わりとなんでも君が中心

戦績、7−3での敗北。

やる度にどんどん負けが多くなる現実に、春は大きく溜息をついた。


「随分でかい溜息だな」
「…荒船」


対戦ブースの隅の壁に寄りかかっていた春は、珍しく対戦ブースへきた荒船に視線を向ける。


「誰かに負けたか?」
「…可愛かった弟子にね」
「弟子……出水か?」
「そう。昔はあんなに可愛かった出水は、今は私にいやらしい笑みを浮かべるくらいに生意気になっちゃったよ」
「昔はって、1つしか変わらねえだろ」
「生意気になったことに変わりはないの」


そう言って再び溜息をつく。
荒船は春の隣に並び、同じように壁に寄りかかった。


「教えた相手が強くなるのは良いことだろ」
「…そうだけど、さ。なんか自分が惨めになるっていうか……出水が、もう私を師匠として見てくれないんじゃないかって不安もあるんだよね」
「あいつは生意気だが、そこら辺はちゃんとしてるだろ」
「…そう、だけど…」


それでも、やはり教えた相手に負けるのは気分が良いものではない。そもそも負けること自体が嫌いなのに、その相手が弟子だ。尚更複雑な気分になる。


「…荒船は、凄いよね」
「あ?いきなりなんだよ?」
「いきなりっていうか、ずっと思ってたよ」


視線を向けることなく続ける春に、荒船は眉を寄せた。


「荒船は鋼に攻撃手として教えてあげてたじゃん?それで越えられちゃったのに、全然へこんでない」
「おい、なんだそれ皮肉か」
「褒めてるんだよ」
「そんな風には聞こえねえな」
「それは荒船が捻くれてるからじゃない?」
「このやろ…」


ぴくりと眉を動かすも、何とか抑えて溜息をついた。


「お前だって諦めずに戦ってるじゃねえか」
「だって諦めたら、余計に惨めじゃん。そんなの絶っっ対に嫌だからね」
「その負けず嫌いが弟子にも引き継がれたな」
「ははっ、嬉しいことに色々学ばれちゃったからね」


射手になったばかりの頃に出水に教えたが、そこからの成長は著しかった。あっという間に越えられてしまい、荒船とは通じる所があると思っている。


「…荒船は、悔しくないの?」
「鋼に負けたことか?」
「そう。元々、完璧万能手を目指してるから攻撃手はやめるつもりだったんだろうけどさ、やっぱり、悔しくないのかなって」
「悔しくないっつったら嘘になるが、負けは負けだしな。お前ほど気にしちゃいねえよ」
「…やっぱり、荒船は凄いよ」


潔く負けたと素直に認めるところも、すでに前を向いて違う道へ進んでいるところも。自分とはまるで違う。

そんな荒船に憧れてしまう。
自分も、こんな風になれたらと。


「出水はA級1位だし、弟子だからってそんなに比べることもないだろ」
「…弟子に先越されてA級になられちゃったんだけど…」
「お前の教え方が良かったからだろ。師匠がお前じゃなかったら出水はこんなに成長しなかったんじゃねえか?」
「……荒船、優しいね」
「は?優しくしてねえだろ」
「…うーん、そっか。じゃあきっと慰め上手なんだね」
「意味分かんねえな」
「荒船の言葉に私が救われたってことだよ」


荒船の言葉一つ一つに救われる。
何故だか説得力のある荒船の言葉は、春の心を楽にしていった。

やはり、凄い人だと思う。


「私もいつまでもうじうじしてないで、前に進まなきゃ」
「どうすんだ?攻撃手でもやるか?」
「…やってみようかな」


冗談で言ったつもりの言葉を素直に受け止められ、荒船は目を丸くして驚く。


「は?」
「なにその反応…。荒船が言ったんじゃん」
「いやそうだけどよ…そんな簡単に決めるか普通」
「普通はどうか知らないけど、荒船がそう言うならやってみようかなーって思っただけだよ」


荒船が言うことならば、きっと間違った選択はないから。


「あ、でも…攻撃手やるなら荒船に教えてほしいな」
「何でだよ。鋼の方がつえーんだから鋼に教われ」
「確かに鋼の方が強いけど、荒船の方が教えるの上手いじゃん」
「…鋼じゃなくたって他にもいんだろ」
「私は荒船が良い」
「……勝手にしろ」


荒船は赤くなった顔を隠すように帽子を目深に被った。それをチラリと横目で見た春は小さく笑う。


「なんだかんだ言って優しいよね」
「うるせえ」
「じゃあ甘いっていうのかな?」
「…てめ、指導はぜってえ甘くしてやらねえからな」
「攻撃手初めてなんだからお手柔らかにしてよ」
「知らねえよ」


そう言いつつも、結局は丁寧に優しくて教えてくれるのだと思うと、自然と頬が緩んだ。今から攻撃手がとても楽しみだ。


(…そういえば…)


春が射手を選んだのは、荒船と違うものを選ぶためだった。攻撃手の次に狙撃手、そして銃手になると聞いていたから、それとは違うものを選んだのだ。


(…一緒に完璧万能手になれたら良いな)


今は同じ隊になれなかったが、きっといつか同じ隊で戦いたい。そんな野望がある。


(……本当に、私は荒船のこと好きだな)


まだ言わないけれど。
今はこの距離が心地良いから、このままで。


「じゃあ早速攻撃手の…」
「あ!いた!春さーん!」


ぶんぶんと手を振って走り寄ってくるのは先ほどまで話題になっていた春の弟子だ。
相変わらず春に懐いている。


「ねえ春さん!もう一戦しましょうよ!」
「あんたはまだ私からポイント奪う気か」
「じゃあポイント変動しない模擬戦で良いから!」
「で良いって…。悪いけど出水、私今日から攻撃手になるから」
「………は?」


意味が分からないというようにぽかんとする出水に、春は繰り返した。


「射手をやめて攻撃手になる。だからしばらく模擬戦はなしね」
「え、ちょ!ま、待って下さいよ!いきなり何でですか!」
「荒船に言われたから」


その言葉に出水はキッと荒船に視線を向ける。


「お前な、俺のせいにすんなよ」
「だって荒船が提案してくれたんじゃん」
「そうだけどよ」
「そういう訳で出水、私は荒船に攻撃手として指導してもらうから」
「ま、待って待って!」


訓練室へ歩き出した春の腕を慌てて掴む。春は振り向き、首を傾げた。


「じゃ、じゃあやっぱり最後に射手として模擬戦しましょう!」
「えー…」
「可愛い弟子の頼み聞いて下さいよ!」


春はしばらく悩んだあと、小さく溜息をついた。


「じゃあ10本ね。それで最後。良い?」
「はい!おれ10勝してみせますから!」
「…絶対勝ち越してやる…」


分かりやすい挑発に簡単に乗った春に、荒船は呆れる。しかし春はそんな反応には気付かずに荒船を振り返った。


「荒船、終わったら攻撃手になるから。待ってて」
「おう」
「…それで、負けたらまた慰めて…?」
「…負け前提に考えてんじゃねえよ。勝つ気で行ってこい」
「…うん…!」


嬉しそうに笑った春に、荒船も小さく笑う。


「慰めてやらねえこともねえけどな」


小さく呟いた言葉は届いたのか。
訓練室へ入る春の耳は、赤く染まっていた。
そんな春を見送り、出水が荒船を振り返った。


「荒船さん」
「あ?」
「おれ、春さんのこと渡す気ないんで」


それだけ言うと、出水も訓練室へと入って行った。

一瞬何を言われたのかと固まるが、理解してから笑みを浮かべる。


「…上等だ。俺も他の奴に春を渡す気なんかねえよ」


今はまだ本人には言えないが、攻撃手として指導すれば一緒にいる時間は増える。そのときに、ちゃんと伝えたい。


お前が好きだ、と。


End

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