雨上がりの空を待って(3) 出動回数は4回、それも小規模災害での事だったので割合早めに終わり、今週は市民に一人も犠牲が出なかったのは幸いだった。 「雨のおかげで火災はそれほど広がりませんしね。冬場を考えれば不幸中の幸いでしょう」 「違いない」 冬場はどうしても空気が乾燥気味なので火災が大事になりやすいのだ。 「その代わりスリップ事故が多発してるけどな」 「高速での玉突き事故が怖いですね。でも今週は誰も犠牲者が出ませんでしたし」 「だな」 今日もまた細く長い雨が降っている。 虎徹が蜘蛛の糸みたいだなと言っていた、白く光る雲の間からほとほとと零れ落ちるように降り注ぐ雨の事だ。 雲はそれほど厚くなく、時折青空が覗くこともある。そろそろ梅雨も終わりなのだ。 今週末は虎徹のフラットの方に身を寄せることにした。 虎徹がもう一度フリーマーケットに行きたいと言ったからだ。 「長靴は兎も角、大きな傘が欲しいんだよ」 余り傘を持ち歩かないタイプなのに何故かそういう。 特に何事もなければ、明日の午後、件の植物園に行きたいのだという。 「青より紫が多くなってると思うよ」 「紫陽花の色が?」 「咲き始めの頃は青いんだけど、だんだん赤みが強くなるんだ」 「土壌が関係してるんでしたっけ」 「んー、普通に咲いた花が変化するのは単純に老化現象だと思ったけど、まあ肥料ン中のアルミニウムの量だとか言ってたなあ」 「どなたが?」 「かーちゃん」 成程。 バーナビーが一つ頷く間に以前も行ったフリーマーケットがある。 隔週土曜日に行われているというそれは、ブロンズステージではお馴染みのものだ。 日用雑貨は大抵ここで揃うと虎徹は言っていた。 「復帰したとき、湯船をここで調達したんだぜ? 新品買ったら大した値段になるから」 「アンティーク調ですが大きくて虎徹さんちのバスは好きですよ」 「それでも一緒に入らないからな。狭苦しい」 釘をさされてバーナビーは肩を竦める。 虎徹は沢山無造作にドラム缶に刺さっている傘を物色し始め、ショッキングピンクのものを見つけると引っこ抜いてバーナビーに差し出した。 「これなんかどう?」 「僕のイメージカラーはピンクじゃなくて赤だと思うんですけどね」 「傘で赤だとちょっと暗いかなと思ってさ。俺のも緑じゃなくて黄緑で選ぶ」 「うーん、いっそのこと透明では?」 「それは面白くないだろ」 でも一理ある、と虎徹は白と透明な部分が交互にある傘を見つけ出して広げていた。 バーナビーも柄の部分が日本刀のようになっている傘をみつけて、捻くりまわす。 折紙先輩が喜ぶだろうなと思った。 「レーザーブレイド調のもあるけど、まージョーク品だから中は普通の黒だな」 結局、最初に選んだショッキングピンクよりは幾分大人しめのピーチピンクの傘と、リーフグリーンの傘を選んで買って帰る。 ついでなので帰りはなんとなく二人でさして帰った。 ブロンズステージは上空にシルバーステージとゴールドステージがあるのでそれが天蓋となり、十分雨よけになっているのだがたまに虎徹の家の前の通りのようにぽっかりと上空が開いている場所もある。 それでも虎徹があまり傘を携帯して出かけないのは、多分ヒーロー活動を行うという生活の一種の習慣なのだろうとバーナビーは心当たった。 実際自分も傘をさす習慣があまりない。単純に邪魔だからだ。 虎徹が鼻歌を歌いながらくるくると器用に傘を回し、自分の家へと帰る道のり。 ふと足を止めてバーナビーは先に行く虎徹の回る傘を見た。 なんだか不思議な気分だった。 突然胸が痛くなるほど思い知る。ああ、僕は彼を気が狂うほど愛していると気づくのだ。 こんな些細な事で、愛おしいと。 「バニー?」 なんだなんだと振り返って手を差し伸べてくる。 自分に手を差し伸べてくれるこの存在が、ただただ嬉しかった。 「改めてみると引くよなー」 虎徹が苦笑しながらローションの瓶を並べていく。 虎徹の家にはノートパソコンが一つあり、そこの履歴に思い切り「アナルセックス」と表示されていたのでバーナビーは自分のことでもあるのに一瞬怯んだ。 「ローションお勧めで検索かけて、良くわかんないから片っ端から買ってみたんだ。あんまり高いのはパスったけど」 「これってベビーオイルですよね?」 「それがその、専用じゃなくて一番いいって言うから」 え、何処に聞いているのだとノートパソコンを見てみたら、メジャー検索サイトの質問掲示板に普通に書き込んでいて正直呆れた。 「WTってハンドル、良くないですよ」 「判るわけねーだろー。大丈夫だって。大体俺が受ける側とは書いてないもん。後書き込んでから知ったんだけど、滅茶苦茶同様な質問多いのな。やったことないんで指南よろしくって書いたお陰か別に怒られはしなかったけど」 大体ここでな、俺がやる方のいろはは了解した。こっから先はお前が覚えるところ。でもって初心者の体位ってやっぱバックだとよ。 「ほら、お前のあのやり方じゃ大惨事決定じゃねーか。もうちょい互いに慣れてからだな。まーお手柔らかに頼むぜ」 バーナビーは苦笑しながら、僕も一応調べてたんですけどねえと言う。 「虎徹さん一人でやれます? 僕真面目に手伝おうと思ってたんですけど」 「ゼッテーヤダ。例え俺の方がめんどくさかろうとお前の手は借りねぇから」 「はいはい」 軽く肩を竦めていなした後、バーナビーはコーヒーを淹れに行った。 虎徹の家のキッチンを使うのは久しぶりだ。 「まーじゃあ、楽しみに待ってます」 「お前の方が覚えること多くて大変な気もするけど、なんか余裕な態度。まーバニーはなんでもそつなくこなしそうだもんなー」 虎徹がそういうと、そんなことないですよとバーナビーは言った。 淹れたてのコーヒーを二つマグカップに注いで、虎徹に手渡す。 熱いそれを啜りながら、「だって怖いですから」と言った。 「お前が?」 「痛めたくないですから。虎徹さんの身体、傷つけるなっていった僕が傷つけるわけにはいかないでしょう?」 まあ、ゆっくりやりましょう。時間は幾らでもあるんですから。 「あんまり僕に気遣わなくていいですよ」 「でもお前溜まらない?」 「え? うーん、大丈夫ですよ。別に僕だってそんながっついてる歳でもないですし」 「割合淡泊なんだ」 「うーん、それもなんかちょっと違いますけどね」 なんにしても。 「僕はいまこうして虎徹さんと一緒に過ごせるだけで十分満足ですよ」 そう言いながら徐に自分の唇を彼の頬に寄せてキス。 それだけで虎徹は口を押えて真っ赤になってしまい俯いた。 [mokuji] [しおりを挟む] |