「今日も朝から暑いなあ…」
新八は額に張り付きだした前髪を拭った。
見上げた空は雲が気持ち程度あるだけで広がる殆どが青く色塗られている。
つい数時間前に昇り始めただけの太陽の陽射しは人間と言うものを何かの食品と勘違いしてこんがり焼き上げ様としてるのかと問い質したくなる位に無遠慮に降り注ぐし、蝉の声を聞けばそれが例え遠くから響いているものだとしても体感温度はどうしてか一気に上がる位のパワーを持っていると思う。
実質、今日の僕は休みだったりする訳で。こんな暑い中歩き回る必要なんて無かったりする。
昨日の夜、急に銀さんにそう言われたのだ。「仕事が入ったけど俺と神楽で事足りるからふらっと行ってくるわ、だから新八は休みな」と。横で「新八ずるいアル。良いなー羨ましいネ」と言いつつ神楽ちゃんも「ゆっくりしてるヨロシ」と言ってくれたから、まあそれも良いか何時も仕事が無くて皆がダラダラしてる時に僕は洗濯に掃除に買い出しにご飯に色々している訳だから。
そう思ったのに、朝、眼が醒めたのは何時もの出勤する時間で。
起きてしまったんならと万事屋に行く事にした、取り敢えず姉上のご飯と普段仕事の時は後回しにしてしまう雑用等も此処ぞとばかりに全て済ませてから家を出たので何時もよりかは幾分遅くなった。
多分銀さんも神楽ちゃんも仕事に行っちゃってるだろうけど、2人が疲れて帰って来た時にご飯が出来てる様にしておいてあげようと思ったのだ。
メニューは、さて、何にしよう?
この暑い中頑張ってくれてるのだから冷たいものかスタミナの付くので安いもの。序でに量も多く出来るのが良いよね。
どうしようか、スーパーの特売調べなくちゃ。
空っぽであろう万事屋の冷蔵庫と寂しかった財布の中身を思い浮べて頭を捻りつつ。
「 おはようございまーす、」
告げた言葉と、玄関に手を掛ければガラガラ音を立てて何の障害もなく横に動いた。
あれ?銀さんと神楽ちゃん寝坊でもしたのかな?鍵掛け忘れちゃってるよ、無用心にも程がある。まあ盗るもんなんて無いけど、あ。ジャンプ好きな泥棒なら話は別だ。駄目天パが溜めに溜め込んだジャンプの数ならきっと江戸1番だろう。
「ほんと、仕方ないなあ」
ふうっと零した溜息の中に混じるガタン!と言う鈍い音。
そして、
(え?勧誘?勧誘だよね?)
(違うアル!新八ヨ!新八ネ!)
(勧誘だと言ってくれぇぇぇ!)
(無理アル、だって“おはようございまーす”って言ったネ!)
(勧誘のお兄さんがつい間違ったんじゃね?そうじゃね?)
(声が新八だったヨ)
(勧誘のお兄さんの声がたまたま似て…)
(銀ちゃん現実を受け止めるアル!新八が来たネ!)
(何で?俺休めって言ったよね?言ってたよね!?)
(言ってたヨ!それに私も言ったネ!何で来るアルか!?)
(そんなの俺が聞きてぇよ!!!)
(どうするネ、銀ちゃぁん!)
(どどどどどうするよ!?)
ぼそぼそと呟くふたつの声。
「銀さーん?神楽ちゃーん?居るの?仕事どうしたのー?」
声のする方、キッチンに近付けば勢い良く声の主である銀さんと神楽ちゃんがとおせんぼするみたいに姿を見せた。
「やっぱり!何してるんですか?依頼はどうしたんですか?」
「え、あー… 途中?」
「途中って?」
「だから仕事の途中だって事だよ」
「―――? それって万事屋でしてるって事ですか?だったら言ってくれたら僕だって手伝うのに…そりゃ2人に比べたら僕なんて頼りないかも知れないですけどでも…」
あ、何か暗くなってきた。2人の為にご飯作って待ってようとか思ってた先刻まではあんなに気分良かったのに。
何だよ、コレ
「違ぇよ、新八!」
「違うアル、新八!」
重なった声に顔を上げれば丁度銀さんと神楽ちゃんが何か眼線で会話をしている所だった。
何だって言うんだろう、今更。もうネタは上がってるんだ。
「お前、今日何の日か知らねぇの?」
銀さんがわしゃわしゃと銀色の髪を掻き混ぜた。
「8月12日ネ、新八の誕生日ヨ」
神楽ちゃんが拗ねたみたいに唇を尖らせた。
「え?あ……!」
そう言えば…、僕はと言うと完璧に忘れていた。
「予定じゃ夕方くれーに呼び出すつもりだったのによ、何出勤して来てんの」
「仕事してくれてる2人のご飯だけでも作って待ってようかと」
「今ケーキ出来たアル、これからご馳走と飾り付けするとこだったネ…」
「そう、だったんだ」
最初にキッチンに入れない様にされたのも、鼻を通るこの甘い匂いも、気になってはいたんだけど。そういう事だったのか。
―――― 僕の、為に
相談とかしてたんだろうか、僕にばれない様に。お金無いのに誕生日だからって奮発してケーキだとかご馳走の材料買い込んで。飾り付けもしようと。ふたりが。ふたりで。
ああ、それはなんてすてきでとくべつな、
「 銀さん、神楽ちゃん!ありがとう!すっごく嬉しいです!」
「「――――!」」
勝手に顔の筋肉が弛緩してしまうのに逆らわずに僕は笑った。
「わ!わざわざ神楽様自らしてやってるネ!嬉しくないわけないアル!ダメガネは感謝するヨロシ!」
「と!当然だろ!銀さんが自分じゃねぇ新八の為に甘味作ってやったんだからな!ったくこのダメガネはタイミング悪いんだよ!」
「ワンッ!」
落ち込んでた神楽ちゃんの表情も、不貞腐れてた銀さんの表情も。心配そうに見守ってくれてた定春の表情にも。
口では悪態ついてるけど、光が入ってぴかぴか輝き出したの気付いているのかな?
僕は隠し切れて無いそれを綺麗だなあと思った。
「わぅん!」
「パーティー開始アル!新八ー、一緒にケーキ食べるネ!」
「おめっとさん、新八」
右手に神楽ちゃんの腕が絡んだと思えば、優しく髪を銀さんの掌が撫でてくれた。
2人と触れ合った其処からあったかい様なくすぐったい様なそんな感情が溢れ出して。
不覚にも泣いてしまいそうになってるのがばれちゃ困ると僕は必死で堪えた。
涙が出るのはケーキの上で揺れる蝋燭の煙が眼に痛い所為なんですからね!笑わないで下さいよ!
「っておぃぃぃい!!!僕の誕生日なんですよね?僕のケーキどう見たって小さいんですけど!小さいって言うか自力で立てないくらい薄いんですけど!何か向こうとか見えちゃいそうなんですけど!? 何でホールケーキ3人で分けてこんな事になるんですか! ねえ、ちょっと2人とも聞いてんですか!?」
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銀さんと神楽ちゃんは照れ隠し中です、たぶん見た互いの顔が余りにも嬉しそうだったので自分もこんな顔してるんだろうかそれは恥ずかしいなみたいに思ったんだと思われます。だからそんな倖せな気分にさせた新八(にはしたくないので、するつもりも毛頭ない)のケーキに八つ当たりです←
兎に角、娘も旦那もマミーと嫁が大好きです。
ぱっつあん!誕生日おめでとう!大好きだーァァァ
(2012.08.12)