エビフライロケットで君の街まで

彼はモテる。
かっこよくて、人当たりもよくて、頭も良くて、接しやすくて、私みたいな目立たない存在にも気にかけてくれるくらい優しくて。

好きになるのは必然だった。

けど、釣り合わないのなんか分かりきってる。
それは…良いんだけど、どうして……


「誰とも付き合わないのかな…?」
「そりゃオレじゃなくて本人に聞いてみ」
「…無理です」


にやにやする米屋の言葉にしゅんっと小さくなる春。さすがにそこまで仲が良いとは思っていない。


「さっきもまた呼び出しされてたよね…?また、告白…かな…?」
「だろうなー」
「…OK…する、かな…?」
「どうだろうなー」
「………」


自分が付き合えないと諦めてはいるが、それでもやはり、誰かと出水が付き合うのは気分の良いものではない。またしゅんっと俯いた。


「そんな顔するぐらいなら春も告っちまえばいいじゃん」
「え!?」
「そうすりゃすっぱり諦めてグダグダ考えたりしねぇだろ?」
「そ、そうかも…だけど…」
「なら告るべきだな!よし!今日の放課後、教室で2人きりになれるようにセッティングしてやるからさ」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待って…!そんな急に言われても…!こ、心の準備が…!」
「心の準備なんか一生出来ねぇだろ?善は急げだぜ!」


にやにやと楽しそうな米屋に何も言えなくなってしまう。何度か話したことはあるがいきなり告白だなんて。そう考えただけで心臓が早鐘を打つ。


「………」
「春」


米屋に優しく頭を撫でられた。
驚いて見上げると、どこか優しい表情で。


「絶対大丈夫だって保証してやるよ。弾バ……出水はお前に惚れてるから安心しろって」
「ほ、ほほほほ…!」
「おいおい、顔真っ赤だぜ?」
「だ、だって米屋くんがそんなこと言うから…!ほ、ほ、惚れてるとか…!い、出水くんが…私に…!な、ないない!そんなの絶対ない!」
「なんだよ?オレのこと信用できねぇってか?」
「………」
「おいコラ」


米屋のことは信用している。今までだって色々相談に乗ってもらったのだから。けれど、告白が上手くいくかどうかとはまた別問題だ。不安しかない。


「やるだけやってみろよ。いつまでもこのままって訳にもいかねぇだろ?」
「………うん」
「よし!さすが春だな!放課後バッチリセッティングしてやるから、楽しみにしてろよー?」


楽しそうな米屋に思わず頬が緩んだ。
出水の告白の断り方は優しいと聞く。だから、断られてもきっとそんなに傷つかない。どうして誰とも付き合わないのか、そのときに聞いてみたいとも思った。

だから、勇気を出して告白してみよう。

春は大きく深呼吸をし、拳を握りしめた。

◇◆◇


そして放課後。
一体どうやったのか、教室には春しかいない。廊下にすら人影がない。その状況に顔が引きつった。


「よ、米屋くん何したんだろう…」


これで出水が来たら、本当に告白しなければいけない状況だ。本当に来たら。


「…春?」
「い、出水…くん…」


本当に来てしまった。
教室に入ってきた出水を見た瞬間にどきりと心臓が跳ねる。しかも今は2人きり。

告白した人たちはこの気持ちを味わったのかと思うと尊敬してしまう。


「なんか槍バカ…いや、米屋に言われて来たんだけど、おれに話があるって?」
「あ、え、えっ、と…その…!」


声を聞くだけで更に鼓動が早くなる。
見た目も性格も声も、全てが好きだと胸が高鳴り、上手く喋れない。けれど、米屋がここまでセッティングしてくれたのだ。それを無下には出来ない。

それに、成功するとは思っていない。
ただ、自分のこの気持ちに整理がつけられればいい。
好きと言って、ごめんと言われる。それで良い。諦めがつく。

春は大きく息を吸った。


「…あ、の…い、いずみ、くん…」
「ん?」
「わ、私…私は…っ」


熱くなる顔で出水を真っ直ぐに見つめた。


「私は…っ、出水くんのことが…!」
「悪い」
「………え?」


春が最後まで言葉を紡ぐ前に出水は言葉を遮るように謝る。春はきょとんと出水を見つめた。


「…あ…の…」
「…悪いけど、その先は言わないでくれ」
「どう…して…?」


声が震えた。
みんな告白をちゃんとしてから断られるのに、自分は告白すらさせてもらえない。
出水は春に視線を向けることなく目を伏せた。


「…そういうの、お前から聞きたくない」
「…っ」


嫌われているとは思わなかった。ぎゅっと苦しくなった胸を強く押さえ、春は出水に笑顔を向けた。


「ご、ごめんね…!いずみくんのこと、なにも考えてなくて、わた、し…自分のこと、ばっか…で…っ」


必死に言葉を紡ぐ春からはポロポロと涙が溢れた。これ以上迷惑はかけたくないのに涙は止まらなくて、胸が痛いくらいに軋んで苦しくて。


「……ごめん」


再び呟かれた謝罪に耐えられず、春は出水の隣を走り抜け、教室を飛び出した。

そして廊下を走っていると、どんっと米屋にぶつかった。しかし止まることなく春は走り抜けて行ってしまった。それを米屋は何があったのかと眉を寄せて見送り、春が出てきた教室を覗き込む。

そこには、拳を強く握り締めて俯く出水の姿が。



「……なーにしてんだよ」
「………」


絶対に成功すると思っていたのに、何故こんな状況になっているのか。米屋は教室に入り、適当に机に腰掛けた。


「春はちゃんと告白したんだろ?」
「………」
「…お前も春のこと好きってオレに言ってきたくせに、何で泣かせてんだよ」
「………」


出水は何も答えない。米屋は大きく溜息をついた。


「……告白、されると思った。今までおれに告白してきた女子たちと同じ顔してたから」
「おう。するつもりだったからな」
「……だから、される前に断った」
「はぁ!?」


予想外の言葉に米屋は何度も瞬きをし、出水の言葉を待つ。


「…おれは、春が好きだ。だから、もしあいつに好きなんて言われたら、おれは、諦められなくなる…」
「両想いなんだから諦める必要ねぇだろ」
「おれはA級1位のボーダーなんだよ!!」


怒鳴るような声に米屋は静かに出水を見つめる。出水は拳を強く握り、続ける。


「春は一般人だ。話せないことはたくさんある…!それに、危険だろ…おれはトリオン多いし、普通よりも多く近界民を呼び寄せちまう…そのときに春が傍にいたら、無駄に危険に晒すことになるだろ!だから…おれは、あいつとは一緒にいられない…いちゃダメなんだ…」


普段の強気で余裕がある態度とは大違いだ。
けれど同情など出来ない。今更何を言っているんだと溜息をつく。


「お前、弾バカじゃなくてただのバカだな」
「は?なんだよ急に」
「だってそんなこと考えてるなんてバカだろ」
「そんなことって…おれは真剣に…」
「なーにが真剣にだよ。真剣に春のこと考えてやってんなら、そんなの関係ねぇじゃん」


頭の後ろで手を組みながら呆れたように声をかける。勉強は自分よりも出来るくせに、バカな奴だと思いを込めて。


「好きなら好きで良いんじゃねぇの?」
「けど、おれはボーダーで…」
「じゃあ春が他の奴と付き合ってても良いのかよ」
「……それは、嫌だ」
「ワガママだなー」
「うるせぇな!当たり前だろ!」
「だったらそう言ってこいよ」
「………」


米屋は教室の外を指差した。出水の視線はそちらに向く。


「春のやつ、たぶん屋上に向かったぜ?すげー泣いてたし付け込むなら今だな」


にやりと笑った悪友に、出水も思わず口角を上げた。そしてばっと走り出す。


「泣かせたのおれなのに付け込むも何もねぇだろ!」
「だな。頑張れよー弾バカ」
「誰が弾バカだ槍バカ」


そういつものように言い合い、調子の戻った出水が教室を出て行くのを見送った。その際、小さく「ありがとな」と聞こえたのは気のせいではないだろう。


「…全く、面倒くさいやつらだな」


言葉とは裏腹に、その表情はとても楽しそうだった。

◇◆◇

教室を出て屋上に向かう。

そして扉を開けた。春がいることを願って。



「………春」


出水から見て背中を向けている女子生徒は、確かに春だった。顔は見えなくても泣いているのが分かる。嗚咽が聞こえる。

出水はゆっくりと足を進めた。


そして近付くと、側でもう1度名前を呼ぶ。


「……春」
「!!」


驚いて振り返った春の瞳からキラキラと涙が溢れていた。不謹慎だが、それが綺麗だと見惚れる。

けれど、出水の姿を確認した春の顔は悲しげに歪められた。


「い、ずみ…く、ん…っ」
「…春」


ズキリと胸が痛んだ。こんな辛そうに泣かせしまったのは自分なのだと。なんと声をかけて良いのか分からない。

けれど、言わなければいけないことは分かっている。


「…春」
「……っ、…」
「…さっきは……ごめん…」


そう言うと、春の表情は更に歪んだ。そしてまたポロポロの涙が溢れ始める。


「な、んで…なんで…っ、追いかけてきてまで、そんな、こと…っいうの…!」
「………さっきとは、違う意味で謝りたかった」
「…え…?」


出水は拳をぐっと握り締めて真っ直ぐに春を見つめた。都合が良いなんて分かってる。自分勝手なんて分かってる。けど、やはり後悔はしたくない。


「…おれは…お前が好きだ…!」
「!?」


驚いた春の瞳からは涙が止まった。濡れた瞳でぽかんと出水を見つめている春から視線をそらすことなく続ける。


「おれは、春が好きだ…!」
「…え、な……」
「…さっきは、怖かったんだ」
「怖い…?」
「おれはボーダーだ。危険なことしてる。それに、おれは特に近界民に狙われやすい。だから、春と一緒にいたら春まで危険な目にあわせちまう…」
「…いずみ、くん…」
「けど!おれはやっぱりお前のことが好きで!おれがびびって春からの告白断って、春が誰か違う奴と付き合うとか考えたら、そんなの我慢出来なかった!」


危険な目にあわせないためには自分と一緒にいない方がいい。けれど、自分ではない誰かの隣にいるのなんか見たくない。矛盾した気持ちがぐるぐると巡ったが、出した答えは簡単なものだった。


「おれのせいで春が危険な目にあったとしても、おれがお前を絶対に守る!」
「!」
「だから…!春の全部をおれに預けてくれ!」
「…そ、それ…は…」



出水の必死な言葉に圧倒されながらも、その頬は赤く染まっていく。先ほど断られていても、その先の言葉を期待してしまって。告白しようとしたときのように鼓動が早くなる。

真っ直ぐ見つめてくる出水の瞳を、緊張しながら見つめ返した。


「好きだ春!おれと付き合って下さい!」


ガバッと頭を下げて片手を差し出す。
あまりの勢いにびくりと驚いたが、下げられた頭と、差し出された手を交互に見つめた。

そして赤く染まった顔で微笑む。再びその瞳に涙を浮かべて。

ゆっくりと片手を出水の手に重ねた。

頭を下げたときと同じようにガバッと頭をあげる。驚いた出水の瞳とバッチリ視線が交わり、涙を流しながら春は笑った。


「私も…っ、いずみくんのこと…、だいすき、です…!よろしくおねがい…しま、す…!」
「…春…!」


大きく目を見開いた出水はその手を引き寄せて勢いのままに春を抱き締めた。突然のことに春はあわあわと慌てる。しかし抱擁を緩めることなく、更に強くぎゅっと抱き締めた。


「…さっきはほんとごめん。ありがとな」
「…うん…!」
「マジで好きだ、春」
「う、ん…っ、ありがと…」
「ありがとうはこっちだっての」


嬉しさに泣き続ける春の背中を、ぽんぽんと優しく叩き続けた。腕の中にいる愛しい愛しい自分の恋人になった春。
危険だからと手放すつもりはもうない。

泣きじゃくる春が落ち着いたら、相談に乗ってくれたあの悪友にもちゃんと報告に行って、お礼をしなければな、と笑みを浮かべて。



End

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