? | ナノ
 きっと二人なら

「じゃくらいせんせーっ!!」
ぶんぶん手を振りながら
走って向かうのは 僕の主治医・寂雷先生の元。
「こらこら。院内は走らない様にと
注意したばかりですよ」
そう言いながらも、
優しいまなざしで見つめてくれている
目の前まで走っていくと、そのまま
大きな体にダイブした。

「ッ、恭くん、
あまり病院でそういうことは…」
「ダメですか?でも
ここならだれも、いないでしょう?」
抱き着いたまま見上げると、
困惑した様子で見つめ返してくれる先生。
ぼくは知ってるんですよ、
今いる場所に、人はあまり来ないんだって。

「ずっと病院にいるうちにね
人が来ないところ、おぼえちゃったんです」
「はぁ。君は…
外に出る時は私に声をかける様にと
伝えてあったはずですが、声をかけられた
覚えがありませんね」
「だって 先生にナイショで
いったんだもん」

素直に答えると こら、と
また優しい声色で叱られる。
「へへ…ごめんなさい」
そう言いながら笑うと
やれやれと肩を竦められて、
それでも僕を突き放さない先生に
嬉しくなった。いつも先生は優しいんだ。

お腹に顔を埋めて、ぐりぐり
頭を押し付ける。

「今日は随分甘えたですね」
「うん。だって先生に
会えたんだもん。人も居ないし。
…それに、」
「それに?」

言葉はそこで途切れた。
ちょっとだけ気持ちが苦しくなって
先生の白衣を握る。

「恭くん?」
「…あのね 先生
僕 先生と、お母さんの話
聞いちゃったんだ

僕、いつ退院できるか
わからなくなったんだよね…?」

前は、経過がよければすぐに、
って そう聞いてた。だけど、
予定が 未定になったことを知ってしまった。

「先生 僕はどうなっちゃうの…?
恐いんだ、先生、僕は、」
いつになったら 元気になって
元の生活に戻れるのか。
元気になったよって 先生に言えるのか。

『一緒に治しましょうね』

って、先生との約束だけを糧に
1年間がんばってきたのに。
ダメなんだろうか そう思うと
悔しさと悲しさもこみ上げて来て
白衣を握る手に力がこもっていく。

「恭くん」

優しい声で呼ばれたかと思うと、
ぼくの手に 先生の手が重ねられる。
「期間が伸びてしまったのは本当です。
まずは親御さんにご説明をしてから
君へ伝えるべきか否か 決めている所でした。
それが最善だと考えていましたが…
結果的に傷付ける形になってしまいましたね、」

申し訳なさそうに告げられた言葉に首を振る。
「勝手に立ち聞きしたのは、ぼくだもん」
お母さんに言ってから、ぼくにいうか
決めようと思ったってことは
先生が ぼくがショックを受けないようにと
考えてくれたからだ。そんなこと、
まだ子供のぼくにだって よくわかる。

先生のお腹に埋めていた顔を離して
少しだけ距離をとると、先生が屈んで
ぼくと視線を合わせてくれた。
優しい、穏やかな目がぼくをみている。

「恭くん。
確かに 退院までの期間は伸びてしまいましたが
また一緒に頑張っていきましょう」
「…でも…。また、ダメになっちゃったら…?
その時は どうしたらいいの?」
恐くて 不安で 素直に感じたことを口にする。
またダメだったら そう思うと
もう1度がんばるなんて億劫でしかなくて
悲しみがあふれてしまう。

無意識に眉はさがって、手を握りしめる。
先生は、ぼくの気持ちを察したかのように
大きな腕で、ぎゅと包み込んでくれた。
暖かい体温がぼくを包む。

「その時は――いえ、これから先
君が元気になるまで 私はずっと傍にいます。
それからあとだって 君を見守っています。
寂しい時 辛い時はいつでも呼んでください
恭くんを1人にはさせませんから」
「…、」

゛1人じゃない゛

そう思わせてくれる 先生の言葉は
1人でがんばらなくちゃいけないんだと
思いかけていたぼくの心を いとも簡単に
救ってくれたように思う。

例えまた伸びてしまったとしても、先生は
本当にぼくのことを 支えてくださるのだろう。
まっすぐな目に 嘘はないと思えたし
ないにより ずっと看てもらっている中で
嘘をつく先生じゃないことは とうに知っていた。

「…先生、わがまま 言ってもいい…?」
「ええ。かまいませんよ」

ふ、と優しく微笑む先生に
そわそわしながら言葉を紡ぐ。

「ちゅー、してくれませんか」
「わかりました。目を瞑っていてくれませんか」
こくんと頷いて目を閉じると
額に柔らかな感触が当たって、先生の唇だなと
すぐにわかった。

「…先生 そこおでこだよ」
ぼくは口がよかったのにな。少しだけ落胆してみせると
先生は困ったように肩を竦めてみせる。
「ここは院内です。いつ人にみられるか分かりません。
君にとっても、私にとっても
目撃されることは」
「わかってる、ごめんね先生」

困らせたい訳じゃないもん。素直に謝っておく。

…ぼくと先生の関係は、周囲にはナイショだ。
一緒にいるうちに大好きになってしまったことも
告白して、答えは保留にされていることも。

『君が退院する日に
答えをお伝えする、でも構わないかな』――

そんな約束を交わしたことも。
ぼくたち二人だけの秘密だ。


「先生との約束も、遠のいちゃったね」
「そうですね」
「…先生は、ぼくのこと 好きになってくれた?
それとも、まだなってない?」
「当日まで言わない約束でしょう」
「ちぇ」

…もし、まだ好きになってもらえてないならさ
この伸びた期間に 好きになってもらえば
いいのかな

そしたら、少しは、伸びたことも
前向きにとらえられるかな なんて考えながら
大好きな先生を見つめて 口を開いた。

「先生 これからも、よろしくおねがいします」
「こちらこそ。また1年 一緒にがんばりましょうね」

prev / next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -