A secret novel place | ナノ
夏から秋へ(8)



 虎徹さん・・・・・・。
その声はきっと声にならなかった。
ただ、熱い涙が頬を伝っていく。誰かが手を握り締める。強く硬く。
そして目を開けると、顔をくしゃくしゃにした虎徹が自分を覗き込んでいてバーナビーは幸福感に目が眩むかと思った。
「バニー、バニー!」
 どうしたんだ、こんなに泣いて。どんなに悲しい夢を観たんだ? バニー、大丈夫だよ成功した。さっき声を上げて泣き出した。
「赤ちゃん目を覚ましたよ。よくやったバニー、お前があの子を救ったんだ」
 皆殆ど同時に目を覚ましたのに、お前だけ全然目が覚めなくて本当にどうしようかと思ったと虎徹は言う。
「皆さんは?」
「先生が大丈夫っていうからもう皆帰った。朝から始めて4時間程度で皆は目が覚めたんだけど、お前だけずっと目が覚めなくて――、先生はバニーがマスター役になってるだけ、目覚めるのにマスターだと24時間ぐらいかかるかもって言ってたけどさ」
 それにお前途中からずっと涙を流してて、どんなに悲しい夢を見てるんだろうって思ったら居てもたってもいられなかったのだという。
「今何時ですか?」
「もう直ぐ0時」
「うわ、15時間睡眠! 良く寝たな」
「驚くところそこ!」
 虎徹がどんな夢を見てたんだよと聞く。
「覚えてません・・・・・・。でも悲しい夢じゃなかったと思います。どっちかっていうといい夢だったと」
「え、嬉し泣きなの?」
「そうかも」
「マジかよ」
 なーんだ、心配して損したと虎徹が伸びをしながら言った。
「赤ちゃんは?」
「お母さんと病室に居るよ。会いに行く?」
「迷惑でしょう。さて、帰りますか」
 じゃ、先生に挨拶だけして・・・・・・あとロイズさんに連絡いれとこうと虎徹は自分のPDAを操作する。
部屋から出ると丁度医師が様子見に戻ってきたところで、二人は簡単に挨拶して病院を後にした。



 中一日挟んで二日後に、ヒーローたち全員に件のN.E.X.T.の赤ちゃんが回復した旨が伝えられた。
感情にまつわる全ての基盤を放出してしまった為に空っぽになっていた彼は、ヒーローたちの精神と接続することによって再び自分の精神基盤を確立した。
こうして意識を回復した彼は暫く経過観察は必要だというが、恐らくこのまま普通に何事もなく成長していくだろう。
ブルーローズ等は「そんな事ってあるんだね」と変に感心していたようだが、近頃とても積極的になった。
 ヒーローたち全員が海に行く特番は却下されたが、BTBの再結成企画が持ち上がったのをきっかけに虎徹に「現場を見に行きたいから付き合って」と連絡が来た模様。
「なんだか良くわからねえけど、来週ちと、ブルーローズと砂浜行ってくる」と虎徹が報告してきた。
「なんで砂浜?」と聞くと、新曲がお疲れサマー的な何からしいとのこと。
「ビーチバレーでもやらされんじゃないの」
「どうでしょうかねえ?」
 アニエスの企画だから信用ならない。あいつ本気で無茶言いやがる。でも多分ダンスよりはマシと虎徹が言ったのでバーナビーは笑った。
「ズレましたよね、本番は絶対あわせてくるって僕ブルーローズさんに言ったのにズレましたよね?!」
「ビーチバレーならズレない。ずれてもわかんないからダイジョーブ」
 そういう問題じゃないんですけどねえ。
トレーニングの合間、休憩がてらジャスティスタワーのハーフバルコニーに出ていた二人は同時に肩を竦めた。
「ブルーローズさんの気持ちに気づきましたか?」
 うんと虎徹は頷いた。
「積極的になったな、あいつ。でもって勘ぐられるのには少々うんざりしてたから理由が判って俺的にはすっきりした。別にいいよ。でもこんなオッサンに懸想してもいいことないわな」
「僕もじゃあ同じ穴の狢ですね」
「お前はいいんだよ、俺が好きなんだから」
 バーナビーはまじまじと虎徹の横顔を眺める。耳が真赤になっていた。
「虎徹さんも・・・・・・随分積極的になりましたね・・・・・・」
「悪いかよ!」
 いいえ、凄く嬉しい。
バーナビーは虎徹の肩を抱きしめる。虎徹はここはヤバイ、一応観られてるからとやんわりとバーナビーを押しのけた。
でもその仕草が優しくて、そして潔くて嬉しくなる。
何も覚えていないけれど、きっとあの赤ちゃんを助けに精神世界を旅して皆何某かの答えを出したのだろうと思う。
虎徹が出したのはきっと、自分に対する答えだったに違いない。
 今はこれで十分だ。いや、本当に十分だと。
そして自分自身も多分きっと変わった。
いつか虎徹は全て自分に話してくれる。そして自分はそれを待つことが出来るだろう。
「お前さ、泣いてたじゃん」
 虎徹が不意にそう言う。
ずっと遠く海のほうを眺めていたバーナビーは風にかきあげられるほつれ毛を右手で撫でつけながら虎徹の言葉に「え?」と言う。
「目覚める直前、すげー泣いてたの。あんとき。俺ぎょっとしてさ・・・・・・」
 夢っつーかあっちの世界の事覚えてる? と虎徹が聞くので「いいえ」と返す。虎徹は一つ頷いて「だからお前がすげー悲しい夢見てると思ってたの!」と言った。
「大変だと思った。お前がこんなに泣くんだもん、すげえ悲しいモン見てるのかって思って」
 だから俺はどうしたらいいか本当に悩んでたんだという。
「でもお前起きてさあ、嬉し泣きだっつーんだもんよ、拍子抜けしたわ」
「虎徹さんはどんな悲しい夢を僕が見てるんだって思ったんですか?」
 バーナビーは聞く。虎徹はそんな事聞かれると思ってなかったというようにきょとんとした顔をした。
それからじわじわとしまったというような当惑顔になっていったので、バーナビーは虎徹の右手を左手で握り締めた。
虎徹がそのまま逃亡してしまわないように。
「教えて?」
 そう聞くと、虎徹は長く逡巡していた。
バーナビーは虎徹の事だからはぐらかして逃げるかなと思っていたらそうではなかった。逡巡した挙句、「怒らないで聞いてくれる?」と小さく小さくそう囁いてきたから。
「俺の減退の事、お前がいずれそうなるかも知れないこと・・・・・・」
「他には?」
「・・・・・・マーベリックさんのこと。お前に俺たちが誤魔化してしまったこと。答えが出なかったこと――」
「虎徹さん・・・・・・」
 そんな抽象的な答えの隙に逃げるかと思っていた虎徹はやっぱり逃げなかった。
代わりにぼそぼそと自分の胸のうちを語る。語っていく。
それは新しい虎徹の姿すぎてバーナビーには奇異にうつった。でも同時にこうも思った。
ああ、虎徹さんはついに吹っ切ったのだろうと。どんな心境の変化でもいい――、今始めて本音を聞かせてくれているのだということを。

 グロテスクで容赦ないこの世界から逃れようと足掻き、苦しんでいるのが判っていたのに、俺はそれを助ける事が出来ない。あんなに努力して頑張って、頑張ってきたのに奇怪な枠組みがお前をいつでも俺の落ち込んだ同じ穴に引きずり込もうと待ち構えている。
「俺、本当にもういやだったんだよ。俺じゃなくても、俺と同じように苦しむところを観るだなんて、嫌でいやで堪らなかった。だから俺は蓋をしてた。考えないように。もうヤだったんだよ・・・・・・」
 思い出すのも、誰かに思い出させるのも。
二年前、輝くように幸せだった。やっと二人出会えて、ああこれが誰かが傍に居てくれることだとそう初めて知った。
俺は取り戻した。僕は知った。ずっとここにたどり着きたかったのだと。
マーベリックさんのことを俺は尊敬してたよ。ずっと昔からヒーロー業界のお父さんみたいって本気で思ってた。お前の後見人だって知ったときだって「ああ、良かった」って思ってた。一人じゃなかったんだ、少なくとも心を寄せてくれた人がいてくれたんだと俺は感謝してたのに。
なのに、それは全て仕組まれたことで、俺はただの材料で、お前は4歳からずっと傀儡で。
 全部グロテスクな誰かの演出、誰かの思惑のうちの、そんな取るに足らない幕間劇だっただなんて認めたくなかった。

なによりバニー、お前が可哀想でならなかった。お前にそれを思い出させたくなかったんだ。あれが全部嘘だっただなんて。

 神様、バニーに思い知らせないでやって。あれが全部嘘だったなんて。俺しか残らなかっただなんてどうか気づかせないで。
そのたった一つの俺だって、何時まで傍にいてやれるか判らないのに、いっそのこと、こっちが夢だったら良かっただなんて。

「貴方って、凄くバカだ」
 うん。
虎徹が頷く。
「僕がそんなに弱いと思いました? 思ってたんだろうな」
 うん。
信用できるわけないだろと彼は言う。素直にバーナビーはそうだなと頷いた。
「それであれなんだ?」
「あれ?」
「皆でホームパーティー開いた時、却下した映画」
「・・・・・・」
「今度一緒に観ましょう」
 僕あれ、あらすじ知ってます。
そう言うと虎徹はぎょっとしたように顔をあげた。
その表情がなんだか本当におかしくて、バーナビーは微笑する。
「虎徹さんて、変なところに心配性だから」
「そうなのかな」
「そうですよ」
 それからバーナビーは空を仰いで言った。
「大抵の事は虎徹さんが傍に居てくれる事で解決しますから。とりあえず居てくれれば大丈夫。僕そんなに弱くないですよ、多分」
 信用ならないこと散々しちゃったから、虎徹さんが心配するのも当然だし判るから、それはもういいです。
「そういうのって依存って言わないか?」
「そうですね。こっちもずーっと子ども扱いは辟易してるんで、徐々に虎徹さん離れを計画します。協力してください」
 なんじゃそりゃ。
と言いながら虎徹は「そうか」と少し寂しそうに言う。
「俺の方がバニー離れしないとダメなんだろうな」
「まあ・・・・・・そうかな。お互いに?」
   うん・・・・・・。
 虎徹はハーフバルコニーから遠く海のほうへと視線を走らせる。
鴎が舞い、きらきらと輝く海面の漣が見えた。
「あの海の向こう、水平線が壁だったらどうする?」
「壁?」
「この世界全て、全部映画のセットみたいに作られたもので、それを俺やお前だけが知らないで生きてる。そんな自分たちの生き様を世界中の人たちへエンターティメントで提供されてるんだ。お前はそれに気づいたときどうするんだろうなって」
 うーん、どうなんだろう。
バーナビーが至極真顔で「それってHERO TVで放映されてるヒーロー――僕たちの現在系の比喩ですか?」とかいうものだから虎徹は吹き出した。
「じゃない、じゃない、映画、さっきの」
「ああ」
 映画では壁にドアがあって、そこを開けて出て行くんでしょう? だからあらすじ知ってますからと笑う。
それからバーナビーはこう続けた。
「僕なら普通に飛び越えちゃいますよ、ハンドレットパワーで」
 でもって虎徹さんは破壊でしょう。
「違いない」
 今度こそ、虎徹は声を上げて笑い出した。
そうして彼もまたバーナビーと同じように空を仰ぐ。
「空が高くなったナァ」







「おはよう! そして会えないときのためにこんにちは、こんばんは、そして、おやすみなさい」(トゥルーマン・ショー)










FIN



TIGER&BUNNY
【52万5600分】夏から秋へ Seasons Of Love
 thank you.
表紙
ゆんフリー写真素材集
一万枚の画像素材、無料写真館
http://www.yunphoto.net
Photo by (c)Tomo.Yun





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