日記SS | ナノ

その男、独りぼっちにつき/前編


村の外れ、深い深い森の中には古ぼけた館が建っていました。緑色の葉を繁らせた蔦が行く人の道を阻む様に育ち、その館にも幾重に巻き付きます。
何時だって朝の光も届かない昼の木漏れ日も感じない、其処に住むのは眼付きの悪…もとい眼の力が鋭い男でした。
大きい館にたった1人、それでも寂しいなどとは思いません。男にとってはそれが“普通”の事なのです。
ただ一心に剣の腕を磨く事だけを人生の全てにしているので別に家に蔦が絡まろうと誰もが寄り付かなくても悪い根も葉もない噂が流れても構いません。
毎日毎日歩むのは剣への極みです。それ以外には興味が無いのです、そして男は剣を極めるのに邪魔なものだとも思っていました。










ある日、その日は朝から厚い灰色の雲が覆い、気持ち悪い色をした空を作り出していました。
時計の短針が5を指す頃、黄色の閃光が灰色を切り裂くと同時に街も男が住む館をも飲み込んでしまいそうな雷鳴が轟き、あっと言う間に大粒の雨が煩く音を立てて降り出しました。何もかも流してしまいそうな勢いで大地を打ち、水溜まりを作り、川の水を増えさせます。
男が住む館も雨が屋根を叩き、窓も殴り付けられ、雷鳴が作る地鳴りがびりびりと響きます。
今日はもう外でトレーニングが出来ねェと諦めて昼寝でもしようかとした時、ドンドンドン!とけたたましい音が聞こえました。風だろうと思ったその音はずっと鳴り続けます。そしてその音はどうやら玄関から聞こえている様でした。
男はそれでも無関心を続けます、だってそうなのです男の家にはこれまで物心付いてからずっと誰かが扉を叩くと言う事が無かったのですから。
来訪は何度かあったものの招かざる客で、命を襲う野盗や盗賊そう言う者ばかりだったのです。
男が意識を手放し始めた頃にはその一定のリズムを作っていた音は消え、次に聞こえたのはドォォン!等と言う音。
これには流石に男も驚いて飛び起き玄関まで急ぎます。玄関に着いた男の驚きは倍増していました、彫刻が施された品の良いこの館のカオともなるその玄関の扉が無いのです。その代わりに……。


「テメェ居るんならさっさと開けやがれ!誰も住んでねぇのかと思って壊したぜ、扉」


雨の雫に濡れて白い額に張り付く金色の髪、口に啣えられた煙草だと思われる残骸はもう紫煙を上げる事を止めていて、その人物が立つ床は忽ち雨水でその色を濃く変えていきます。


「よう、俺ァコックのサンジ。テメェ誰だ?此処お前ン家?」

「……嗚呼。おれはロロノア・ゾロ、だ」


自分で名前を告げつつそう言えばこうして自己紹介などした記憶が無いな、とゾロはぼんやり思いました。
そのサンジと名乗った男がポケットから取り出した煙草はどうやらもう吸える状態では無かったらしく、指で弾いて捨てます。


「悪いが暫く世話になるぜ?」


そしてゾロに笑顔を向けたのです。
ゾロの街で流れているあの噂話を(根拠もないそれを)知らないのでしょうか、向けられた笑顔はゾロにとても優しいものでした。
出て行けとは言えなくなってしまったゾロは雨が止むまでなら別に構わないだろう止めば出て行くだろうし、自分以外の人が居たって館は広い大した煩わしい存在にはならないと思う事にしました。


そんな訳で、元々他人の存在に興味が無いゾロはその日もぐっすりと睡眠を取り、朝を迎えました。
深い森の中ですから太陽の光に迎えられて起きると言う事はありませんが、ゾロは起床したのは時間にすれば10時頃。
ダイニングに降りて行けば大きい机の上にずらりと並べられた料理の数々。そう言えばコックだと昨日言っていたのが記憶にある様な気もします。
ゾロはちらりと見遣って、それからセラーからお酒を1本選ぶとコルクを抜きました。心地良い音が上がります。
お酒さえあればそれだけで満足だと言うゾロが今までの生活で口にするものは館に足を踏み入れた野盗や盗賊が置いていったパンや干し肉、酒。そして森で取れる獣肉や魚、果物。
そんなシンプルな食事のみのゾロには机の上に並ぶ“料理されたもの”はそれなりに珍しいものではあったのですがそれでも興味の対象外でした。
持つ手を少し斜めにしてお酒を寝起きの乾いた咽喉へ流すとシュワシュワとアルコールが弾けます。


「───…っっ! テメェ喰えよ、それ!何の為に作ったと思ってやがる!」


何処に隠れていたのか、ガタンと音がしてサンジが姿を見せました。
美味いと言い掛けた音に混じる酒気、ゾロの舌が唇をなぞり、真っ直ぐにサンジを見ます。
つまりは。


「ア?これおれが喰うのか?」

「当たり前だ!一宿一飯の恩義だろ。何の為に早起きして市場まで行ったと思ってる。見た所テメェ飯喰ってねぇだろ!不健康極まりねぇぜ」

「酒さえありゃ生きていける」

「いけねぇよ!コック舐めるんじゃねぇ」


早く席に座れと急かされて渋々アンティークが施された年代を感じさせるその趣のある椅子にゾロが座ります。
それを確認してから、向かい合いに座る事をせずにゾロの横にサンジも漸く腰を落ち着かせました。長い机の隅っこで2人並んで座ります。
デカい机なんだからもっと広々使いやがれなんて言葉はゾロの口から出る事はありませんでした。


「さぁ喰え」

「……あァ」

「クソ美味ぇだろ」

「……あァ、美味ェ」


久しぶりに喰べた料理から伝わるのは暖かいものでした、これはきっと出来立てだからとかそんな理由ではないのでしょう。
にこりとゾロの横で笑うサンジは自分が喰べるよりも遥かに多く「美味いか?だったらもっと喰え」「これも喰ってみろ、美味いぜ」等とゾロに勧め続けました。
初めて触れたその、人との関わりにゾロは何だか分からない感覚を感じる事となったのです。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -