渡せなかったものをもう一度

※注意

捏造過多
加古隊3人編成
トラッパーちゃんいません

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B級ランク戦の解説を終えた加古を見つけ、春は走り寄った。


「望!お疲れさま!」
「あら、春」
「紅葉か」
「風間さんもお疲れさまです!」


走りながら挨拶をし、目の前にくると加古の手を取って両手で握りしめた。


「望の解説凄かったよ!分かりやすかった!」
「そう?春に言われると嬉しいわ、ありがとう」


にこにことする春に、加古も表情を和らげて笑った。すると、近くの扉が開き、ランク戦の終わった二宮隊が出てくる。

春の握る手に力が入り、加古は小さく息をついた。


最初に出て来たのは辻だ。

春たちに気付いて頭を下げる。咄嗟に春も頭を下げてしまった。


「ははっ、紅葉さん何してんですかー」
「あ、つ、つい…えへへ…」


次に出て来た犬飼は深く頭を下げている春を見て笑っている。2人とも年下だ。なのに何をやっているのかとやっと気付き、春は照れながら笑い、頭を上げた。

そして固まる。



犬飼と辻の後ろに、二宮の姿を見つけて。


目が合っている。じっと見られている。
鼓動は早くなるのに身体は全く動かない。


「二宮くん、お疲れさま。相変わらず貪欲ね?」
「……俺の得点を取って何が悪い」
「東さんの攻撃を防いだのはなかなかだったぞ、二宮」
「…ありがとうございます」


風間に小さく頭を下げ、二宮は春の横を通り過ぎた。
春の体温は一気に上がる。
隣に来ただけで、通り過ぎただけでドキドキと嬉しくなってしまう。


片思いは楽しいな、とそれだけで満足していると、加古が突然春の手を引き、二宮の方へどんっと背中を押した。


「はぶ…!」



あまりの勢いに二宮の背中へ衝突する。


「あら、強く押しすぎちゃった」
「…態とだろう」


楽しそうに笑う加古に風間は呆れているが、押された当人である春はそれどころではない。


ゆっくりと顔を上げた。


すると、少し驚いた顔をして見下ろしてくる二宮とバッチリ目が合う。

春は慌てて離れた。


「わ、あ、ご、ごめんなさい!」
「…いや。怪我はないか?」
「う、うん!大丈夫!大丈夫だよ!」
「そうか」
「あ、に、二宮くん…!」


前を向こうとした二宮を、春は思わず引き止めた。


再び二宮の視線が春に向く。


久しぶりに話すことが出来たのだ。
もう少し、話したいと欲が出て呼び止めてしまった。けれど、話すことなど思いつかない。


「なんだ?」
「え、えっと…ラ、ランク戦お疲れさま!凄くかっこよかったよ…!」


最後の一言は余計だったと心の中で後悔したが、二宮は表情を和らげた。そのことにどきりと胸が高鳴る。


「…ああ。ありがとな」


そしてぽんっと春の頭を撫で、二宮は去って行った。

撫でられた頭に両手を乗せ、春はカァーっと頬を染めた。そのまま二宮の背を見送り、見えなくなるとくるっと振り向いて加古に向き直る。


「の、望…!今…!今…っ!」
「はいはい、良かったわね」


両手を乗せたまま、春は嬉しそうに笑った。



「撫でられちゃった…!二宮くんに撫でられちゃった…!やばい…もう死んでも良いかも…!」
「大袈裟ね。それより、例のもの…ちゃんと渡したのかしら?」
「………え…?」


加古の言葉に固まった。そして冷や汗を流す。
長い付き合いの加古だ、それだけでもう分かってしまったのか、溜息をつく。



「バレンタイン近いからって折角用意してたのに渡さないなんて」
「わ、渡せるわけないよ!だって二宮くん私のこと加古隊の狙撃手って認識しかないよ!?そんな良く知りもしない相手にチョコもらうとか…二宮くん嫌がるでしょ!」
「良く知りもしない相手なら、二宮くんは一蹴するでしょうね」
「ほら!」
「…良く知りもしない、相手になら、ね」


繰り返した加古に春は首を傾げた。


「まあ、そのうち分かるんじゃないかしら」
「そのうちが来れば良いがな」
「来るわよ、きっと。風間さんも応援してあげてね」
「お前は余計なことをし過ぎるなよ」


加古は楽しげに笑うだけで何も答えなかった。



◇◆◇


B級ランク戦終了後、B級1位をキープした二宮隊は太刀川隊ではなく加古隊に挑戦を申し込んだ。



「望!二宮くんに何したの!?」
「どうして?」
「だってまさか加古隊に挑戦を申し込んでくるなんて…!望が何かしたとしか思えない!」
「失礼ね、春。私はただ、私たちに勝てないようじゃ太刀川くんに勝つなんて一生無理ねって言っただけよ」
「ほらやっぱり!!」


春は頭を抱えた。
加古の挑発にまんまと乗った二宮が加古隊に挑んできたのだ。


「うぅ…どうしよう…心の準備が…」
「春さん、まだ少し先の話ですから落ち着いて下さい」
「双葉は落ち着き過ぎ!だって二宮くんだよ!?二宮くんに銃向けるとか…!」
「ランク戦なんだからしっかりしなさい」
「わ、分かってるけど…」
「そんなに二宮さんと戦いたくないのなら、犬飼先輩や辻先輩を狙ったら良いのではないでしょうか?」
「…そ、そうだね…!そうすれば…」
「ダメよ」
「なんで!」
「春には私の援護についてもらうから。いくらB級とはいえ、二宮くんはNo.1射手よ?私1人じゃ分が悪いわ」
「で、でも双葉があの2人を相手になんて…」
「2人揃う前に1人ずつ確実にしとめなさい、双葉」
「はい!」



さくさく進む作戦にもう拒否権はないと感じ取り、春は大きな溜息をついた。


二宮隊とのランク戦までに、しっかりと落ち着かなければ。

チラリと視界に入った渡せなかったものを見て、気持ちを改めた。


A級隊員として、B級に負けるわけにはいかないのだ。

例えそれが、片思い中の大好きな相手だったとしても。


◇◆◇


「けほっけほっ…」
「春さん、風邪ですか?」
「う、うん…ごめんね…」


二宮隊とのランク戦当日、春は隊室でグッタリしていた。



「…気持ち切り替えようと思って頑張ってたんだけど……ここ数日まともに寝れなくて…」
「…そんなに悩んでたんですか」
「…片思いってのはそういうものな…ごほっ、ごほっ」


切り替えようと思って切り替えられるものでもなかった。
だが、同時に楽しみにもなってきていた。


二宮と戦うのが嫌だ。
二宮と戦うのが楽しみ。
倒すのが、倒されるのが。
二宮の視界に自分が入るのが。

それだけで、心が躍っている。


「…よし、頑張る」
「大丈夫ですか?」
「トリオン体になれば大丈夫だよ。あ、でも望には内緒ね」
「ですが…」
「ランク戦終わったらちゃんと休むから、ね」


何か言いたげな黒江に微笑み、春はトリガーを起動した。トリオン体になるととても身体が軽い上に咳も出ない。


すると、隊室の扉が開いた。


「そろそろ時間だけど、準備は良い?」


入ってきた加古は春たちを見渡して問いかけた。


「はい、大丈夫です」
「うん!準備オッケー!…ところで、望は何してたの?」
「ちょっとね」


ふふっと笑った加古に、春と黒江は顔を見合わせて首を傾げた。


「そのうち分かるわ。行くわよ、春、双葉」
「「了解!」」


◇◆◇


そして二宮隊とのランク戦が始まり、春はすぐにバックワームを装着して身を隠した。


オペレーターの援護で加古の近くへ移動し、スコープ越しに加古の姿を確認した。
そのままスコープを左に移動し、加古と戦う相手を捉える。


(かっこいい…!)


スコープ越しに二宮の姿を確認して頬が緩む。

お互いに余裕そうな表情をしていて、どちらも譲らなくて。


(…やっぱり、二宮くんと望はお似合いだな…)


美男美女とはまさにこの2人だと思う。


(…別に、二宮くんと付き合いたいとかそんな大それたこと考えてないけど…)


対等に戦っている加古が羨ましい。




そう、思ってしまう。



『春』
「は、はい!」


加古の通信に驚いて引き金を引きそうになり、焦りながら答える。


『チャンスがあったらいつでも撃ってちょうだい』
「りょ、了解!」


そう答えて再びスコープを覗き込む。



ぱちっと、視線が合った。



「ふぇ!?」


場所がバレていたことよりも、二宮がこちらを見ていたという嬉しさに心臓が跳ねた。


驚いて引いてしまった引き金により、銃弾が発射される。


そしてその咄嗟に撃ってしまった弾が、二宮に当たった。


「え…?」


驚いたのは春だけではない。


目の前にいた加古も驚いた表情をしている。


「っち」


舌打ちをしてトリオンキューブを浮かべた。
そのトリオンキューブが春に向かっていく。


驚いたままで避けることも出来ずに春の身体は貫かれた。


そしてそのままベイルアウトする。







ドサッと落ちたベッドで、先ほどのことを思い出す。


二宮が、自分を見ていた。

自分を見ていたのに、攻撃を避けられなかった。


あの二宮が。


個人総合2位の、あの二宮が。



「なん…で…」



しかし、重くてぼーっとする頭では考えられない。


起き上がることも、オペレーターの所へ向かうことも出来ず、春はそのまま目を閉じた。

◇◆◇

額に乗った冷たい感触に、春はゆっくりと目を開いた。

ぼやける視界にはいるはずのない人物が見えて、夢の中なのだと小さく微笑んだ。


春の額に手を乗せる二宮の手に、自分の手を重ねた。



「!」
「…冷たくて、気持ち良い…」
「…そうか」


反対の手で、今度は頭を優しく撫でられる。




しかし、そこで頭が覚醒し始めた。


この感覚には覚えがある。

B級ランク戦終了後、二宮に頭を撫でられたときと同じだ。



「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………っ!?」



しばらくの沈黙後、ようやく春は気付いた。夢ではないと。

目の前にいるのが本物の二宮だと分かり、どくんっと心臓が跳ねた。



「わ、え、え、あ…っ」
「どうした」
「な、ななななななん、で…!二宮くんが…!?」
「…加古に頼まれた」
「え……?望…?」


加古隊と二宮隊とランク戦終了後、加古隊は防衛任務があった。

だから風邪で寝ている春を看病出来ないから代わりに頼む、と。


「の、望にバレてたんだ…」
「みたいだな」
「…で、でも…どうして…に、二宮くんが…?」
「…知るか」
「ご、ごめん…」



不機嫌そうな二宮に春は小さくなった。

自分の看病を頼まれるなど、二宮は嫌に決まっている。申し訳ない気持ちになってきた。


「あ……えっと…もう、大丈夫だから…」


身体は重いし寒気もあるが、1人で無理なわけではない。


「大丈夫だから、戻って良いよ?ごめんね、迷惑かけちゃって…」
「………」
「二宮くん…?」


起き上がろうとした春の肩を、二宮が止めた。そしてまたベッドに寝かせる。


「良いから寝てろ」
「…う、うん…でも二宮くん見送ろうかと…」
「必要ない」
「でも…」
「ここにいるから必要ないって言ってんだ」


熱い身体がより一層熱くなった気がした。


「こ、ここに…?」
「戻る理由もない」
「め、迷惑じゃ…」
「それは俺が決めることだ」


有無を言わせぬ言葉に、春は驚きつつも小さく笑った。
二宮と一緒にいられるのが嫌なわけがない。



「…ありがとう、二宮くん」


その言葉に二宮はふいっと顔を逸らした。そしてあるものに気がつく。


「あれは…」


二宮の視線の先にあるのは、春が二宮に渡せなかったものだ。綺麗にラッピングされたまま置かれている。

加古のセンスの良い私物が置かれている部屋には不釣り合いなそれに、二宮は疑問を浮かべた。
そして近付く。



「あ…っ、あれは…!その…!」


思わず起き上がって隠そうとしたが、もう遅い。二宮はそれを手に取っていた。


「お前のか」
「え、あ…っと…い、一応…」
「……バレンタイン、か」
「……いち、おう…」



立っていられなくなり、またぽすんっとベッドへ戻った。

身体が熱いのは熱のせいか、二宮のせいか。ドキドキと高鳴る心臓は、期待か、不安か。

身体がだるくてふらふらしていると、また二宮に肩を押されてベッドへ寝かされる。


「寝てろって言ってんだろ」
「…ごめんなさい」


大人しく横になったが、心臓は高鳴ったままだ。二宮がそれを手に持っているのだから。



「…誰かに渡すつもりだったのか」
「っ!!」


またどきりと心臓が跳ねた。


誰に、渡すか。


それは、答えて良いものか。

誤魔化す、べきなのか。



「…うん…」



渡すつもりではあった。
そのことだけを答えた。


「…渡せ、なかったけど」


あはは、と笑う春を、二宮はじっと見つめる。そして、どこか不機嫌そうに口を開いた。



「…誰にだ」
「…っ」


ついに、聞かれた。

誰に渡すつもりだったのか、と。



「そ、れは…」



あなたに。

そう答えられればどれだけ良いか。


片思いという気持ちは、相手に気付かれていないからこそ楽しいのだ。


ちょっとしたことに喜んで、ちょっとしたことにドキドキして、その人がいるだけで、毎日が楽しくなる。


それが、気持ちがバレてしまえばもう純粋に相手を見れなくなってしまう。

距離をとって避けられるのは、嫌だ。
今までのままでいたい。



「……おやすみなさい」



だから逃げることにした。

毛布を頭から被り、二宮に背を向けるように寝る態勢に入った。



「おい」


呼びかけには答えない。


熱で頭が働かないのだ。下手に答えることは出来ない。だったら風邪を口実に逃げてしまえば良い。

起きたらきっと、またいつも通りのはずだ。



そう思い目を閉じたが、ばっと毛布を取られた。驚いて振り返ろうとすると、顔の両側に手をつかれる。逃げ道を塞がれた目の前には二宮の顔が。


逃げ道のないこの状況に、心臓が痛いくらいに跳ね上がる。ドキドキは収まらない。



「…っ、に、にの…」
「寝るなら答えてからにしろ」
「…さ、さっきは…さっさと…寝ろって…」
「さっさと答えてさっさと寝ろ」


真っ直ぐに見つめられて言葉を失う。
こんなに至近距離で、こんなに真っ直ぐに見つめられることなど今までなかった。

嬉しいはずなのに、頭が追いつかない。


「誰に渡すつもりだった」
「………」


逃げられないながらも目線だけそらす。そのことに二宮はまた不満そうにする。


「紅葉」
「………」
「おい、紅葉」
「………」
「………春」
「っ!」



初めて名前を呼ばれて思わず視線を戻した。熱い瞳とバッチリ目が合う。

もう、逃げられない。





「誰に渡すつもりだった」
「…に、の…みやくん…」
「だから、誰に渡すつもりだった」
「だから…っ、にのみやくん…に…」
「…なに?」
「二宮くんに…渡すつもり、だったの…!」


真っ赤な顔でそう告げる春に、二宮は目を丸して春を見つめた。



「二宮くんに、渡すつもりだったけど…渡す勇気なんか、なくて…だから…結局渡せなくて…」
「………」
「ずっと好きで…片思いも楽しいと思ってて…!好きって言って避けられるのが怖かったの…!」


そしてまた顔を逸らそうとすると、頬に手を当てられ視線を逸らせなくなる。


「二宮くん…?」
「……なんだ」
「な、なんだって……」


頬に手を当てられ、そのまま顔が近付く。


逃げる間も目を閉じる間もなく、春はキスされた。大きく目を見開く。


端正な顔立ちが目の前にあり、心臓が破裂しそうに鼓動し始めた。上がった体温に頭がぼーっとしてくる。


ゆっくりと離れた二宮に、訳が分からずに見つめることしか出来ない。



「目を閉じるとか出来ねぇのか」
「…ぇ…な、…ん…で…?」
「あ?好きでもねぇ奴にこんなことする訳ねぇだろ」
「え……?」


ぽかんと見つめると、二宮はにやりと笑った。


「熱のせいでよく分かってないみたいだな。だったら治ったらちゃんと言ってやるよ」


そう言って春から離れた。


まだはっきりしない頭でただただ二宮を見つめていると、ふっと優しく笑われた。


「早く寝ろ」
「………うん」


ぽんっと頭を撫でられ、その気持ち良さに瞼が重くなってきた。

身体は重く寒気もするのに、心は軽くて温かかった。


「…にのみやくん……すき…」
「ああ…俺もーーーー」



二宮の言葉は最後まで聞き取れなかった。夢かもしれないような幸せな気分のまま、春はゆっくりと目を閉じた。

唇に温かい感触を感じながら。



◇◆◇


翌日、春は完全に復帰していた。
その様子に黒江は安心し、加古は小さく微笑んだ。



「迷惑かけてごめんね!」
「いえ、治って良かったです」
「代わりに別の人が風邪引いたみたいだけどね?」
「別の人?…あ、もしかして望たちに移った?ごめん!」
「私たちは大丈夫よ」
「?」
「一体2人で何してたのかしらね?」


にこりと笑う加古に春は首を傾げた。黒江も首を傾げる。そしてあることに気が付いた。


「そういえば、春さん。あそこに置いてあったチョコレートはどうしたんですか?」
「え?」


黒江の指差す先には何もない。

確かに置いてあったはずのものが、ない。



「……っ!!」



そこで春は全て思い出した。途端にぶわっと真っ赤に染まる。



「え、え!な、何でないの…!?だ、だってあれは夢だったんじゃ…!」
「なんの話ですか?」
「い、いや…あの…私って…ずっと望や双葉が看病…してくれてたんだよね…?」


恐る恐る問いかける春に、加古はくすりと笑った。



「私たち防衛任務長引いちゃったの。だからずっと違う人に看病しててもらったわ」
「え…!?そ、それって…!」


加古は春を見つめ、とても楽しそうににこりと笑った。


「さあ?誰だったかしら?」
「望!」
「春、もう分かってるでしょう。早く行ってらっしゃい」
「〜〜〜っ!」


分かっている。
恥ずかしくて認めたくなかっただけで。

春は何も言い返せずに隊室を飛び出した。


「いってきます!」
「いってらっしゃい。ごゆっくりね」
「いってらっしゃい……春さんはどこへ行ったんですか?」


黒江の純粋な問いかけに、加古は口元に手を当てて小さく笑う。昨日から楽しくて仕方ない。


「大好きな彼氏様のところ、じゃないかしら?」


きっと戻ってくるときにはちゃんとそういう関係になっているだろうと微笑んだ。



そんな加古の企みにも気付かずに春は必死に走っていた。昨日のことを確かめるために。

本当に、本当に、あれは現実だったのかと。




『あ?好きでもねぇ奴にこんなことする訳ねぇだろ』



あのときの行為も。



『熱のせいでよく分かってないみたいだな。だったら治ったらちゃんと言ってやるよ』


あのときの約束も。



『ああ…俺もーーーー』



あのときの言葉も。


春は顔を真っ赤にして走り続けた。


勢い余って春の風邪をもらった人物にぶつかるまで、あと数十メートル。


End

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