三輪の誕生日
ザーザーと雨が降る放課後。
生徒たちがほとんどいなくなった頃に日誌を書き終え、教室を出た。
天気予報は雨と言っていた為、傘は持ってきている。傘立てに入っているのは自分の傘1本だけだ。盗られていなくて良かったと思いながらその傘を手に取る。
そして空を見上げ、止みそうもない雨を見ながら傘を開こうとした所で、チラリと人影が視界に入った。傘も差さずにただ立ち尽くす姿が。
「…あの馬鹿は何やってんの」
眉をひそめて小さく呟き、呆れたようにそちらへ近付く。いつもは無駄に気配に敏感なのに、手の届く距離まで近付いても何の反応もない。そんな彼の上に傘を差した。
「日誌は私がやっとくから先に帰ってって言ったのに、こんなとこで何してるのよ」
「………」
ずぶ濡れの三輪は何も答えない。ぴくりとも動かない。
「傘は?」
「………」
「何か答えなさいよ」
「……雨が」
「え?」
小さく小さく呟かれた言葉は雨音にかき消されてしまいそうだった。聞き漏らさないようにもう一歩近付く。
「何?」
「………」
「何なのよ」
再び口を閉ざしてしまった三輪。
三輪秀次という人間をよく知っているわけではない。自分はボーダーではないし、そもそも知り合ったのも今年のクラス替えのときだ。
高校2年生とは思えないくらいに落ち着いているという印象で、何かを抱え込んでいることしか分からない。けれどそれに興味もなければ、慰めてあげる優しさもない。そこまで口が上手くはないのだ。
「傘ないならこれ使っていいけど、どうなの?」
「……ない」
「ならこれ使って早く帰ってお風呂入りなさいよ。風邪引いて休まれたら私が日誌書くの遅かったせいみたいじゃない」
「……」
「ほら」
傘を差したままその柄で三輪の頭をコンっと叩く。そこでようやく三輪が振り向いた。
とても悲しそうな、辛そうな、今にも消えてしまいそうな瞳で。それに気付かないフリをして再び傘の柄で頭を小突く。
「…やめろ」
「だったら早く受け取って」
「お前の傘がなくなるだろ」
「折り畳みも持ってるから大丈夫よ」
「……いい」
「そんなずぶ濡れのまま帰る気?」
「ここまで濡れているんだから傘は必要ない」
「だからってそのままにして帰ったら私の寝覚めが悪いじゃない」
「お前が気にする必要ないだろ」
「気にするとこに立ってるあんたが悪いんだから使いなさいよ」
再びぐいっと傘を差しだされ、思わず受け取ってしまった。
先ほどまで当たり続けていた冷たい雨が完全に当たらなくなる。ぎゅっと、傘を握る手に力が入った。
「…私は三輪のことよく知らないし、優しい言葉なんかかけられないわよ」
「…余計なお世話だ」
「なら良いけど」
言いながら春は鞄から折り畳み傘を出した。よく傘を盗まれるために折り畳み傘もしっかり用意している。それを差して視線だけ三輪に向けた。
「早く帰りなさいよ」
「………」
「それから、その傘返さなくていいから」
「は…?」
訝しげに春を見つめる。
「だから返さなくていいから」
「いらないのか?」
「…あー、うん、そう。いらない」
「いらない物を俺に押し付けるな」
「私にはいらない物でもあんたには必要なものでしょ」
「…俺に…?」
「…よく分かんないけど、そう思っただけ」
そう告げて三輪に背を向けて歩き出す。
しかし少し進んだ所でぴたりと立ち止まる。
「…みんなが騒いでるの聞いたから、知らない振り出来ないし、一応言っとくけど…」
「…?」
「…誕生日おめでと」
思わぬ人物からのお祝いの言葉に驚いて何度も瞬きをする。春は三輪を見ずに告げたために表情は分からない。
「…それだけ。じゃあまた明日ね」
「…如月」
足早に去ろうとする春を呼び止めた。再び振り返らずに立ち止まる。
「…如月、ありがとう」
「……風邪引かないうちに帰りなさいよ」
「お前もな」
お互いに小さく笑い、別々の方向へ歩いて行った。
明日風邪を引かずに登校し、顔を合わせたら、おはようと声をかけてみようと考えて。
end
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こういう関係も割と好き。
恋愛とかない感じね!
あんまり祝ってないけど、三輪くんお誕生日おめでとう!
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