一目惚れは認めない

いつもと表情は変わらない。
むしろいつもあまり表情は変わらない。


けれど、どこかピリピリしているような、不機嫌なような、そんな雰囲気を醸し出していた。



そんな隊長の姿に、風間隊の3人は集まる。


「…なに?風間さんどうしちゃったの?」
「な、なんか…雰囲気違うな…」
「少し近寄りがたい…かな…」


こそこそ話して再び風間を伺う。
やはりどこかピリピリしている。


「ねぇ、どうしたのか聞いてきてよ」
「え!わ、私が!?」
「おい菊地原、三上先輩だけに押し付けるな」
「じゃあ歌川が聞いてきてよ」
「……わ、分かった」



誰かが聞かなければ理由は分からない。

歌川は意を決して風間に近付いた。


「…風間さん…」
「………なんだ」


やはり声音が固い。何か怒らせるようなことをしたかと不安になる。



「ど、どうかしたんですか?」
「?何故そう思う」
「…いえ…あの…少し空気がピリピリしているようだったので…」


歌川の言葉にはっとした。
そんなに気を使わせてしまっていたのかと。
風間が小さく息をつくと、空気が少し柔らかくなった。いつもの風間だ。


「すまんな。お前たちのせいじゃない」
「いえ、俺たちは大丈夫です。ただ、風間の様子がおかしかったので何かあったのかと、みんな心配していたんですよ」


少し離れた所で菊地原と三上が様子を伺っているのに気付いた。そのことに小さく笑う。


「気を使わせてすまん。……ただ、自分自身を責めていただけだ」
「自分を?どうしてですか?」


風間が悪いと思うような所など一つもない。
強いて言うなら口調がキツいとこだけだが、それでも言葉には優しさがある。


疑問に思った菊地原たちも近付いてきた。



「風間さんが自分を責める要素なんか一つもないでしょ。どっかのダメな隊長と違って」
「おい…」
「いや…俺は最低だ」
「そんな…どうしたんですか?」


こんな風間は珍しい。
三上は不安そうに風間を見つめる。


風間は真剣な瞳で3人を見つめ、そして口を開いた。



「俺は、一目惚れというものをしてしまったらしい」



その風間らしからぬ一言に3人は声も出せずに固まった。しかし風間はどこまでも真剣で。



「人を見た目で判断するなど最低だ。大切なのは中身だろう。なのに俺は、一目見て心を奪われた」
「ちょ、す、すみません風間さん…ちょっと整理させて下さい…」
「?何を整理することがある」
「…いや、整理って言うか……」
「ひ、一目惚れですか…!」


三上だけが興奮したように食いついた。
内容を理解しきれない2人を残し、ぐいっと風間に近付く。



「風間さん!一体どなたに一目惚れしたんですか?ボーダーですか?」
「ああ、B級だ。名前は知らん。初めて見かけたからな」
「初めて見かけて一目惚れ…!素敵…!どこの誰か調べますから、特徴教えて下さい!」
「素敵なものか。だが、あいつのことをもっと知りたい。三上、頼む」
「任せて下さい!」


ノリノリの三上に、風間は少しだけ表情を和らげた。そしてその一目惚れ相手の特徴を話し始める。



話を聞いているうちに、3人の頭には1人の少女の姿が浮かんできた。いやでもまさか。


「ランク戦をしているところを見かけてな。その洗練された動きに目を奪われ、その無邪気な笑顔に心を奪われた」


恥ずかしげもなく話す風間にこちらの方が恥ずかしくなってしまう。菊地原は見るからに嫌そうな顔をした。

しかし三上は顔を輝かせるばかりで。



「風間さん!私、1人心当たりがあるんですけど、会ってみませんか?」
「み、三上先輩…まさか…」
「はい!春ちゃんに会ってもらいましょう!」
「…絶対ないと思うけど」
「行きましょう、風間さん!」
「ああ」


三上は楽しそうに風間を連れ出した。
その後ろ姿を見送り、2人は溜息をつく。

しかし、もし本当に自分たちの尊敬する隊長が春に惚れていたら。

2人は仕方なく後を追いかけた。


◇◆◇


向かったのは対戦ブース。


そこで辺りを見回した。


「あ!いましたよ!」


三上の言葉に3人はそちらに視線を向ける。丁度模擬戦が終わり、出てきた人物へ。


「春ちゃーん!」
「?あ!三上せんぱーい!」


手を振る三上に気付くと、春はぶんぶんと手を振り嬉しそうに走り寄ってきた。

その姿に風間の心臓が早鐘を打ち始める。

この子だと、そう思った。


三上と何やら少し話すと、春はぱっと風間を向いた。


「あっれー!風間さんだー!」


目の前まで嬉しそうに走り寄ってくると、風間の両手を取り、嬉しそうに笑った。


そんなことをされて心臓は壊れそうに鼓動するが、表情は相変わらずの無表情を保つ。



「ずっと風間さんにお会いしたかったんです!だからお会い出来て嬉しいです!」


にぱっと笑った春の手をそのままに、風間は真っ直ぐに春を見据えた。



「春、と言ったか」
「はい!紅葉春です!」
「そうか。紅葉春。唐突で悪いが、俺はお前が好きだ」



ムードも何もないどストレートな告白に、風間隊3人はピシリと固まる。一体この人は何を言っているのかと。

しかしそれを聞いた当人である春は、きょとんと数回瞬きした後、またすぐに笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!でも、私は強い人が好きなので」


にこりと告げた言葉に反応したのは菊地原だ。


「ちょっと。それじゃあ風間さんが弱いみたいな言い方なんだけど」
「え?風間さんを弱いだなんて言ってないよ?ただ、風間さんよりも強い人が好きだから」
「個人総合3位の風間さんより強いっていうと…二宮さん?」
「二宮さんは確かに強いけど、私は攻撃手が好きです!」



そうなると後は1人しかいない。
風間は普段あまり変わらない表情を歪めた。


「…太刀川か」


苦々しく呟かれた言葉に、菊地原は嫌な顔をし、歌川と三上は苦笑した。しかし春だけは違う反応で。


「確かに昔は太刀川さんが好きでしたけど、今は違いますよ?」
「は?あのダメな人が一応No.1攻撃手でしょ?」
「そうだね」
「もしかして…迅さん?」
「迅さんも強いみたいだけど、その2人より強い人がいるじゃない!」


春は風間の手を離すと、自分の前で両手を組み、キラキラと瞳を輝かせた。そして、太刀川よりも迅よりも強い人の名を口にする。


「忍田本部長!」


予想外の人物に風間隊は固まった。
強い人が好きと変わっている奴だとは思っていたが、まさかそこに焦点を向けるとは。


「忍田本部長より強い攻撃手なんてみたことないもん!本当にあの強さは素敵…!」



キラキラと忍田の良いところを語り始める春を、風間はじっと見つめた。


「ほら、風間さん。こいつ変わってるやつなんですよ。強ければ良いみたいな。だから諦めて下さい」
「そう、ですよ。さすがに紅葉は変わり者なので…やめておいた方が良いかと…」
「折角の一目惚れなのにその恋のライバルが忍田本部長だなんて…」



3人の言葉を聞きながらも、風間は忍田を褒める春の手を握った。流石に春も驚いたように言葉を止め、風間に視線を向ける。



「お前が忍田本部長を好きなのは分かった。だが、それが大人しく引き下がる理由にはならん」


こんな所で男前を発動しないでくれと菊地原は顔を歪める。しかし、三上はキラキラとした表情で2人を見つめた。



「諦めるつもりは毛頭ない」


ぐっと距離をつめた風間に、春はにこりと笑った。


「私、結構本気で忍田本部長好きですよ?」
「見ていれば分かる」
「ふふ、それでもですか?」
「ああ。俺はお前に惚れてしまったからな」


至近距離でお互い照れることなく真っ直ぐに見つめ合う。


「一目惚れなんて信じられないですね」
「俺もだ。だからこれから春のことを知っていく。お前も俺のことをもっと知っていけ」
「……はーい」


ぱっと離れた春は、にこりと風間に視線を向ける。



「私、風間さんのことは強くて好きですよ?でもそこに恋愛感情はないので、風間さんの奮闘に期待してまーす」


楽しそうに去って行った春に、風間は微かに口角を上げた。



「年下に随分と舐められたものだな」


言葉とは裏腹にどこか楽しそうで。
菊地原と歌川は顔を見合わせ、三上は1人、手を組んでキラキラと見つめた。


◇◆◇


その日を境に、風間蒼也の奮闘が始まった。


ランク戦している所を見かければすぐに声をかけて戦い、強さを見せつける。
相手が太刀川のときよりも全力で。

結果は10−0で風間の圧勝だ。


「わー!風間さんすごーい!やっぱり強いですねー!」
「惚れたか?」
「はい!」
「!」
「でもやっぱり忍田本部長には及ばないですから、恋愛感情は持てませんけど」
「…なかなか手強いな」
「恋はそんなに甘いものじゃないですよ」


笑顔で残酷な言葉を紡ぐ春に遊ばれている気がしてならない。
しかしそう簡単に落ちないのは承知の上だ。
それで諦める訳にはいかない。



別の日には太刀川を捕まえてランク戦を申し込んだ。風間からの誘いに周りは驚き、太刀川は無邪気に顔を輝かせ、もちろん承諾する。


そして太刀川vs.風間のランク戦は、善戦するも、太刀川の勝ち越しで。それを見ていた春はキラキラとした眼差しで太刀川を見つめた。


「太刀川さん強ーい!素敵です!」
「んー?おおー、ありがとな」
「慢心しない所がまた素敵です!」
「…太刀川、もう10本だ」
「え!風間さん珍しいね!まだやってくれるの?」
「いいから早くブースに入れ」


太刀川は珍しい風間を追求することなく、うきうきと見るからに楽しそうに対戦ブースへと入って行った。



「春、次は俺が勝つ。しっかり見ていろ」
「でも太刀川さんが勝ったら太刀川さんの好感度上がっちゃいますよ?」
「太刀川のことは見ていなくてもいい。俺だけを見ていろ」
「なら、勝てるように頑張って下さいね、風間さん!私、応援してますから」


にこりと笑った春にどきりと心臓が跳ねた。やはり春を好きなのだと実感する。


「もし太刀川さんに勝てたら好きになっちゃうかもです」
「…その言葉、忘れるなよ」


そう言って対戦ブースへ入っていった風間に、春はクスクスと笑った。


「かもって言ってるのに。…可愛い人だなぁ」


そう呟きながら、太刀川と風間のランク戦が映るモニターに視線を向けた。

◇◆◇

それから数週間、風間の奮闘は続き、今日もまた春とランク戦をする。



いつも通り勝敗は10-0で風間の圧勝。それでも楽しそうだったはずの春だが、何故か今日は少し不機嫌で。椅子へ座る春の隣に腰掛け、風間は首を傾げた。


「どうした?」
「…最近風間さんとしかランク戦していなくてポイント持ってかれる一方なので流石に凹んできましたー」
「そうか。それは悪いことをしたな」
「全然悪いと思ってなさそうですね!」


その言葉に風間は表情を和らげた。


「お前も段々と俺のことが分かるようになってきたようだな」
「そりゃ結構前から好きですしね」
「…そういう思わせぶりなのはやめろ。心臓に悪い」
「ふふっ、風間さんが動揺してるのも段々分かってきたので楽しくなってきちゃいました」
「俺は本気なんだ。あまりからかうな」
「え?私も本気ですよ?」


平然と答えた春に、風間は数回瞬きをして疑問符を浮かべた。


「…何に本気なんだ」
「何って、風間さんへの愛?」
「ふざけているだろ」
「だーから、本気ですってば」


いつもと変わらない春をじっと見つめていると、春はクスクスと笑いだした。それにやはりからかわれていたのかと溜息をつく。


「…春」
「風間さんは勘違いしているようだから言っておきますけど」


そう言いながら春はこてんっと風間の肩に頭を乗せた。
その仕草にどくりと心臓が跳ねる。この数週間でも春のこういう行動には相変わらず慣れずに心は反応してしまう。

風間は表情を変えないままに春に視線を向けた。


「私別に、”戦闘が強い人”が好きとは言っていませんよ?」
「……?」


分かっていない風間に、春は笑った。


「三上先輩、私のこと何も話してないなんて意地悪だなぁ」
「何の話だ?」
「だからー、私は、強い人が好きなんです。戦闘が強いでも、機械に強いでも、権力が強いでも。何でも1番強い人が好きです」
「……?」
「強い人は好きですけど、それで恋愛感情なんか持てるわけないです。みんな憧れですからね。でも、風間さんは別ですよ?」
「だから何を言っている」
「ふふ、風間さんは、私に対しての想いが誰よりも強いんです。こんなに好意を寄せられたのなんて初めてですから!」



春は頭を上げると、不思議そうに見つめてくる風間を真っ直ぐに見つめ返した。


「最初は一目惚れなんて曖昧なこと言われて疑ってましたけど、私のことをこんなに強く想ってくれる人を、好きにならないわけないじゃないですか」


そう笑った春の頬は若干赤く染まっていて。いつも見ている余裕な表情とは違うその顔に、また心臓が早鐘を打ち始める。


「好きですよ、風間さん」
「……唐突すぎるだろう」
「風間さんの告白ほど唐突じゃないと思いますけど?」



それを言われてしまえば返す言葉などなくて。眉を寄せて押し黙る風間に、春はクスクスと笑った。


「風間さんって意外と分かりやすいですよね。可愛いです」
「男に可愛いはないだろう」
「だって可愛いんですもん」
「春の方が可愛いに決まっている」
「…うーん、やっぱりど直球で男前だからカッコいいのかな?」
「…お前も充分ど直球だろう。動じていない分、春の方が男らしいかもな」
「えー!風間さんひどーい!私結構動揺してるんですよー!」
「どこがだ」
「いつも風間さんといると心臓バクバクなんですから!」
「信じられんな」


あくまでいつも通りな春に、風間は溜息をついた。どこまで本当で本心なのか、分からない。また自分は踊らされているだけではないかと。


「好きな相手を信じないなんて酷いですよー」
「…それを言われると確かにそうだな」
「……ふふっ、風間さんやっぱり可愛い!」
「だから可愛いはやめ…」


呆れて咎めようとした風間にすっと近付いた春は、そのまま唇を重ねた。突然のことに驚いて目を見開く。

ゆっくりと春が離れても、風間は何度も瞬きをするだけで。

春はにこっと笑った。


「…これで信じてもらえました?」


そう問いかける頬は真っ赤に染まっていて。いつもの表情のようで、いつもの表情とはまるで違う。
やっと見れた春の恋するを表情に風間は口角を上げた。


「…信じざるを得んな。好きだ、春」


今度は風間から顔を近付けると、春はパッと立ち上がった。そしてスキップで対戦ブースを進んでいく。


「おい、春」
「ふふ、奪っちゃったー」
「戻ってこい、春」
「やです」
「なに?」
「まだダメなのでもう少し待ってて下さーい」


そう言いながら振り向かない春をよく見ると、髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。それを見つけて嬉しくないはずがない。

風間は笑みを浮かべ、春を追いかけた。


散々余裕な態度で遊ばれていた分、今度は春が取り乱すくらいに攻めて攻めて、動揺させてやろう、と。


End

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