倉持に兄弟はいない。それを言うと、意外だと驚かれるのが常だ。理由を問うと、だってお前、沢村が、と皆して言うのだ。沢村が、なんだ。それが俺に兄弟のいない意外性と何の関係がある。
「なんだよ、そんな簡単なこともわかんねえの?」
「あ?」
教師が風邪だからと自習になった6時間目。正直かったるいことこのうえなくて、出されたプリントを早々に片付けて寝ようとしていたら、最近の疑問が頭をよぎった。だから御幸に聞いたのだけれど、聞く相手を間違えたらしい。なんでも知ってるみたいな顔をする御幸に、なんだか腹が立った。そして、その馬鹿にしたような言葉を受けて、俺の返事に怒気が混じったのは仕方のないことだと思う。
「それはさ、つまり、お前が沢村の兄ちゃんみたいだからってことだろ?お前、沢村のこととなると周り見えなくなるし。ほんとブラコンだよなー」
「…、は、」
俺が、沢村の、兄貴みたい。
周りにはそう見えるのか。なんで。俺はそんなに、沢村に世話を焼いているだろうか。確かに同室のよしみで、朝起こしてやったりはしているけれど、そんなのどこの部屋でもやっているだろう。ていうか、俺、そんなに沢村のことで切羽詰まった顔をしたことがあるのか。
「うわ、もしかして無自覚?凄いな、ほんとに兄ちゃんみてえ」
「兄ちゃんって連呼すんな、気色悪い」
「じゃあ沢村になら呼ばれてもいいわけ?」
お兄ちゃん、って。
御幸はその意地の悪い性格をそのままうつしたみたいに、口角を上げて笑った。何を言ってるんだと反撃出来なかったのは、お兄ちゃんと俺を呼ぶ沢村を、脳内で再生してしまったから。そしてそれに、良いな、などと思ってしまったから。
「…お、見ろよ倉持、弟今体育やってるぞ、降谷たちと合同で」
「誰が弟だ、誰がっ……、て、」
「あ、」
元気に動き回る沢村を見ていた俺の表情が強張るのと、御幸が間抜けな声を上げるのは同時だった。サッカーをしていた沢村たちだったが、すばしっこく動く沢村からボールを奪おうと他の生徒がスライディングまがいのことをして、二人仲良くもつれ合って転んだのだ。
「あいつ、何やっ、」
「あのバカ!!!」
御幸が立ち上がって叫ぶよりも早く、怒鳴るように大声を上げて倉持は教室を飛び出て行ってしまった。
「あーあ、さすが兄ちゃんだな」
敵わねえや、とため息をつく。先生にはうまく言っておいてくれと同級生に頼みおいて、御幸も倉持の後を追った。


*


「沢村!!」
グラウンドへ駆けて行く。どうした倉持、なんて言われたけど気にしないことにした。
「…え、く、倉持先輩!?な、んでっ」
「窓から見えたんだよ。…ほら、乗れ」
野球部にしては少し細い足に大きな擦過傷ができていて、それが赤く滲んでいるのに思わず眉根が寄った。無理に歩かせないほうが良いだろうと考えて、沢村に背を向けてしゃがむ。
「は!?だ、大丈夫です!!それに俺重いですし!!」
「お前なんざ重くねーよ。いいから、乗れ」
「…ハイ」
背中にふ、と重みを感じた。遠慮がちなそれに苦笑しつつ、重いからちゃんともたれろと言ってやった。すぐにはい!と元気な声がして、背中全体にずっしりと体重が乗った。けれど、重くない。ちょっと前まで中学生だった沢村はまだそこまで筋肉がついていないからだろう。
まず水道まで行って、砂にまみれた傷口を洗ってやる。すいませんとすかさず謝られたが、気にするなといつものように笑う。
「ていうか、お前、もうちょっと気ィつけろよ、危なっかしいったらありゃしねぇ」
「は、はい…っ、これからは怪我しないようにしやす!!」
「よし」
沢村の濡れた足はそのままに、再び沢村を背負う。制服が濡れますよと言った沢村の声は無視して、保健室へと歩く。今日は保健室の教諭は出張でいないとの札がかかっていたが、とりあえず消毒だけはしようと足で保健室の扉を開けた。すると中には、御幸がパイプ椅子に腰掛けているではないか。
「御幸、お前どうして」
「お前、すっげえ足速えんだもん、さすが1番バッター。二人してグラウンドに行っても仕方ねーし、とりあえず薬の準備して待ってたんだよ」
準備をしていたと言った通り、御幸のそばのベッドには消毒液やら脱脂綿やらガーゼやらが置いてあった。全く、気の利く奴だ。
「ほら、沢村ここに座らせろよ」
「命令すんな」
苦々しげに言いながらも、沢村をそこのベッドに降ろしてやる。ちゃんと傷口は洗ってきたんだなと御幸が満足気に言ったが、俺は後輩の怪我も洗ってやらねえ酷い先輩だと思われているんだろうか。
「沢村、ちょっとしみるぞ」
「はい」
何故だかおとなしい沢村に、珍しいこともあるもんだ、と思う。御幸の手当はとても丁寧で卒がなく、本当に高校生かと疑いたくなった。
「これでよし。…沢村お前、もっと気をつけろよ?ああいうことされそうになったら、避けろ」
「よ、避け...!?」
「今日みたいに怪我してちゃーしょうがねえだろ。今日は走り込みすんなよ」
「えぇっ!?」
「ただの擦り傷とはいえ、痛いだろ。そこ庇って他んとこ痛めたりすっかもしんねえし」
「…なんかお前、言うことがお母さんみてえなんだけど」
「はっは、これでもお前の女房だからなー。」
「誰がだよ…。…あ、倉持先輩!!ここまで運んでくれてありがとうございましたっ!!」
「別にいーって。つかお前、ちゃんと食ってんの?スゲー軽かったけど」
「た、食べてます!!!吐きそうになるまで!!」
多分それは嘘じゃない。けれど、食べても食べてもあまり身につくものがないのだろう。以前御幸が、沢村と降谷はいくら食べさせても体重が増えないと嘆いていたし。
「とりあえず、教室戻るか…。沢村、ほら」
「ちょっ、く、倉持先輩っ、も、大丈夫だからっ」
「タメ口禁止。お前歩いてったら、違うとこ余計に痛めそうだし。ほら、早く乗っかれよ」
「うぅ〜…、はい……」
唇を尖らせて、すこし恥ずかしそうにして沢村は倉持の背に乗った。今度は最初から全部を預けてきている。その重みが心地好いと思ってしまうのは、なかなか重症だと心中で苦笑した。
『お前、沢村の事となると周り見えなくなるし』
その通りだ。御幸がとうに気づいていたことにはすこし苛つくが、御幸の言う通りなのだ。
沢村は馬鹿で、元気いっぱいで、そのくせ打たれ弱くて、泣き虫だ。だから、放っておけない。
沢村の兄貴みたいでも構いやしない。ブラコン?上等じゃないか。
だってもうこいつは、俺の大切な存在へとなっているのだし。




ほら、おいで
(甘やかしてあげるから)












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