さあさあさあさあさあ

蜜柑の木の根元へ重点的に如雨露から水を流し出せば薄く茶色だったその土は降り落ちる水を含んで己の色を変えていく。
風が吹いて緑の葉が音を立てて揺れるの細めた眼で見遣ればもっと鮮やかに綺麗な緑が見えて。水を得た木より太陽の光を受ける蜜柑よりもそれはずっと。
そんなの見付けてしまったら煙草を啣えた口角が勝手に上を向く。頬も弛緩するし心臓だって落ち着きを失ってしまうなんて事はもう今までに何度も経験して知っている。
犬とか猫とか動物で言うならぴん!と耳を持ち上げた状態。尻尾なんてものも目一杯振って。
如雨露を持つサンジの手、速くそれでも丁寧に(なんたってこの蜜柑はナミの大切な宝物だ)中の水を消費させた。


「ゾ、ゾロっっ」


背中を預けた壁。ソファや布団みたいに心地が良い訳でも無いけれど程よく馴染む、凭れ慣れた船尾の定位置。
真昼を過ぎれば太陽は柔らかくその光芒を変えるし、トレーニングを終えた身体は適度に疲れを訴えている。何時もの様に睡眠を享受していたゾロの耳に誰が聞いたって嬉々としている事が分かり易過ぎる程に伝わる声音、届いて。
意識は浮上した。
眠気で縫い付けられていた眼、押し開いて辺りを見渡しても声の主なんてもの確認出来無くて。ぼんやりと前を眺め遣る正直半分閉じ掛かっている眼は真剣に何かを考えている様で、それでも本当は何も形捉えて無かったりする。
空耳だったか空耳のくせに邪魔するな、そもそもそんな幻聴思い違ってる自分の耳を本気で心配しねェといけねェのか、それでもコックの声に邪魔される位どうって事は無い、声聞いた方が何十倍も───…


「ゾロ!!!」


ガサガサなんて音と少し慌てを持った声。眠りの入り口をまごつく意識に今度はしっかりと届く。
それはやっぱり空耳なんかでは無くて、畑の方で、ただ見ている方向が違っていたらしい。
上、か‥顎を持ち上げる。


「っ───!! なっ、コック!!?」

「う、わ!!」


サンジを見付けた時にふわりと和らぐその色だとか、とても好きだと思うから。
ゾロが漸くサンジの姿を確認した所で壁に凭れたままのゾロの身体の上、どすん!音にするならそんな重くて鈍い音を立てて蜜柑の葉なんかと落ちて来たのが捜していた人物、で。
腹筋に力を入れていたらどうって事無かったのかも知れない、思い切り油断していた。寧ろ姿を見付けて身体の力は抜けた。
痛い、けど‥聞き間違いなんかでは無い、落ちて来たほんものの。太陽の色背負ったそれよりもうんと眩しいサンジ、が。
疼痛は短期で噛み殺して、胡坐を組む脚の上、腕の中にすっぽりと、こう巧く収まって、更に脚から落とさないよう腰に腕を巻き付けて。背中の壁なんかよりももっと。もっとしっくりと馴染む。
サンジの頬を軽く叩けば閉じていた眼が少ししばたいてそろりと開いた。


「てめェ大丈夫か?」

「嗚呼。助かった…問題ねぇ」

「危ねェだろーが、くそコック 何考えてやがる!」

「ゾロの姿見ちまったから速く行きたくてそれしか考えてなかったんだよ、悪かった」


階段で降りりゃ良かった、なんて膨れっ面は。可愛いだけだから、それ。


「‥───っとにてめェは馬鹿だな」

「それだけテメェに惚れてるって事なんだろ」


ゾロに馬鹿になってしまう位、冗談っぽく含ませて。
迷惑掛けてるのにおかしいって事分かってるけどそんなものどう仕様もねぇ程に暖っかくてふわふわしているから。


「腹痛ェ。詫びに酒寄越せ」

「持ってねぇよ」

「ねェのか 仕方ねェ」


空気が僅かに熱く震えたかと思えばもう口唇に熱が落ちていて。
小さく音が弾けた。


「これでチャラにしてやる」


ぺろりと赤い舌が唇を舐めるの眼が逸らせない位、心臓が。



「あら、2人共楽しそうね ……如雨露1杯分じゃ水やり終わらないと思わない?ねぇ、サンジ君」


その言葉は冷たいのに。柔らかい声、笑顔が不釣り合いで。芝居掛かった音。
影が落ちる。


「私が手伝いましょうか?航海士さん」

「有難う〜助かるわ! 頼んだのそっち退けで勝手に世界に入られたら迷惑だと思わない?ロビン」

「ナミ!てめェの畑位自分で世話しやがれ」

「煩い 大体アンタがサンジ君甘やかすから───…」


咽喉の少し向こう側に何か拳大位の塊滞ってしまったみたいに流れていかない。
顔を擦り寄せた服は太陽の、‥ゾロの、匂いがした。



「っっ!!?」


自身が急に浮いたかと思えば強く腕を引っ張られる。
何も考えなんてもの、状況を把握しようとか整理しようとかそんなのの前に眼の前の風景は流れた。
遠くで「あからさまねぇ、まぁたどっかに籠もるのかしら」「ふふ、仲良しね」なんて声は甲板に吹いた風に舞い上がってしまった。


「ゾ、ロ… どうし、た?」

「あいつァ苦手だ…!」

「…───って、ナミさん?」


ゆっくり出来ねェ、なんてそんな。
ゾロの掌に絡める指先が少し汗を含んで震えているのに気付かれているかも知れなくて。
息を重い咽喉の奥に押しやってみても拳位の大きさのものがあるの消えずに。

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