団扇を背負う者

「…どうして、どうしてなの。」

「そうか。まだ…お前が残っていたな…ニイナ。」

闇夜に包まれる我が集落は絶望に満ちていた。長くに渡る古の歴史に幕を閉じる瞬間である。平穏な民の姿は今となっては亡骸に過ぎない。辺りを埋め尽くすは赤ーーー、赤、赤ーーー、血。夢だ、これは何かの悪い夢だ。誰かの悪戯で悪夢の様な幻術にかかっているだけだ。信じたい、幼き私は無謀な願いに身を縋るしかなかった。

「あれだけアンタはこの一族を愛していた、家族を何よりも大切にしていた…そして何よりもこの里を愛していた!なのにどうして!」

信じ難い現実を胸に無理にでも刻み込まなければならない。同僚、そして同胞でもあった。ーー何より私の第二の家族みたいなかけがえのない人物でもある。兄の様に慕い、そして物心がついた頃には彼の事を異性として盲目してしまっていた。うちはイタチーーーー、今ならくだらない幻術だと言って解いてほしい、そして何時もの様に困った笑みを見せてほしい。

「今更お前に何も語るつもりなどない。俺は抜け忍となりこの世界から最も恐れられ脅威な存在となる。」

「ねえ、またいつもみたいに私やサスケから逃げる気?今回は逃げて済まされる問題じゃないんだ、理解出来ない…何でイタチが…」

「…ニイナ、お前は矢張り所詮はまだ子供だ。サスケと何ら変わらない。サスケと同様にお前も憎しみに囚われ、生にしがみ付くといい。」

「馬鹿な事言うな!…そんな偽りの言葉並べたって…、何か事情があるんでしょ?アンタが、イタチが…こんな残酷な事簡単に出来ると思えない…」

希望の一筋が見えた気がした。綺麗なフェイスラインに光る彼の一筋の涙はやがて血の海へ溢れ落ちる。どんな感情に対しての涙なのか私が知る術も無いが僅かながら期待は持てた。矢張り只の残虐では無い、彼の事だ。何か誰も知ってはいけない様な内密な事が行われてるに違いない、そう信じたい。

「全ては里の為、そして何よりもサスケーーーニイナの為だ。」

「一から説明してよ!そんないきなり唐突に言われても訳が分からない、ちゃんと話して!…私、イタチの事を信じたい。誰よりもアンタの事理解してあげたい、確かに子供かも知れない、…けどこんなの…サスケが目を覚ましたら何て言えばいいの…」

「だからニイナ、俺は既にサスケの兄として失格だ。お前が誰よりもサスケの隣で、誰よりもサスケを支えてやってくれ…」

私の背には意識を失っているサスケの姿が在る。当分は目を覚ます心配は無いが、時間の問題では無い。この辛く重すぎる現実はいずれサスケだけではなく、里中にも知れ渡る。その悲劇と同時に私の目の前の男は指名手配犯となってしまう。駄目だ、幾ら思考回路を巡らしてもこの悪夢からは何も塗り替える事は出来ない、叶わない。取り返しのつかない事とは、正にこの事だ。涙は枯れる事を知らずに無数の粒が頬を伝う。身体中に様々な人間の血を浴びていて気持ちが悪い。丸で生と死の境界線に居る様だ。ここは現実世界なのかどうかも疑ってしまう。

「…アンタに言われなくてもサスケの事はこの命に代えても守るつもりよ。でもね、イタチ。この現実を見せ付けられても私はアンタをきっと憎めない。その涙を見てしまった、アンタは里の為、私達の為と語った以上…アンタを殺す気も失せる。」

彼の涙を目にするのは最初で最後となる。そんな貴重な涙の意図は矢張り子供の私には理解出来なかった。しかし、何重にも重ねた返り血を浴びている彼を見ても極悪人には見えない。私の初恋の忍は最初から最後までよく分からない人だった。何を考えているかいつも読めなかった、アンタの笑顔に、アンタの優し過ぎる瞳にいつも甘えていた私はアンタの心の内に潜む闇から眼を背けてしまっていたのだろう。もしも私が最初からアンタに向き合えていたら、こんな悲劇を生み出さずに済んだかもしれない。彼はというと、真相を語るつもりは毛頭無いらしい。どんなにしつこく強請ってみせたって自分の決めた意志は曲げない人だったな、イタチは。

「…最後に俺の我儘を聞いてくれて有難う。お前にはいつも感謝している。後、もう一つ。ツーマンセルを組んでいたお前に最後の任務だ。」

赤く染まり上がった血を踏み場に、彼はゆっくりとこちらへ詰め寄ってくる。名高きうちは一族を一夜にして抹殺した男に恐怖の一つも無いと言えば嘘になるが、私は拒む事無く彼の言葉を純粋に待った。目の前に来たイタチは、いつものイタチで紛れも無いうちはイタチ。優しさに満ち溢れた私の大好きな人。

「お前と対峙してから今この時まで、俺達は何も話していない。お前は闇に呑まれてはいけない、まだ全てを知るには早過ぎる。」

「…そういう事ね。任務と言われたら全うするしか無い。でもイタチ、このままだとアンタはーーー」

ドクンッーーーー!嗚呼、彼お得意の幻術に嵌ってしまったみたい。矢っ張りこの男相手に油断は禁物だったか、写輪眼を発動しておくべきだった。薄れる意識の中、微かな温もりが頬に伝わる。私が良く知っている温もり、亡くした両親の物よりも遥かに鮮明に覚えているこの温かさは紛れも無い貴方の物。私しか知らない、貴方だけの物。次に唇に熱が伝染する、ーーーー嗚呼。私の初恋が実ったって事で解釈していいのかな。朦朧とする意識の中必死に思考を巡らす。何故こんな形で神様は私達を結ばせるのだろう、どうして神様はイタチに過酷な試練をいつも与えるのだろう。イタチがいつ、何をしたって言うの。そんなもの私が幾らでも身代わりになってやったのに。…自分の弱さだ、イタチに踏み込めずにいた自分の愚かさの所為でイタチが何もかもを背負う羽目になってしまった。頭がクラクラする、イタチに抱き締められて、イタチに最初で最後の口付けをして貰えて、私はきっとーーーーーこの世界で今一番最も不幸で幸福な女だ。




「殺す…兄さんを、否…イタチを、あの男を必ず…」

数日後。サスケの精神的ダメージも回復が見られ正常な意識を保てる様になり、二人でうちはの集落の跡地に出向いていた。人の気配は勿論私とサスケ以外には感じられない。イタチはというと、彼の言う通り木ノ葉の里や最早全国にまで悪名として知れ渡り指名手配犯と陥った。私の左手を握る力が一層増し、瞳に宿すのは憎悪そのものの隣に立つ少年。

「あの男を殺して…、そして今度はボクがニイナを守る。父さんや母さん、一族を皆殺しにしたのも勿論、ニイナを悲しい目に合わせて泣かせるなんて許せない。」

「サスケ、有難う。でも大丈夫だよ、私がサスケを守るから。」

幼きながら堅い誓いを交わした。私は兄弟二人と、死んでも守り抜かなければならない誓いを。


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