闇か、希望か

頬を撫でる柔い風に、自慢の髪が靡く夜は気分が良く気が付けば足は自然に甘味処へと出向いていた。サスケの帰りを待ち続けて数日が経つが、少し遅い気もする。何やら嫌な予感が胸中で騒めくがカカシさんが居るから安心だ、うちはの誇りである瞳力を彼は物にしているのだから。…とは言いつつも折角の休みを有意義に過ごそうと考えていたのに肝心のサスケは前文述べた通り数日間の留守中。財布の紐は案外緩い私、我ながら制御しなければと思うも生活に不自由ない資金を稼いでいるのだから仕方がないと納得してしまう。そんな休みにはサスケにうんと美味しい物を食べさせてやろうと思っていたのに。呑気にみたらし団子を一人頬張っていると見知った顔の人物に出会した。

「だらしねェ顔で団子食ってると、顔付きまで団子みたいになっちまうぞ。」

「…はァ?うっさいな。話し掛けてくんな。」

「相変わらず口が悪い。お得意の猫被りはどうした?馴染みのある俺には披露してくれねェの?」

「もう…何、鶴雅。暇してんなら他を当たってくれないかな。」

くいっと親指を後方に突き立てる彼が指す場は、私と彼の好物である焼肉の店を指していた。“金が入ったから付き合えよ”何て言う口車に乗ってしまう私もまだまだ未熟な忍なものだ。

「……………」

「はむ、…ッ何…、アンタも食いなさいよ。女の私だけこんなに頬張ってたら周りの目が気になる。」

呆れた目を私に向け、圧倒的な食欲を見せ付ける私に圧巻されている彼は全く箸が進んでいなかった。肉の中でも特に好物な部位である特上ハラミをこれでもか、と言うほどに腹に蓄える。…フン、鶴雅の金なんだ。遠慮する仲でも無い。

「嗚呼ー…、そうだ。そういや今日は弟くんはどうした?別行動なんて珍しいじゃねェの。」

「弟じゃないって何度言ったら分かんの、サスケも晴れて下忍だ。任務でこの里には居ないよ。」

「晴れて下忍とか言われても俺は実際そのサスケって奴の事を目にした事がねェからな。ま、忍への第一歩を歩み始めたって所か。」

「正直…周りからは仲が良い姉弟に見えるかも知れない。実際私はサスケの実力とかそういうの、あまり分かっちゃいないんだ。素質があるのは確かだけど。」

威勢の良い箸の動きが徐々に劣える、無理もない。サスケの事を考えてしまうと己でも分かる、自分が雲行きの怪しい表情をしている事くらい。私もだけど彼は私以上に傷が奥へ、奥へと侵食してしまっている。実兄に一族…そして家族をも崩壊されたんだ。私の傷と比例出来ない程の傷を彼は患っている。家族も失った彼に対して、私が出来る事。たった一つしか無い。

「そのサスケって奴もだが、ニイナ。お前もうちは一族の末裔だ。お前達の血を巡って良からぬ事を企んでいる輩は存在するだろう、その“瞳”を巡ってな。」

嗚呼、そうだ鶴雅。アンタに言われなくともそんな事くらい承知済みだ。…だから私は兎も角サスケの命が狙われないよう、そしてサスケが悪へ染まらない様、今の私が居るんだろう。無意識に拳が力んでしまう、何とも言えない空気感になってしまった。騒々しい店には似つかない雰囲気を発してしまっては周りの視線が又もや此方へ刺さる。頭をポリポリと掻き、大きな溜息を吐く鶴雅。かつての暗部内での相棒だった鶴雅は、暗部で感じ取った闇を知り、暗部の身から離れた。いけない、この場をどうにか和まさないと。

「…阿呆、アンタが私を心配するなんて百年早いんだよ。アンタに心配される前から分かりきってた事だから。ほら!それに知ってんでしょ、私の実力を鶴雅が一番分かってる筈。」

「嗚呼…その生意気な口は気に入らねェがお前の実力は認めてやる。女でありながら俺の好敵手であるニイナ、簡単に死なれちゃァ困るからな。」

衝突から始まるが、最後は互いに笑い合って、次の予定も決めずに別れを告げる。世の中こんな軽い人間付き合いばかりなのなら楽なのにな、何て餓鬼らしい発想を抱きながら我が家に帰宅する。…行きつけの焼肉屋に食べ放題のシステムは無く単品注文型。お会計の際に目を伏せながら鶴雅に礼を言うのはいつもの事だ。

「…ただいま〜」

電気も点けず暗闇の廊下を進む。折角シャワーを浴びたのに焼肉の匂いが髪にまでこびり付いてしまっていた。何だかんだ言って結構な時間長居してしまっていた様で時刻は二三時である。明日も任務は無く特に決まった予定も無いので、湯でも沸かして久方振りに半身浴でもしよう。リビングの照明を点けてみたらーーーー

「…いつ帰って来てもいい様に、風呂沸かしてトマトスープ作ってるんじゃなかったのかよ。」

「サスケ…、帰ってたんだ。」

ソファに脚と腕を組みながら眉間に皺を寄せている御立腹な御様子のサスケの姿が。汚れた衣服に額当ては未だ身に付けた侭。帰って来て間もないのか?…否、ここまで御立腹なんだ。きっと私の帰りを待ち続けていたに違いない。

「お帰り、…それとお疲れ様。御免ね、私も休みだったから少し羽伸ばしちゃってた。今からお風呂沸かしてる間にスープ作るからゆっくりしてな?」

「羽伸ばし…?珍しいな。こんな遅くまで何処に行ってた。」

アンタは私の男か、と思わず突っ込みたくなったがそんな突っ込みを入れてしまえばウスラトンカチ!と欺かれるに越した事は無いので辞めておいた。珍しい、と言われるがこんなに詮索してくるサスケも大概珍しい気がする。幼い頃は私が少し外出しただけで涙目になって寂しがっていたけど、今は訳が違う。この子ももう子供じゃない、以前に比べれば干渉して来なくなった。その部分で色々と助かっている所はあるけど。

「同期とご飯行ってただけだよ。サスケが心配する様な事は何も無い…ーーーー!!」

私は何も可笑しな事は言っていない、真実を告げただけ。普通に会話をしているつもりだったが、背を向けてしまっていた所為だろうか。気に食わなかったのかな?湯を沸かしに行こうと風呂場へ向かう途中であったがそれも無理なく拒まれる。いつのまにか私の背に追い付いた彼は私と変わらない身長になってしまっていた。徐ろに視線は自身の腹部へと移行、暗い廊下に浮き立つ彼の白い腕は筋肉が増していて男性そのものの手つきになっていた。鼓動が早い、何か苦しいのサスケ。彼の胸中へと埋まってしまった私。嗚呼、考えた事なかったな。抱き着かれるのではなく抱き締められる、日が来るなんて。

「…今思えば俺はニイナの事を知っている様で何も知らない。これだけ一緒に過ごしていたのにも関わらず。ニイナがどんな任務をこなしているのか、ニイナがどんな戦い方をするのか、ニイナがどんな奴等と戦っているのか、ニイナがどんな奴等と仲が良いのか、ニイナがどれだけ無理をしているのか…俺は何も知らねェ…、」

腹部へ力が込められて少し息苦しい程にまで到達した。サスケの長い髪が頬に掠って擽ったさも生じる中冷静を保てる訳が無い。彼の鼓動に追い付く様に自分の鼓動も速度を上げているのが分かる。三つ下の弟みたいなこの男の事を、異性として意識してしまっている自分がいる。身動き一つ取れないなんて情けない。

「教えてほしい事があるのなら教えるし…でも、サスケにはまだ早い事もあっーーー」

「子供扱いするな!俺は…俺はいつまでも子供じゃねェんだぞ!」

「サ、スケ、…眼…」

怒鳴り声にも似た声量と勢いを増されては反射的に振り返ってしまう。暗闇に映える赤い瞳ーーー、写輪眼。一体あの任務で何があったの、真っ先に問い掛けたくて仕方ない。だけど、今問い掛けても彼は応えてくれないだろう。闇に蠢く瞳孔は恐怖を感じられない、一般人から見れば恐ろしい眼だろう。同胞だから?違う、サスケの眼だから。綺麗で鮮やかだと、受け止める。目尻から頬にかけ、指を這わせてみる。彼の顔に触れるなんていつ振りだったかな、思い出してみれば背が小さい君しか浮かんで来ない。その位遠い記憶の物だった。

「…任務の内容はね、暗殺を主に行っている。」

駄目だ、身体が、声が震えてしまう。

「今まで、何人の忍を殺めて来たか…自分でも分からない。」

サスケの前だから、胸張らなきゃ。

「あんまり…残酷な殺しはしたくないから幻術で相手を嵌める、それが叶わないのなら…武器を使っていつも戦ってるよ。」

どうして涙腺が緩んでいるの。

「残虐な人間、時には罪の無い人間、邪魔な人間、色んな奴を殺すんだ…殆どは屑みたいな忍ばっかりかな。」

君の綺麗な白い腕に私の汚い涙が次々と、

「心を開いているのは…、実は二人しか居ないんだ。でも、一人は戦死しちゃってさ。」

涙は一度溢れてしまえば抑える事は出来なかった。

「……ッ無理は、してるつもりなんかないって自分で言い聞かせてた…でもやっぱりしんどくてさ…でもサスケを護らなきゃって思うと、…無理しちゃって。嗚呼…コレが無理って言うのかな。でも私の原動力はアンタで成り立ってるから、さ。」

何格好悪い姿見せてんだ、私。任されたじゃないか、あの時…託されたじゃないか。あの男の大切な宝物を。なのに余計な事をベラベラ口走ってしまったお陰で弱い部分を曝け出してしまった。もう駄目だ、サスケに軽蔑されても無理はない。今まで見栄張って来たのが暴露てしまう、忍ってこんなに柔で脆いものなのかって思われてしまう。

「ニイナ」

覚悟は決めた筈なのに。いざ名前を呼ばれてしまっては肩が大袈裟に上下に反応する、今から罵声を浴びるのか。可愛い可愛い弟の様なサスケから。

「俺が何故、日々修行を怠らない理由が分かるか。」

「…イタチを殺す為、」

「それは大前提だ、…俺は復讐する。ニイナを護りながら、復讐を成し遂げる。成し遂げた後もだ。お前を護り抜きたいからに決まってるだろ…俺より大人ならその位分かれよ、ウスラトンカチ。」

やがて涙は止まる。罵声とは真反対の言葉が幾つも並べられ、況してやそれは私が思ってもみなかった回答だった。少なからず私の事は特別視してくれている事には勘付いていた、が。まさかそれ程意志が固まっているとは考えた事も無かった。いつのまにか私は見誤っていたらしい。彼の本質を。彼は子供じゃなかった、成長段階ではあるが餓鬼ではない。いつまでもお守りをしなくてはいけない餓鬼ではない。弟の様な存在ーーー立場が逆転するのも時間の問題なのかもしれない。

「…本当に今まで悪かった。お前から目を背けていたのは紛れも無い事実だ、何処か…触れてはいけない気がした。だが、これからはもう目を背けない。お前の事真っ直ぐ見てやる、お前が涙を流す前に俺がお前の重荷を背負ってやる。俺はニイナの笑顔が見ていたい。」

「波の国で何があったって言うの、サスケ…いつのまにかこんなに格好良くなっちゃって。ーーーこれからは沢山話し合おう。顔を見て、眼を見て、お互いの事沢山知る事が出来たら良い。」

「嗚呼…俺も話したい事、聞きたい事が山程溜まってやがる。」

こんなに泣き腫らしたのはあの日以来だった。涙を流す感覚さえ覚えてなく、涙を流すだけで何だか思い出に浸ってしまった。湯を浴び、美味いと食事を堪能してくれて、彼は任務での疲れを徐々に癒していた。当たり前の日常だった筈なのに、保たれていた距離感が一気に縮まった気がする。全て彼が歩み寄ってくれたからだ、本来ならその行為は私がすべき行為なのに。

「ふゥ〜…泣いた後のお風呂はスッキリする。サスケ、明日なんだけど…」

何だ、話したい事が山程あるとデカイ口を叩いていた割には先程の威勢も消え失せて彼はもう夢の中へと旅立っていた。

「…ッたく、矢っ張り子供なのには変わらないか…」

ツン、と頬をつついてみる。弾力性のある陶器肌は女の私からしても羨ましい心地で、それ以上に愛らしく感じていた。規則正しい寝息は此方にも睡魔を襲わせる程。…余程疲れていたんだろうな、明日は一杯話を聞いてやらないと。それから一緒に買い物にでも行って、たまには外食もしてサスケを甘やかせてあげたい。

「有難う、サスケ。私だって、サスケの事沢山知りたいよ…」

夢で会えたら、いいなぁ何て思いながら。ゆっくりと睡魔に身を委ねて。


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