玄界の優しい隊長

玉狛支部で2人のアフトクラトルが捕虜とされている。


その情報を聞きつけたA級1位の男は、ばたんっと玉狛支部の扉を開いた。



「邪魔するぜ!」
「本当に邪魔なんだけど!出てってくれる?」
「それで、角付きはどこだ?」
「ちょっと話聞きなさいよ!」


怒鳴る小南に太刀川は全く気にせずにキョロキョロと部屋を見渡した。しかし肝心の近界民は見当たらない。


「おいいねぇぞ?」
「だから!あんたなんかに会わせるわけないでしょ!」
「小南先輩、実は太刀川さんはあいつの口を割らせるために呼ばれた尋問者なんです」
「えぇ!?そうなの?」
「太刀川さんが尋問をすれば口を割らない者はいないと言う…」
「う、うそ!まさか太刀川がそんな凄い奴だったなんて…」
「すみません、ウソです」
「………え?」
「太刀川さんに尋問とか無理無理。ただ戦いたくて来たんでしょ?」


迅が笑いながら発した言葉に、太刀川はきらきらと頷いた。単純に戦いたいがために来たのだ。


「俺あのとき人型と会わなかったんだよ!だから戦いたい!」
「いや戦いたいって…」
「模擬戦だったら良いだろ?」


後ろで小南がぎゃーぎゃーと烏丸に文句を言っているのを聞きながら、迅は頬をかいた。


「良いわけないでしょ。一応捕虜なんだから」
「どっちか1人で良いぞ」
「ちょっと話聞いてる?」


呆れる迅に構わず、太刀川はずっときらきらと期待した表情をしている。

はぁっと溜息をつくと、ある未来が視えた。


驚いてまた太刀川に視線を向ける。


「ん?どうした?」
「……そっか、太刀川さんってやっぱ凄い人なんだね…」
「は?なんだよいきなり…」
「…いや、何でもない。とりあえず、会ってみる?捕虜2人に」
「おう!」


楽しそうな太刀川を連れ、迅は隣の部屋に移動した。

そこにはフードをかぶってソファに座る男と、膝を抱えて座る女が。


「男がヒュースで、女の子が春だよ」
「お!本当に角あるんだな!くっそーあのときやり合いたかった!」
「………誰だそいつは」


ヒュースは警戒したまま太刀川を睨む。


「俺は太刀川慶。ヒュースか春!俺と模擬戦するぞ!」
「…は…?」
「………」


ヒュースは眉間にシワを寄せた。春は何も反応せずに太刀川を見ている。


「だから模擬戦はダメだって…この2人のトリガーは没収してあるんだから」
「なら返してやれよ」
「返して怒られるのおれだからね!」


はぁっとまた溜息をつくと、太刀川はずんずんと春たちに近付いた。警戒するヒュースではなく、何も反応を示さなかった春の腕を掴む。


「トリガーないなら俺の昔の貸してやるから行くぞ!」


そう言って引っ張ると、予想以上に軽くて引っ張り過ぎ、胸に引き寄せる形になってしまった。


「お、っと、悪いな」


ぽんっと頭を撫でると、春の瞳から一筋の涙が流れた。それを機に次から次へボロボロと涙が溢れていく。


「え!?ちょ、おま…!」
「あーあ太刀川さん泣かせたー」
「俺!?俺のせいなのか!?」
「今すぐ春から離れろ!」


楽しそうに笑う迅と、眉を寄せて怒るヒュース。そしてボロボロ泣く春にあわあわしていると、小さな呟きが聞こえた。



「……ハイ、レイン…さま…っ、」



ハイレイン。
敵の親玉の名前だと聞かされていた。

何をきっかけにかは分からないが、味方に見捨てられたことに悲しんでいると気付いた太刀川は、春を優しく抱き締めながら慰めるように頭を撫でた。


「…ふ…っ、く…っ」
「おー泣け泣け。ガキは我慢すんな」


ぽんぽん背中を叩かれて、春は太刀川の胸に縋るように泣き続けた。



◇◆◇


ひたすら泣いて落ち着いた春は、ヒュースの後ろに隠れて太刀川をじとっと睨んでいた。
その目は泣き腫らして赤い。


「…いきなり鳩尾に一発くるとは思わなかったな…」
「初対面の女の子いきなり抱き締めてたらそりゃセクハラだよ」
「お前にセクハラどうこう言われたかねぇよ」


春に殴られた腹を撫でながら、再び春に視線を向ける。


「なかなか良い一撃だったぞ。お前接近タイプか?」
「う、うるさい!み、みでんのさる!」
「春、その言葉使いはやめろ。まるであいつみたいだ」
「だ、だってヒュース…他に暴言が思いつかない…」


知ってる中で一番口の悪い人物の真似をしたが、ヒュースに良い顔されずにやめることにした。


「いやー、しかしやっと喋ったね、春ちゃん」
「やっと?」
「うん。おれたちがいくら話しかけても何質問しても一言も口聞いてくれなかったんだよ。だから喋ってるの初めて見た」
「へぇーガキのくせに口は堅いんだな」
「が、ガキじゃない!」
「ん?いくつだ?」
「じゅ、16歳だ!」
「なんだガキじゃねぇか」
「ガキじゃない!お、おじさん!」
「おじさん!?」


がたりと席を立った太刀川に、春はびくりとヒュースの後ろに隠れた。

春のおじさん発言に迅は声を上げて笑っている。


「おじさんじゃない!俺はまだ20歳だぞ!」
「20歳…?ハイレイン様より年下…」


そう呟いてまた悲しげに表情を歪めた。
その様子に、ハイレインが春にとってどれだけ大切な人物だったかが分かる。


「…太刀川慶だ」
「…え…?」
「またおじさんなんて呼ばれたらたまんねぇからな。名前、覚えとけ」
「………」
「覚える必要はない。こいつらと馴れ合う必要などないからな」
「まーたそんなこと言って…折角春ちゃんが心開きそうだったのに」
「春は本国に…ハイレイン様に忠誠を誓った身だ。お前らに心を開くことはない」
「その忠誠を誓った主君に見捨てられたんでしょ」


迅の言葉に春は固まった。


認めたくなかった事実を突き付けられたのだ。ぎゅっと服の裾を握りしめた。


「………」
「…ったく、お前ら空気重すぎだぞ?」


太刀川は春に近付き、また腕を掴んだ。


「こういう沈んだときは、やっぱ模擬戦すんのが一番だ!行くぞ、春」
「わ…!」
「な…!春!」
「大丈夫だよ」


訓練室へ腕を引かれて連れられる仲間に慌てたヒュースだが、迅は小さく笑った。


「春ちゃんは大丈夫。あの人あんなんだけど、本当に凄い人だから」
「……春に何かあったら、ただじゃおかない…」
「だから大丈夫だって。あんな悲しそうな表情じゃなくて、きっと楽しそうに笑う子になるはずだから」
「なに…?」


本国にいた小さいとき、春はにこにことする素直な子だった。無表情な自分の分まで笑うような、優しい子だった。

それが、ハイレインに忠誠を誓ってから少しだけ、苦しそうに笑うようになった。
それからずっと、楽しそうに笑う春を見ていない。


春にとってハイレインは大切な主君で、ハイレインにとって春は、きっとただの駒だと思っていた。


もちろん自分もただの駒だと思われていると知っていたが、春ほど悲しんでいない。
ハイレインは、そういう人だと知っていたから。


「……春の様子を見に行く」
「…うん。それじゃ行こうか」


迅に連れられ、ヒュースも訓練室に向かった。

そこの小さなモニターで2人の姿が見える。


「…これは…」
「訓練のときに使う設定だよ。だから春ちゃんが傷付くことはない」
「………」


ヒュースはじっとモニターの春を見つめた。


◇◆◇


訓練室で対峙する太刀川と春。

太刀川は春にトリガーを投げた。春は慌ててそれをキャッチする。


「トリガーないならそれ使え」
「…使うって…」
「トリガー起動って言ってトリオン流す感じで」


アバウトな説明に眉を寄せつつ、春はトリガーを握った。


「…トリガー…起動」


すると春の身体が光に包まれた。設定していない人物のせいで、身体はトリオン体になったが、見た目は何も変わらない。


「よし、ちゃんと起動出来たな。それじゃ俺も。トリガー、起動」


太刀川の身体も光に包まれ、真っ黒な姿を現した。翻るコートに春は目を奪われる。


「あとはバチバチやり合うだけだ。訓練モードだから何回やられてもすぐに回復するからな!」
「何回も…?一回やられたら、もう、ダメ…じゃ、ないの…?」
「訓練モードだから大丈夫なんだよ」
「か、身体は大丈夫でも…!一回負けたら、もう…捨てられる…」


春はぎゅっと拳を握り締めた。


「だからわたしは捨てられた…!本国では、他の人に負けないようにして…この作戦にも参加させてもらったのに…!わたしは…負けたから…ハイレイン様に…捨てられた…」
「………」


太刀川は無言で春に近づく。
俯いている春は気付かない。


「負けなかったら…きっと連れ帰ってもらえたのに…!わたしが…玄界の人に負けたから…!」


今にも泣き出しそうな春の頭を、ぽんっと撫でた。途端にまた春の瞳から涙が流れる。


「…お前、ハイレインって奴にもこうやって撫でられてたんだな」
「…っ、わたしが勝てば…!ハイレイン様は喜んでくれた…褒めてくれた…!だから…頑張った…!」
「そっか」
「だけど…一回負けたから…もう、ダメ…もう、褒めて、もらえない…」


太刀川はぽんぽん頭を撫で、目を合わせるように屈んだ。


「負けるのはしょうがないのにな」
「……え…?」


春はきょとんと太刀川を見つめる。


「俺は強いけど、負けるときだってある。命に関わってくるときは大変だけどな」


わはははと笑う太刀川に、春は訳が分からないというような視線を向けた。


「負けたのに、この組織にいるの…?」
「おう」
「なんで…捨てられないの…?タチカワは、特別なの…?」
「…さんを付けろ」
「なんで…?」


純粋な疑問をぶつけてくる春に、太刀川は小さく息をついた。


「俺は別に特別じゃない。この組織は…ボーダーは、そんなことしない」
「なん、で…?」


太刀川はにやりと笑った。



「仲間だからだ」



その言葉に大きく目を見開いた。


仲間、など。ほとんど耳にはしなかった。

自分はハイレインの部下で、家来で、駒で。仲間と見られたことなどなかった。

その温かい場所に憧れる。


「…タチカワは、羨ましいな」
「さんを付けろっての」
「タチカワは隊長?部下がいるの?」
「…あー、まあいるな」
「その部下も、仲間?」
「そりゃ仲間だ。クソ生意気だけど、大切な仲間だぞ」
「…タチカワは、仲間を大切にするんだ…良い隊長なんだね」
「普通のことだろ?」
「わたしがいた場所とは、全然違う…そういうの、良いな…わたしもタチカワの部下なら良かった…」
「なら、なれば良いだろ」


太刀川の軽い言葉に春は目を丸くした。そして太刀川を見つめる。

太刀川はきょとんと首を傾げた。


「なんだよ?」
「え…そ、そんな…簡単に…」
「だってウチの組織にはもう近界民が入隊してるぞ?」
「近界民が…?」
「まあ、知ってる奴は少ないがな」
「わ、わたしは角があるからすぐにバレる…」
「お前の小さい角なら帽子被ればバレないだろ」
「…で、でも…」


あわあわとする春に、太刀川は頭をかいた。


「入りたいなら入れば良いし、入りたくないなら入らなけりゃ良い。それだけだろ?」
「………」
「お前はどうしたいんだ?春?」


じっと見つめてくる太刀川に、どう答えて良いか迷う。

こんなに真っ直ぐ見つめてくれる人を、自分は知らない。温かく受け入れてくれる人を、知らない。


「俺はお前が入りたいってなら大歓迎だぞ」


その言葉に大きく目を見開いた。



「は、入りたい…」


小さな呟きに、太刀川は笑った。


「んー?聞こえねぇなー?」
「は、入りたい…!タチカワの仲間になりたい…!」


今度はしっかりとした言葉に、太刀川はにかっと笑った。


「おう!」


その言葉を聞いて、春は目を輝かせ、はにかむように笑った。


「ま、俺たちのチームは強いから俺の部下になるには大変だぞ?」
「わたしも遠征部隊に選ばれたから強い!タチカワより強い!」
「てめぇ言うじゃねぇか…よーし分かった!じゃあ模擬戦再開するぞ!」


距離を取って2本の弧月を抜いた太刀川に、春も設定されていた弧月を抜いた。


「俺が勝ったら太刀川さんって呼ばせてやる!」
「わたしが勝ったらタチカワの隊長になる!」
「それボーダーを背負って戦うってことだから、な!」


太刀川は足を踏み出した。それに習って春も足を踏み出す。


ガキンっと刃が混じり合った。


「ガキのくせになかなかやるな」
「ガキじゃない…春だ…!」
「なかなかやるな、春。…やっぱさっきの撤回する」
「?」
「俺が勝ったら、慶って呼べよ!」



その言葉と同時に春を押し返した。

決着がつくのは、そう遠くない。


−−−−−−−−
おまけ


「ケイ!」


太刀川は呼ばれて振り返った。


太刀川隊の隊服に着られている感満載の春に、太刀川は苦笑する。


「おっまえ似合わねぇなー」
「…イズミにも言われた」
「だろうな」


笑いながら春の頭を撫でると、春は嬉しそうに笑った。


「ケイに撫でられるの好き」
「撫でられるのだけか?」
「?」
「俺のことは?」


自分を指差して問いかける太刀川に、春はにかっと笑って太刀川に抱き着いた。


「ケイのことは大好き!」
「おう!ありがとな!」


ぎゅーっと抱き締め返すと、春が太刀川を見上げるように見つめた。何かを待っているようなその瞳に首を傾げる。


「ケイは?」
「ん?」
「ケイはわたしのこと好き?」


こてんと首を傾げつつ不安を瞳に浮かべる春に、太刀川は微笑んだ。


「好きに決まってんだろ」
「…良かった」
「…春」


にこっと笑った春の頬に手を当て、名前を呼ぶ。それだけで何をするか気付いた春は、嬉しそうにはにかみ、目を閉じた。

それを確認した太刀川はゆっくりと近付いて、ちゅっとリップ音を立ててキスをする。


「太刀川さーん!春ー!そろそろ任務ですよー!」


遠くで出水の声が聞こえ、2人は至近距離で微笑み合った。


「行くか」
「うん!防衛任務頑張る!」
「どっちが多く倒すか勝負だ」
「今回は負けないよ!」
「俺が勝ったら明日1日俺と模擬戦な」
「明日はダメ。ヒュースと約束あるから」
「俺よりヒュースかよ!…てか、負けるの前提か?」
「ま、負けないよ!」
「じゃあ1日模擬戦な」
「…ケイが勝ったらね」
「それで?」
「?」
「ないと思うが、春が勝ったらどうする?」



春は少し考えてからぱっと笑顔で太刀川に向き直った。



「わたしが勝ったら、もう一回キスしてほしい!」
「っ!」
「…ダメ…?」


見上げてくる春から視線をそらし、頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「……春が勝ったらな」
「うん!絶対勝つよ!」


春は笑って出水の元へ走って行った。

熱くなった顔に手を当てる。


「…あのガキ…どんどん厄介な言葉を覚えていきやがって…」


真っ直ぐな春は思ったことをすぐに口にする。それは嬉しいが突然言われると太刀川の方が動揺する。



「こりゃ勝っても負けても美味しいな」


そう言って太刀川は春の後を追いかけた。

結果はどうあれ、もう一度キスをしてやろうと考えて。



end


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