ぺご主と武見の助手

武見の診療所でいつものようにモルモットのごとく実験体にされ、怪しげな液体を飲み干した。途端にくる眩暈と吐き気。それを自覚している内に意識が遠退いていく。


「モルモットさん…?モルモットさん、大丈夫ですか?」


意識が途切れる間際に聞こえたのは、武見の助手を務める陸の声だった。


◇◆◇

一体どれだけ眠っていたのだろうか。蓮はゆっくりと目を覚ます。それにすぐに気付いた陸は蓮の顔を覗き込んだ。


「モルモットさん、おはようございます」
「……」
「大丈夫ですか?自分が誰だか分かりますか?」
「……ああ」


蓮の返答にほっと息をついた。武見の作る薬に害があるとは思っていないが、倒れた事実に変わりはない。これも改良点だと素早くメモする。


「気を失ってしまったときは驚きました。ご無事で良かったです」
「…頭が痛い」
「あ、それならもう少し眠っていて下さい」
「…悪い」
「いえ、武見先生のせいですし…」


気絶させた当人である武見は席を外しているため、変にフォローする必要もない。素直な言葉を述べて溜息をついた。
蓮は額に腕を乗せて深く息を吐き出す。まだ胃に不快な感覚が残っていた。


「あとで胃薬出しておきますね」
「…頼む」
「それにしても、モルモットさんも物好きですよね」
「?」
「普通あんなの飲みませんよ。武見先生に協力するなんて物好きとしか言いようがありません」
「それを言うなら立花もだろ?」
「私は医師としての武見先生を尊敬し、信頼していますから」
「俺も武見の腕は信用してる。ここの薬はどうしても必要だからな」
「……危ないことしているんですね」


その言葉には何も答えられない。認知世界のことを何も知らない陸に話してもきっと理解出来ないだろう。それに、それを信じるとも思えなかった。


「まあ、武見先生のお役に立っているようなのでモルモットさんが何をしていても気にしませんが……死なないで下さいね」
「心配してくれてるのか?」
「ち、違います。モルモットさんがいなくなったら私が実験体にされちゃいますから。さすがにそれは御免です」
「信頼してるんだろ?」
「それとこれとは別です。私はモルモットさんと違って実験体ではなく、あくまで助手ですから。だからモルモットさんの役割は真っ当できません」


カルテを見ながら淡々と喋る陸に苦笑した。その頬が薄っすらと赤くなっていることは言わない方がいいのだろう。


「ありがとう」
「?何か言いましたか?」
「いや、何でもない。それより、いい加減そのモルモットさんっていうのやめてくれ」
「だって武見先生のモルモットさんじゃないですか」


ちゃんと名乗っているはずなのに、実験に協力するようになってから陸は蓮をモルモットと呼ぶ。もちろん良い気はしない。


「武見先生の薬が完成して、貴方がモルモットではなくなったらちゃんとお呼びしますよ」
「…先が思いやられるな」
「ですから頑張ってください」


溜息と共に頷き、蓮は起き上がった。少し気分は悪いが帰れないほどではない。


「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、世話にな……っ」


立ち上がるとドクンっと心臓が脈打った。途端に目眩がして視界がぼやける。ふらつく身体では危険だとベッドに戻ろうとしたが、上も下も分からない感覚に襲われてそのまま倒れてしまう。


「モルモットさ…!」


床に倒れたはずなのに大した衝撃にはならなかった。柔らかい何かが下にあるせいだろうかと考えたが、意識が朦朧としてきて深くは考えられなかった。


(……あったかい…)


気を失う寸前、暖かく安心する感触を腕の中に感じ、蓮は意識を手放した。


「も、ももも、モルモットさん…!?」


倒れた蓮の下敷きにされたのは陸だ。抜け出そうともがくが、それは無駄に終わってしまう。いくら細いとはいえ、自分よりも体格の良い男に下敷きにされては身動きも取れない。


「も、モルモットさん…!起きて下さい!大丈夫ですか!」


少し大きな声で呼びかけても返事はなかった。これはしばらくは起きないだろうと諦めて溜息をつく。そしてちらりと蓮の顔に視線を向けた。いつもより至近距離にある整った顔。眠っている顔は何回も見たことがある上に、元々綺麗な顔だとは思っていた。これで前歴持ちというのだから人は見かけによらないと実感する。


「…しかも自ら実験体になるくらい度胸もありますしね」


そんな風には見えないのに。そう思いながらも、穏やかに眠る表情にほっと息をついた。時間差で症状が出たことは記録しておかなければいけないが、それ以外に問題はないだろうと。


「…お疲れなんですね」


受験勉強のためという理由は武見も陸も嘘だと気付いている。本人もバレていることは分かっているだろう。それでもお互いの利害が一致した以上、何も言うことはなかった。


「こんな所じゃ身体痛めちゃうかもしれませんけど…ゆっくり休んで下さいね。…雨宮…蓮、さん」


なんとか出した片腕で蓮の頭を撫でた。ふわふわのくせっ毛は思った通り触り心地が良い。ゆっくりとその頭を何度も撫でていると、ガチャリと扉が開いた。そして入ってきた人物は、小さく溜息をつく。


「盛んな年頃だってのは分かるけど、そういうことは帰ってからやりなよ」
「え…!た、武見先生…!?え、いや、ち、違いますよ!?」
「はいはい。そういうことにしといてあげる」
「本当に違うんですよ!?ちょ、も、モルモットさん!早く起きて下さい!モルモットさん!!」
「……陸…」
「ふぁ…!?」


耳元で囁かれた名前に声が漏れてしまう。いつもは名字なのにどうしてよりによって今、名前を呼ぶのか。陸の顔はどんどん赤く染まっていく。


「陸、私は先に帰るから戸締り頼んだよ」
「え!?武見先生、まっ、え、も、モルモットさ…っ、雨宮さん!起きて下さい雨宮さーーーん!!」


陸の懇願も虚しく、蓮はもうしばらく起きることはなかった。


◇◆◇

翌日。昨日の記憶が一部ないままに、蓮は再び武見診療所へと訪れた。中にいる陸に挨拶しようとすれば、バッと距離を取られる。その頬はうっすらと赤く染まっていた。


「立花?」
「雨宮さんなんか知りません!!」
「…?」


理由は分からないが、何故かモルモットから昇格していることに気が付く。陸にとって、ただのモルモットではなくなったように感じて気分が良い。怒っている理由は分からないままだけれど、距離が縮んだことを嬉しく思い、蓮は陸に微笑んだ。


end
ーーーーー
モルモットと呼ばせたかった。
これ年離れてても実は同い年で助手のバイトしてるでもいけるな!どっちも美味しい!
武見先生が大好きです。


[ 17/24 ]


back