「昨日、光雅くんから連絡があったよ。丙、目が覚めたって」

その言葉に銀司は糸が切れたマリオネットよろしく、座っていたソファにもたれた。

「……そう、か……なら、いい」
「正直、俺の時より銀のがキツいと思うねぇ……番でもなければ、他の男の元に置くしかないなんてさ」

しみじみと彼は憔悴しきった弟に語り掛けた。
尚もソファに体を預けたままの彼は、深い呼吸を繰り返している。

「まだ殴られて拒絶されただけの方がマシだよね。その上目の前で倒れられるとか、俺なら耐えられない」

一週間ほど前、彼は出先から戻るなり張り詰めた緊張が解けたのだろう、出迎えた金吾の目の前で膝を付き、喉を潰すような、しかし声にならない悲痛とも思える叫びをあげた。
主人の帰宅を聞きつけ、屋敷の人間が出迎えに来るのも時間の問題だったせいで、彼は急ぎ銀司を自室へと担ぎ込んだのだ。
おかげですっかり腰を痛めてしまったが、名誉の負傷であるとその痛みを慰めた。
彼の憔悴ぶりと言えば、その異様さに政次も驚きの声を上げ、酷く心配したように駆けつけたほどだ、こんな弱りきった彼など、もう何年も見ていないだから当然でもあるのだが。
しかし事情を聞けば喜んだ金吾とは裏腹に、政次は一発殴らせろだとか、いますぐ連れ戻せだとか興奮した様子だった。
今は二人ともだいぶ落ち着いただろうか、外ではしっかりと九条銀司として生きているし、政次も政次で渋々ではあるが納得しているらしい。

「俺は、また間違えたんじゃないかって……兄ぃみたいに、自分だけが傷つくことは出来なくて」
「何言ってんの、俺だって何度も政次の事傷つけてるよ、自分が傷つくよりずっとずっと痛いことも知ってる……けど、それでこそ俺の弟だよ」

丙がいなくなった今、銀司は遅くなっても毎日屋敷に帰ってきては、金吾と語らうことを繰り返していた。
過去、こんなにも兄弟だけで話すことはあっただろうかと考えるも、答えは否だ。彼の隣には常に丙がいたのだから。

「情報、掴めた?」
「それが随分とガードが堅いもんでね、当然と言えば当然なんだけどさ。でも、時間はまだあるだろ」
「……引き延ばせて三ヵ月って所だな」
「逆に考えれば、それでケリがつくんでしょ」
「ああ、でないと俺が耐えられない」

それもそうだろうと金吾は思った、銀司がどれだけ丙を想っているかなど彼には手に取るようにわかる。
彼は今まで自分の世界に閉じ込めて、大切に壊れないように扱ってきた宝物を一度自ら手放した、それがどんな結末を招こうと構わないとの決意で。
金吾はようやくそれが出来るようになったことに弟の成長を感じつつも、静かに誰も傷つかない未来が待っていますようにと願うのだ。




26話→

←back










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -