もっと頼って甘えてワガママ言って

最近全然会えていない。

いや、会ってはいる。たまには。
ただ、挨拶ぐらいしか会話を交わせず、恋人らしいことなんて以ての外だ。


誕生日に自分のものになった春をどんどん好きになっていく出水には、今の状況が不満で仕方ない。


「いや分かってるけどさ、大規模侵攻から上層部や開発部が大変になってるってことくらい。なのにおれたちは普通にB級ランク戦みたり解説したりでのんびりしてるし…」



自分は何か春の助けになることは出来ないかと思案するが、何をしているのかも分からず、情報は隊長たちにしかいっていないようなので、何も出来ない自分がもどかしく感じる。

だから今日は自分の隊長である太刀川に、一体何を話しているのか問いただそうと決意した。
機密情報だとしても大規模侵攻のようになればどうせ自分たちも知ることになるのだ。ならばそれが遅かれ早かれ関係ないだろう。


出水は辿り着いた隊室の扉を開いた。



「太刀川さん、聞きたいことが……」



そこで目に入った人物に胸が高鳴った。
姿を見かけたのはいつぶりだろうか。そんなに経っていないはずなのに、何故か懐かしく感じる。そして、やはり愛しい。


「春さん!」


太刀川と話す春の元へ子犬のように喜んで走り寄った出水。

だが、出水の声に振り向いた春は見るからに疲れた顔をしていて。出水の姿を確認してにこりと笑った姿にもどこか疲労が見え、胸が痛んだ。


「公平くん、お疲れ様」
「お、お疲れさまです…」
「じゃあ太刀川くん、忘れないでね。日時と時間も間違えないように」
「分かってるっての」
「遅れたりしたらわたしが怒られちゃうんだからね。余計な仕事増やさないでよ?」
「だから分かってるっての!お前は俺の母親か!」
「はいはい、こんな子供はいりません。それじゃ、わたし他の人にも伝えなきゃいけないから。じゃあね、太刀川くん」
「おう、無理すんなよ」
「…太刀川くんは、目の前に黒トリガーがいて無理するなって言われたら戦うのやめるのかな?」
「やめるわけねぇだろ」
「それと一緒。わたしの仕事だし、わたしがやりたいからやってるんだよ」


そう言って笑った顔も、やはり疲れていて。
隠せていない疲労に心配になり、隊室を出ようとした春の腕を、出水は咄嗟に掴んだ。



「…公平くん?」
「……無理…しないで下さい」


引き止めたものの、かける言葉が見つからずに太刀川と同じことを言った。そんな自分にバカだと心の中で罵っていると、春はふんわりと笑う。


「……うん、ありがとう、公平くん」


その笑顔に胸がきゅんとした。
未だに春の仕草に一々ときめいてしまう。


「でも、大丈夫だから。またね」


しかし春の言葉はやはり無理しているもので。何か言おうと口を開こうとしたが、掴んだ手は離れ、春は隊室を出て行ってしまった。



「……春さん…」



閉まった扉を見つめて呟いた。



「…俺との対応違いすぎだろ」
「…でも、おれだって春さんに頼られてないです。…むしろ、太刀川さんたち隊長の方が頼られてるじゃないすか」


不満気に口を尖らせた出水に、太刀川は苦笑する。


「そりゃ隊長への通達だったから仕方ないだろ?」
「…おれ、全然春さんに頼られてない。なんも力になってやれない」
「そんなことねぇよ」
「春さんばっか大変であんな疲れた顔してるのに…いつもおればっか甘やかされて、春さんはワガママも言ってくれない…」


不貞腐れたような出水に、太刀川は溜息をついた。黙っていようと思ったが、お互いのためだ。


「…あいつ、お前に会えなくて寂しいって言ってたぞ」
「え…?」


ぽかんと太刀川を見つめた。
その顔は慰めるために嘘を言っているようには見えない。まずこの人にそんな気の利いたことが出来るはずがない。

出水は太刀川の言葉を待った。


「寂しいし、もっと話したいし一緒にいたい。けど、自分は年上なんだからそんなワガママ言えないって」
「な、春さんが…?」
「他に誰が言うんだよ」


太刀川はガシガシと頭をかき、また溜息をつく。


「お前らお互いに言いたいこと言えよ。恋人なんだろ?見てるこっちがもどかしいっての」
「…だって、おれが一緒にいたいとかワガママ言ったら迷惑になるし…」
「お前は春が一緒にいたいって言ったら迷惑なのか?」
「そ、そんな訳ないじゃないすか!」
「なら大丈夫だろ」


その言葉と共にぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。


「うわ、ちょ…!」
「最近お前、防衛任務にも集中出来てないだろ。いつまでもそんなんじゃ困るからな。さっさと話し合ってこい」
「でも今夜の防衛任務が…」
「集中出来てねぇなら俺一人で充分だ。…まあ、唯我も一応いるしな」


出水の頭から手を離し、ひらひらと振って背を向けた。


「あいつまだ仕事残ってるみたいだし、早く行ってやれ」


その後ろ姿に、戦っている以外でもウチの隊長はかっこいいのかと初めて思った。


「…すみません!行ってきます!」
「おう」


出水は隊室を飛び出した。

春を探して、春と話さなければと。










そして本部中を探したが、見つからない。
A級部隊の隊室を探し回ったが、来た形跡はあるのにその姿を見つけられなかった。仕事が早すぎるだろと責めたくなる。


「どこにいるんすか!春さーーーん!!」


◇◆◇


アクション映画をじっと見つめるエネドラッド。
それを後ろから見つめる春。


春は大きな溜息をついた。


「エネドラくーん、もっと詳しく教えてほしいなー。ガロプラとロドクルーンの勢力とか…」
「うるせえ!今良いとこなんだから黙ってろ!」
「見せたら教えてくれるって言ってたのに…」


再び大きな溜息をつくと、ぽんっと肩を叩かれ振り向く。


「雷蔵さーん…」
「紅葉はもう休んで良いよ。最近頑張りすぎだから」
「でも、わたしにはこれくらいしか…!」
「良いから休みな。倒れられても困るし」
「……じゃあ、報告書まとめてから休ませてもらいます」



素直に休まない春に小さく溜息をつきながらも、きっと譲らないのだと分かっている雷蔵はそれを許可した。


「報告書まとめたらちゃんと休みなよ。鬼怒田さんにも伝えておくから」
「…ありがとうございます、雷蔵さん」


雷蔵にお礼を言って隣の部屋に移動し、パソコンの前に座る。
大きく息をついてパソコンに向かった。

早く報告書を完成させなければ。
早く終わらせて、隊員たちが少しでも楽になるようにして、早く、早く…


「…公平くんに、会いたいな」


けれど会うだけじゃ足りない。
もっと一緒にいて、もっとたくさん話したい。
けれど、大規模侵攻で出水は敵の大将と当たってピンチになったと聞いた。もう少しでキューブ化されて攫われる所だったと聞いた。
その場にいない自分は出水を守ることは出来ない。だから、少しでも隊員たちを守るために出来ることをやりたい。

次にまた同じような侵攻があったとき、そんな目には合わせたくないから。


「さーて。大切な彼氏様のためにも頑張らないとね」


出水のことを考えるだけで心が満たされる。自然と笑みが溢れた。


「…これが終わったら、休む前に公平くんに会いに行こうかな。仕事の時間はまだ削れないけど、休む時間はいくらでも削れるし」


なかなかワガママを言わない年下彼氏を、もっと甘やかしてあげたい。

早く終わらせようと作業を進めていくが、進んでいくごとに目が霞む。急激な眠気が襲い、上手く文字が打てなくなる。


(…やばい…ねむ…)


出水のことを考えて緊張が緩んだせいか、目が開けていられない。

春はぱたりと倒れるように机に突っ伏して眠ってしまった。

◇◆◇


春を探し続け、鬼怒田に会った出水はようやく居場所を聞くことができ、そこへ向かった。
しかしそこは立ち入り禁止で。

開発部や上層部しか入れない。


どうしたものかと唸っていると、中から小太りの男が出てきた。

確か、チーフエンジニアだった気がする。春と一緒にいるところをよく見かける人物、寺島雷蔵だ。

雷蔵は出水を見ると、すぐに察して扉を開けた。
出水は首を傾げる。


「本当は中は色々機密情報あるからダメだけど、君は紅葉しか見てないよね。だから真っ直ぐ突き当たりの扉に入ってよ」
「え…え…?」
「紅葉は働きすぎだから。中にいるからよろしく」


何故中に入れてくれるのか、ということよりも、中に春がいるということに反応した。


「すみません!ありがとうございます!」


雷蔵が開けている扉に入り、周りを見向きもせずに突き当たりの扉をばたんっと開けた。


「春さん!」


大きく名前を呼んだが、パソコンに向かったまま眠る春の姿に慌てて口に手を当てた。今更遅いが静かにしなければと口を押さえる。

しかし、春は全く起きる気配がない。内心ほっとしつつ、出水はゆっくりと春に近付いた。

隣に腰掛けて春を見つめると、ぐっすりと穏やかに眠っている。
その寝顔に思わず笑みが溢れた。


「寝顔は幼いですよね」


あんなに無理して頑張っているときは、絶対に見られない表情だ。出水はそっと手を伸ばし、春の頭を撫でた。
普段は自分が子供扱いを受けて撫でられることはあるが、撫でるのは初めてだな、と嬉しくなる。


「春さん、頑張り過ぎですよ。もっとおれを頼って、ワガママ言って。…無理はしないで下さい」


身を乗り出し、髪にキスを落とした。


すると、春が僅かに身じろぎする。出水はびくりと離れた。別に恋人同士なのだからやましいことではないが、ドキドキと心臓が鼓動している。


春はゆっくりと目を覚ました。眠そうなとろんっとした瞳が出水を映し、出水はごくりと唾を飲み込む。


「…こうへい、くん…?」
「…はい」
「…ゆめ…?」
「夢じゃないですよ。おれはちゃんとここにいます」


手を伸ばしてきた春の手を取る。


そこで春はやっと覚醒した。はっとして身体を起こす。


「こ、公平くん!どうしてここに…!ここは立ち入り禁止のはずなのに…」
「いや、なんかチーフの人?が入れてくれました」
「雷蔵さんが…」


雷蔵の気遣いに、迷惑かけてしまったな、と苦笑する。


「でも、公平くんに会えて嬉しいな。最近全然話せてなかったしね」
「おれも、嬉しいです…」
「ふふ、良かった。あ、公平くん、少しじっとしてて?」
「え?」


なんで。
そう言葉にする前に、出水は春に正面から抱き締められた。久しぶりのことに固まる。


「あ、あ、あの…!春さん…!」
「…久しぶりの公平くんだ…」


ぎゅーっと抱き締められ、更にその言葉を聞き、出水も春の背中に手を回そうとした。

けれど、その瞬間に春はぱっと出水から離れる。


「うん!充電完了!これで頑張れるよ、ありがとう」
「い、いえ…」
「あれ、もうこんな時間なんだ…寝過ぎちゃったな…報告書終わらせないと」
「え!?まだ仕事する気ですか?」
「うん、まだ終わってないからね。公平くんももう遅いから早く帰るんだよ?」
「じゃあ春さんも帰りましょう」
「わたしはこれが終わったら…」
「ならそれはおれが代わりにやります!」
「だ、ダメダメ!公平くんにこんな作業させられないよ!」
「おれ太刀川さんの報告書書いたりして慣れてるんで」
「そうじゃなくて!これはわたしの仕事だから、公平くんにはやらせられないの!」
「おれがやりたいからやるんです!」
「だからダメ!」


どちらも譲らずに珍しく睨み合う。
久しぶりにちゃんと話せたと思ったら、まさかこんな喧嘩紛いのことをするなんて思わなかった。けれど、どちらも譲らない。
こんなワガママはいらないのに。


「…なんで、おれを頼ってくれないんですか」
「……公平くんは、戦闘員でしょ?」
「…はい」
「戦えないわたしたちのために、公平くんたちは戦ってくれてる。だからそんな公平くんたちを助けるために、わたしたちはわたしたちの仕事をする。なのにわたしたちの仕事を公平くんにやらせちゃったら、公平くんの負担が倍になっちゃう。そんなのは嫌なの」
「確かにおれは戦闘員だけど、その前に春さんの恋人です!恋人のために手伝って何が悪いんですか!」


出水の真っ直ぐな瞳に春は目を丸くして出水を見つめた。まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
いつも素直な年下彼氏は、説得すればすぐ言うことを聞いてくれると思っていたから。


「こ、公平くん…」
「春さんはおれが2倍仕事するのが嫌なのかもしれないけど、おれは春さんが無理してるのが嫌なんです!」
「……で、でも…」
「おれは春さんが好きだから!だから力になりたいって思うんだよ!」


真っ直ぐな瞳に真っ直ぐな言葉。
いつの間にか年下の可愛い彼氏ではなく、頼りになる彼氏になっていたようで胸がとくんっとときめいた。

惚れ直すとはこういうことなのかと、はにかむ。


「……ありがとう、公平くん」
「…あ、いえ…生意気言ってすみません…」


男らしい頼りになる姿は一瞬で。出水はまた春から見て可愛くなってしまった。

でもそれで良かったと安心する。

いつまでも頼りになるかっこいい彼氏だと、春は余裕を持てなくなってしまうのだから。


(今はまだ、可愛い彼氏でいてほしいからね)
「春さん…?」
「公平くん、報告書はわたしがやるよ」
「だから…!」
「報告書はわたしがやるから…終わるまで、傍にいてほしいな?」


にこりと微笑んで告げられた言葉に固まる。
しかし、その頬がうっすら染まっているのに気づき、我慢出来ずに春を抱きしめた。腕の中に閉じ込めてぎゅーっと強く、離さないように。


「公平くん?」
「…終わるまでじゃなくて、終わっても一緒にいます」
「…そしたら公平くん休めなくなっちゃうよ?」
「…大丈夫です。それより春さんに休んでほしいんで。おれがずっとここにいるから、春さんは休んで?」
「…もう充分休めてるけどね」


出水の背中に手を回しながら小さく呟いた。出水がいるだけで、春の心は癒される。
包まれる温もりに身体の疲れまでとれるようだった。


「よーし!それじゃさっさと終わらせて、公平くんともっとお話したいな」
「だ、だから休んで下さいよ!」
「なに?公平くんはわたしと話したくないの?」
「いやそうじゃなくて…」


やはり可愛い彼氏を振り回す方が楽しいな、と小さく微笑んだ。


「すぐに終わらせるから待っててね」
「……春さん」
「どうしたの?公平く……」


パソコンに向かった直後、出水に名前を呼ばれ、振り向いた瞬間に頬に手を当てられた。
そしてそのまま、ちゅっと触れるだけのキスをされる。

驚いてぽかんと見つめた。


「これで充電、満タンになりました?」


年相応で、しかしどこかいやらしい笑みを浮かべる出水に、顔が熱くなるのを感じた。

ドキドキと余裕なく鼓動する心臓も、悪くない。


たまには振り回される側も良いと思いながらも、春は出水の首に手を回してキスをした。


少し、ワガママを言ってみようかな、と。


End

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