キス魔な彼と慣れない私
「春」
名前を呼ばれて振り返った春は、ちゅっと、キスをされた。
「〜〜〜っ!!に、二宮くん!」
一瞬固まるが、すぐに状況を理解して顔を真っ赤にしながら二宮の胸をどんっと押す。すんなり離れる二宮は満足気で。
「なんだ」
「な、なななんだじゃないよ!い、いきなり何するの!」
「キスだな」
「っ、そ、そうじゃなくて!こ、ここ大学!」
「それがどうした」
「しかも廊下!」
「何か問題でもあるか?」
「みんな見てる!」
「だから何か問題があるのか」
平然としている二宮に春は両手で顔を隠した。
付き合う前からアプローチは凄かったが、付き合ってから更に遠慮がなくなっている。
時と場所と人目を気にせずに、いつでも自分がしたいときにキスをしてくるのだ。それも頻繁に。
男性と付き合ったことがないわけではないが、それでも経験が少ない春は、二宮の積極的過ぎる行動にいつも動揺しっぱなしだった。
「…私が恥ずかしいから…いきなりはやめて下さい…」
ぽつりと呟かれた言葉に、二宮は口角を上げた。そして俯く春の顎を掬って視線を合わせる。
「いきなりじゃなきゃ、良いんだな?」
「っ!!」
にやりと笑う二宮にまた顔に熱が集まっていく。
いつもあまり表情を変えない二宮が、自分のことでこんなにも楽しそうな笑みを浮かべるのが嬉しい。嬉しいが、手放しに喜べない。
「そういう問題じゃなくて!いつでもどこでも…その…き、キスするのはどうかと思うの!」
「見せつけてやれば良いだろ」
「だから恥ずかしいんだってば!」
むーっと怒る春に二宮は小さく笑い、顎を引き寄せて口を塞いだ。
びくりと驚くも、すぐに二宮の胸をポカポカ叩いて離れる。
「に、二宮くん!!」
顔を真っ赤にして怒る春に、二宮は笑みを消さない。
「二宮くん!私怒ってるんだからね!」
「ああ」
「本当に怒ってるんだよ!」
「……そこが可愛いからやめられねぇんだがな」
「なにぼそぼそ言ってるの!」
頬を膨らませて怒る春だが、それが二宮にとって逆効果だとは気付かない。
「もう大学ではキス禁止!」
「喜んでるくせに何言ってんだ」
「み、みんな見てるからダメなの!この前なんかキスしてるとこ望ちゃんとか太刀川くんに見られて大変だったんだから!」
「問題ねぇだろ」
「私の気持ち的に大問題だからダメ!禁止だからね!」
「分かったから喚くな」
そう言いながら春の頭を撫で、そのままちゅっと、額に口付けた。
ぶわっと頬を染めて二宮を見上げる。
嬉しさと、恥ずかしさと、愛しさと、恥ずかしさと、期待と、恥ずかしさと。色々な感情を浮かべる瞳で二宮を見つめ、最後に春は涙目になった。
「〜〜〜っ!口じゃなきゃ良いってわけじゃないの!二宮くんのバカーーー!!」
顔を真っ赤にして叫ぶように春は廊下を走って行ってしまった。
その後ろ姿を見送り、二宮は口元に手を当てる。
「…クソ可愛いな」
1人うっすらと頬を染め、二宮は小さく呟いた。
◇◆◇
走って逃げてきた春は、授業の始まる前の教室で大きな溜息をついた。
二宮と選択しているものが同じなので、そのうちここにも来てしまう。一体どんな顔をして会えば良いのか分からない。
「また随分と大きな溜息ね」
「…望ちゃん…」
「どうせ二宮のことだろ?」
「太刀川くん…」
両側に座ってきた2人に、春はまた溜息をつく。
「…もう、二宮くんがかっこよすぎてどうしよう…心臓保たないよ…」
「かっこいいかどうかはともかく、いつでもどこでもちゅーちゅーしてるもんな」
「ちょ!太刀川くんその言い方やめて…!」
落ち着いていた熱がまた上がり、ぶわっと顔を赤くした。
「本当にね、毎日キスしてるの見かけるわよ」
「…は、恥ずかしいからやめてって言ってるのに…!」
「でもお前もいつも満更でもない顔してるよな」
「…だ、だって嬉しいには嬉しいし…」
「…うわ、なんか普通に惚気られた」
「春には二宮くんじゃなくてもっと良い人いると思うんだけどね」
「…むしろ、二宮くんにはもっと良い人いると思うけどね。あんなにかっこよくて頭も良くて優しくてしっかりしてて頼りになって……」
「おい、何で俺を見ながら言ってんだ」
「…………えへ」
「春てめこの野郎!」
太刀川に優しくヘッドロックを決められ、春はその腕を叩いた。
「ウソウソ!太刀川くんもかっこよくて優しいよ!」
「それは頭悪くてしっかりしてなくて頼りにならないってことか!」
「ふふふっ」
「春ー!」
そんなじゃれ合ってる姿を入り口で睨む人物に、加古は小さく笑みを浮かべた。
「面白いことになりそうね」
「え?」
「何がだ?」
そこで春たちも睨む視線に気が付いた。
太刀川はやべっと言うように春から手を離した。しかしもう遅い。
こちらに向かってきた二宮は、太刀川と加古を不満そうに見据えた。
「退け」
たった一言。
その一言には独占欲やら嫉妬やら全てが含まれており、太刀川は顔を引きつらせながら、加古は楽しそうに笑いながら立ち上がった。
「邪魔してごめんなさいね」
「ったく、俺らが先に座ってたのに…」
「文句言わないの、行くわよ太刀川くん」
加古に連れられ、2人は席を移動した。
二宮は無言で春の隣に座る。
「一緒にいても良かったんじゃない…?」
不機嫌そうな二宮に恐る恐る問いかけると、やはり不機嫌そうな瞳と目が合った。しかしすぐにそれは楽しそうに細められる。
首を傾げると、すっと近付いた二宮にまたキスをされた。春が押し返す間もなく二宮から離れる。
「こういうこと、目の前で見られても良かったのか?」
「……っ!な、だ、大学ではダメって言ってるのに!」
「俺は了承した覚えはない」
「分かったって言ってたよ!」
「忘れたな」
「もう…!」
顔を赤くしてぷいっと前を向いた。
隣で二宮が笑っているのが分かる。
「…授業中はダメだからね!絶対だからね!」
「なら始まる前に補充しておかないとな」
「え!?に、二宮く…!」
そう言って春の頬に手を当て近付いた二宮に唇を奪われる。さっきよりも深く味わうように。
とんとん胸を叩くも、今度はすんなり離れない。
頬にあった手は後頭部に回る。
そこでようやく、教授が教室に入ってきた。 その瞬間に二宮がぱっと離れる。
春は顔を真っ赤にしたまま、それを隠すように二宮の胸にこてんっと倒れた。
「どうした?」
楽しそうな声音に鼓動が落ち着かない。
何も答えずに胸に擦りよった。
「授業中はダメなんだろ?」
「…うん…ダメ…」
二宮の胸から自分と同じような鼓動が伝わってきて嬉しくなる。いつも余裕な二宮も、ドキドキしている、と。
「…ダメだけど…人が見てないなら……良いよ…?」
期待の込めた瞳で見上げれば、二宮は楽しそうに口角を上げた。そのことにまたドキドキとする。
「ああ、見られてない」
そう言いながら頬に手を当て、優しく口付けを落とした。何度も、何度も。
何度も。
◇◆◇
「春」
翌日、大学の廊下で名前を呼ばれ、振り返った春は唇を塞がれた。
「〜〜〜っ!に、二宮くん!昨日と同じ!ダメだって言ってるのに!」
どんっと離れた春に、二宮は楽しそうに口角を上げている。
「しかも見られてる…!いろんな人見てるよ!」
昨日と違い、人通りの多いせいでいろんな人から注目されている。春は赤くなった顔を両手で隠した。
「だからダメって言ってるのに…!」
「人が見ていた方が虫除けになるだろ」
「え…?」
二宮の言葉に意味が分からずにきょとんと顔を上げると、腕を引かれて腰を引き寄せられた。
至近距離の二宮にカァーっと顔に熱が集まっていく。
「見せつけてやらなきゃ、昨日みたいに春と戯れ合う奴がいるからな」
「え、な、なんのこと…?ていうか、二宮くんっ、近い…!」
「キスすんだから当たり前だろ」
そう言って抱き締められ、春は再び二宮にキスをされた。
抵抗しようにも抱き締められて身動きがとれない。
それに、ダメとは言っていても嫌ではない。
しばらくして二宮が離れると、春は潤んだ瞳で二宮を睨みつけた。
「だからキス禁止なんだってばーっ!二宮くんのバカーーーーっ!!」
真っ赤な顔で怒って走っていく春。そんな照れて怒る春が可愛くて仕方ない二宮。
怒ることが逆効果なのだと春が気付くことは、この先きっと訪れない。
→後書き
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