少し下のほう。顔を傾けているゾロの背中に小さく頬の力を緩めて。
自分のそれより幾分か広い、がっしりとした骨格の。
僅かに丸められた、その背中にいきなり体重を掛けて身体を寄せれば、思わずと言った様な驚いた声が上がるのに。
「何だ、起きてやがったのか」
珍しい、と揶揄う。
肩から腕を垂らして強くゾロにしがみ付いてやる、それはまるでおんぶのさまで。ただただ甘えるみたいなそんな恰好。
その逞しい向こうっ側を見ればふと視線が絡んだ。
重てェ動きにくい!零して顔だけで振り返る、俺を見遣るゾロと眼が交錯するその眉間には皺。それも凄い、深いもの。
格好良い顔が台無しだ。否、まあこれも嫌いではないけど。ゾロが作る表情を何でも好きだと思う。嗚呼ほんとうにどれだけ好きなんだ
近すぎる顔の位置に心臓は勝手に、俺の許可なんて得ず、高鳴った。
それでも頬をちっとも色乗せさせたり緩ませたりしないのが、何だか俺だけで、悔しくてそれを誤魔化すみたいに何時も通りの顔を作ってゾロに掛ける体重を更に強くしてやった。
近付けた鼻先には太陽の匂い、その匂いはゾロのもので。
けれど干した布団とはまた全然違う、太陽に僅かに含まれるゾロの男の匂い。
誘われる蝶みたいに。
逼らせた口唇。
触れ合った、空気に因って乾きを持つ脣はたった僅か。
数秒後に見たのは床で。
「何しやがるっくそコック!」
「?、何って キスだろ」
「勝手にしてんじゃねェ!」
「良いだろーが、キスの1つや2つくらい」
態とらしくしくしくと音を作って、
「 俺の事好きなくせに。」
泣いて見せれば。
途端に張り詰める空気、ぴぃんと引き絞られて。
小さく空気が揺れたと思えば耳に届いたのは酷く真面目くさったゾロの声だった。
「 ───ずっと言おうか悩んでた」
おれ、─────
「他に好きな奴ができた」
言葉はすとんと小気味良い音を立てて俺のなか。
自然とその存在を主張した。
本当はもっと。
許さないとか認めないとか、信じないとか。否定的な文字を思い浮べて。告げて叫んで。
ふかいふかいこの進む海の底みたいな、深淵だとか深潭だとかに落とされた様な衝撃の元に行き着くもんだとも思うんだけれど。
今の俺は凄く穏やかな相好なんてものを見せている。
馬鹿みたいに何処までも澄んだ、そんな顔。
其処にもういっこ、にっと笑顔も付けたりなんかしてやる。
そんな前、ゾロの顔はやけに真剣そのものってまんま。
表情筋は動かない。
眼許の鋭さをより一層濃いものにして。
大丈夫だ、だいじょうぶ
困らせたりなんかしてやらねぇさ
安心してろ
「そうか! 何時その時が来ても良い様にこころづもりはしてたさ。───でもなあ、ナミさんは手強いぜ?それにルフィがいるからなーまあでも、テメェの事も気に入ってるようには見えるから 全く望みがない事もねぇだろーよ」
それは慰めるみたいな宥める様なそんな手つき、で。
ゾロの肩胛骨をそっと数回掠めた、頑張れよの気持ちを伝える。
きしりと軋む甲板の音を気にするよりも早く倒れた身体はゾロの膝の上。
跨がるみたいにして座らされて居た。
やっぱり何も変わらない、相変わらずの固く締まったゾロの顔が其処にあって。
「うそだ…!」
鼓膜を震わせた音は形にはならずに。
響いて‥‥‥、
「嘘だ、嘘に決まってんじゃねェか! 何でてめェはなんも言わねェ」
「…何で、って なに、が」
「てめェこそ好きじゃねェんじゃねェのか」
「な、に…」
話す度にゾロの息が触れる、ちょっと怒りを含んだそれ。
「 好き…に、決まってんだろ?好き、だから 好きな奴には倖せになって貰いてぇし それが俺の傍で叶わないってんなら仕方ねぇだろーが」
俺は男だ。
男である事を不満に思った事はねぇが、
レディ達と違うって事は心得てはいる。
「恥ずかしかったんだ、おれァ…! てめェみてェに馴れてねェ、それだけだ。深い意味はねェ」
「俺だってゾロ以外に何処ででもしてぇとか思わねぇよ! 大体、何でそんなにテメェはエラそーなんだ、クソマリモ」
「怒ってんだ、てめェの薄情さに」
「薄情言うな!」
泣いても縋ってもやらない。別れたくねぇと駄々をこねてもやらない。別れても恋人と言う形じゃなくていい傍に置いて欲しいとも言ってやらない。何時も通り喧嘩して啀み合って、仲間をしてやる。
でも。傷付かない、とはまた別だ。
───好き、の気持ちが消えた訳では無い。
「 普通逆じゃねぇのか?何で騙されて別れまで覚悟してやった俺が怒られねぇといけねーんだよ」
クソ野郎!噛み付くみたいにして言った言葉は返す暇も無く、ごくり。ゾロの口唇へと呑み込まれた。
重ね合わせたふたつの脣。
驚きで縮こまる舌を押さえながら追い掛けられる。
脣で封じ込められて息みたいな上擦った自分の声に耳を擽られる、恥ずかしい…のに。
ゾロの脣の感覚が直に伝わって。頭の後ろに回された手が優しくて。
腰を砕かれるんじゃ無いだろうかって思わず真剣に考えてしまう甘いキスでドロドロに蕩けさせられてしまった。
ゾロの赤い舌が触れてた俺の脣を舐め取って離れていくのに。
今度こそ俺は縋って。
隠すみたいに。
ゾロの頬を両掌で包んでキスをした。
唇を開けろと舌で要求して薄く開く其処に舌を入れ込めば。
直ぐにゾロからも脣を割られ腔内を慣れた、あつい、あつくてそれでいてあまい、舌に絡め取られて。蹂躙される。
ゾロとキスをしている間の時間は酷くゆっくり遅く流れている様な気がして。
この海、流石に不思議な海域だとしても。
そんな事は無いの分かってはいるけれど、このまま時が止まってしまえばいいと殊更強く、真摯に思った。
いつもより、甘い。先刻には感じられなかった甘さ。俺からの単方向のキスじゃ知れなかった甘さに。
今更ながらにゾロの膝の上に座っていると言う事実に恥ずかしくなる。
俺はそのまま。両腕を伸ばしてゾロの首筋に巻き付けた。
ぎゅうぎゅうと隙間を無くして身体を押し付けてやる。
「離れろ! おっ、おいっ」
「テメェ!俺の事クソ大好きなんじゃねぇか。言葉翻すの早すぎんだよ」
「顔に別れたくねぇって書いてあるから引き止めてやったんじゃねェか」
「書いてねーよ!俺は悟った顔してただろーがっ、クソマリモ」
「あァ!?勝手に悟ってんじゃねェ、くそコック! 誰が別れてやるか…!」
コイツは今、自分が何を言ったのか解ってんのかね
思い切り、額をゾロの肩に押し付けてやる。
頬の熱も散らして。ぐりぐりぐり、気持ちも一緒に込めるみたいに。
背中に触れたでかい手の熱さに漸く緩んだ心緒が涙腺と直結して。泣きそうだと思った。
「そりゃ、こっちの台詞だ!」
テメェが言ったんだ、離さねぇと。
だったらそれに応えてやろうじゃねぇか。
別れてなんか、やらない。
全力で、俺はテメェのもんだ。
大切に占有しやがれ
ENDゾロ誕企画(指定/他に好きな奴ができた):チェリー様
参加有難うございました!