春から夏へ(4) 春の雨が降っている。 虎徹はじっとその雨の行方を目で追う。空に地上に。 アポロンメディアのフィックスウィンドウを通すと雨が良く見えない。見えるのは窓を伝い落ちていく銀色のしずくだ。 灰色の空に光る雲。シュテルンビルトの一番過ごしやすい季節がもう行こうとしている。 一番過ごしやすい季節がシュテルンビルトにとって一番試練の季節だというのは言いえて妙だと思った。水害さえなければのんびりしてられるのに、と。 はたと気づいて視線をモニターに戻す。 バーナビーが帰ってくる前にこの報告書だけはいい加減提出しておかないと、おばさんにも怒られてしまうと気を引き締める。 それからの間虎徹は至極真面目に作業をこなしていた。おばさんが電話に出る。暫くして虎徹は「タイガーちょっと」と呼ばれたことに気づいた。 受話器の通話口を押えながらおばさんはバーナビーを呼んでくれと言う。 「こっちは広報からだ。ちょっとバーナビーを呼び出してくれないかい」 「へ? いいですよ」 虎徹は携帯を取り出すと直ぐにコールした。OBCの打ち合わせ最中だから直ぐには出ないかもなとどのくらいコールしよう、10回ぐらいでいいかと思ったところで、バーナビーの机の方から呼び鈴が鳴るのに気づく。 虎徹は舌打ちをして立ち上がった。バーナビーは携帯を忘れていってしまったのだ。 「ったく、――ちゃんと持ってけよバニー」 立ち上がって、音源を辿り引き出しを開けた。そこで虎徹はバーナビーの携帯を見つけ、取り上げて絶句した。 手にとってそのまま硬直してしまう。そこにバーナビーが「ただいま戻りました」と帰ってきた。 おばさんは丁度良かった。あんたに電話だよと自分の席に手招きする。バーナビーは素直に受話器を受け取ると自分で応対した。数分で話が終わり振り返ると何やら自分の席で虎徹が硬直しているのが見えるのだ。何をやっているのだと近づいて、バーナビーもまた硬直した。しそうになった。 慌てて駆け寄ると虎徹が手にしている自分の携帯を奪い取る。虎徹は困ったようにバーナビーを見つめてきた。 「何か問題でも?」 「それ、その写真、復帰した時なんか俺にポーズ取らせて撮ったヤツだろ」 「サスペンダーが可愛らしかったんで」 「可愛いって形容詞はいい加減よそうぜ。――じゃなくてだな」 「代わりに僕も撮らせてあげたじゃないですか」 あれは楓用だ。 虎徹は咳払いをする。 「ちょ、お前ひくわそれ」 「うるさいなあ」 別にいいじゃないですか、僕がそうしたかったんだから。一々なんか細かい。これだからおじさんは。 本当に嫌そうにそう吐き捨てるものだから、虎徹もむかちんと来た。 「なんだよこれ、どういうことだよ。消せよ、恥ずかしいなあ。大体それおじさん関係ないだろ」 「別に僕がどんな待ち受け画面使ってようがそれこそおじさんには関係ないじゃないですか」 「いやそれは関係あるだろこれ、俺だろ? やめろよなんか居た堪れないんだよ」 「おじさんにしては奇跡の一枚でしょ。何が問題なんです」 「お前じゃなくて俺がやなんだよ!」 受信する度にその俺が登場すんだろ、その携帯というと、 「だったらおじさんが僕に電話しなきゃいいだけの話じゃないですか」とぴしゃり。 「うわっ、お前なんだそりゃ。やなやつだなー」 虎徹はがりがりと頭を掻き毟った。 「で、なんでお前今日に限ってずっとおじさん連呼なの」 その瞬間、虎徹はほえ? とバーナビーの顔を覗き込む。 何故ならバーナビーが顔を赤くしたからだ。それこそ本当に一瞬で変わった。 「ちょ、どゆこと」 虎徹さんなんか・・・・・・。 「何?」 虎徹が耳を寄せる。バーナビーはぎっと虎徹を睨みつけると「今日一日僕に近づかないで下さい!」と叫んでそのまま事業部を飛び出ていってしまった。 後に残されたのは呆気にとられたおばさんと、虎徹が一人。 「な、なんだあ?」 [mokuji] [しおりを挟む] |