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 今日という日に

仕事が終わって、日の暮れはじめた頃
今日も今日とてあいつに会いに行く。
『今から向かうね』ってラインも入れて
足早に先を急いだ。

萬屋と掲げられた建物に辿り着くと、
外から眺める限り 部屋の明かりは
ついておらず もしかして出張か?と
落胆しそうになる。
いつもならいるからと油断して
きちんと確認を取らなかった 俺のミスだ。

はぁ、と零れそうになるため息を
ぐっと飲み込んで ポケットから
スマホを取り出す。

「……あれ、」

画面を見て思わず数回瞬きをする。
来てないと思っていた返事がきていたのだ。
時間は今から10分ほど前になっている。

一郎
゛恭がくるの待ってる゛

(…待ってる、か)

『来たけど 電気ついてなくないか?
行き違いになっちゃった?』

と打ち込んで 送信すると
すぐに既読がついて 『いや いる』とだけ
返ってきて思わず眉をひそめる。
電気もつけずにいるってことか?
もう夕方で、外も暗いのに?

不思議に思いつつも、いると
いうからには 行くしか無いわけで。
すっかり止まっていた脚を動かして
奴…一郎の職場へと向かった。

まずはコンコン とノックをしてみる。
返事は無い。ほんとにいるのかよ?
不安になりながらもう一度ノックをしてみると
スマホの画面が明るくなって、
ラインの通知が表示されていた

一郎
゛入ってこいよ゛

「………」
直に迎えてくれれば良くないか?
つうかいつもなら、よく来たなって
開けてくれんのに。ほんとどうしたんだ
なんて思いながらドアノブを捻って
ゆっくりとドアを開ける。

中は案の定真っ暗で 一郎は見当たらない。

「一郎…?ほんとにいるのかよ…?」

言葉をかけながら 1歩1歩
部屋の中へと入っていく。
しんと静まり返った萬屋に
俺の声と足音だけが響いていた。

「一郎?一体どこに、――」

そう言いかけた瞬間
背後からぎゅっと抱きしめられる。
「ッ!!だ、誰っ?!」
慌てて藻掻くと、嗅ぎなれた柔軟剤の香りに
ぴたりと動きを止める
(この匂い、一郎か…?)

「一郎…?」
恐る恐る声をかけてみると、おう、
と返事が来る。な、なんだ 本当に一郎か。
ホッと胸を撫で下ろして
腰に回されている手に 自分の手を重ねた。

「なんで真っ暗なんだ?
それに 急に後ろから来たら吃驚するだろ?」
「わりぃ。ちょうど仕事から帰ってきた
とこなんだ。それに ずっと考え事をしてた」
「考え事?」
「あぁ。恭 今日が
なんの日か覚えてるか?」

聞かれて少し頬が熱くなる。
わからない訳がなかった。
「…付き合って1年」
「そう」
「はやいなぁ…」

感慨深くなりながら
出会ってから、今までの事を思い返す。
始まりは俺が萬屋へ依頼を出したこと
少しずつ世話になっていくうちに
意気投合したのが始まり。

いつしか俺は 一郎に惹かれて
一郎も俺に答えてくれた。
お互い ノンケなのに。奇跡だと思う。
誰でもいいんじゃなくて、
お前がいい それは相互に
感じている事だった。

「会ってから今まで
ホントあっという間だったよなぁ」
「そうだな。
まさか付き合えるとは思って無かった
一郎、めちゃくちゃかっこいいし」
「…急に褒めんなよ恥ずかしい」
照れくさそうな声に思わず笑みがこぼれる。
かっこいいのは
本当の事なんだからしょうがない。

「それより、電気つけようよ?」
流石にいつまでも真っ暗じゃ
何も見えなくて困ってしまう。
そう思ったのに 一郎は
もう少しこのまま、と言う。
そして、どこか緊張したような声で
名前を呼ばれた。

「恭」

「…うん?」
「手、出してくんねぇ?
左手」
言われるがままに胸元の高さに
左手をあげる。一郎の手が 俺の手に触れた。
暖かくて大きな手が、とある指に
何かをハメこんでいく。

「―――、一郎 これって」
思わず声をあげると
これまた照れくさそうな声がする。

「俺のって印だ」

その言葉に頬がカッと熱くなって
胸がドキドキと高鳴っていく。
一郎が触れたのは、左手の薬指。
暗闇に目が馴染んできて、ようやく
視界が開けてくる。自分の手を見ると
シンプルなシルバーリングがつけられていた。

「いいのかよ、俺なんかが貰って」
「当然だろ。
俺が好きなのはお前なんだ。恭」

腰に回されていた手が離れて
俺はゆっくりと後ろを向いた。
愛しいオッドアイと視線が絡み合う。
「一郎、俺…お前に会えて よかった」
「俺もだ。
これからもずっと一緒にいて欲しい」

その言葉に 深く頷いて、
たまらずに抱き着く。
顔を上げると、至近距離にあいつの顔があって
ゆっくりとお互いに顔を近付けていく。

お互いノンケな事もあって
中々スキンシップをとるには至らなかった。
キスさえできない、したことの無い中で
俺達は初めて キスをしたんだ。

「…ふふ 1年越しに
ようやく、だな」
「あぁ。恭 もっかい」
「ん、」
目を閉じて 何度も唇を重ねる。

どうかこの幸せが
末永く続きますように。

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