山崎ィ!



















只今の時刻は丑三つ時を過ぎまして、やっとこ二週間に渡る潜入捜査が終わって自室に向かう所でした。潜入捜査を任される程ですので、この俺山崎退は実に優秀な監察なのでございます。そんな俺でも、いくら俺でも、二週間もの間名を変えて過ごすのは大変なんですよ、分かるかな今の俺の疲労困憊っぷり。潜入捜査って言ったって、以前桂に近付いた時とは全然違うんでごぜえますよ。蜘蛛の巣蔓延る軒下屋根裏で敵地アジトの見取り図制作が目的。敵は少数。取り入って仲間に入るのは至難を極め、埃被って息を殺して任務遂行してきたってぇわけなんです。だから、だからですね?要するに俺は今ものすーっごく疲れているんですよ、一刻も早く自室に戻りたいんです。見て下さいこの隈。と、いうわけで、ここは空気を読んで一晩くらい休ませて貰えませんか、なんて言ったら永眠させられるから言いませんけど、ええ、言いませんとも!



加えて俺を呼ぶ声の主は直属の上司のそれ。俺がその部下である限り無視出来る筈もない。そんでもってその声があんまりにも切羽詰まってるものだから、忠実なるあなたの部下である俺は振り返らざるを得ない訳で。あー……本当に俺ってカワイソウ。我が直属の上司の類い稀なる指揮官としての才覚と局長への忠誠心に惚れ込んでいるのは確かに疑いようもない事実で、それを信じていただきたい俺がアンタに必死な声で呼ばれて馳せ参じない訳にはいかなくて、その理由が疲れた俺を労るためでも、ましてや仕事でないことが明白であり、さらに言うなれば男同士のレンアイ相談だと解っていても、……ちくしょーぶっちゃけそんなもん聞きたくなんかねーんですよっ!

(あーっ!いっそ本能のままに生きられたらっ!)



「早く来いっ!」



ああ、はいはい、今行きますちょっと待って下さい、人間が100Mを3秒以内に走るのは無理ですそんなことも解らないんですか、すすすすいません!まだ死にたくない!死にたくない!はい、灰皿はここに!



「ちょっと聞きてぇことがある」
「はい、なんでしょう?」



なんでしょう、なんて、何の話かなんてのは既に解ってて、どうせあの年下の上司の話なんだろうと推察する。あの人も、確かに俺の上の立場の人間ではあるが、監察方である俺は系列が違うため厳密に言うところの上司ではない(心情的な面でも俺が忠誠を誓っているのは目の前のこの男唯一人だ。年下だから、という訳ではない。あの人の努力や信念を疑うつもりも毛頭ない)


土方さんからの相談の主題テーマが解っている理由はたった一つ。俺が土方さんと仕事以外で話すことが他にないからだ。そもそも土方さんだって、最初は進んで俺に相談していた訳じゃない。付き合いを隠していた二人に勝手に気付いたのは俺(ほら俺ってば優秀な監察だから)で、基本的に常識人である黒髪の人が男同士の交際に関する悩みを人知れず溜め込んでいただけの話。



気を遣っていたにも関わらず、やはり気付いてしまえば二人を包むふとした瞬間の柔らかい雰囲気にも反応出来るようになってしまった俺が、なんとなく空気を読んでその場から離れる、なーんてことを繰り返している内に、黒髪の方に俺が気付いていることがばれた、という。とはいえ、きっとくすんだ金髪の上司も気付いてはいるのだろう。これも単なる監察の勘だけれど。(沖田さんは俺に相談なんかしてこない。それに関しては彼が正しいと断言できる。下世話な言い方になるが、ホモ同士のシモの話なんか一つも聞きたくはない)



黙って静かに土方さんの話を聞いていくと、なるほど?やっぱりその話ですか。何々?沖田さんが?あー、…未だに一線を越えていない?それが不安だって話ですか。マジっすか。うわー…、もう一回言ってもいいですか、いや、さっきのも心の中で思っただけですけどね、はは。とにかく言わせて下さい。…、…ホモ同士のセックスの話なんてひとっつも聞きたくはないんだよっ!


心の中で嵐が吹き荒れていても、きっと俺の優秀な表情筋は、正確に心配そうな形に収縮弛緩しているはずだ。

ほら、現にアンタは何にも気付かない。



「やっぱり野郎と、ってのは無理なのか」



え、それって俺に聞いてるんですか。へー。いや、だから言ってるじゃないですか、男同士なんて俺には考えられないって(音にした事がないのだから伝わる筈がない。こんな事を考えながらも、この人が傷付くことを己が率先して口にする訳がないのだけれど、)



だって、ホモ、ですよ?男同士なんですよ?怖くないんですか考えたことないんですか、回りからどんな目で見られるのか、判ってる筈だ。家族を、子を作ることだって叶わないんですよ。…、なんて、そんなこと始めから解ってるんです、よね、…俺だってそれくらい判っています。アンタが並大抵じゃない想いで隊長を好きでいるのか、なんて。

性癖的にノーマルである同性同士が惹かれ合うことがどれほどの奇跡なのか、俺には推し量る事が出来ないけれど。それほどまでに副長は…、隊長の、…沖田さんの事が好きなんだ。沖田さんの気持ちだって、並程度じゃあないんでしょう?なんでヤらないんですか、不安にさせるくらいならいっそ、……


と、ここまで考えて、今この場に隊長を連れて来てしまおうか、などといった戯れ事が頭を過(よ)ぎる。そして、アンタはこんなにも副長に愛されている、きっとこれから先取り柄は顔だけなアンタをこれ以上想ってくれる人なんか現れないと、ついぞ言ってしまおうかとさえ考える。が、それはまたしても俺の心中の出来事であり、現実世界の俺はしたり顔で土方さんに助言をする。

助言、といっても、土方さんが本当に求めているのは沖田さんの態度や行動であり、沖田さんからの言葉なので、実のところ必要性は皆無だ。土方さんは人に話せない悩みを打ち明け、上手くいって"そんなことないですよ"と言って欲しいだけなのである。


土方さんから相談を受けるたび、思考は回帰を繰り返す。


だが俺はいつだって土方さんの忠実なる部下であるから、求められる答えを寸分の狂い無く言葉にするだけだ。



「そんこと、ある訳ないですよ。大丈夫です。そんなに不安なら、自分から行動を起こしてみたらどうですか?」



笑顔のポーカーフェイスはどんな時でも有効だ。監察になると決めたとき、地味であることに次いで俺の得意とするところでもある。無表情でいるよりも余程楽だ。


「あいつの俺への感情が勘違いだった場合、それに気付いたときに取り返しの付かないことになる。俺は、あいつの傷付く所を見たくねぇんだ。それに、あいつが俺に突っ込みてぇのか、…突っ込まれてぇのか解らねぇ、し。…俺は、あいつがしてぇって言うなら下をやったっていいと思ってる」



ああ、隊長、…いえ、沖田さん。アンタの気持ち疑われてますよ、じゃなくて、……ああ……っ!


そんなこと俺に聞かれても困りますよ、どっちが男役か、なんてそんなこと。
なんて思ったって結局俺は口には出さずに、部下として求められる範囲の返答をする。俺が何を思っているか、なんてことは一つだって必要でなく、希求されるのは忠実なる部下であることのみで、そんで、やっぱり俺は隊長に……沖田さんに負けているのだ。回帰する度に後退する思考に終着点があるとすれば、きっとそこにあるのは、


唯俺に出来ることはやはり気休めと肯定であるので、一つ頷いて「やっぱりそういったことはふたりで話し合うべきだと思います」なんて、在り来りなことを言うのだ。その時俺が、真剣な表情で、尚且つ優しい目なんかしちゃってるのは一体どうしてなのだろう。部下だから?(どうしてそこまで部下の本分にこだわるのだろう)頭の中でどれだけ有り得ない有り得ないと繰り返しても、嫌悪感が湧かないのはどうして、なのか。何度も何度も土方さんからの相談を律義に聞いているのは、一体どうしてなのだろう。沖田さんに言ってしまえば、すべては、きっと、


相談なんか聞いたところで土方さんが欲しがっているのは不安のはけ口で俺ではないのだと、唯一絶対に必要なのが沖田さんなのだと考える度に、俺の目の前が真っ暗になることをきっとアンタは知らないだろう。

アンタの不安や憂いが少しでも薄れるのなら、と忠実な部下を演じる俺はいつだって考える。ホモ同士なんて、報われないし気持ち悪いし辛いことだらけじゃないか、解ってんですか、男同士なんですよ、ホモ、なんですよ、


そういった恐怖とか葛藤とか全部認めた上で…、そんなに、そんなにも沖田さんが、好き、なんですか?





言葉にしない疑問に答えが有るはずが無かった





(お前だってそうだろうと、自分に言えたならよかったのに)



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