ぺご主と幼馴染み

「え!?本当に!?そ、それでそれで!?」


客のいないルブランで女子会をする怪盗団メンバー。店の1番端で何やら盛り上がっている。
それをまた反対側の1番端から男性陣は見つめ、溜息をついた。


「せっかく集まったってのに、何で女子は女子で盛り上がってんだ?つーか何の話だよ?」
「よーし!ならワガハイが調査に行ってやろう!」
「お前は混ざりたいだけだろうが」
「あちらには菓子があるな。ふむ、ならば俺もあちらに行こう」
「いやいやいや菓子食いたいだけで調査する気すらねぇのかよ!」
「なら僕が…」
「お前1人で楽しむ未来しか見えねぇよ!」
「………」
「…あー…蓮?お前さっきからすげー顔してんぞ?」


1人で全員分のツッコミをこなした竜司は、いつもと様子の違う蓮に声をかけた。
ここに集まったときはいつものように無害に微笑んでいたが、いざ女子会が始まり男だけになると途端に険しい顔つきになる。


「そりゃすげー顔にもなるだろ。昨日も陸が泊まりに来てたしな」
「またかよ。陸のやつ、毎週ここに泊まってね?」
「…ああ」


幼馴染みの蓮と陸。
蓮を追ってこちらにやってきた陸は現在一人暮らしで。そのせいか週末になると蓮の家…否、ルブランの屋根裏に泊まっている。惣治郎にはもちろん許可を取っているが、蓮の方には問題が山積みだった。
年頃の男女が同じ屋根の下で2人きりなのだから。


「けど、蓮すげーよな」
「?」
「幼馴染とは言え、普通に可愛い女子が同じ屋根の下で寝てるんだぜ?よく襲わずに我慢出来るよな」
「……」
「蓮はリュージとは違うからな」
「俺だって我慢出来るっつの!」
「まず君には相手がいないんじゃないかい?」
「ぐ…」
「竜司はともかく、まあ蓮の所にはモルガナもいるしな」
「そ、そうだよな!でもやっぱ、幼馴染は恋愛対象には見えないってことか」
「そんなわけないだろ…」
「は?」


自分のことから蓮のことへ話題が戻りそれに乗ったが、蓮は険しい顔つきのまま手を組んだ。


「そんなわけないとは…幼馴染云々のことか?」
「……」
「え、マジで?お前もしかして陸のこと…?」
「物心ついたときから片想いしてる」
「ながっ!」


ライオンハートと呼ぶに相応しい度胸の持ち主で、何事にも妙に積極的な蓮にしては奥手過ぎて驚きを隠せない。3人はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「好きな女子が同じ屋根の下で無防備に眠っているのに手を出さないとは、流石は蓮だな」
「お前なら2人きりになった瞬間に食いそうだもんな」


冗談で言ったつもりだった。どんなイメージだ、っとツッコミ待ちだったのに。


「それが出来たらどれだけ良いか…」


自分の耳を疑った。
しかしモルガナは呆れたように溜息をつく。


「え、っと…蓮?冗談だよな?」
「何が?」
「えっと…だから…」
「蓮は陸が傍で眠っているとき、何を思っているんだ?」


その質問を受け、蓮は手を組んだまま楽しそうに笑う陸を見つめた。
そして一言。


「…ぶち犯したい」
「………」


眼鏡の奥に見える瞳は据わっていた。ぼそり呟いた蓮に3人の顔を固まる。呟いた本人は無表情のままで。相当キているようだった。それに再びモルガナが溜息をつく。


「コイツ、すげー我慢してるんだぜ。いきなりそんなことして陸を傷付けたくないからってな」
「随分と優しいんだね。そんなに彼女のことが大切なのかな?」
「当たり前だろ。何よりも大切で、愛してる」
「お前…すげーかっけーな…。じゃあ告白とかして付き合えば良いんじゃね?」
「…恋愛対象として見られてない相手にいきなり告白なんてしても無駄だろ」
「陸は蓮を恋愛対象には見ていないと?」
「確実に見てない。じゃなきゃ風呂上がりに薄着で俺の隣に座ったり、ベッドの上でごろごろしてたり、目の前で着替えたりなんてしないだろ」
「あー…」


フォローの言葉が見つからなかった。
竜司はぽりぽりと頬をかく。


「と、とりあえず、犯罪だけは犯すなよ?ぶち犯すとかマジでシャレになんねぇから」
「保護観察の身でそれはまずいな」
「保護観察じゃなくてもマズイけどね」
「心配しなくても、陸が嫌がることはやらないよ」


すっと手を解くと、蓮はいつも通りの笑みを浮かべていた。その視線の先には相変わらず陸がいて、蓮に気付いて微笑んで手を振っている。


「陸が笑っていられるなら、俺はいくらでも自分の欲望と戦う。そして勝つ。絶対に陸は傷付けない」


手を振り返した蓮に、陸は嬉しそうにうっすらと頬を染めて笑った。そして陸は再び女子との会話に戻る。見た限りでは両想いなのに、これが幼馴染の距離感なのかと竜司は首を傾げた。


「俺にはお前らの関係よく分かんねぇけど、とりあえず、蓮イケメン過ぎだろ」
「同感だな」
「前歴がなければモテていただろうね」
「当然だろ?ワガハイが見込んだ男なんだぜ!」
「男に認められても嬉しくない」
「素直か!」


当然だ。褒められてはいるがそれが全員性別男だ。それのどこに喜べば良いのだと溜息をつく。


「けど、彼女も君が告白してきたら案外落ちるんじゃないかな?」
「は?」


話の脈絡なく発せられた言葉。明智は1人で納得したように頷いている。


「男として意識されていないなら、告白でもして意識させちゃえば良いんだよ」
「簡単に言うな…」
「簡単だろ?」


明智はにこりと胡散臭い笑みを浮かべた。


「数多の悪人からオタカラを盗んできた怪盗団のリーダーである君になら、彼女の心を盗むなんて簡単なことだと思うけどね」
「……今までで一番難易度が高い」
「へえ?そこまで彼女は手強いのかな」


これまで命懸けで様々なオタカラを盗み出してきたのに、それよりも難易度が高いと。明智は興味深そうに顎に手を当てた。


「それは、少し興味があるね」
「手出すなよ」
「君がいつまでも手を出さないなら、約束は出来ないかな」
「な…!」
「彼女、魅力的だよね。君のこともずっと信じているし、天敵の探偵である僕のこともあっさり受け入れてくれた。改心が必要な相手にでさえ哀れみの心を持ってる。きっと人間が好きなんだろうね。ただ甘いだけだけど、だからこそあれだけ優しくいられるんだ」
「……」
「僕は彼女のこと、結構好きだな」


にこりと、しかしどこか挑発的に明智は笑った。僅かに蓮の眉がぴくりと動く。
静かに火花を散らす2人に、竜司は顔を引きつらせた。


「え、何これ?修羅場?」
「三角関係というやつか」
「陸も面倒臭い奴らに好かれたもんだな」


モルガナの言葉に全力で頷いた。


「あ、蓮!」
「陸?どうした?」


不穏な空気を纏う2人に、陸の明るい声が響く。とたとたと近付いてくる陸に、蓮の顔はすぐにいつも通りに戻った。流石としか言いようがない。


「蓮、今日はメメントス行く?」
「いや、今は依頼もないし行く予定はないけど」
「そっか!じゃあ今日はもう解散で良いかな?これからみんなで…女の子だけで遊びに行こうかって話になってね!」
「そうか、それなら解散にしよう」
「蓮も行く?」
「…女子だけで行くんじゃないのか?」
「蓮なら良いかなーって」
「………いや、遠慮しとくよ」
「そっか残念。じゃあ行ってくるね!」
「ああ、いってらっしゃい」


まさに男として意識されていないを見せつけられたような会話だった。男性陣は声をかけることが出来ない。ただ、ドンマイと、心の中で憐れむことしか出来なかった。

女性陣が一言ずつ挨拶してルブランを出ていく中、陸は入口でぴたりと止まった。そしてくるりと振り返る。


「…あの、蓮?」
「何?」


どこか恥ずかしそうに身体の前で自身の手を弄ると、陸は恐る恐る蓮を見上げた。


「あの、さ。今日も、ここに泊まって良い…?」
「?別に良いけど」
「ほ、本当に?」
「いつも2泊してるだろ」
「う、うん!そうだよね!」
「?」
「な、何でもないの!じゃあ帰るとき連絡するね!」
「ああ」
「いってきます!」


バタバタとどこか焦ったようにルブランを飛び出して行った。そんな後姿に手を振り見送った後、蓮は首を傾げる。なんだったのだ、と。


「…これさ、進展しねぇのって…」
「陸のせいだけじゃないな」
「お互いに気付いてないってことだね」
「いつも間にいるワガハイの身にもなってみろ。もどかしくて仕方ねぇんだぞ」
「何の話だ?」
「お前らの話だよ!」


しかしそんな言葉にも蓮はきょとんと首を傾げるだけで。こりゃダメだと蓮以外は溜息をつく。
自分たちが言ってしまえば簡単だけれど、それでは意味がない気がした。


「まあ、頑張れよ」
「?分かった」


絶対分かっていないのに頷いた蓮に、再び大きな溜息がルブラン中に響き渡るのであった。
進展は、遠いかもしれない。

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