ぺご主と図書委員

雨の日にやることもなく、蓮は放課後に図書室を訪れていた。
勉強する気分でもない、早く帰れば店でこき使われる、メメントスに行くにはメンバーが集まらない、その他の知り合いもみんな今日は予定があるらしい。その結果、モルガナの提案であまり足を運ばない図書室へとやってきたのだ。


「たまにはちゃんとした本を読むのも良いだろ。いつも雑誌ばかりだしな」
「そうだな」
「本を読めば知識もつくし、色々な応用も利くようになるはずだぞ!」
「そうだな」
「おい適当だな!」
「図書室入るから静かに」


唇に人差し指を当てると、何か言いたげにしながらもモルガナは黙った。それを確認して蓮は図書室の扉を開ける。もう少し人がいるかと思っていたが、受付の図書委員しかいない。


「これならワガハイ喋っても大丈夫じゃないか?」
「本見つけるまで待っててくれ」


小声でそう会話すると、蓮は図書室内を歩き出した。何か面白そうな本はないかとゆっくり歩みを進める。特に興味のあるものが思い当たらないせいか、この膨大な数の本から好みをものを見つけるのはなかなかに困難だった。読めれば何でもいいのだが、やはり悩んでしまう。


「何か、探してるんですか?」
「え」


小説が並ぶ本棚の前でどれにしようか思案していると、小さく声をかけられる。驚いて振り向くと、恐る恐るといったような表情の女子生徒がいた。


「あ、いきなりすみません。さっきから何か探しているようだったので…」
「いや」


悪い噂のある自分に話しかけてくる生徒が珍しく、上手い返しが見つからない。あれだけ大きな噂になっていたのだから知らないはずないと思っていたのだが、女子生徒は軽蔑した眼差しではなく優しい表情でにこりと微笑んだ。


「よければ一緒に探しますよ」
「え?」
「私、図書委員ですし」
「…いいのか?」
「もちろんです!」
「俺と一緒にいて大丈夫なのかって意味だけど」
「ふふっ、大丈夫ですよ。噂の転校生さんですよね?最初は噂を聞いて怖いと思いましたけど、本好きに悪い人はいないと思っているので」
「…そうか」


落ち着いた声音は耳に心地良い。ヒソヒソと陰口を言われる訳ではなく、こうやって面と向かって会話出来る生徒は珍しく、蓮は表情を和らげた。


「それじゃあよろしく」
「はい!何を探していたんですか?」
「特に探している本はないんだ。本を読むためにきたけど、何を読むか決めていなくて…」
「なるほど。好きなジャンルとかあります?」
「…いや、特に」
「うーん…じゃあ、私のオススメとかどうですか?」
「オススメ?」
「はい!」


すると女子生徒は蓮の見ていた本棚から迷わずに1冊の本を手に取り、それを差し出した。


「?」
「これ私の最近のお気に入りなんです。面白いので、もし他に読むものがなければ是非!」


差し出された本には"大怪盗、アルセーヌ"と書かれていた。あまりにもピンポイントで蓮は驚いて瞬く。


「アルセーヌ、凄くかっこいいんですよ!泥棒は犯罪だから認めちゃダメなのかもしれないけど、彼の美学には惹かれるものがあるんです!」


きらきらとした表情で語る女子生徒はとても楽しそうだった。彼女の言っているアルセーヌは小説の中のアルセーヌであって、自分とは関係ない。そうは思っても少しくすぐったい気持ちになった。


「それに最近は心の怪盗団もいるじゃないですか!もうまさに正義…!って感じで憧れちゃいますよね!私、彼らの大ファンなんですよ!凄くかっこよくてアルセーヌのように美学も感じて……って、あ、すみません!わ、私1人で盛り上がっちゃって…」
「いや。俺も怪盗団は好きだから」
「本当ですか!わ、嬉しい…!」


まるで自分のことのように喜ぶ女子生徒はふわりと笑った。もちろん怪盗団を褒められて嬉しいのは蓮も同じだ。頬が緩んでしまうのは仕方がない。


「本、これにするよ」
「え?」


きょとんとする女子生徒に、蓮は微笑んだ。


「借りる本。君がそんなに虜になるほどのものに興味があるから、これにする」
「…っ!」


すっと頬を染めた女子生徒の手から本を受け取った。


「読むの遅いからすぐに感想は言えないと思うけど、読んだら必ず報告するよ」
「あ、ありがとうございます!」
「2年だろ?敬語じゃなくて良い」
「あ、え、えっと…うん、ありがとう」


はにかむ女子生徒に見惚れてしまう。決して特別美人というわけではないけれど、向けられる笑顔は純粋で目を奪われた。


「私、委員会がなくても放課後はほとんど図書室にいるから、読み終わったら絶対感想聞かせてね」
「……ああ」
「やった…!アルセーヌのかっこよさを語れる人がいなかったから嬉しいなぁ」
「俺がかっこいいと思う保証はないだろう」
「絶対思うよ!なんか……君とアルセーヌ、似てる気がするから」
「え…?」
「な、なんとなくね!……君が図書室に入ってきたとき、何故かアルセーヌが頭に浮かんだの」


何かバレているのかとヒヤヒヤした。けれど彼女は本当に何となく感じたようで、誤魔化すように笑っている。


「いきなり変なこと言ってごめんね」
「いや、嬉しいよ」
「本当に?」
「君が好きなものに似てるって言われたら、そりゃ嬉しいだろ」
「…っ、き、君ってキザな人だったんだね…」
「そうか?」
「絶対そう…そんな台詞が様になるなんて本当にアルセーヌみたい…」
「なら、それらしくするか」
「え?」


首を傾げた女子生徒に、蓮は不敵に口角を上げた。


「今宵、貴女の心を頂きます」
「へ!?そ、それって…」


大怪盗アルセーヌに出てくる言葉だ。女子生徒の顔が赤く染まったことに満足して微笑む。


「今宵は無理でもそのうち、な」
「……その言葉、本気にしちゃうよ…?」
「どうぞ」
「……じゃあ、えっと……ま、待ってます」


頬を染めて俯いた女子生徒に目を細める。
名前も知らない、アルセーヌに恋する女子生徒。噂を気にせずに自分を受け入れてくれた彼女に、アルセーヌにではなく自分に恋をしてほしいと密かに望みながら、蓮は"大怪盗、アルセーヌ"を借りる手続きをした。
読むのは慣れていないけれど、なるべく早く読み終えて感想を伝えようと決意する。読み終わらなくてもまた来てしまうかもしれないと苦笑を交えて。
宣言通りに彼女の心を盗むために。


「お前…本当にキザだよな」


溜息と共に鞄の中で呟かれた言葉は、聞かない振りをして。


end
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甘いからどんどん離れていくな…
ぺごやり直したときに図書室で本借りてこのネタを思い付いた。けど落ちは流れで書いたから蓮くんキザすぎる…!
アルセーヌはかっこいい。


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