゃそろそろ帰るよ」
「え…」
「ふふ、また来るからそんな顔しないで」
「あ、えと…」


まだ上手く頭が回らず、ちゃんとした言葉な発せない。あわあわしている陸に、明智は再びにこりと笑った。


「今度は2人きりのときに、また克服のお手伝いさせてもらえるかな」
「!!」
「楽しみにしているよ」


お金を置いて颯爽と去って行く明智をぽかんと見送った。カランっと鳴った扉の音でやっと我に返り、頭を下げる。


「あ、ありがとうございました!」


身に染み込んだ接客のせいか、口から出た言葉は業務的で。けれど明智の言葉、行動を思い出して頭を下げたまま上げられなくなる。ここは認知世界なのではないかと混乱した。追いつかない出来事に頭が爆発しそうだった。


「あ?あいつもう帰ったのか」
「さっさと帰ってくれて良かった」
「何をそんな毛嫌いしてんだか」
「…陸?どうした?」


頭を下げたまま動かない陸に声をかける。すると陸は勢いよく頭を上げたかと思うと、素早い動きで蓮たちの前に移動し、真剣な瞳で2人を見上げた。


「惣治郎さん、お兄ちゃん!コーヒーの淹れ方、教えて下さい…!」


コーヒーが苦手なはずの陸からの言葉に、2人は思わず顔を見合わせた。何事だ、と。


「コーヒー好きになりたいし、美味しいコーヒー淹れられるようになりたい…!」


理由は分からないが、陸がコーヒーを淹れることにもやる気なのは嬉しいことだと、惣治郎は喜んで教えた。
蓮だけが、何か嫌な予感を感じて。

end

「陸、コーヒー好きにならなくても良いぞ」
「コーヒー美味しく淹れられるようになるためにはコーヒーを好きにならないと!」
「いや、少しくらい欠点があった方が可愛らしいと思う」
「お兄ちゃんみたいに何でも出来るようになりたいの!」
「く…っ」

っていうブラコンシスコンな会話を入れたかった。
吾郎好きだ吾郎〜〜〜
どんな吾郎も好きだから今回は王道吾郎。

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