青春エンジョイ!

狙撃手の通常射撃訓練が終わり、一応は上位になったがポイントはまだまだ足りない。春は溜息をついた。


「B級への道は遠いなぁ…」


B級ぐらいの順位を取っても、C級からB級に上がるためにはポイントだ。あと何回この訓練をすればB級になれるのかとまた深い溜息をついた。


「いやいや充分B級の実力はあるって。トリオン怪獣より順位上だろ」
「そうですけど、比べる相手が中学生って…ていうか、遊んでる当真さんに言われても」
「中学生でもB級だぜ?」
「…それ、気にしてるから言わないで下さい…」


高校生になってもまだC級の春。そもそも入ったのが遅いため仕方ないのだが、周りは中学生が多いせいで焦ってしまう。


「でも良いんです!私は地道にB級目指しますから!」
「おー、頑張れよー。狙撃手だけじゃなく、もう一つの方もな」
「もう一つ?」


当真の意味深な言葉に首を傾げた。その視線の先には、珍しく狙撃手の訓練に参加している紅葉の姿。

そして久しぶりにも関わらず順位はかなり良い。


「…いや、紅葉ちゃんA級ですし」
「だから狙撃手としてじゃなくて、もう一つだっての」


意味が分からずにまた首を傾げると、訓練室の扉が開いた。何気なくそちらに視線を向け、入ってきた人物にどくんっと心臓が跳ねる。



「か、かかか烏丸くん…!」



訓練室に入ってきた烏丸は辺りをキョロキョロと見渡している。そしてふと視線を止めると、そちらに歩き出した。


「紅葉」
「?あ、京介くん!どうしたの?」
「珍しくこっちに参加してるって聞いてな」
「うん、たまには狙撃手もやっとかないと腕が鈍っちゃうからね」
「久しぶりの割に全然鈍ってないみたいだな」
「…佐鳥に負けた」
「佐鳥に勝ってたらあいつ泣くぞ。順位一桁なら充分だろ」
「当真さん真面目にやってないからねー」


そう言いながら紅葉は当真をジト目で見据えた。同じくこちらに視線を向けた烏丸と春の視線が合い、大袈裟に肩を跳ねさせてしまう。
しかし烏丸の視線はすぐ当真に向いた。


(目が合った…!烏丸くんと目が合った…!やばいかっこいい…!)
「本当に分っかりやすい奴だなー」
「当真さんにはこの乙女心分かりませんよ!」


当真を睨んでからチラッと烏丸たちに視線を向けると、もう2人はこちらを向いていなかった。仲良さそうに話している。

その姿に胸がチクリと痛んだ。



「さてと、荒船さんにも自慢したし、木崎さんに報告しようかな!」
「また荒船さん挑発したのか?」
「挑発なんかしてないよ!…あんまり完璧万能手が増えたら貴重じゃなくなっちゃうから……だから量産考えてる荒船さんに意地悪しちゃうだけ!」
「どれだけ完璧万能手が増えたって、太刀川さんはお前しか見てないから安心しろ」


ぽんっと烏丸に頭を撫でられた紅葉は嬉しそうに笑った。
それは烏丸の発言に喜んでの笑みだったのだが、離れた所で見ていた春は、烏丸に撫でられて笑っているのだと錯覚してしまう。



「……もう一つの方が頑張れないです…」


はぁっ、と先ほどよりも深い溜息をついた春に、訓練の終わった狙撃手たちが集まってきた。


「春先輩、元気ないですけど…大丈夫ですか?」
「千佳ちゃん…ありがとう、大丈夫」
「また例のイケメン先輩に片思いしての溜息すか?」
「出穂声でかい!」
「…片思い…春先輩、頑張って」
「ユズルー!ユズルだけだよ私の味方してくれるのは…!」
「うわ、ちょっと…!」


同じく片思い仲間として気持ちが分かり合い、感動した春は絵馬をぐりぐりと撫で回した。


「烏丸にもそのくらいのスキンシップで行けば良いんじゃね?」
「で、できるわけないです!…ていうか、そもそもこんなスキンシップなんて烏丸くんからしたら軽いですよ…」


春の言葉にその場の全員が苦笑する。そして烏丸たちに視線を向けた。


「え!今日は木崎さんの手料理?」
「ああ、食べに来るか?」
「うん!行く行く!」
「けど、晩飯までにまだ時間あるぞ。それまで模擬戦でもするか?」
「うーん、今日はいいや。それより、あそこの雑貨屋行こ?気になってたのにずっと行けてなかったし!」
「そうだな」
「やった!京介くん大好き!」



がばりと烏丸に飛び付いた紅葉に、春は固まる。千佳たちは苦笑した。


「紅葉のスキンシップが異常なだけだから気にすんなよ」
「そうですよ、春先輩!玉狛でも2人はいつもあんな感じですから!」
「い、いつも…」
「雨取さん、それフォローになってない…」
「余計に傷増やしてどうすんだチカ子!」
「あ、ご、ごめんなさい!」


春はガックリと項垂れた。

けれど、ちゃんと分かっている。自分が雲の上の人間に恋したことくらい。


「まあ、付き合ってる人を好きになった私が悪いからね。気にしてないよ…」
「え?」


その場の全員の声が重なった。
ぽかんと見つめてくる狙撃手組に春は首を傾げた。


「えっと…もしかしてお前、烏丸と紅葉が付き合ってるって思ってんのか?」
「え?そりゃ、だって付き合ってるでしょう?」
「い、いえ!あの2人は付き合ってませんよ?」
「………は?」



今度は春がぽかんとする番だ。



「…結構有名だと思ってたけど…」
「アタシだって知ってるのに、何で同い年の春先輩が知らないんすか!」
「な、何でって言われても…」
「烏丸と紅葉は親友だとよ。そこに愛だの恋だのそういった感情はないって2人ともキッパリ答えたぜ?」
「え!リーゼント先輩聞いたんすか!」
「おう、まあな。だから俺はお前の恋愛事情応援してやってるつもりだぜ?」
「え、や、でも大好きってさっき…!」
「まあ友達として、だと思うよ。紅葉先輩が好きなのは、太刀川さんって聞いたから」
「太刀川さんとくっつくように、烏丸先輩も頑張っていたみたいですから、春先輩大丈夫ですよ!」
「え……?」


知らなかった情報がどんどん入ってきて春はばっと烏丸に視線を向けた。2人とも訓練室を出るところだった。


「あ、あんなにベタベタしてて付き合ってないって思うの無理でしょ!」
「とりあえず誤解が解けて良かったな。よし、次のステップだ。告白してこい、春」
「次のステップがすでに最終ステップですよ!」



面白そうに笑う当真に、本当に応援してくれているのか疑問に思う。


「おーい、紅葉ー」
「ちょ…!?」


あわあわしていると、当真が紅葉を呼んだ。2人の視線が春たちに向く。


「この中坊3人がお前に指導してもらいたいんだとよー」
「中坊3人……雨取ちゃんたちが?」
「おー、だから狙撃手がなんたるかを指導してやってくれよ」
「それは当真さんが………いや、奈良坂先輩の方が良いと思いますよ!」
「良いから教えてやれよ」



春は腕を組んで悩むと、烏丸に視線を向けた。



「俺は構わない。雑貨屋はいつでも行けるしな」
「……うん、ありがとう京介くん」
「先に玉狛行ってるぞ」
「了解!」


そう言って烏丸と紅葉は別れ、紅葉は春たちの方へ走ってきた。それと同時に当真が春の背中を押す。


「わ!」


振り返ると、当真はにやりと笑っていた。


「一緒に帰るチャンスだろ?行ってこい」
「と、当真さん…!」
「春先輩頑張って下さい!」
「春先輩ファイトっす!」
「俺も応援してる」
「みんな…!ありがとう!」


春は微笑み、烏丸の方へ走り出した。

そして紅葉とすれ違う。


「春ちゃん頑張れ」
「え……?」


すれ違い様に聞こえた声に視線を向けると、紅葉がにこっと笑っていた。


「京介くん、春ちゃんに用があるみたいだったから」
「え、よ、用って…!」
「じゃあ、また学校で!」


にこにこ笑う紅葉はそのまま当真たちの方へ走って行ってしまった。
あまり話したことのない紅葉にそんなことを言われて呆気にとられる。紅葉にもバレるくらい自分は分かりやすいのかと。


「…と、とりあえず烏丸くんのとこに…!」


考えてる暇はない。
烏丸が帰る前に一緒に帰ろうと誘いたい。少しでも、一緒にいる時間や話す時間を増やしたい。

急いで訓練室を出ると、目の前に烏丸がいて心臓が止まった。



「か、かかか…!」
「今から帰るのか?」
「は、はい…!」
「じゃあ途中まで一緒に行くか」
「へ!?」
「嫌なら構わないぞ」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないです!い、一緒に帰りたいです!」


慌てる春に、烏丸は小さく笑った。その笑みに見惚れる。


「同い年だろ。何で敬語なんだ」
「あ、つ、つい…」


こうやって話すだけで胸がときめく。
恥ずかしくて緊張するのに、もっともっとと求めてしまう。


「行くぞ」
「は、はい……じゃなくて、うん!」


歩き出した烏丸の少し後ろをついて、春も歩き出した。


◇◆◇

本部を出てから会話がない。

先を歩く烏丸の後ろを春が歩く。

流石に隣に並ぶのはまだ緊張してしまう。この位置がちょうど良い。


会話はなくても、烏丸と一緒に帰るという事実が嬉しかった。今日はこれだけで大満足だな、と小さく笑うと、烏丸があっと声を上げて突然振り返った。

バッチリ合った視線に心臓が跳ねた。


「ど、どどどどうしたの…?」


動揺は隠せない。イケメンに、しかも好きな人に真っ直ぐ見つめられて動揺しないわけがない。


「また忘れるとこだった」


そう言って烏丸はポケットから何かを取り出し、それを春に向けて差し出した。

掌には少し汚い猫のストラップが乗っている。見覚えのあるそれに、春は目を見開いた。


「こ、これ!私がなくしたストラップ…!」
「やっぱりお前のだったか」
「ど、どうしてこれを…?」
「昨日学校で拾ったんだ。どこかで見たことあるなって考えたら、確かお前が付けてたような気がしてな」
「!!」


烏丸が自分の付けていたストラップを覚えていた。そのことが嬉しくて身体中の体温が上がっていく。全く意識されていないと思っていたのに、自分を見てくれていたと思うと変に期待してしまう。

ドキドキと胸がうるさく鳴り出した。


「返せて良かったよ」


小さくふわっと笑った烏丸に、ぶわっと顔に熱が集まった。普段表情のあまり変わらない烏丸の微笑みにくらくらしてくる。


「あ、あああ、あり、がと…う…!」
「どういたしまして」


掌からストラップを取るときに、少しだけ指が触れてまた身体が熱くなった。それだけなのに心臓が破裂しそうになる。



「時間あるから家まで送ってやるよ」
「へ!?」
「どこらへんだ?」
「い、いいよ!ここから遠いから烏丸くん遅くなっちゃうし!」
「遠いなら尚更だ。送ってく」
「だ、大丈夫!本当に大丈夫だから!」


一緒にいたいと願ったが、普段ほとんど接点がないせいか、いきなりレベルが高すぎてもう耐えられない。
これ以上一緒にいたら本当に心臓が壊れそうだ。


「けど…」
「き、気持ちだけで嬉しいから…!本当に…!か、烏丸くん、ありがとう!」
「…そこまで言うなら無理にとは言わないが…」
「じゃ、じゃあここで!本当にありがとうね!また学校で!」


もうこれ以上は無理だと判断し、態度が悪いと思いつつ、挨拶もそこそこに春は走り出した。


「春」


しかし、大好きな声が自分の名前を呼び、思わず足を止めた。

今、初めて、名前を、呼ばれた。


ドキドキと振り返ると、烏丸はまた小さく笑っていた。


「また明日な、春」
「〜〜〜っ、は、はい!」


再び敬語に戻ってしまったことなど気が付かなかった。それだけ返事をしてまた走り出す。


ドキドキとうるさい心臓。
熱くなる身体。
緩む頬。


たったあれだけのことでこんなにも嬉しくなってしまう。


「また、明日…!」


明日学校で会ったら、また名前を呼んでくれるだろうか。そんなことを期待して、春は自宅まで走り続けた。


きっと当真たちが望んでいた結果ではないが、今の自分にはこれだけで充分だと思える。

ちょっとした会話が、ちょっとした触れ合いが、ちょっとした約束が。それら全てに胸がときめく。

片思いも悪くないな、と、春は頬を染めて嬉しそうに笑った。


End

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