1st harmony



「信っっっじらんない・・・・ッ」


こんなにも呆然唖然としたことなんて人生であっただろうかと思うくらい、あんぐりと口を開けたまま先ほど車が去っていった方向を見つめていた。

辺りはもうすでに薄暗くなっており、あと数十分もすれば完全なる暗闇に包まれるだろう。



「(あのクソ男・・・・!!!こんな山道に女一人放り出すか普通!?)」



そう、先ほど喧嘩した彼氏に山道に一人放り出されたのだ。


ことの発端は数時間前―――

走り屋をやっている彼氏とのデートに向かったが、こちらの気持ちも鑑みず、栃木からわざわざ埼玉へ向かった理由もそこにいる早い走り屋がいるのでバトルしたいからとのこと。

そのためにわざわざ数時間もかかる埼玉へ向かったわけだ。

出発する時点で行かないという選択をすればよかったのだが、いつものことだったのでそのままついていったのが間違いだった。

あまりにも身勝手な彼に堪忍袋の緒が切れ、喧嘩に発端したのだ。


そしたら何故が逆ギレされ車内から山道へ放り出され――――今に至る。



山道のため街頭なんてない。
携帯も充電切れのため、友達や家族に連絡すら取れない。

四面楚歌。呆然自失。右往左往。万事休す。

この状況をどう説明したらいいのか分からない。

とりあえず、ピンチなのは変わらない。



「(ありえないんですけどォ!!?ってか何逆ギレしてんだよ!!お前が悪いんでしょうがッ!!ってかどうしろっていうのよ!あまりにも暇すぎてずっと携帯いじってたから充電もないし灯りもないし真っ暗だし―――!!!)」



こんな田舎の山道を通る車もなかなかおらず、あたりはシーンとしたまま。
恐怖とパニックで思わず涙がこみ上げてきた。


「(もう、最悪・・・・ッ、なんでこんな目に合わないといけないのよ・・・・ッッ)」


怒りと恐怖とパニックと彼氏に捨てられたショックとごちゃごちゃになった感情が涙として流れ、思わずしゃがみこんだ。

情けなくて嗚咽まで出てくる。

どうしたらいいかわからず頭を伏せていいたら、遠くからエンジン音が微かに聞こえてきたことに気づいた。だんだん音が大きくなってきているため、こちらに向かっている。



「(誰か来た・・・・!!)」



絶望の淵に現れた一筋の希望の光に頭をあげて立ち上がれば目視で確認できる位置に車のヘッドライトが見えた。



「停まって――!!」

「!?」



このチャンスを逃したらひとりでここで夜を明かすことになると思い、なりふり構ってられず車の前に両手を広げて飛び出した。

こんな場所で女が飛び出してくると思っていなかったであろう車の運転手は急ブレーキをかけ、ぶつかる数十センチのところでピタッと停まる。



「あ、危ねぇだろ!ってか何してんだこんなところで!」



降りてきながら怒鳴ってきたのは端正な顔立ちをした長身の青年。

怒鳴られているのだが、絶望の淵に立たされていたところで人と出会えたことに、一瞬呆然とするがまたもやドバっと涙が溢れ出しペタンとその場にへたりこんでしまった。



「あ、おい!」

「よがっだぁ〜!!ありがどぉ〜!!」

「はぁ!?」



文字通りワンワンと小学生みたいな泣き方をしている亜季と前に青年はどうしたらいいか分からず、おろおろしていた。


「とりあえず、こんなところで停まってたら危ねぇから乗れよ」


手を差し出され、されるがままにそれを握れば立ち上がらせてくれ、そのまま車の助手席へと乗せられる。
しばらく涙が止まらなくて泣き続けていたが、その間運転手の青年は何も文句言わずにただただ落ち着くのを待ってくれた。

どれくらいたっただろうか、やっと少し落ち着いていたため、ゆっくりと口を開く。



「あ、あの・・・取り乱してすみません・・・・」

「いや、いいけどよ」

「助けてくださりありがとうございます・・・・すみません、いきなり飛び出してしかも車に乗せてもらったりして・・・・」



なりふり構ってられずにとった行動ではあったが、少し落ち着いたせいもあって只々申し訳ない気持ちがふくらむ。

ってか危うく人を轢かせるところだったという事実に本当に申し訳ない。



「まぁ吃驚はしたけどよ・・・っていうか、なんで女がこんなところに一人でいたんだ?」

「そ、それはですね・・・」



初対面の人にこんなこと話してもいいのかと思ったが、助けてくれた恩もあったしだんだんと苛立ちも蘇ってきたため、あらいざらいすべて話した。



「ということで置き去りにされてしまいまして・・・・」

「・・・その男、どこに向かったかわかるか?」

「え?いや・・・目的地は教えてもらってなかったので・・・峠としか・・・」


「そいつの乗ってた車種は?」

「えっと・・・確かシルビアとか言ってたかな・・・?」

「色は?」

「赤です」



それだけ聞いて青年は携帯を取り出し突然どこかへ連絡し始めた。



「・・・あぁ、もしもし。俺だ。そこに赤のシルビアいたりしねぇか?・・・あぁ、わかった。すぐに行くからそいつに首洗って待っとけって言っておいてくれ。あぁ、頼んだ」




それだけ言うと電話を切り、「ベルトしろ」と横に座っていた亜季に言う。



「え?ど、どこに・・・」

「こんな時間に女をひとりこんなところで置き去りにするクソ野郎の居場所がわかった。そいつはバトルがしたいんだろ?俺が受けて勝ってやるよ」


「え、ええ!?」



それ以上何かを言う前に車は発進してしまい、昇ってきたであろう道を下りだした。あまりもの急展開に頭がついていかずに呆然とする。



「あ、あの!見ず知らずの初対面の方にそこまでしていただかなくても・・・!最寄りの駅とかに送っていただくだけでなんとか帰れますので!」

「気にすんな。俺が気に食わねぇんだよ。ここからそう遠くない場所にいるみたいだから、少し付き合ってくれるか?」



有無を言わせない空気に反論したくてもできず、「はい」と小さく頷けば「ちょっと飛ばすぜ」といいスピードを上げた。



「お兄さんは走り屋なんですか?」

「ああ。たぶん、お前の彼氏のお目当ての人物かも知れねぇしな」



もう頭がついていかない。なんなんだこの予想外の方向へと向かっていく展開は。

彼氏とデート先で喧嘩して、ひとり真っ暗な中峠道に置き去りにされ、たまたま通りかかった人に助けられ、その人が彼氏とバトルして勝ってやるといい彼氏の居場所を特定して向かっており、実はその人が彼氏のお目当てだった人物だったのがここまでのおおまかな流れだ。



「(今日は厄日なのかな・・・・)」



もうそう思って開き直ることにした。それが一番早い。

そして今はもう事の流れに身を任せて、助けてくれた青年の好意(になるのかは微妙だが)に甘えることにした。



-3-

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