学習しない君に何度だって言う、愛してる

「付き合ってくれ!紅葉!」
「うん、いいよー?」
「ま、マジで…!?」
「どこにかな?」
「ぶっは…っ」


お約束の展開に米屋は噴き出した。


◇◆◇


屋上で不機嫌そうに昼を食べる出水を、米屋は紙パックのジュースをすすりながらにやにやと見つめた。


「弾バカ、玉砕何回目よ?」
「玉砕なんかしてねーよ!」
「相手が鈍感すぎるのが悪かったなー」
「本当に鈍感すぎて……可愛いなちくしょー…!」
「おいおい」


呆れたような視線に気づくことなく出水は続けた。


「明るくてふわっふわしてるくせに危なかっしいくらい行動派で…!失敗したときの表情とか見たことあるか?くっそ可愛いんだぞ!?」
「へーへー」
「付き合ってくれ!どこに?とか何なのあいつ可愛すぎだろ!?」
「…ダメだこりゃ」


熱弁する出水に最早手遅れだと察する。
どうしてそこまでベタ惚れなのか気になるが、それを聞いてしまえば終わらない惚気を聞かされそうだと口を閉ざした。


「それで?弾バカちゃんは紅葉とどうなりたいのよ」
「付き合いたいに決まってんだろ!そんで手繋いで一緒に帰ったり2人きりで話したり出かけたりしたい!」
「純情か」
「キスだってその先だってしてーよ!」
「下心しかなかったな」


まあ健全な男子高校生の反応だろうと苦笑する。あの鈍感な春ならば出水の下心など気付かないだろうと。


「つーか、付き合ってくれって言うのが悪いんじゃね?」
「は?」
「好きだ、って言えば良いんじゃん?」
「………」
「弾バカ?」
「は、恥ずかしいだろ…」
「はあ?」
「う、うるせーな!付き合ってから好きとか伝えるから良いんだよ!」
「いやいや良くねーよ。好きだから付き合うんだろ?」
「…お前バカのくせに最もなこと言うよな」
「一言余計だっつの」


紙パックのジュースを飲みきった米屋はパックをぐしゃりと潰した。そしてにやりと出水を見据える。


「ヘタレな弾バカのために、オレが一肌脱いでやるよ」
「………」


誰がヘタレだ。そう返そうかと思ったが、なにやらよからぬ事を企んでいそうな表情に、出水は眉をひそめた。


◇◆◇


そして数日後、何故か遊園地の前にいる出水。どうしてこんなことになったのかと額に手を当てた。


米屋が一肌脱ぐと不安な言葉を漏らした次の日、春から声をかけられた。春から声をかけてくるのは珍しいと心が弾む中、平常心で返事をすれば、


『何時に待ち合わせかな?』
『………は?』
『遊園地!付き合ってって遊園地のことだったんだね!私も行きたかったから凄く嬉しいよ!』
『遊園地…?』
『米屋くんが言ってたよ?出水くんは遊園地に行きたいけど米屋くんが行けなくなっちゃったから別の人を探してるって』
『…………』


そんなこんなで一緒に遊園地に行くことになったのだ。2人きりで。デートに。


「けどおれが遊園地に行きたがってるとか完全にガキじゃねーかよ…もっと他に何かなかったのか?」


春と2人でデート出来るなら仕方がないと小さく溜息をついた。


「よお弾バカ、心の準備は出来てるか?」
「おっまえ、何でいんだよ」
「釣れないこと言うなよー。心配して来てやったんだろ?」
「そうだよ!いずみん先輩のこと心配して来てあげたんだよ!」
「てめーら2人でからかう気満々じゃねーかよ!」


何故かいる米屋と、更に何故かいる緑川。完全に出水の反応を楽しむために来ているのは丸分かりだ。


「槍バカはともかく何で緑川まで…」
「だっていずみん先輩の片想いデートでしょ?楽しそうじゃん!」
「片想いじゃねーし楽しそうとか言ってんじゃねーよこのやろ」
「え?片想いじゃないの?」
「今日両想いになるんだよ」
「今まで散々玉砕してるくせにその自信はどこからくんだか…」
「だから玉砕してねーっつの!」


そう言いながら米屋に向き直った出水。そしてパーカーの中の服が見えてしまい、2人は顔を引きつらせた。


「…お前…その服…」
「あ?」
「…デートにそれはないと思うんだけど…」
「なんだよ?」
「千発百中って…」


パーカーの下に見える文字に緑川はげんなりした。デートにこれはないだろうと。これで両想いになると断言しているのだから不思議で仕方がない。


「もっとこうさ!勝負服!っていうのなかったの!?」
「これがおれの勝負服だ」
「なんかそれ違う勝負だよ!!」
「ぶっは…!お前紅葉の天然移ったんじゃねーの?」
「まじ?」
「いずみん先輩そこ嬉しそうにするとこじゃないと思うんだけど!」


ただからかいに遊びにきた緑川だが、予想外の出来事に疲れたように溜息をついた。高校生の考えていることが分からない。


「お、そろそろ時間か。じゃあな弾バカー、紅葉と楽しめよー」
「幻滅されないように気をつけてねー」
「うるせーな!さっさと帰れ!」


本当にからかいに来ただけなのか、米屋も緑川もあっさりと帰っていった。ついてこないことに安堵の息をつく。


「あ、出水くん!」
「!」


そこへ聞こえた高い可愛らしい声。自分を呼ぶその声に出水はばっと顔を上げる。視界に捉えるのはいつもの制服とは違う、女の子らしい服に身を包んだ春だ。どくりと心臓が跳ねた。


「おまたせ!遅れちゃってごめんね?」
「い、いや、おれも今来たとこだし」
「本当に?良かったぁ!」


にっこりと笑った春に心臓がドキドキと早鐘を打つ。春のことはずっと可愛いと思っていたが、こんなに緊張するほど可愛かったか、と。


「出水くんの服…」
「ん?」
「なんか出水くんらしくて良いね!」
「!だろ?」
「うん!似合ってる!」


柔らかく笑った春に見惚れた。
似合ってるのはそっちだと言いたいのに、何故かその言葉が出てこない。


「出水くん?」
「へ?あ、わ、悪い。ありがとな。じゃあ、行くか」
「うん!楽しみだね!」


きっとデートだとは気付いていない。けれど、一緒に過ごせるなら良いかと、出水と春は中へ入った。


◇◆◇

中へ入って色々な乗り物を楽しむ。並んでいる間も会話が楽しかった。2人きりで話すなど、初めてのことだったから。
学校では見れない春の表情を見れることに胸が満たされる。


「そういえば、出水くんは何に乗りたかったの?」
「へ?」
「米屋くんが、出水くんがどうしても乗りたいものがあるらしいって聞いて…だから遊園地に付き合ってくれる人を探してたって」
「あ、ああ、そういう話しだっけか。えーっと…おれが乗りたかったのは…」


そんなものないけれど、何か言わなければとちらりと辺りを見渡し、一つのものに目が止まる。上がりそうな口角を抑え、それを指差した。


「実はあれ、入りたかったんだよ」
「あれ…?」


指差した先を追えば、そこは怖いと有名なおばけ屋敷だった。若干春の表情が固くなるのに気付く。きっと春は怖いのが苦手だ。それでおばけ屋敷に入ればきっと理想的な展開になると口角が上がりそうなのを必死に抑え続ける。


「あれ怖いって有名だからさ、槍バ…米屋と入ってみたいって話してたんだよ」
「お、おばけ屋敷…」
「あー、でも紅葉は怖いの苦手か?なら無理にとは言わねーよ」
「だ、大丈夫だよ!出水くんが入りたいなら入るから!」
「でもすげー怖いんだぜ?」
「…っ、だ、大丈夫…!出水くんが一緒なら怖くない、から…!」
「…!」


深い意味があるわけではない。そう理解しているはずなのに、本人からそんな言葉を口にされるとは思いもしなかったせいか、落ち着いていた心臓がまた激しく鼓動しだす。


「…じゃあ、行くか」
「う、うん…!」


怯える春には悪いが、その姿さえも可愛くて仕方がなかった。

そして並んでおばけ屋敷に入り、ゆっくりと進んで行く。まだ何も出てきていないのにびくびくする春に頬が緩んだ。


(やべー可愛いやべー可愛い…!)
「…い、出水、くん…」
「あ、あ?なんだ?」
「……手、繋いでも良いかな…?」
「へ!?」
「あ、い、嫌ならいいの!ちょっと…やっぱり怖くて……ごめんね…?」


きゅっと胸の前で手を握りしめた春。可愛いのは反応だけじゃなかった、行動が、春の全てが可愛くて見えて仕方がない。自分で末期だなと内心苦笑しつつ、出水は春の手を取った。


「!」
「怖いんだろ?手繋いでそれが和らぐならいくらでも繋いでやるよ」
「…ありがとう、出水くん…!」


きゅっと控えめに握り返された手に内心パニックだが、安心させるように笑みを浮かべた。
手を繋げることに内心喜びを隠しきれない。すぐにでも繋いだ手を引き寄せて抱きしめたい。それはなんとか自重した。
付き合ってくれと言っても気付かない相手と手を繋いでいる。深い意味がなくてもこれは一生忘れられない思い出になるだろう。


「行くか」
「うん…!」


繋いだ手を優しく引いた。
しかしその瞬間、横からおばけに扮した人が飛び出してくる。


「うお」
「きゃあっ!」


おばけに一瞬驚いたが、腕にしがみつく感触に全ての意識がそちらにいった。
手を繋いでいた春が、腕にしがみついている。ぎゅっと、密着している。


(ちょ、ま…っ!やべぇ…!!)


健全な男子高校生にこの状況は酷だった。


「…だ、大丈夫か?紅葉?」
「………う、うん!ごめんね…?」
「い、いや、それは別に気にしなくていいけど」
「……じゃあ、このままでも良いかな…?」


腕にしがみついたまま不安げに見上げられる。断れるはずもないどころか、断る理由もなかった。


(ちょっと待て…!あざとい…!あざとすぎんだろ…!態とか?これ態となのか…!?くっそ可愛いな…!)
「ダメ、かな…?」
「…別に良いぜ」
「…ありがとう、出水くん…!出水くんは優しいね」
「………紅葉限定だっつの」
「きゃああ!」


再び現れたおばけ役の人に悲鳴をあげ、その声で出水の言葉は春に伝わることはなかった。

◇◆◇

なんとかおばけ屋敷を抜け、春ははほっと息をついた。瞳には若干の涙が浮かんでいる。


(やべ可愛いな……じゃなくて!)


邪念を払うように出水は頭を振った。


「大丈夫か?無理させて悪かったな」
「だ、大丈夫だよ!私こそごめんね?つまらなかったよね…」
「いや?紅葉の反応すげー面白かった」
「わ、私の反応で楽しまないでよー!」
「ははっ、悪い悪い。…もう大丈夫そうだな」
「…!…うん、もう落ち着いたから大丈夫だよ。ありがとう」
「今日の紅葉はお礼言ってばっかだな」
「だって出水くんが優しいから…」
「…おれいつも優しいだろ?」
「………」
「おい」
「ふふっ」


くすくすと笑った春に安心して微笑んだ。やはり泣き顔よりも笑っている方が良い。


「ちょっとそこ座ってろよ。飲み物買ってくる」
「え?私も行くよ?」
「いいって。そこ座って泣きそうな顔直しとけよ」
「…は、はい…」


素直に頷いた春ににかっと笑いかけると、その頭をくしゃくしゃと撫で、出水は飲み物を買いに走った。その背中を見送って春はぽすんっとベンチに座る。


「……なんだろう、ドキドキする…」


撫でられた頭に手を乗せた。笑いかけられた笑顔を思い出して顔が熱くなる。


「…どうしよ…なんか、出水くんいつもよりかっこいい…」


学校でもいつもかっこいいとは思っていた。男女問わず人気者で、自分に話しかけてくれることが嬉しかった。
そんな出水と遊園地へ出かけられること自体が嬉しかったのに、こんな待遇されていいのかと頬を染める。


「……今日ぐらい、出水くんを独り占めしたっていいよね」


ただ、人気者を独り占めしている喜び。それ以外の気持ちは考えもしない。
繋いだ手の温もりを思い出し、掌を見つめて微笑んだ。


「あっれー?彼女1人ー?なーんてな」
「?」


ベンチに1人で座る春の隣にどすんっと腰かけたのは米屋だ。春は驚いて米屋を見つめる。


「米屋くん!どうしてここに?予定があるから今日は来れなかったんじゃ…」
「あ、やべ。そんなこと言ってたっけ」
「え?」
「あーいや何でもねーよ。予定なくなって友達と来てたんだ」
「友達と……」


米屋が来ているなら自分はもう必要ないのではと思った。しゅんっとしてしまった春に米屋は苦笑する。


「何落ち込んでんだよ。紅葉はこのまま出水と遊んでやってくれ」
「でも出水くん、本当は私じゃなくて米屋くんと遊びたいんじゃ…」
「本当は紅葉と遊びたい…というか一緒にいたいだろうから頼むわ」
「?」
「紅葉もなんか楽しそうだし良いだろ?」
「う、うん!私はもちろん良いよ!出水くんと一緒にいるの凄く楽しいから!」
「好きなやつといるような反応じゃん?出水に惚れた?」
「惚れ…?……そう、かも。私、出水くんのこと、好き、かもしれない。だからこんなに楽しいのかな…?」
「…それ、本人に伝えたらすげー喜ぶぜ?」
「…迷惑じゃないかな…?」
「出水、紅葉のことすっげーーー大好きだから大丈夫だって」
「え!?ほ、本当に…?」
「さあ?」
「!?もう!米屋くん酷いー!」


ポカポカと米屋を叩くと、米屋は面白そうに笑った。出水も春も何てからかい甲斐のある奴らだ、と。


「…何してんだよ」


そこへ不機嫌を極めた声がかかり、米屋と春は同時にそちらに視線を向けた。もちろんその声の主は出水なわけで。米屋はにやりと笑い、春はすっと頬を染める。


「何で槍バカがここにいんだよ」
「ちょっと紅葉口説くためにな」
「え?」
「はあ!?」
「弾バカが行動にうつさねーならオレがもらっちまおうかなーってさ」
「ふっざけんな!紅葉は誰にもやらねーよ!おれのだ!」
「…へ?」
「………」


しばらくしてから言ってしまった、と口元を押さえるがもう遅い。しっかりと春の耳に入ってしまった。
見つめてくる春と視線を合わせることが出来ずにそらす。
そんな2人の反応を米屋はにやにやと見つめた。


「さーてと。2人の気持ちも聞けたし、オレは帰るわ」
「え!?」
「は!?」


必死な2人の視線を受けて楽しくて仕方がない。笑いを堪えて立ち上がる。


「邪魔者は退散するわ。じゃーなー、頑張れよー」
「よ、米屋くん…!」
「おい槍バカ…!」


そんな呼びかけに答えることなく、米屋はひらひらと手を振って去っていった。残された2人に微妙な空気が流れる。


「……あー、っと…なんか、悪い」
「……な、何が…?」
「…だから、その…紅葉を物みたいに、おれの、とか言って…」


言ってて恥ずかしくなる。顔が熱くなるのを感じ、すっと頬が染まった。


「……出水くんのものなら、私は嬉しいよ…?」
「…は…?」


予想外の返事にやっと春に視線を向けた。春の頬も出水と同じように赤く染まっている。
この反応、言葉、期待して良いのかとごくりと唾を飲んだ。


「…おれのもの、で、嬉しいのかよ…」
「…う、うん…」
「……じゃあ、おれのものになって」
「う、うん…!」


瞳を輝かせて頷いた春に、出水は思わず笑った。素直な反応に愛しさが募る。


「そんな簡単に頷いていいのかよ。おれ、紅葉のこと手放すつもり全くないぜ?」
「い、良いよ!私も、その、出水くんのこと、好き、みたいで……は、離れるつもりはないからね…!」
「っ!」


真っ直ぐに見つめてくる瞳と、ずっと聞きたかった好きという言葉に胸がときめいた。大きく目を見開き、そして優しく微笑んだ。


「…おれも好きだ、紅葉。だから、付き合ってくれ」


付き合ってくれ。
前と同じなら返しも同じだった。けれど、気持ちは通じたのだ。


「わ、私で良ければ!よろしくお願いします…!」


前とは変わった返答に出水は満足気に笑った。そして頬を染める春の手を取る。


「じゃあ今からは恋人として楽しもうぜ」
「…!うん!」
「よし、もっかいおばけ屋敷な」
「えぇ!?出水くん意地悪!」
「好きなだけ抱きついてきて良いって」
「それは恥ずかしいよ!」
「これからもっと恥ずかしいことしてくんだし、慣れていかねーとな」
「もっと恥ずかしいこと…?」
「んー、何でもない。行くぞ、春」
「!ま、待ってよ、公平くん…!」


再び優しく繋がれた手。先ほどのように控えめにではなく、折角繋がった心が離れないようにと、しっかりと絡めあって。

End


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