夏から秋へ(5) 心地よいリビングに大量のクッションが運び込まれた。 持ってきたのはパオリンで、つい最近までジャングルだった扉の向こうから持ってきたらしい。 「もう、フツーの部屋になってるから」 「物置とか?」 「違う、子供部屋だと思う」 「ふーん」 虎徹がそう答えて海岸線の見える窓の方を振り向く。 見事な星月夜だ。外で寝ても今日か気持ちいいだろうなと言うと、パオリンは少年特有のほっそりした伸びやかな肢体で虎徹に抱きついてきた。 「これでボク多分帰ることになると思うんだ。だからキャンドルパーティーに最後付き合ってよ。海岸で寝たいならそれはまた明日ブルーローズと二人でやれいばいい」 おいおい。 虎徹は苦笑しながらまあいいさと言った。ところでキャンドルパーティーっていうのはなんなんだと。 「昔なんかの映画で見たと思うんだ。無数のキャンドルに火を灯して、皆でクッションに寝そべって暖炉囲んで塩を投げ入れるんだ」 「意味が良く判らない」 「炎に癒し効果があるんだよ。で、そのまま眠ると願い事が叶う」 「ホントかよ、後半嘘臭くね?」 第一そのまま寝たらヤバイじゃんと虎徹が真顔で言うのでパオリンはけらけら笑った。 「タイガーさん可笑しいよ、ここが現実じゃないって知ってる癖に、そんな現実的心配するなんて」 「ああ、まあそうだな」 で、キャンドルは? と聞くとそこここにため息をつくように星が灯った。 星が花みたいに家の中に咲いてきたとメルヘンチックなことを柄にもなく思った途端、それは普通のグラスキャンドルになった。 色とりどりのキャンドル、カラフルなクッション。柔らかなラグの上で赤々と燃え盛っていて、ふと気づくといつの間にか立派な暖炉もそこにあった。 パオリンは虎徹の手を引くと、クッションの群れの中に招き入れて、自分と一緒にそこに横になるように言う。 別に拒否する理由も無かったので虎徹は言われるがままにクッションの中に腰を下ろした。 カリーナは呆然としたようにそれを眺めていたように思う。 パオリンがブルーローズもおいでよと手招きしたが、彼女はその場で立ち竦んだままだ。 「ボクさ、やりたい事全部やってきた、と思う。それでこれが最後。だからブルーローズちょっとだけタイガーさん貸してね」 そう言って虎徹の膝に頭を預けて伸びをする。 「あー、なんかすっきりした!」 それからパオリンは男になってみて良かったよ、と呟くのだ。 「ボクのはやっぱり違う。ファイヤーさんとは違うんだって思った」 そうなのか? と虎徹が聞くと うんと言う。 「ボクのは僻み妬みそれと意地。意地っていうか意固地」 両親とか国とか自分の境遇、なんでボクだけって。ボクがN.E.X.T.じゃなかったら、国を出なくて済んだのかなとか、ボクが男だったら両親と一緒に暮らせたんじゃないかとか。一番最悪なのは ボクが男だったらN.E.X.T.だったとしても今でも国で暮らしてたんじゃないかっていう疑惑だよ。 シュテルンビルトのヒーローが嫌だっていうんじゃない。この街が大好きで、ボクはヒーローたちみんな大好きだ。仲間だって思ってる。出会えたことを誇りに思う、そして大切に思う。 だけど。 「今の境遇はボクが望んだものじゃないっていう確信がずっと辛かったんだ。考えちゃいけないと思ってたんだけどね」 両親の愛を疑ってた。色んなこと疑ってた自分に気づいた。 ここにきて、ボクは凄く自由になれたと思った。叫んでみたりした。両親罵ってみたり、ナターシャのいけず〜とか。学校行きたかった! 休日もうちょっと欲しい! とかさ。後は最後のひとつ。 「ボクさ、友達とか仲間もいなかったの。ずっと一人。でもそれも不満だったんだよね。言わなかったけど・・・・・・。自分でも気づいてなかったけど。ごっこ遊びでもなんでもいい、仲間と一緒に居たい――プライベートを共有してみたいって。でもさーその最後の一つだけは一人じゃどうにもならなくてさ、だからタイガーさんにお願いしてる、今」 「成る程ね」 虎徹は声を上げて笑った。 ナターシャさんってそんなに厳しいの? と聞く。そりゃあ勿論、ご両親の代わりだって意気込むのはいいんだけど、学校の先生みたいだから! それがほぼ24時間いる感じなんだよ、一人にして! って思う事しきりだよ。言わないけどさ・・・・・・。 ボクって結構不平不満多い子なんだって自覚して少し落ち込んだりもしたけどね、でもどうせここの事はもって帰れないんでしょう? それにボクがそういったものを全部解決しないと現実に戻れないって判ってたし、発散しちゃう事にしたんだ。 パオリンはそういいながら目を伏せる。 「――そういった自分と向き合うのは少し辛かったけどね・・・・・・」 そういう良くないもの自分が持ってるって認めるのって結構勇気がいることだし。 虎徹はそうだなと呟く。 「苦しいものをみんな抱えてるんだろう」 どろどろした醜いもの、誰にも知られたくない秘密。 誰もがそういったものを抱えながら人知れず苦しんで、時折泣いて。それは極普通のことだよと。 「ふうん・・・・・・」と、パオリンが言った。そうして虎徹の膝で甘えながら、タイガーさんにはそういうものがないってなんかボク思ってたよと言う。 「そうかあ? 結構俺も酷い事考えたりしてるぞ。落ち込んだり、憎んだり。素直になっときゃ良かった、言って置けばよかった、こんなに後悔するならって。後悔ばっかりだ」 くすくすと笑いながら、パオリンが自分の頭を撫ぜる虎徹の手を心地よく思う。そして目を開けて自分を憮然とした表情で見下ろすカリーナを見るのだ。 「ブルーローズもこうして欲しいんでしょ? 素直になれば?」 「ばっ・・・・・・」 虎徹が真っ直ぐにカリーナを見る。 カリーナはそんな虎徹の視線を一瞬見て真赤になった。耐え切れずに視線を逸らしてしまう。 それから床に向かって「バカ言ってるんじゃないわよ」と呟いた。 「ブルーローズ」 虎徹が笑顔で言う。 右手を差し伸べて、「おいで」といわれてもカリーナは立ち竦んだまま。パオリンがくすくすとまた笑った。 「ホント、ブルーローズも大変だよね。バーナビーさんと同じぐらい。似た者同士?」 「なによそれ」 虎徹が再びカリーナにおいでと言った。パオリンがこれがボクの最後の望みだから協力してよと言われて渋々とカリーナが屈む。 それから空いている虎徹の左側に滑り込むと頭を預けた。 「タイガー、塩入れて塩」 「塩って?」 床の上に積もっているのはキャンドルと暖炉の炎に照らされてキラキラ輝く砂だ。 砂だと思っていたそれを掬い上げると、それはいつの間にか塩になっていた。 「投げ込むの?」 「そう」 暖炉の中に塩を投げ込むと、ぱあっと一瞬鮮やかな緑色になった。 「わあ、凄い綺麗。なんで?」 カリーナがそう聞くと、炎色反応って言うんだけど専門的なこと聞く必要ここである? と言いながらパオリンもぱっと塩を投げ込んだ。 すると次は赤に、紫に、投げ込むたびに色が変わっていく。不思議ね、とカリーナが呟いた。 それから三人、黙って炎に目を凝らす。 ゆらゆらと揺れるそれは本当に綺麗で、優しくてとても温かそうでうっとりと眠くなる。実際パオリンはもううとうとし始めていた。 「二人ともタイガーの子供みたいだねえ」 パオリンの言葉に虎徹がくすっと笑った。 「ああ、いいぞ。お前らみたいな可愛い子供だったら俺も歓迎だ」 「冗談じゃないわよ! タイガーの娘だなんて!」 「娘じゃ結婚できないもんねえ」 「ちょっと、キッド!」 「楓も昔はさあ、パパと結婚する! って可愛い事言ってたんだよなあ。だけどいつの間にか」 はあ、とため息をつく虎徹にカリーナが鋭く突っ込んだ。 「当たり前じゃない! 誰がアンタみたいなのと!」 「ブルーローズ、やめなよ、ホント。素直になりなよ、今しかチャンスないんだよ?」 パオリンが嗜めて、カリーナはぐっと言葉を詰まらせた後、小さく小さく虎徹の腕の中で呟くのだ。 娘じゃいやよ。 と。 [mokuji] [しおりを挟む] |