そうね世界には2人だけ

「沢村くんさー、早く忍田さんに告っちゃいなよ」


本部の入口で壁に寄りかかってコーヒーを飲んでいた春は、本部に入ろうとした沢村にそう声をかけた。

大袈裟にびくりと反応した沢村は、慌てて辺りをきょろきょろと見渡し、誰もいないことにほっと息をつく。


「…紅葉さん。変なこと言わないで下さい」
「いや、今あからさまに反応しといて何言ってんの」
「紅葉さんが誤解するようなこと言うからです!だ、誰かに勘違いされたらどうするんですか…」
「勘違いじゃないから良くない?」
「良くありません!」


ケラケラと笑った春に、沢村は溜息をつく。いくら忍田の右腕と言われるほど強い人間なのだとしても、こういう態度はどうも苦手で。


「気持ちは素直に口にしないと伝わらないよ」
「…貴方は何でも素直に口に出しすぎだと思いますよ」
「だってオレはちゃんと伝えたいし」
「ええ、いつも国近さんに言っているの聞いていますから知ってますよ。けど、軽くて本気には取れません」
「周りなんかどうだって良いんだよ。国近に伝わってればさ」


本気なのか冗談なのか。
それなりに長い付き合いでも春のことは読めない。


「お、噂をすれば。おーい、国近ー」


これから防衛任務なのか、本部へ入ろうとした国近の姿を見つけ、春は手を挙げた。それに気付いた国近はぱあっと顔を輝かせる。


「あー!紅葉さんだー!」


そしてパタパタと走り寄ってきた。


「えへへー、まさか今日紅葉さんに会えるなんて思ってなかったから嬉しいなー!」
「おう、オレも嬉しいぞ」


2人でにこにこと話す姿に沢村は再び溜息をついた。


「そうだ国近、今日ウチ来るか?」
「えー?」
「新作ゲーム入ったぞ」
「えー!行く行くー!」
「ちょ、紅葉さん!?なに女子高生を家に誘っているんですか!」
「沢村くん何焦ってるの?ただ一緒にゲームやろうと…」


春がそこまで言うと、辺りに警報が響き渡った。警戒区域でゲートが発生したようだ。
少ししてからこの位置からでもゲートが見え始める。かなり近いようだった。


「うえー、タイミング悪いー!今から太刀川隊防衛任務だよー」
「私も作戦室に急ぎます。太刀川隊も急いで下さい」
「りょーかいでーす」


ゲート発生直後にキリッと切り替わった沢村は、さっさと本部へ入り、作戦室へ向かって行った。


「相変わらず固いなぁ」
「紅葉さん、そういうことだから片付くまで遊びに行けないやー」
「…うーん、ならオレも出てやるよ」
「え!?」


春の軽い発言に国近はパチパチと瞬きをする。そんな国近に、春はにやりと笑った。


「忍田さんみたいにずっと指揮してたら身体なまっちまうしなー。たまには実戦も大事だろ」
「う、うん、そうだけど…大丈夫?」
「大丈夫だよ。オレを誰だと思ってるんだ?とりあえず国近、お前はここにいろ」
「え、でも防衛任務…」
「オレがソッコーで全部片付けてやるから、ここで待ってろ」


国近の頭をぽんっと撫でると、春はポケットにあるトリガーを握り、起動した。忍田や太刀川隊の隊服に近い、ロングコートのトリオン体が現れる。


「慶や出水には一応連絡しとけよ?」
「紅葉さんが出るから2人は出なくて良いってー?」
「そうだな。お前らの出番はないって伝えとけ」
「ほいほーい」


笑顔で敬礼した国近に微笑み、春は跳んだ。

そして弧月を引き抜き、上空にいるバドを切り落とす。それを足場にまた跳び、そのままどんどんトリオン兵を切り倒して行く。無駄な動きのない華麗な攻撃。国近は頬を緩ませ、やはり強い人なのだと改めて実感した。



『春!何をやっている!』
「あれ、忍田さん?何をってトリオン兵倒してるんだよ。もうすぐ終わるから」


通信をしながらもばったばったとトリオン兵を切り倒す。相手に反撃させる間もない。


『そんな指示は出していない。今太刀川隊が向かっているはずだ。だからお前は戻れ』
「オレが一番近くにいたから応戦してるんだよ。好きな女を危険な目に合わせる訳にはいかないしね」
『春!』
「ほい、これでラスト!」


最後のバムスターに弧月を振り下ろし、殲滅させた。辺りを確認してトリオン兵がいないことを確認する。


「オレが見る限りは終わったけど、他に反応ある?沢村くん」
『…いえ、紅葉さんが今倒したので最後のようです』
「よーし。じゃあ任務終了だな。国近借りてくから」
『全くお前と言う奴は…』
「忍田さんの弟子より手はかからないでしょ。それじゃあね」


通信を一方的に切り、国近のいる場所へと踵を返した。
高い建物から飛び降りると、国近の姿が確認出来た。笑顔で大きく手を振っている。

その近くに着地し、2人はハイタッチをした。


「さっすがー!」
「だろ?」


トリオン兵と戦った反応とは思えない態度で2人は微笑みあう。


「あーーー!!春さんずるいだろ!」


そこへ響いた非難の声。
姿を見なくとも誰かは分かるが、春と国近は同時にそちらに視線を向けた。


「俺たちが倒すはずだったのに!春さん1人で片付けるとかずるい!」
「ずるいって慶、お前な…」
「うわー、あの数を紅葉さん1人で倒したんすか?全部真っ二つとかえげつねぇ…」
「人のこと言えないだろ出水?お前の更地と比べたらえげつなくないよ」


後からやって来た太刀川隊に春は呆れたように笑った。


「まあでも、お前の獲物取って悪かったな」
「今度模擬戦してくれたら許すよ」
「嫌だよ。お前との模擬戦エンドレスなんだもん」
「じゃあじゃあ紅葉さん!おれとは?」
「お、たまには出水となら良いかもな」
「よっしゃ!」
「はぁ!?何で出水は良くておれはダメなんだよ!春さん酷い!」


喚く太刀川に笑っていると、国近が春の袖を引いた。


「ん?」
「紅葉さーん、ゲームー!」
「おお、そうだった。これからウチで国近と新作ゲームやるから模擬戦もまた今度な」
「「はぁ!?」」
「じゃあな、慶、出水。帰るぞー、国近」
「ほーい!じゃあねー太刀川さん、出水くん!」


換装を解いて歩いて行く春に、国近は嬉しそうに後を追った。その後ろ姿を何も言えずに見送る。


「…えっと、紅葉さんと柚宇さんって仲良いとは思ってましたけど…そういう関係なんですか?」
「いやないだろ?あのゲームしか興味ない国近と、戦うことしか興味ない春さんだぜ?」
「…まあ、確かに」
「2人きりになってもそういう雰囲気になるとは想像出来ないな。絶対ゲームの話で朝まで盛り上がるタイプだ」
「……そう言われるとそうですね。なら大丈夫か」
「あーあ。トリオン兵は切れねぇし、春さんには模擬戦断られるし…」
「………」
「出水、模擬戦付き合え」
「言うと思いました。良いですよ、おれも暇ですし」


自身のオペレーターが男の家に行くと言っていたが、春だから大丈夫と深く気にすることなく、太刀川と出水は本部の中へと戻って行った。


◇◆◇


2人で春の自宅へ向かう道を歩く。
しばらく無言で歩いたあと、周りに誰もいないのとを確認して、どちらからともなく手を繋いだ。絡めるようにしっかりと。


「新作ゲームってほんとー?春さん」


寄り添うように問いかけた国近に、春は笑った。


「ははっ、うーそ」
「やっぱりー!私が新作ゲームの情報逃してるはずないもんねー」
「でもちゃんと乗ってくれてありがとな、柚宇」


見つめ合って微笑み合う。
沢村や太刀川たちの前とはまるで違う、甘い雰囲気を纏って。


「でもこういう言い訳もそろそろ底がつきそうだなー、次はどうするか…」
「もう普通に私と春さんが付き合ってるって言えば良いんじゃないのー?」
「柚宇は分かってないなー。慶も出水も、お前のこと凄く大切にしてるんだぞ?いくらオレがあいつらに好かれてても太刀川隊セコムが働くってオレのサイドエフェクトがそう言ってる」
「そうだとしても、春さんなら大丈夫でしょー?」
「まあな。…ていうかツッコミはなし?」
「なんの?」
「サイドエフェクトの」
「春さん実はサイドエフェクト持ってるレアキャラだと思ってるから」
「マジ?」
「マジマジー!」


楽しそうに笑う国近に、春も頬を緩めた。そして立ち止まり、手を引く。
逆らうことなく引き寄せられた国近の腰に手を回し、そのまま上からキスをした。少しして離れ、至近距離でにやりと笑う。


「…今、何もフラグ立ってないのにいきなりキスするなんて、好感度下がっちゃうよー」
「柚宇相手なら下がらないだろ」
「春さん限定スキルだからねー」
「そりゃ良かった」


そしたまた口付けを落とす。


「あー、やばい。柚宇お前ほんと可愛いよな。胸でかいし」
「あー!今の最後が本音でしょー!春さんのえっちー!」
「ばーか、全部本音だっての」
「本当に?」
「本当に。オレは柚宇が好きなんだから」
「えへへー、私も春さん大好きー!」


額をお互いにこつんと当てて笑い合う。しかしここは道のど真ん中で。今は人がいないとしても、いつ誰が通るか分からない。だから早く帰って思う存分いちゃいちゃしよう。春は心で決意した。


「さーて、帰るぞ、柚宇」
「ほーい!春さん!」


甘い雰囲気で微笑み合い、きゃっきゃっと騒ぎながら、2人は誰もいない道を歩いて行った。
しっかりとお互いの手を握りしめて。


End

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