乙女の真心

「沢村さん聞いてー!」


ノックもなしに会議室へ入ってきたのは、沢村と並ぶと言われるほどのソロオペレーターの紅葉春だ。今が会議中でなくて良かったと沢村はほっと息をつく。


「春、ここは会議室で遊びに来るところじゃ…」
「今日の占い!運命の出会いがあるって言ってたんですよ!運命の出会い!」


キラキラとした表情で語り出した春に沢村の声は聞こえていない。うっとりとした表情で更に続ける。


「運命の出会いと言ったら…!やっぱり白馬に乗った王子様!金髪碧眼の長身の紳士でー!私だけを愛してくれる人が良いよねー!」
「…はぁ…」


また始まった、と沢村は溜息をつく。オペレーターとしての才能は群を抜いているのに、1度スイッチが入ると中々止まらないこの性格だけが問題だった。


「そんな理想掲げてたらいつまで経っても恋人出来ないわよ」
「それは沢村さんに言われたくないかも」
「わ、私は現実的に考えてるわよ!というより、今は、その、別に付き合いたいとか思ってないし…」
「理想高い人に恋してるのは同じじゃないですか!」
「…一緒にしないで。私は貴方ほど夢見ていないわ」
「えー?じゃあ現実的に考えて運命の出会いはー、危ない所を助けてもらうかな!近界民に襲われている所を颯爽と助けてもらったりしたらもう素敵!」
「そんなこと言ったらB級以上のボーダー隊員全員が対象ね」
「何言ってるんですか!イケメンで優しくて私より強くて長身で私だけを誰よりも何よりも一生愛してくれるってのは必須条件ですよ!」


えへっと笑った春に沢村は顔を引きつらせた。それで理想を下げたつもりか、と。元々が現実味がないために感覚が麻痺してきている。


「春より強いっていったら…かなり絞られるんじゃないかしら…」
「忍田本部長とか?」
「!?」
「うふふ、嘘に決まってるじゃないですかぁ!忍田本部長は強いけど好みじゃないので安心して下さいね!」


理想が高すぎて妥協しないせいか、春は今までに付き合った人物がいない。恋愛耐性は低いはずなのにどこまでも上から目線な発言に呆れるしかなかった。

そのとき、本部内に門発生の警報が鳴り響く。
2人の表情は咄嗟に切り替わった。


「春。準備して。行くわよ」
「はい!」


指令室へと足早に移動し、さっさと席につき目の前の複雑な機械に何の迷いもなく手をつけた。


「状況は?」


ネクタイを締めながら入ってきた忍田に手を止めずに春が答える。


「イレギュラー門が多数発生。現在現場近くにいるのは太刀川隊、三輪隊です。けど両隊オペレーターが不在みたいですね」
「そうか。なら紅葉は太刀川隊のサポートを頼む」
「了解です」
「沢村くんは三輪隊を」
「了解しました」


手早く操作して春は太刀川隊と通信を繋げた。


「太刀川隊、聞こえますか?」
『ん?おう、聞こえるぜ』
『沢村さんじゃない…?誰だ?』
「出水くん私のことが分からないのかな?」
『?』
「まあ今はどうでもいいね。あともう1人がレーダーにいないのですが…」
『あー、もう1人は気にすんな』
「?了解です。じゃあお2人とも、分散して近界民の排除お願いします」
『おう。しっかりサポート頼むぜ』
「任せて下さい!」


2人の実力なら別々でも大丈夫と判断し即座に指示する。そこからの春のサポートは的確だった。敵の位置、数、種類、全てを現れる前に解析してしまうのだ。更にラッドが中にいることまで突き止めた。

それを何でもないようにこなす春に太刀川は感心した。そして今までこんなことが出来る存在を知らなかったために、春に興味を持ち始める。

一方の出水は、聞き覚えのある声に疑問を抱きながら春の指示に従っていた。耳に程よく響く声音はよく聞く声だ。けれど、思い出せない。


「あ、太刀川さんは上空のイルガー1体で最後です」
『上空の?お、あれか。遠いなー』
「でも太刀川さんなら届きますよね?」
『まあな。俺の間合いまで把握済みか』
「今までのデータを確認させて頂きました!それに、先ほどの戦闘で大体は分かりますよ」
『お前すげーな』
「えへへ、ありがとうございます」
『名前は?』
『ちょっと太刀川さん!戦闘中に何ナンパしてんすか!』
『名前ぐらい良いだろー?知らなきゃ呼べねぇし』
「あ、出水くん。出水くんはそこのバムスターたちをよろしくね!次にもう1つ門が開きそうだから全部で6体かな」
『え?あ、りょ、了解』
「それじゃあお2人とも頑張って下さーい!」


その声を合図に太刀川と出水は跳んだ。
太刀川は上に向けて、出水は下に向けて攻撃を放つ。


「お見事です!」


あっという間に敵を殲滅させたA級1位。敵の反応がなくなったモニターを見て春はぱちぱちと拍手した。

◇◆◇

太刀川隊が本部に帰還するとすでに春の姿はなかった。あれだけ出来る人物なのだから1度会っておきたかったと太刀川は頭をかく。


「出水、お前知り合いっぽかったな」
「そうみたいなんすけど、思い出せないんすよね」
「なんだよー、俺あのオペレーターにすげー興味あんのに」


それは珍しい、と出水は目を丸くした。戦闘以外に無関心な太刀川がたった1人のオペレーターに興味を持ったことに驚く。


「いや、これも一応戦闘関係か…」
「ん?どうした?出水?」
「いえ、何でもないです。それより太刀川さん、おれ物足りないんでランク戦しません?」
「お!良いな!やってこうぜ!」


姿の分からない人物を探すより、今はこの物足りなさを埋めたい。そう思って提案したランク戦は当然のように了承される。
そして2人は夜遅くまでランク戦をし続けた。


◇◆◇

昨日散々太刀川にポイントを持っていかれ、出水はむすーっと自分の席に座った。それを見て米屋は笑う。


「どーしたよ弾バカ。随分機嫌悪そうじゃん?」
「おー、昨日太刀川さんにごっそりポイント持ってかれたんだよ。何であの人あんなに強ぇんだ…」
「ほんとそれな。でも弾バカよ、太刀川さんに勝てないともし1人の女子を取り合うとかいう状況になったとき、かっこつかねーぜ?」
「どういう状況だよ」


呆れたように米屋を見つめた。出水が好きな人物がいると知ってのからかいなのが分かる。


「おれと太刀川さんが同じ人を好きになるとかありえねーよ。太刀川さんはあいつのことしらねーし」
「弾バカも全然知らねーしな?」
「うるせーな!」


ケラケラ笑う米屋にむすっとしたまま机に頬杖をつく。好きな人のことを全然知らないのは事実なので言い返せないのだ。


「おっはよー!」
「!」


そこへ明るい声が響き、出水ははっと顔を上げた。その反応に米屋は笑う。声のした方へ視線を向けると、そこには出水が好きな相手、紅葉春が登校してきた所だった。

少々癖のある性格で理想が高い。同じクラスなのにその程度のことしか知らない。けれど、興味ない相手だったのに、夕暮れの教室で1人、机に伏せて眠っているのを見て一目惚れしてしまったのだ。それから数週間が経ったが、進展は一切ない。


「まあ、物好きだよな」
「…別にいいだろ…」


そんなことは自分でも分かっているのだ。はぁっと溜息をついてもう一度ちらりと春へ視線を向けると、ばっちりと視線が交わった。
驚いて固まると、春はにこりと笑って出水に手を振った。初めてそんな対応をされてどうして良いか分からない。いきなりどうしたのだとパニックになる。


「あれ?いつの間にかに仲良しか?」
「い、いや、特に何かした覚えはねーんだけど…」


そうこうしているうちに春は出水の元へやってきた。出水は春を見つめることしか出来ない。


「出水くんおはよ!」
「お、おは、よう…」
「昨日は凄かったよ!お疲れ様!」
「………昨日?」


昨日は学校で春に会ったけれど特に何かをした覚えはない。必死に考えを巡らせるが答えは出なかった。


「それとね、国近先輩風邪じゃなくてインフルエンザだったみたい…。だからしばらくは私が太刀川隊のオペレーター担当するからよろしくね!」
「…………………は?」


春の口から発せられた言葉を1つも理解出来ず、出水はぽかんと口を開けて春を見つめた。


「そうだ米屋くん!昨日のLINEで見せてくれた占い当たらなかったよー!運命の出会いなんてなかったー!私の王子様はー!」
「いやオレに言うなよ。雑誌に載ってた占い教えてやっただけでオレが占ったわけじゃねーんだから…」
「…は、は?は?ちょ、待ておい!LINE?え、は?おま、槍バカ、何で紅葉の連絡先…知ってんの…?」
「何でって…同じクラスだし?」
「おれ知らねー…!」
「米屋くん聞いてる?今日はその運命の相手と思わぬ出来事が!?って内容だったんだよ!運命の出会い出来てたら今日はきっと海の見える丘でキスっていうイベントが発生したかもしれないのに!」
「いやねーだろ」
「じゃあ現実的に考えて放課後の教室で2人きりでキス!」
「出会って2日目ではえーな」
「だって運命の出会いだもん!」


きらきらと楽しそうに話す春を出水はぽかんと見つめたまま動かない。ここまでのキャラだとは思わなかったが、嬉しそうに話す姿はやはり可愛らしく映ってしまった。


「また良いこと載ってるのあったら教えてね!」
「へーへー。あ、でも運命の出会い実はしてるかもしんねーぜ?」
「してないよ」
「いやいや、実は身近に…」
「金髪碧眼の王子様に会ってないもん」
「ぶっふぉ!おとぎ話か!」


噴き出して笑う米屋に気にすることなく、春は理想を語っている。完全に自分はアウェーではないかと出水は開きっぱなしだった口を閉ざした。


「あ、それじゃまた本部でね!出水くん!」
「え、ほ、本部って、そ、そうだ、紅葉お前なんでボーダーのこと知ってんだ?」


その問いかけに2人からきょとんとした視線を受けた。出水は首を傾げる。


「え、弾バカ知らねーの?」
「何がだよ」
「出水くん、本当に気付いてなかったの?」
「だから何がだよ!」


自分だけが仲間外れにされているようで段々とイライラしてきた出水に声音に苛立ちが混じる。それを受けても春は笑顔で答えた。


「昨日のイレギュラー門が開いたときにオペレーター担当したの私だよ!」
「……………は?」
「だから今日から国近先輩が復活するまでよろしくね!」
「はあああああああ!?」


一般人だと思っていた片想いの相手がまさかのボーダー隊員で。しかも昨日的確なオペレートをしたのがその相手で。戦闘以外に興味が薄い自隊の隊長が興味を持ったのが自身の片想い相手で。更にはしばらくオペレーターを担当すると。
処理しきれない情報量に、出水の頭はパンクした。


「ということで!今日から国近先輩復帰までしばらくお世話になります、オペレーターの紅葉春です!よろしくお願いしまーす!」

太刀川隊の隊室で元気に挨拶するのは今日学校で話していた春だ。やはり嘘ではなかったと頭を抱える。

「紅葉か!昨日はすげー的確なサポートだったぞ、ありがとな」
「いえいえー」
「しかもお前、オペレーターになる前は凄腕の狙撃手だったらしいな!」
「は!?」

自分の知らない情報を持つ太刀川に出水は顔を上げた。すでに仲よさげに話す2人にもやもやとした感情が渦巻き、顔をしかめる。

「凄腕でもないですけど、確かに狙撃手でしたよ!」
「何でオペレーターに転属したんだよ?」
「だって…!自分で戦えたら守ってもらえないじゃないですか…!」
「は?」

首を傾げた太刀川に、出水は小さくガッツポーズをした。これは春のスイッチが入ったのだと分かる。あの癖のある残念な一面すら愛しく思えるのは自分だけのはずだ。だから太刀川が少しでも引けば良いと悪い考えになってしまう。

「狙撃手だと割と自分で戦えちゃうんですよ!だから!ピンチになって助けてもらうには戦闘員じゃダメだと気付いたんです!戦えないか弱い私を助ける素敵な王子様に出会うために…!」

うっとりしている姿は完全に自分の世界だ。A級1位を前に堂々と自分を出せるのはある意味凄いが、これは意識されていないのだと簡単に分かってしまう。だから太刀川に興味がないことに安心したが、逆に自分も興味を持たれていないと勝手に落ち込んだ。
そして、そんな出水に更に追い討ちをかける出来事が。

「はっはっはー、なんだ紅葉、お前面白いやつだな」
「面白い?何がですが?」
「ん?なんか全体的にだな。狙撃手としての腕もあって、オペレーターとして群を抜いてて、しかも個性的で面白い奴だな!俺はお前を気に入ったぞ!」

引くと思った反応が、まさかの逆効果で。余計に気に入られる要素になってしまったことに思わず声をあげた。

「個性的?私は普通の乙女ですよー」
「ははは」
「ちょっと太刀川さん!何ですかその乾いた笑いは!」
「いやーお前ほんと馬鹿正直で面白い奴だな」
「ひどーい!」

出会って2日目、まともに会話して数分。すでに同じクラスの出水よりも打ち解けている2人に再び頭を抱えた。

「あ、出水くん!」
「お、おう、なんだ?」

突然話しかけられ、僅かに動揺するもそれを隠して返事をする。ずば抜けて可愛いわけでも、性格が特別良いわけでもないのにどうして惹かれてしまっているのかと、春をじっと見つめた。

「学校でもボーダーでも、改めてよろしくね!」
「!こ、こちらこそよろしくな」

にこっと笑いかけられて心臓が跳ねる。学校でもボーダーでも。太刀川よりは一緒にいる時間は確実に長い。だからもっと春との距離を縮めようと、出水は密かに決意した。

◇◆◇

そしてそれから数日間。国近がいない穴を埋めるためにオペレーターとして太刀川隊のサポートをしていた春の働きは、やはり他とは別格のものであった。あまりに的確で太刀川には物足りなさがあるのが難点だったが、それでも優秀過ぎて一目置かずにはいられなかった。

しかし、数日前に決意したにも関わらず、出水と春の距離が縮まる気配は一向になかった。クラスでも本部でも多少会話が増えたくらいだ。普段ならそれすら喜べたが、今は太刀川とどんどん仲良さげになっていくことに憤りさえ感じる。

「あ、太刀川さーん!今日の占い!黒い服着て身長高めの人といると素敵なことがあるらしいんですよー!もしかしたら私の王子様がヤキモチ焼いてくれるのかも!」
「俺が王子様なんじゃねぇの?」
「!?」
「身長は合格ですけどルックスアウトなので私の王子様じゃありませーん」
「おま、アウトとか言うなよ!」
「私、癖っ毛よりサラサラ派なので!」

その言葉にグサッとダメージを受けるのは出水だ。

「身長は180p越えで口調優しくてきっちりしててチャラくなくて積極的に私を愛してくれるイケメンじゃなきゃ嫌です」

その言葉全てが出水の胸に突き刺さった。1人でずーんっと落ち込む。しかし同じくほとんど条件を満たしていないはずの太刀川は笑った。

「そりゃ好みの話だろ?好きになるのに理由はねぇよ。だから春も俺に惚れる可能性はゼロじゃねぇってことだ」
「随分な自信ですね?」
「お前が言うか」

2人の会話も気になるが、何よりも引っかかったことがある。

(いつの間にか名前呼びになってる…!)

たった数日で出水よりも仲良くなった太刀川にぴくりと眉を動かした。戦闘以外でも侮れない。

「本当にお前面白ぇやつだよな」
「太刀川さんのダンガー読みには負けますよ!ぷふっ」
「おいこら笑うな」

くすくす笑う春と、それを咎めるように頭をぐしゃぐしゃと撫で回す太刀川。そんな2人の距離についに我慢出来なくなった出水はバッとソファから立ち上がった。きょとんとした視線が2つ、出水を捉える。

「あの、太刀川さん。あんま紅葉にちょっかい出さないでくれますか…」

その言葉にもきょとんとしていた太刀川だが、すぐに意味を理解してにやりと口角を上げた。

「へぇー?お前もか、出水」
「お前もって、やっぱり太刀川さん紅葉を…!」
「え?私が何?」
「ちょうど良いや、もうすぐ国近も戻ってくる。それまでに白黒はっきりさせとくか」

バチバチと火花を散らす太刀川と出水。春が不思議そうに見つめていると、ふいに太刀川が春に視線を向けた。

「春、俺はお前が好きになったみたいだ」
「な……!!」
「………へ?」

ど直球の言葉に出水も春も固まる。しかしこのまま太刀川のペースにしてはいけないと、出水は春の肩を引いて自分の方を向かせた。

「紅葉!おれもお前が好きだ!オペレーターだって知る前からずっと好きだった!」
「あ、出水それずりぃぞ!」
「………」


突然の告白ラッシュに春の頭は追いつかない。一体何事だとどうにか脳内を整理しようとする。

「な、何をいきなり…ふ、2人ともからかわないで下さい!」
「からかってねぇよ」
「こんな大事なことでからかうわけねーだろ!」

2人からの熱い視線。それだけで2人の言っていることは本気だと分かってしまった。だからこそ余計に混乱する。

「え、な、なんで…!こ、こういう取り合いとかは…幼馴染と運命の出会いをした人にされるはずなのに…!」
「クラスメイトと運命の出会いをした人、だろ?」
「おれが運命の出会いをした方です!おれは学校でこいつに一目惚れしました!あれこそ運命の出会いっていうんじゃないですか!」
「お前一目惚れってな…。俺は春のオペレーターとしての才能に興味持って、春自身に興味が湧いた。んで、もっと知りたいとかずっと考えてたら、いつの間にか好きになってた。俺の方が運命的だろ?」
「太刀川さん運命とか似合わないんでやめて下さい!」

春とを挟んで2人は春との出会いや春への気持ちを口にしていく。一目惚れや好きになったなど、嬉しいに決まっているが、やはり頭はそれに追いついていかなかった。突然2人からの告白に頭がグルグルと回る。

「だ、だって…運命の出会いは…王子様のはずで…太刀川さんも、出水くんも…」

春の求めている王子様ではないのに、今までことを少し振り返っただけでドキドキと胸が鼓動し始めた。その事実に余計に混乱する。何故、好みではない、理想とはかけ離れた人物を考えるだけでこんなに胸が鼓動するのか。こんな気持ち、知らない。分からない。

「春」
「紅葉……いや、春!」
「!?」

2人から名前を呼ばれ、いつもの調子に戻れずに涙目になる。ぎょっと、出水はあからさまに動揺したが、引くわけにはいかない。

「…おれ、太刀川さん相手でもこれだけは絶対に譲れないんで」
「へえ」
「…春は、太刀川さんには渡しません。おれのです」
「っ!!」
「ははっ言うな、出水。けど俺だって簡単に諦めるつもりはないぜ?なあ、春」

2人からの真剣な眼差しに、ついに春の頭はキャパオーバーした。

「か、か、考えさせて下さいーー!」
「あ、おい!春!」
「………」

頭の回転が早く、オペレーターとして群を抜いている春だが、今回のことには対処しきれなかった。喚きながら逃げるように隊室を出て行く。
引き止められなかった2人は、春の出て行った扉を見つめて固まった。

◇◆◇

春が逃げ込んだのはもちろん、1番心を許している沢村の所だ。机に突っ伏して先ほどあったことを相談する。
普段ではありえないほど低いテンションに驚きつつ、沢村はしっかりと春の話に耳を傾けた。太刀川と出水に言われたこと。春の理想と違うこと。けれど、何故かときめいてしまったこと。全てを簡潔に沢村へと話した。
全てを聞き終え、沢村は大きな溜息をつく。

「沢村さん…?」
「春、貴方頭は良いのにどうして分からないの?」
「え…?」
「今の話を聞いていると、確かに貴方は困ったみたいだけど、しっかり答え出ていたじゃない。どうしてそれをないものとしちゃうのかしら」
「ないもの…?こ、答えって…?私分からないよ…?だって私は、素敵な王子様と運命の出会いをして…」
「その理由より、さっきはときめいたことがあるんじゃないの?」
「!!」

全てお見通しの沢村。やはり忍田の右腕と呼ばれるほどのオペレーターは観察眼もまるで違うようだ。改めて尊敬する。

「太刀川くんも出水くんも、2人とも自分の気持ちに素直になっているんだから、春も素直な気持ちを答えないと失礼でしょ」
「沢村、さん…」
「しっかりしなさい!貴方は私の教え子なんだから!」

ばしんっと背中を叩かれ、何だかモヤモヤが吹き飛んだ気がした。自分が感じた素直な気持ち。それをただ、口にすれば良いのだ、と。
確かに王子様や、運命の出会い、理想的なことは多いが、それでも先ほど感じたときめきはそれすらも超えるものだった。

「…私、答えてくる…!」
「ええ、いってきなさい」

沢村の力強い言葉に大きく頷いた。そして先ほど逃げてきた太刀川隊の隊室へと足を進めようとした所で、ふと、沢村を振り返る。

「あ、そうそう沢村さん」
「どうしたの?」
「さっき自分の気持ちに素直になれって言ってたけど、それは沢村さんもなった方が良いんじゃないのー?」
「!?」
「ふふふ」
「い、いいから早く行きない!」
「はーい!ありがとう沢村さん!」

焦る沢村の声に笑みをながら、春は隊室へと走った。もう大丈夫。ちゃんと自分の感じた気持ちを伝えられる。



そう思い隊室へ向かって走っていると、曲がり角でどんっと人にぶつかる。よろけた春の腕を掴んだのは、会いに行こうとしていた人物だ。


「い、出水、くん…」
「あ、春、か…悪い」
「私こそごめんね!」


そして沈黙が訪れる。ドキドキ鼓動する胸を落ち着かせるように静かに深呼吸をし、春は意を決して出水を見つめた。


「出水く…」
「春」


春の言葉を遮るように出水の言葉がかぶった。春は首を傾げて出水の言葉を待つ。その視線を受け、出水は口元を歪めて言いづらそうにしながら、しかししっかりと春を見据えた。


「さっき言ったこと、忘れてくれ」
「………え?」


突然のことに驚いて出水を見上げる。真っ直ぐに交わった視線に僅かに心臓が跳ねた。


「…さっきは意地になって、おれの、とか言っちまったけど、それじゃ春の意志を無視してるなって思ってさ。…お前を困らせたいわけじゃなかったんだ、悪い」
「…出水、くん…」
「だから、忘れてくれ」


そうやって悲しそうに笑う出水に、春は無意識に手を伸ばした。そしてその頬に手を当てる。もちろんその行動に動揺しないわけもなく、出水は大きく目を見開いて固まった。


「…出水くん、そんな悲しそうな顔しないで?」
「…春…?」
「出水くんはいつもみたいに強気に笑ってる方が素敵だよ?私は、そっちの出水くんの方が好きだなぁ」
「え…?」


言葉だけを発し動けずにいる出水に、春は頬を染めながら笑いかけた。


「私は、出水くんのこと好きだよ」
「な、なんで…?」
「なんでって、出水くんだって私のこと好きなんでしょ?それこそ何で?」
「そんなの、一目惚れしたからで……そっからどんどん春のことを知ってったら、気付いたときには相当惹かれてた」
「……私も」
「え?」
「一目惚れではないけどね。私は運命的な出会いとかおとぎ話みたいな出会いや恋愛が好きなの。それ以外にはときめくことなんてないと思ってた。…けど、出水くんが私に好きって言ってくれたとき、すごく、ときめいたの」
「……春…」
「ドキドキして、名前呼ばれたら、もうダメだった。…恥ずかしくて死んじゃうかと思ったよ。だから、私は出水くんが好きだって自覚したの。理由は…分からないから、これから探してみても良いかな?私が運命的な出会いもしてない出水くんにときめいたのは、どうしてか」


いつもと違う真剣な表情。その姿にすれ惹かれた。真っ直ぐに、自分だけを映すその瞳に。


「…運命だったから、じゃねーの?」


ふいっと視線をそらしながら答えた。柄でなくて恥ずかしさが湧き上がる。けれど、一瞬ぽかんとしたあと、心底嬉しそうに笑った春に、まあ良いかと表情を和らげた。

同じタイミングで告白して、太刀川ではなく自分を選んでくれたのだ。大人な余裕のある太刀川ではなく、いっぱいいっぱいで余裕のない自分を。あの理想が高い春が。これを運命と呼ばずになんと呼ぶかなど、今は分からなかった。


「…好きだ、春」
「…うん!私も好きだよ!私だけの王子様!」
「それ恥ずかしいからやめてくれ…」


にこにこと楽しそうに笑う春に、出水は口元を押さえた。恥ずかしさと、嬉しさとでにやける顔を見られないように。


End

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