前田慶次、もう一つの名を如月棗という男がいる。如月棗の名は信じがたいが、前の世の名だとあいつは笑って言っていた。

初めて会ったときは、秀吉様や半兵衛様に対する態度が許せなくてついきつく当たってしまっていた(今思えばなんと子ども染みた感情だったのだろうか)。しかしあいつは、慶次は私が睨もうが怒鳴ろうが飄々とした薄い笑みを浮かべるだけだった。それが気に食わなくて、また怒鳴り散らして薄い笑みを見ての悪循環。
ふと我に返ってみれば、自己嫌悪の嵐で。慶次は悪くない、私がただ気に食わないだけで突っ掛かった。今考えてみればかなり危険な行動だったと思う。
私はただの拾われた子どもで、初陣も済ませてはいない。慶次は豊臣に無くてはならない兵士で、重要な立場にいる人間。他の軍ではきっと殺されてしまうほどの言葉を投げ掛けてしまったのに生きているのは、慶次にとって私の言葉など子どもの戯言程度にしか聞こえていないんだと自己完結するくらいしか分からないけれど。多分そうなのだろう。あいつに優しさなど無かったのだから。

振り返ってみると、慶次と過ごした時間は十年以上経っているが時折あいつはどこかを見つめ悲しそうに笑う。それは大抵私たちがいないときなのだ。私は初めて見たその笑みは、薄い笑みを浮かべる慶次より嫌いだった。なにより苛立ちに似たなにかを感じた。けれどそれよりも慶次が儚く消えてしまいそうな…そんな感情が溢れそうになった。

(私には言えないことなのか…?)



慶次の悲しそうに笑う理由を知りたくて半兵衛様に伺ってみると、半兵衛様も悲しそうに笑われた。

「慶次くんのあれはね、周りがなんとか出来るものじゃないんだよ佐吉くん。あれは誰にも治せない不治の病みたいなものだから…」
「…病…。け、慶次が悲しそうに笑うのは病なのですか?」
「うん、病。医者にだって治せない、うんとタチの悪い病なんだよ。って佐吉くんには少し難しいかもね。もう少し大人になって、大切な人を失ったとき佐吉くんも同じようになってしまいそうだけど」

君と慶次くんはとってもよく似ているから…。そう悲しそうに顔を俯けた半兵衛様の声は泣いているかのように震えていた。


あのときは分からなかった言葉も今は、分かる。慶次は友を亡くし、弱き自分が許せなくて…それであんなにも泣きそうな顔をしていたんだと。
強がっていないと芯から崩れてしまいそうな男だから。
だから、私は…。

+--+--+--+--+--+--+--+
「ぅ、んっ」
「すぅ、」

いつの間にが寝ていたようだ。しかし随分と懐かしい夢を見たものだ。


私を抱き締めたまま穏やかな表情で眠るその顔に両手を合わせる。

「慶次、泣くな」

貴様が涙を流すのなら、私が涙を拭おう。仲間が傷付くのが嫌なら、私は貴様の仲間を守ろう。一人で寂しいのなら、私がずっと側にいてやろう。

「貴様に笑んで貰うためなら、私はなんだってしてみせよう」


初めて出会ったときのような悲しい目はやめてくれ。貴様には、向日葵のような…そんな笑みがよく似合う。



普段は素直に言えないけれど…。

(貴様が二度と悲しい病に犯されぬよう私が守る)
(だから貴様は馬鹿みたいに笑って側にいろ)


<< >>


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -