夏から秋へ(4) ブルーローズが海に行きたいと言い出した。 ヒーロー全員でなんて無理に決まっている。オフなら特に、だ。基本プライベートをヒーローたちは共有しない。 例外としてロックバイソンとワイルドタイガーが、ヒーロー以前から友人だったということで付き合いがあった程度だったらしい。 レジェンドが活躍した世代を黎明期という。 レジェンドが引退した後、HERO TVがアポロンメディア傘下において飛躍的に業績を伸ばしていった時期を成長期――その頃活躍したヒーローたちを第一期、第二期と呼んだ。そして七大企業がヒーローを独占するという新体制が発足してからの成熟期――現在を第三期という。 第二期後半に過半数のヒーローが引退し消えていったが、それでも四人が残った。 ワイルドタイガーとロックバイソン、スカイハイとファイヤーエンブレムである。 先の二人は第二期前半にヒーローとなったが、ファイヤーエンブレムとスカイハイの参入は実のところ後半ギリギリ。 バーナビーは後から知ったのだが、現在の第三期ヒーローたちは歴代ヒーローの中では珍しく結束が固いらしい。それどころかプライベートもいくらかは共有しており、互いに気を使いながらもそれとなく連絡手段を持っている。今までの慣習からしてこれは非常に珍しい事なのだそうだ。 バーナビーも薄々これは虎徹が多少関係している特別な現象なのではないだろうかと疑っていたのだが、後からステルスソルジャーと番組で一緒になる機会があって彼から「君らは仲がいいね」と言われて確信した。 「我々はポイント制になってから酷く仲が悪くなっていたから。羨ましいよ」 「まあ、普通そうでしょうね。僕も最初はそうでした。いえ、それどころかバディであるタイガーさんとも仲悪かったですよ」 「はは、まあそうだろう。でもワイルドタイガーは私が観た限り変わらないよ。彼は変わらない。そこが魅力でもあるんだがね」 「ステルスソルジャーさんはワイルドタイガーに初めて会った時、彼をどう思いましたか?」 「実に興味深い青年だと思ったよ。ヒーローになりたいという動機からして彼は特殊だった。君とはまた違ったカリスマ性――なんていうか吸引力があるヒーローだったよ」 「ワイルドタイガーの人気絶頂期にステルスソルジャーさんは引退しました・・・・・・よね? その――」 「人気低迷が原因といえばそうだよ。ワイルドタイガーの人気に圧されてスポンサーの大半を失った。だがそれは新旧交代という意味で誰もが通る道だ。そもそもそれを抜きにしても、彼を憎むのは難しい」 時代の流れには逆らっても無駄な事があるものさとステルスソルジャーは笑った。 そうですかとバーナビーはなんとなく嬉しくなって微笑む。だが彼は続けてこうも言った。 「だが、彼は危ういね」 守れるものがあることがヒーローを強くする。彼はそういうタイプだ。だが守るものがあるということは諸刃の剣、事実ワイルドタイガーは一度崩れた。 守れるものを守れなかったから。否、守れなかったと彼自身が認めてしまったから。 「今のヒーローたちの在り方を私がどうこう言うつもりはないよ。現代ではそのスタイルがあっているのだろうし。ただ・・・・・・」 「ただ?」 なんでもないとステルスソルジャーは笑った。 ロイズからまだ本決まりじゃないから、そのブルーローズが立てた企画の件は目を通す程度でいいよと一緒に来月の暫定予定表を渡される。 バーナビーは一番上にクリッピングしてある企画書に目を通してああと思った。 ブルーローズは勘違いしているのだろう・・・・・・、何故かステルスソルジャーの笑顔をその企画を見た時に思い出した。 正確にはそれは、企画というよりもブルーローズのたてた単なる願望だったのだけれど。 「全員は無理だから」 ロイズはそう言う。 夏休みに向けてのHERO TV特別番組にどうかという提案で出されたそれは、なんのことはないヒーローたち全員で海に行って遊ぶだけの企画だった。プライベートで無理ならヒーロー番組の企画にすればいいとでも思ったのか。まあそれでも当然無理なのは彼女も判っていたのだからそういうこと。 でも彼女も肝心なところが判っていないなあとバーナビーは思った。どうしてその企画相手がワイルドタイガーで許されると思ったのだろう? 当然のようにロイズはこう続けた。 「うちとしては、虎徹君でも構わないんだけどね。でもブルーローズのファン層から考えてもバーナビー君向きでしょ」 「はあ、まあ・・・・・・そうでしょうね・・・・・・」 一応企画書をタイタンインダストリーが出してきたけれど、うちは二人いるから問題ないとして・・・・・・スカイハイとドラゴンキッド、それにロックバイソンは先に仕事が入っていたらしくて断ってきたよ。中途半端にヒーロー集めるより、一番いいのはブルーローズとバーナビー君の二人でやることだと思うんだけどねと言う。 「BTB再結成って路線では?」 「うーん? アニエス君は何も言ってなかったけどね?」 何故ブルーローズが突然この企画を言い出したかも判らないんだよとロイズはとりあえずこの話を締めたがっているようなのでバーナビーは頷くに留めた。 それから後は本決まりになったCM撮影の日程について。 虎徹と一緒に出演しなければならない番組や撮影もあるのでそこの兼ね合いと、当然だがスクランブルが入ったときの為に延期日程が第三次まで組まれている。 ここのところスクランブルが多く、先々週から全て予定がずれ込んでいるのもあり、実際のところ半分は今月分が来月に移動しただけでもあった。 ざっと目を通し判らないところはその場でロイズに聞く。 ロイズは丁寧に答えてくれたのでPDAに詳細を記録しながら対話している最中にその電話があった。 ロイズはちょっと失礼とバーナビーに目配せして電話にでる。 そして見る見るうちにその表情に当惑が広がっていくのをバーナビーは見た。 「それは・・・・・・虎徹君じゃなかった、ワイルドタイガーだけでなく、バーナビーにも参加しろということですか?」 どうやらヒーロー業務に関する事らしいと少し緊張する。ロイズはちらりと自分を見上げてきた。直ぐに視線を電話の方に戻す。 「正式な出動要請に? そう解釈して構わないと? え? ヒーロー全員ですか? それはまた・・・・・・」 判りました。調整します。いえ、そういうことならやります。大丈夫です。当たり前でしょう、出動要請時、全員ヒーローが揃わない方がおかしいんですから。ただ時間が判らないというのが不安ですが・・・・・・、それは司法局が調整してくれるんでしょう? とりあえず出来るだけ支障が無い日をスタートに選びます。勿論他のヒーロー事業部とも相談しますよ。了解しました。 ロイズはそう言って電話を切った。 バーナビーはロイズが自分を見るのを待つ。 やがてロイズは長く息を吐き出すと説明を始めた。 [mokuji] [しおりを挟む] |