春から夏へ(2) 休憩時間にバーナビーが朝読んでいた新聞を借りて読んだ。 ライアンの記事はトップ扱い。破格のオファーにより誘致された重力王子は、その類稀な力を遺憾なく発揮し、新しく活動の場となった都市でも気鋭のヒーローとして持て囃されているらしい。マーク・シュナイダーは色々と腹黒い事を行い、それは多くの人を死に追いやり数々の恨みを買ったがその経営手腕、目の付け所の鋭さは本物だったのだろうと虎徹は評価していた。実際のところ、重力使いというのは制限も効果範囲諸々含めてもかなり扱いの難しい能力だ。ライアンはそれを良く熟知していて、持ち前の思い切りの良さでライバルですらも自分の手駒として利用する強かさを持っていたが、それもこれも一人では対処できないという自身の限界も良く知っていたからだ。自惚れているようでそうでない。シュテルンビルトにスカウトされた時、恐らくライアンは自分と違って内心バーナビーと組める幸運に祝杯を上げたろう。重力という能力と相性がいい能力者は非常に限られる。Five minutes One hundred powerであるのなら申し分ない。それをピックアップしてきたのだ、マーク・シュナイダーはことに経営という分野に関しては確かに天才だったのだろう。そして肉体強化系能力者は非常に稀だ。全世界を見渡しても今現役で活動出来ているパワー系N.E.X.T.は虎徹とバーナビーの二人しか存在しなかった。タイガー&バーナビーはそういった意味でも世界的に有名だった。シュテルンビルトはヒーロー先進都市だといわれるのには、現役のヒーローたちの能力のバリエーションが非常に多岐に渡っているというのがある。N.E.X.T.は本当に難しい。人を翻弄し害する事になら幾らでも応用が効くのに、他者に対して優しくあれ、防衛迎撃しろという条件をつけると途端にそれを満たせる能力者が見当たらなくなってしまう。 ヒーローには幾つか資格審査があり、その中の一つに例え防衛の為であっても他者を殺害せしめた場合、ヒーローとしての資格を失うという項目が存在している。 かつて肉体強化系能力者が何人も世界中でヒーローとなった。だがその彼らは殆どが短期間で姿を消している。 他者を殺めてしまうか、自分が死ぬかなのだ。ただでさえパワー系N.E.X.T.は扱いが難しい。それは自分の娘 楓 を通してみても明らかだった。 楓は他者が持つN.E.X.T.をコピーする事ができるという世界でも極めて稀な能力者だ。仕組みは殆ど解明されていないがそれもこれもN.E.X.T.が未だ未知の能力である事が関係している。それにしても 楓が かつてコピーし、コントロールに失敗したのは二つしかない。そう、虎徹とバーナビーが持つハンドレットパワーと、磁力能力だ。ハンドレットパワーの時は部屋中を破壊し、磁力の時はあらゆる鉄製品を引き寄せ、電化製品を完全に駄目にした。自然支配系(ネイチャーズ)の力は応用が効き難いという難点以外に欠点が見つからないが、結局のところ応用が効く能力であればあるほど制約は厳しく、コントロールが難しいという結論に落ち着くらしい。 事実 楓は スカイハイとブルーローズの能力は発現直後から無難にこなしていた。つまり能力の効果をイメージしやすいということなのであろう。 「良くわかんない力は使いようがないもんなあ・・・・・・」 「なにがどうですって?」 バーナビーがコーヒーを二つ持って虎徹のところに歩み寄ってくる。 アポロンメディアの休憩所は広くゆったりとしていて、特にヒーロー事業部近くのここはいつも皆遠慮するのか空いていて虎徹もバーナビーもお気に入りだった。 ありがとうと虎徹がコーヒーを受け取る。バーナビーは自分が虎徹に渡した新聞を覗き込み、崩壊したスタジアム跡が更地になりましたよと言った。 「来年のジャスティス祭までにこのスタジアム復旧は厳しそうですね」 「ジェイクん時に潰したスタジアムの方がそろそろ完成しないか?」 「しかし、なんか流れが出来ちゃいましたね」 「なんの」 虎徹が聞く。 スタジアムのとバーナビーが続けた。 「来年も何かスタジアムを丸ごと崩壊させそうな気がします」 「それやっちまったら、シュテルンビルトのスタジアム全滅じゃねえか」 「次南来ますね、南」 「やな予想立てるなお前は〜」 虎徹は笑った。 「しかしジャスティス祭ってのは変な祭りだな」 「シュテルンビルトの女神伝説はハロウィンのようなものですからね」 「なんだ? あの、お化けの?」 「違います。シュテルンビルトの初代住民が故意に作り上げた伝説ってことですよ。創作神話っていうのは割合あって意外に市民権があるんです」 「そうなのか?」 「有名どころではフリーメイソンリーのヒラム伝説がありますね」 「なんだそれ」 「あれも元になったのはキリスト教なんですけれど、18世紀にキリスト復活神話を真似て創作されたものなんです。でもそれがあるのとないのでは違うんですよ。それに完全に嘘って訳でもないですから」 ちゃんと大元になる神話が存在してるんです。女神伝説は勿論元がギリシャ神話ですよね。それをシュテルンビルトの為にアレンジ創作したわけです。主に秩序を守るためにそれらは創作されることが多く、それはそれできちんと信仰を集めますから、シュテルンビルトみたいな新興都市に初めから作られたっていうのは一種の都市戦略なのかも知れませんねとバーナビーは言った。 ふーん。 「しかし毎回思うけどよ、これは女神も悪いな」 「何がですか」 バーナビーが聞く。虎徹は新聞に載っていた社説の部分、女神伝説の折込イラストを右人差し指でつつく。 「女神の使いがカニってのだよ。これは俺は市民に同情するね」 「何故」 「だってお前、女神の使いだって言って、こんなでかいカニがぞろぞろやってきたら市民狂喜じゃねぇか。女神様に大感謝して早速頂きますだろ」 「頂きます?」 「こーんなでっかい鍋用意して、ささ、お入り下さいだ。進んで入っていったらああやっぱりこれは女神の施しなんだろうなって解釈するぜ、普通」 「ちょ、まっ――」 バーナビーは仰け反った。 「カニなら食うだろ」 虎徹はあっけらかんと新聞をぱしぱし叩きながら笑顔で言う。 「食うだろカニ」 今夜はカニマヨだーとあながち冗談ではなく真面目に言っているとバーナビーは察して深い深いため息をついた。 [mokuji] [しおりを挟む] |