チャイルドトリガー

「え、メンテナンス終わったんじゃ…!」
「ちょ、なんか変…!」


2人の身体が光に包まれ、エンジニアはにやりと笑った。


◇◆◇


「…ん?」


出水は本部の廊下で立ち止まり、振り返った。突然立ち止まった出水に一緒にいた米屋は首を傾げる。


「どしたー?」
「…や、なんか紅葉が助けを求めてる気がした」
「何のセンサーだよ」


米屋は呆れたように言うが、出水は辺りをキョロキョロとしている。本当に何かを感じとったようだ。


「双子ってのはそんなのも分かるもんかね」
「なんとなくだけどな」


そう言いながらキョロキョロとして歩いていく。米屋は仕方なくその後をついて行った。



そして少し歩いた所で出水はまたピタリと立ち止まり、一つの扉を見つめる。


「ここって…エンジニアたちが開発とかしてる部屋じゃね?」
「だな」
「紅葉がここにいるわけ?」
「…なんとなくそんな気がする」


中に入ろうか迷っていると、その部屋から悲鳴のような歓喜が聞こえた。2人は顔を見合わせると、頷き合い、扉を開けた。





すると、中には2人の子供がエンジニアたちに囲まれていた。



「………なに、やってるんですか…?」


出水が恐る恐る声をかけると、エンジニアたちはびくりと反応して振り返る。その顔は、まるでしまった、と言っているようだった。



「何か悪いことでもしてたんすかー?子供いるし。…………あ、人体実験?」
「ち、違いますよ!?」
「…お前怖いことサラッと言うなよ…」


ケラケラ笑う米屋に出水は溜息をついた。
そしてまたエンジニアたちに向き直る。


「あの、すみません。ここにおれの妹来ませんでした?」
「へ!?や、あ、あの…」
「?」


エンジニアたちは冷や汗を流し、どうしようかと思案していると、1人の子供が出水の方へ歩いてきた。


「………あ、れ…?」



出水には見覚えのある子供。
昔に見たことがある。写真でも見たことがある。忘れるはずがない。


「紅葉いるよ!」


にこにこと元気の良い声に、出水と米屋は目を丸くした。エンジニアたちはバレてしまったと頭を抱える。


「…お前……紅葉…?」
「紅葉だよ!」
「いや確かに面影あるけど紅葉はこんなにこにこしないだろ」
「……いや…昔の紅葉だ…」
「え?」


出水は紅葉だと名乗る子供と目線を合わせるために片膝をついた。


「…紅葉?おれのこと、分かるか?」
「おにいちゃん!」
「!?」

間髪入れない答えに出水は固まった。


「いやいや何固まってんだよ。こんくらいのガキからしたら俺らみんなおにいちゃんだろ?紅葉ー、俺は?」
「しらないひと!」
「…あれ」


こちらも間髪入れない答えに米屋は顔を引きつらせた。そして恐る恐る出水に視線を向けると、何とも言えない嬉しそうな顔をしている。


「紅葉?紅葉のおにいちゃんは?」
「こーへーおにいちゃん!」
「〜〜〜〜っ!おい聞いたか槍バカ!おにいちゃんって!おれのことおにいちゃんって!そうなんだよこいつ昔はおれのことおにいちゃんって呼んでたんだよ…!」


普段では見ないほどのテンションの高さに米屋は若干引いている。一体何をそんなに喜んでいるのかと。


「なあ紅葉?おれのこと……おにいちゃんのこと好きか?」
「すき!」
「クッソ可愛いなおい!!」
「…弾バカがただの妹バカに成り下がった…。ていうか、喜ぶ前に何で小さくなってんのか疑問に思えよ…」
「そうだった!」


出水はばっと立ち上がってエンジニアたちに視線を向けた。


「何で紅葉が小さくなってるんですか」
「い、いやー…ちょっとした遊び心ですよ!」
「は?」



エンジニアたちが言うにはこうだ。

春のファンのエンジニアがおり、春の子供の姿を見たいと言い出したのが始まり。
面白いことが好きなエンジニアたちはもちろんそれに乗っかり、子供の姿になってしまうトリガーを開発したのだった。


そんな馬鹿げた理由で無駄なことをするエンジニアたちに、出水も米屋も呆れている。しかしあることに気が付いた。



「…春のファン…?じゃあ何で紅葉が子供になってるんですか」
「あー、春ちゃん呼んだらちょうど近くに紅葉ちゃんがいまして…2つあったからどうせならやってもらおうかなーっと」
「…なんですかそれ。おれの紅葉はおまけってことですか…」
「おーい、弾バカー。つっこむとこそこじゃなーい」


米屋は出水にも呆れた視線を向けた。出水は何のことか分かっていないようで。


「いやだから、春を呼んだってのに春がいないだろ」
「あ、そういえば」


先ほどもう1人子供がいたと思ったが、辺りを見渡してもどこにもいない。

出水たちとエンジニアたちは顔を見合わせた。



「…………春ちゃんどっか行っちゃいました」
「はああああ!?」


てへっと笑うエンジニアに、出水は声をあげ、米屋は笑った。


「どっかってどこに!あんたら超無責任だな!」
「いやー、春ちゃんが小さくなったら可愛さ半端なかったんですが、物凄く人見知りでしてねー。思わず抱きしめたら泣かれちゃましたよ」


あっはっはーと笑うエンジニアに出水は頭を抱えた。そして再び紅葉と目線を合わせるようにしゃがむ。


「紅葉、おにいちゃんたちちょっと急な用事が出来たから、お前はここで待っててくれ」
「やだー!」
「あのな、凄く大事なことだから言うこと聞いて…」
「おにいちゃんといっしょじゃなきゃやだー!」


首に手を回してぎゅーっと抱き着かれ、出水はまた固まる。
そしてふるふると動き出し、震える手できつく紅葉を抱き締めた。


「ああもう紅葉可愛すぎ…!分かった!おにいちゃんと行こうな!」
「うん!」


デレデレとする出水の姿に米屋は顔を引きつらせたが、あまり見ないようにしようと扉へ足を進めた。


「とりあえず春探そうぜ?人見知りで泣き虫とか春とは思えなくて面白いもん見とかないとな」
「…確かに春とは思えねぇな…。余計心配になってきた。行くぞ槍バカ、紅葉」
「おー」
「おー!」
「くそかわ…!」


口元を押さえた出水に、米屋は溜息をついた。



◇◆◇


知らない場所。知らない人。知らないもの。


たくさんの知らないに囲まれ、幼くなってしまった春は部屋を飛び出していた。


そして知らない場所の廊下をとぼとぼと歩く。

歩いても歩いても風景は変わらず、誰もいない。
どんどん不安になってきて、春は瞳に涙を浮かべた。


「…うぅ…」


ついに立ち止まり、廊下の真ん中でポロポロと泣き出す。それでも必死に我慢しようと口を引き結んでいる。



「あ、いたいた」


その声に春はびくりと反応した。
そして恐る恐る振り向く。


「出水たちよりおれが先に見つけたか。さーて、どうしようかな」


サイドエフェクトで視えていたのか、迅は春を見ても特に驚いた様子はない。けれど驚いているのは春の方だ。
知らない人にいきなり近付いて来られ、固まっている。


「にしても、本当に小さくなってるなー。おれが見ても可愛いと思うのに、これを太刀川さんが見たら大変だろうね」


ぽんっといつもの調子で頭を撫でると、春はびくりとして泣き出した。


「ふ、…く…うぅ…っ、ひっく…」
「…あ、やっちゃった」


こうすれば泣くと視えていた。
分かっていたはずなのについ撫でてしまい、迅は苦笑する。


「春ー?泣かないでほしいなー?」
「ふぇ、ふぇぇ…っ」
「あー…」


目線を合わせても逆効果なのか余計に泣き出す。どうしたものかと思案すると、複数の足音が聞こえてそちらを振り向く。



「あ、迅さんが子供泣かせてる」
「分かっててそういうこと言うか?春に泣かれるの結構辛いんだぞ」
「やっぱり迅さん視えてたんすね」
「まあな。…じゃあそっちが紅葉か?」


嬉しそうに出水と手を繋ぐ姿に迅は笑った。



「随分と変わったなー」
「それを言うなら春もでしょ。ボロ泣きじゃないですか」



にこにこ笑う紅葉と、ポロポロ泣く春。

どちらも小さくなる前とは真逆で。


「とりあえず、春が泣き止まないんだけどどうしたら良い?」
「それ俺たちに聞きます?迅さんサイドエフェクトあるじゃないすか」
「まあ泣き止む方法は分かってるんだけど、その人がどこにいるか分からないから探すのが大変かな」
「あ、太刀川さんなら…」
「おう、俺がなんだ?」


タイミング良く通りかかった太刀川に、迅は顔を引きつらせた。


「いや、出水…太刀川さんのことじゃなかったんだけど…」
「え?」
「なんだよ?」
「太刀川さん、春が泣き止まないんでどうにかして下さいよ」
「ちょ、」


迅が止める間もなく、米屋は面白そうに太刀川の背を押し、春の前に連れてきた。


再び春はびくりと跳ねた。そして恐る恐る太刀川を見上げる。

ポロポロと泣きながら見上げられ、太刀川は固まる。


「え……ま、さか……春…?」
「はい。そのまさかです」
「は?え?……え!?」
「ちょっと色々あったらしく、春と紅葉が子供になってるんすよ」
「春が…子供に…」
「ウチの紅葉もです!」
「春…が…!」


太刀川は俯いてふるふる震えるとばっと春を抱き締めた。
春は大袈裟にびくりと跳ねた。驚いて涙も止まる。


「おっまえ可愛すぎだろ春!!」


抑えられなくなって抱き締めた太刀川に、迅は額に手を当てた。やってしまった、と。

いくら春が太刀川を好きとはいえ、今の春は子供で、まだ太刀川との面識はない。
そんな知らない人に突然抱き締められ、人見知りの春が耐えられるはずもなかった。


「ぅ…う…」
「春?」
「うえええええええええんっ!!」


大声で泣き出してしまった春に、迅は溜息をついた。

◇◆◇


太刀川は廊下の隅に座り、落ち込んでいた。

抱き締めた春に全力で泣かれて拒絶されたのだ。いくら子供の姿とはいえ傷つかないはずがない。

そんな哀愁漂う背中に出水たち3人は声をかけることも出来なかった。


「…まあ、あれは太刀川さんが悪いよ」
「知らない男にいきなり抱き締められたらそりゃ泣くだろ」
「春も泣き止まないし…どうするか…」


3人が必死にあやしても春は泣き止まずに声をあげて泣いている。最早お手上げだ。


「寄ってたかって子供泣かして…一体何をやっているんですか、あなたたちは」


その声に振り向くと、腰に手を当てた木虎と物珍しそうに春を見つめる佐鳥がいた。
更には泣き声につられてか、たくさんの人が集まってくる。


「誰々ー?この女の子ー?」
「わー可愛いー!」
「なに泣かせているんですか!」


国近、綾辻、三上のオペレーター組が集まってきて春に近付く。


「ちょっと迅!あんたなに子供泣かせてるのよ!」
「小南先輩、あの子供は迅さんの妹です」
「ウソ!?」
「ウソです」
「とーりーまーるーっ!!」
「実は迅さんの隠し子なんだよ、小南」
「ウソ!?!?」
「お前らやめろ」


本部だというのに玉狛第一まで。


「あら?可愛い子ね?どこの子かしら?」
「…何故か、会ったことがある気がします」
「オレも会ったことある気がする!…ていうか、なんか春ちゃん先輩に似てるような…」



加古隊に緑川。
どんどん集まってくる隊員たちに春は恐怖で固まっている。

出水たち3人は顔を見合わせ、溜息をついた。


◇◆◇


そして集まってきた隊員たちに事情を説明した。

エンジニアのイタズラで春と紅葉が子供の姿になってしまったこと。

太刀川が勢いに任せて抱きついたら春が泣き出してしまったこと。



「この子が春ちゃん!可愛いー!」
「春ちゃん泣かないで?」
「というか、太刀川くん最低ね」
「うぐ…」


国近や三上があやそうとするが春は泣き止まない。加古は冷たい瞳で太刀川を見た。


「でも可愛いから抱き締めたくなるのも分かりますよ!」
「…佐鳥、お前が春を抱き締めたら一瞬で太刀川さんに殺されるぞ」
「わ、分かってるよ!京介だっていつもみたいなスキンシップしたら太刀川さんきっと怒るよ!」


みんなで春をあやすが、春は怖がるばかりで一向に泣き止む気配がない。


「何の騒ぎだ」


そこへ迷惑そうな顔をしてきたのは二宮隊だった。
太刀川ははっとして春を隠そうと近付いたが、春は余計に泣き出してしまい踏み止まる。


「ちょっと太刀川さん!春ちゃんに近付かないで!」
「春だと?」


国近の言葉に二宮は反応した。みんなが囲む中には小さな子供。確かに春の面影が見える。


「え、子供じゃん」
「あれが…春ですか…?」


犬飼と辻は首を傾げた。
面影はあるがポロポロ泣く姿に疑問を覚える。あの春があんなに泣き虫だったのかと。そしてどうして子供の姿なのかと。


「………」


二宮は無言で春に近付こうとすると、視界にチラリと違う姿を見つけて視線を向ける。

出水と手を繋いでいる小さな子供の姿。
出水と同じ髪色で、どこか似ていて、知っている人物の面影がある。

二宮はそちらを見たまま固まった。


紅葉を見ていることに気付いた出水はさっと自分の後ろに紅葉を隠した。



「…出水、何を隠した」
「……何も」
「そいつは誰だ」
「…………」
「…紅葉だな」
「…ちがいま…」
「紅葉だよ!」
「ば…!」


返事をしてひょこっと出水の後ろから姿を現せた。

そんな紅葉の姿に二宮は無表情のまま目を見開いている。


「…紅葉、か?」
「うん!」


にかっと笑った紅葉に、二宮は顔を押さえて黙る。

その姿に周りは乾いた笑いをもらした。


「…紅葉、来い」
「ん?」
「ちょ、ダメですってば!紅葉!あの人のとこは行っちゃダメだぞ!」
「ダメ?」
「そう!ダメ!分かったか?」
「わかった!」
「…可愛い…!」
「……っち」


手を挙げてにこにこと返事をする姿に、出水と二宮は押さえきれない気持ちで壁を叩いた。


「あ、れが……出水ちゃん?」
「…みたい、ですね」


正反対過ぎる春と紅葉にこちらはこちらで動揺を隠せず、2人は隊長の反応に溜息をついた。


◇◆◇


二宮隊にも春と紅葉が子供になった経緯を説明し、春と紅葉を真ん中にみんなで囲んでいた。

紅葉はにこにこと笑い、春はびくびくと泣いている。



「春が一向に泣き止まないな…」
「太刀川さんのせいで」
「仕方ないだろ!可愛かったんだから!」


誰があやしても春は怯えるばかりで泣き止まない。そんな春を隣にいた紅葉がぽんぽん撫でた。


「だいじょーぶ?」
「ひっく…ぅ…ひっく…っ」
「どこかいたいの?」
「…っ、いたく、ない…」



バンっ!!っと大きな音に全員の視線がそちらに向く。

すると太刀川、出水、二宮が壁を叩いていた。



「春がやっと普通に喋った…!」
「なんだあれ可愛すぎる…!」
「くっそ…」


大袈裟な反応をする3人に全員冷たい視線を向けた。


「ですが、本当に困りましたね。誰も泣き止ませられないなんて…」


木虎の言葉に全員が唸ると、春がぱっと顔を上げた。



「…何をこんな所で集まっているんだ」


その声に春は目に涙を浮かべた。そして姿を現した人物に走り寄り、ぎゅっと抱き着く。


「そーやくん…!」


抱き着かれて驚いたのは風間だ。普段あまり変わらない表情に驚きが浮かぶ。


「…春?」


その言葉に、春はやっとへにゃっと笑った。


それを太刀川が見逃すはずもなく、我慢出来ずにまた抱き締めようと近づくと、春はさっと風間の後ろに隠れてしまった。
太刀川は固まる。


「…とりあえず、どういうことか説明しろ」


もう何度目の説明だと溜息をつき、出水たちは経緯を説明した。




説明を聞くと、風間は大きな溜息をついた。


「中身も昔に戻っているようだな」


ぴったりとくっついている春に視線を向けて呟く。


「…風間さんといるだけで泣き止んでる…!」
「さすがは幼馴染み」
「…風間さん羨ましい…!俺も春に抱き着かれたい!」
「極度の人見知りだ。諦めろ」


風間がぽんっと春の頭を撫でると、春は嬉しそうに笑った。その笑顔に全員顔が緩む。


「やっぱり春は笑っているときが1番だわ」
「春ちゃん可愛いー!私も撫でたい!ねぇねぇ風間さん!どうすれば春ちゃん私たちに心開いてくれるのー?」


全員からの期待の眼差しと、太刀川のぎらぎらした視線に、また大きく溜息をついた。


「…全員名乗れ」


その一言に全員が首を傾げた。


「名前も知らない人だから怯えているんだ。名乗れば多少は和らぐ」
「…そんなもん…?」
「…疑うならお前はやらなくて良いぞ、太刀川」
「や、やるやる!春!俺は太刀川慶!たちかわけい、だぞ!」
「ひっ!」


ぐわっと近付いた太刀川に春はまた瞳に涙を浮かべた。がっくりと項垂れた太刀川を国近と加古が邪魔だと追いやる。


「春ちゃん!私は柚宇だよー!」
「……ゆ、う…ちゃん…?」
「!やだもう春ちゃん可愛いー!」
「春、私は望よ」
「…のぞみ…ちゃん…」
「…!春可愛いすぎだわ…!」


名前を呼ばれてデレデレする2人を見て、自分も自分もと全員が名乗り始めた。
風間と春を囲んでわいわい盛り上がっている。


そしてそこから離れている二宮隊、迅、出水、米屋、紅葉。そして追いやられた太刀川。
太刀川は悔しそうに春の方を見つめている。


「俺も春を構いたいのに…!」
「太刀川さんが行ったら春がまた泣いちゃうよ」
「ふっ、残念だったな」


勝ち誇った二宮に、太刀川はつっかかる。


「お前だって春に懐かれてないだろ!お互い様だぞ!」
「俺にはこいつがいる」


そう言って紅葉の頭をぽんっと撫でた。紅葉は嬉しそう笑う。

その仲の良さそうな2人に太刀川は唸ることしか出来ない。


「春はこんな風にお前には笑ったりもないな。お前には」


その言葉に太刀川は撃沈した。
また廊下の隅で座り込んでしまう。


「ちょっと二宮さん!おれの紅葉に何してんすか!」


太刀川を気にすることなく、出水は二宮から紅葉を引き離して腕の中に閉じ込めた。


「お前のじゃねぇよ、俺のだ」
「違いますおれのです!」


バチバチと睨み合う2人に、紅葉は頬を膨らませる。


「けんかやだ!」
「っ!」
「わ、悪い紅葉…」


小さな子に止められて大人しくなる2人。

出水は紅葉を解放して、また向き合うようにしゃがんだ。


「なあ紅葉、おれのこと好きだろ?」
「うん!」
「…っ、ここにいる誰よりも好きか?」
「うん!」
「あそこにいる人よりも?」


そう言いながら出水は二宮を指差した。
視線を向けた紅葉と二宮の目が合う。

しばらく無言で見つめ合っていたが、紅葉は出水に視線を戻した。


「おにいちゃんがいちばんすき!」
「〜〜〜っ!!おれも好きだぜ!」


ぎゅーっと効果音がつきそうな程に抱き締める出水。
そんな嬉しそうな出水とは逆に、二宮は見るからに落ち込んでいる。
表情は変わらないが、漂う雰囲気に落ち込んでいるのが分かる。

出水は勝ち誇った笑みを浮かべた。




そんなやりとりを全て見ていた4人は、同時に大きな溜息をついた。


「太刀川さんも太刀川さんだし…」
「二宮さんも二宮さんだし…」
「弾バカも弾バカだし…」
「…どうしようもないですね」


辻の一言に全員が頷いた。

◇◆◇

はしゃぐみんなとは違い、太刀川と二宮だけは気分が落ちていた。

好きな相手が自分よりも違う相手を選んでいるのだ、落ち込まないはずがない。



「…俺の春なのに…」
「てめぇは自業自得だろ」
「お前だって紅葉に相手にされてないだろ」
「出水がベタベタしてるからだ。出水が離れりゃ俺が紅葉を奪う」
「…泣かれるぞ」
「てめぇと一緒にすんな」


お互いに言い合うも、いつもの様な刺々しさはない。どこか覇気のない言い合いに、2人は溜息をつく。


「お!みんなこんな所で何やってるんだ?」


そこへ現れたのは、今の太刀川や二宮とは真逆に落ち込むということを知らなさそうな人物だった。


「嵐山さん見て下さい!春ちゃんと紅葉ちゃんですよー」


綾辻が嬉しそうに春と紅葉を紹介した。2人はきょとんと嵐山を見つめる。


「春と、紅葉…?」


首を傾げた嵐山に、出水が説明しようとすると、出水の手から紅葉が離れた。そしてとてとてと嵐山と方へ歩いて行く。


「紅葉だよ!」


紅葉はにかっと嵐山に手を挙げた。そんな紅葉に嵐山も眩しい笑顔を向ける。



「そうか!紅葉か!俺は嵐山准!」
「じゅん!」
「おお!元気が良いな!紅葉!」


嵐山は嬉しそうに紅葉を抱き上げた。紅葉はきゃっきゃっと喜んでいる。

それを見て周りが固まっていると、春が恐る恐る嵐山に近付いていった。風間以外の人に自ら近付いて行ったことに驚く。


「こっちが紅葉だから…君が春か?」


春はこくこくと頷いた。そんな春の頭を嵐山はくしゃくしゃと撫でる。


「俺は嵐山准だ、よろしくな、春」
「……じゅん、くん…」
「ははっ、可愛いな!春!」



そう言いながら春も抱き上げた。2人を両手に抱えて笑う嵐山に、春は泣くことなく笑顔を見せた。


そんな光景に全員が固まった。

泣かなくはなったが、風間からは離れなかった春。みんなに笑顔は見せるが、出水からは離れなかった紅葉。

その2人が、楽しそうに嵐山と戯れている。


そして1番衝撃を受けているのは落ち込んでいた2人だ。


「な、なんでだ!?俺が春を抱き締めたらすげー泣かれたのに!」
「なんでお前が紅葉に気に入られてんだよ…」
「?太刀川さんも二宮さんもどうしたんだ?」


その瞬間、分かっていない嵐山に、全員が気付いた。



嵐山は、春を太刀川隊の春だと。紅葉を出水の双子の紅葉だと。


気付いていない。


別の子供の春と紅葉と思っているのだ。



みんなを代表してか、迅は苦笑した。そして続ける。


「嵐山子供好きだからなー。たぶんあの子供が誰でも関係ないんだと思うよ」
「それにしたって同じ名前であの見た目すよ?普通気づきません?」
「…嵐山だから」



迅と米屋の会話に全員が心の中で納得した。


「じゅん!じゅん!」
「ん?どうした?紅葉?」
「たかいたかい!」
「高い高いしてほしいのか?良いぞ!」


そう言って春を下ろすと、春が嵐山にぎゅっと抱き着いた。



「な…!」


ダメージを受ける太刀川に二宮は鼻で笑った。



「春、次は春を高い高いしたやるから、まずは紅葉からな?」
「……うん」


小さく頷いて離れた春の頭を優しく撫で、嵐山は紅葉を高く持ち上げた。


「ほら紅葉!高い高ーい!」
「きゃーふふふー!じゅんくんだいすきー!」
「…!」
「…紅葉…!?」


好きではなく大好き。
その言葉に今度は2人の人間がダメージを受けた。


「…嵐山、昔から子供に好かれるから…」
「嵐山さんもお兄ちゃんですしね」
「ウチの隊長がどんどんキャラ崩壊してるんだけど誰か止めて」
「…俺は無理です」


立ち直れなさそうな太刀川、二宮、出水に4人はまた溜息をついた。



「春…俺の春なのに…」


ぶつぶつとしゃがみ込んで落ち込む太刀川に、春は気付いて視線を向けた。


哀愁漂う背中にとてとてと近付いていく。


そして傍まで来ると、ぽんっと、太刀川の頭を撫でた。


「なかない、で…?」
「!…春…?」


慰めるようにぽんぽんと太刀川の頭を撫で続ける。


「げんきだして?けい、くん…?」
「!!!」


こてんっと首を傾げた春に、太刀川は壁に頭を打ち付けた。そして冷静になったように春に向き直る。


「持ち帰りで」
「太刀川さん待って待って待って!」


きらんっと星を出す太刀川に、迅は慌てて止めに入った。


「何バカなこと言ってんの…」
「だって聞いたろ迅!今春が!春が…!俺のこと慶くんって…!!」


口元を押さえて悶えている太刀川に、迅は顔を引きつらせた。気持ちは分かるが持ち帰りってなんだ、と。こんな子供を持ち帰ってどうする気なんだと溜息をついた。


「春、太刀川さんはもう元気になったから、風間さんのとこ行ってなさい」
「?」
「迅!てめ!俺と春の仲を邪魔するつもりか!」
「いくら春とはいえ今は子供だからね!太刀川さんに任せたらやばいの視えてるよ!」


ぎゃーぎゃー騒ぐ2人に、高い高いが終わって下された紅葉は首を傾げた。そして嵐山を見上げる。


「気になるか?行ってこい、紅葉」


ぽんっと背中を押され、紅葉は走り出した。そしてその騒がしい場所へ辿り着く前に、こてっと何もない所で躓いた。

そのまま倒れる…っというところで、ぱっとお腹に手を回されて転ぶのを免れる。



「……?」
「…危ねぇだろ。何もないとこで転ぶくらいなら走んな」


紅葉を支えたのは二宮だった。
紅葉をしっかりと立たせ、手を離そうとすると、その手をふにっと掴まれた。

両手で二宮の手を掴むのは紅葉だ。

二宮は目を丸くして見つめる。


紅葉は手を掴んだまま二宮を見上げると、にこっと笑った。


「かっこいいおにいちゃん!ありがと!」
「!!!」


きゅっと手を握ってきた紅葉に、二宮は壁に頭を打ち付けた。そして冷静になったように紅葉に向き直る。


「持ち帰りで」
「二宮さんキャラしっかり!」


真顔で平然と言い切る二宮に、流石の犬飼も焦ったように声をあげた。


「なに太刀川さんと同じこと言ってるんですか…」
「あいつと一緒にするな。俺は本気だ」
「いや余計にやばいです。…真顔で何言ってんだこの人…」
「やばいことなんかしねぇよ。可愛がるだけだ」
「二宮さん!二宮さんが紅葉に相当やばいことしようとしてる未来もちゃんと視えてるからね!」
「…っち」


傍観を決め込んでいた辻と米屋は大きな溜息をついた。
離れた所で見ている隊員たちも若干引いている。



しかし、そんな隊員とは全く違う雰囲気を纏う者が2人。


「春に…」
「紅葉に…」


ざっと、太刀川と二宮の前に仁王立ちする風間と出水。



「何をする気だ」
「何をする気ですか」



やばい雰囲気を感じ取った迅は春と紅葉の手を引いた。


「春、紅葉、危ないから嵐山のとこ行ってなさい」
「うん!」
「…うん」


ぽんっと背中を押すと、2人は真っ直ぐに嵐山の元へと向かった。これで大丈夫だと一息つく。



「太刀川」
「二宮さん!」


ご立腹な風間と出水に、太刀川は冷や汗を流し、二宮はそっぽを向いている。

そんな4人に、春と紅葉の笑い声が聞こえた。



「遊び足りないか?ならもっと広い所で遊ぶぞ!」
「やったー!」
「…や、やったー…!」
「あ、嵐山さーん!私も行くー!」
「俺も。まだ全然春と話してないんで」
「私も紅葉ちゃんを思いっきり甘やかしたいなー!」
「准!アタシたちに懐かれる方法教えなさいよ!」
「わ、私もご一緒してよろしいですか…?」


みんながわいわいとこの場から去って行く。


残ったのは怒る2人とぽかんと見送る怒られる2人。
そして苦労する4人と、緑川だけだ。



春と紅葉を連れて去って行く後ろ姿を見つめ、緑川はずっと疑問に思っていたことを口にした。


「ところでさ。春ちゃん先輩と紅葉ちゃんはいつ元に戻るの?」
「…………………あ」



その場の全員の声が重なった。


◇◆◇


小さくなった騒動から翌日、春と紅葉はちゃんと元の姿に戻っていた。


あのあと出水たちはエンジニアに元に戻す方法を聞き出し、なんとか戻すことが出来たのだ。


それも、トリガーを解除するというとても簡単な方法で。

エンジニアたちに呼ばれた理由は思い出せなかった。
小さくなっていたときの記憶もお互いに曖昧で。なんとなく、みんなにチヤホヤされていたな、程度しか覚えていない。

けれど、春に対して太刀川は今まで以上にベタベタとし、風間は何かと頭を撫でてくるようになった。

紅葉の方はやたらと二宮が紅葉に触れたがり、出水はお兄ちゃん呼びを催促したり嬉しそうに甘やかしてくるようになった。

しかし2人にはその原因は分からない。


「……でも、まあ」


「嫌じゃないし…」


「「良いかな」」


お互いに別の場所で嬉しそうにそう呟いた。


end


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