「丙、彼らは?」

光雅はただこちらをじっと見据えていた、呆然と、静かに。
怒りや侮蔑であればどれだけよかっただろう、そこですっぱりと関係が切れるのだから。

「友人の赤柳光雅と、その恋人の皐月さんです。偶然ですね、お久しぶりです」

ニコリと目尻の下げ方、眉の角度、細めた瞳まで計算された笑みを作る。
光雅であればこれが本当に笑っているわけではないということくらいすぐにわかるだろう、けれどこうすることでしか丙は誤魔化し方を知らないのだ。

「初めまして、九条銀司です。うちの丙がいつもお世話になっているようで」

握手を求め手を差し出せば、光雅はといえば条件反射のようにそれを返し、先程とは裏腹に微笑んだ。
皐月はといえば、銀司の目の前だからというのもあるのか、あからさまな敵意は向けてきていない。
しかし、歓迎されていない事だけはひしひしと伝わってくるような気がしてならなかった。

「赤柳光雅といいます、こちらこそ丙には世話になってばかりで……紹介します、パートナーの上杉皐月です」
「上杉皐月と申します、お会いできて光栄です」

彼は多くを告げなかった、銀司を見ても動揺する素振りを見せないのは常に光雅の顔を見慣れているからだろうか。

「丙はどうしてここに?こういう場所苦手だって言ってたろ」

むしろ目に見えて動揺しているのは光雅の方だ。なぜ、どうしてと聞きたいことばかりが頭を占めているのだろう、紹介をする時でさえ、皐月の方をチラリとも見ずにこちらを見据えていた。

「それは……」
「私の番であり妻として先方に紹介したかったんですよ」

丙の言葉を遮るように銀司が答え、そっと額にキスを落とす。

「なっ!?」

突然のことにまるで爆発したように赤くなった丙の顔、光雅が一度として見たことがないその変化に、ギュッと口元が歪められるのがわかった。

「っ……番で、妻……ですか。丙は……彼はそれを望んでるんですか?」
「……俺が望んでるよ」

銀司に投げられた問いを奪い、丙は答えた、何事も無かったように平静を装い普段と変わらない口調で。
光雅が痛いと叫んでいるように見えたのだ。これ以上ここにいてはいけないと本能が告げている。

「ひのえ……」

絶望に染まった表情でこちらを見つめる彼に思うのは、どうか怒りを向けてくれ恨んでくれ、という願い。
苦しめたいわけじゃない、こうなってしまった以上、光雅との関係は続けられない、だから互いの傷が浅いうちに終わらせなければならなかった。
光雅が気付いてしまったから。

「じゃあね光雅、皐月くん。行きましょう、銀司様」
「ああ。それでは、また」
「丙っ!」

手を伸ばし名を呼ぶ彼に振り向くことはしなかった。
いつかこうなることは理解していた、そもそも期限付きの関係だったのだ。
わかっていたのに胸が痛むのは、いつの間にか丙自身も光雅に情が移っていたのだろう。
友人として過ごした時間は決して偽りではなく、本物だったのだから。

「丙さん、ご結婚される相手がいらっしゃったんですね」

残された光雅はただ呆然とその場に立ち尽くすだけだった。
皐月の言った言葉は光雅の胸にザクリと刺さり、その痛みに片手でギュッと心臓の当たりを抑える。
目頭が熱くなるのがはっきりとわかり、呼吸さえも荒くなった。

「……こんなに苦しいのなら、知りたくなんて、なかった」

恋愛小説は光雅にとってよくわからないものだった。
一人の一挙一動に喜び、悲しみ、怒り、胸の痛みをも訴える。
理解できない文章に、一度くらいなら体験したいものだと鼻で笑っていた。

「光雅さんには僕がいます、僕だけは光雅さんのそばから絶対に離れません……光雅さん、僕らも番になりましょう?」

近くには自分を好いてくれる違う人間がいる、それなのに欲しているのは一人だけ。
恐ろしいと思った。
けれど同時に、止められないのだとも。

「……皐月、もう終わりにしよう」

光雅は皐月の方に向き直るとゆっくりと口を開きそう告げる。
空気が一瞬凍りつく、けれど今の彼には気付けなかった。
丙しか見えていないのだ、恋は盲目、それを具現化したように。

「こうが、さ……なに、いって……」
「身勝手でごめん、こんな終わり方でごめん……!」

それだけ言うと彼は皐月を置いて走り出した。
丙が去った方向へ、まだ残ったあの薫りを追って。






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